「ロボットは仕事を奪うのか?」‐デジタルとの共存による「攻めの働き方改革」のススメ‐

2018-03-16

人事・チェンジマネジメント・コンサルタントコラム


「攻めの働き方改革」を支えると期待されるデジタルワークフォース

日本では今、旧来型の仕事の在り方を見直すべく「働き方改革」に関する検討が各方面で活発に行われています。また働き方改革関連法案が今国会に提出される見通しで、大企業を中心に「働き方改革」実行への圧力が大いに高まるものと予想されます。

働き方改革は、長時間労働の是正や賃金格差の改善などの労働に関する規約・規程の部分、いわゆる「守りの働き方改革」に焦点が当てられがちですが、実際に取り組むべきは、労働生産性を高めるためのアイデアや技術を導入する「攻めの働き方改革」であることを忘れてはいけません。また削減した労働時間を補うための生産性向上だけでは、企業の持続的成長を期待することは難しく、ともすれば競争力低下に繋がる懸念もあります。

「攻めの働き方改革」には新しいアイデアや技術が必要であり、AI(人工知能)やロボティクスなどのデジタルワークフォースには、救世主的な役割が期待(時には過剰に期待)されています。とはいえデジタルワークフォースの台頭は、ヒューマンワークフォース(労働者)の置き換えに直結するため、取って代わられる領域に従事する労働者にとっては、必ずしも手放しで喜べるものではないかもしれません。

このような中、PwC UKのエコノミストチームは、29カ国の20万人以上の労働者の職務にかかわるタスクとスキルを分析、潜在的な自動化の影響を国、産業、性別、年齢、教育レベル別に評価し、’Will robots really steal our jobs? -An international analysis of the potential long term impact of automation’と題するレポートを取りまとめています。

本稿は、このレポートを基に執筆しています。未来の明確な予測は困難ですが、このレポートの調査・分析結果は、「攻めの働き方改革」を検討する経営層や担当者の方々にとって、有用なものと考えます。

本稿に記載したPwCの予測は、主に自動化の技術的な実現可能性に基づいています。さまざまな経済的、法的、規制上および組織上の制約があるため、実際の自動化の程度はそこまで到達しない可能性があります。理論的に自動化が可能であることは、実際に経済的、政治的に実行可能であることを意味していません。

デジタルワークフォースの3つのウェーブ(波)

PwC UKのエコノミストチームの調査によると、AI、ロボティクスなどの「スマートオートメーション」(自動化)は急速な進歩を遂げており、生産性の向上と優れた新製品・新サービスの創出により、経済に大きな利益をもたらす可能性があります。経済的規模においては、世界のGDPに対し、最大で14%程度寄与すると推定しています(約15兆ドル)。

また、日本、米国、EUなどの先進国においては、これらの新技術が生産性低下の歯止めとして期待される一方、労働市場ではデジタルワークフォースとの置き換えによる失業問題などの発生が懸念されています。PwCの調査では、37%の労働者がデジタルワークフォースに仕事を奪われることを心配しています。

PwC UKのエコノミストチームは、自動化がもたらす影響を、3つのウェーブ(波)として捉えています。

  1. 「アルゴリズム」ウェーブ(Algorithm wave):単純な計算タスクの自動化と、財務、情報・通信などの分野における構造化データの分析の自動化。既に活用が進んでいる。
  2. 「拡張」ウェーブ(Augmentation wave):動的技術サポートによるフォームの記入や情報の伝達・交換などの繰り返しタスクの自動化、倉庫内のドローンやロボットなどのように半制御環境での非構造化データの統計分析の自動化。既に活用されているが、成熟するのは2020年代になるだろう。手作業による数学的計算、あるいは基本的なソフトウェアパッケージやインターネット検索の使用。
  3. 「自律」ウェーブ(Autonomy wave):製造・運輸産業などにおける肉体労働や手先の器用さを伴う作業、応答行動が必要とされる実世界での問題解決の自動化 (例:ドライバーレス車両)。既に開発が進んでいるが、ビジネスに適用可能なレベルまで成熟するのは2030年代になるかもしれない。

図表1 自動化の3つのウェーブによる主な影響

フェーズ

説明

影響を受けるタスク

各産業における影響

「アルゴリズム」ウェーブ

単純な計算タスクと、構造化データの分析の自動化。

金融業などデータ駆動型の産業に影響する。

手作業による数学的計算、あるいは基本的なソフトウェアパッケージやインターネット検索の使用など。

洗練された機械学習アルゴリズムの利用や汎用化が進むにもかかわらず、最初に最も大きな影響を受けるのは、これらのより基本的な計算ジョブである。

金融や保険、情報・通信、プロフェッショナルサービス・学術研究系業務などのデータ駆動型産業。

「拡張」ウェーブ

テクノロジーを用いた事務サポートと意思決定間の相互作用。

倉庫内の物の移動など、半制御環境でのロボット作業も含まれる。

例えば、フォームの記入や情報のやり取り(情報の物理的転送を含む)などの日常的なタスク。

また、繰り返し可能なプログラミングができるタスクがますます自動化され、機械自体が学習アルゴリズムを構築し、再設計することにより、多くのプログラミング言語の必要性が減少する可能性が高い。

金融および保険産業は、行政、製造、運輸・倉庫などの事務サポートの割合が高い他の産業とともに、引き続き非常に影響を受けると考えられる。

「自律」ウェーブ

製造・運輸産業などにおける、肉体労働や手先の器用さを伴う作業や、応答行動が必要とされる実世界での問題解決の自動化。

AIとロボティクスは、日常的な作業だけでなく、肉体労働や手先の器用さを伴う作業も自動化する。

自律エージェントによる適応動作のシミュレーションも含まれる。

完全自動運転車やロボットの登場とともに、建設、水道、下水道、廃棄物管理、運輸・倉庫などの産業。

※PwC分析

国別の潜在的な影響

PwC UKのエコノミストチームによると、2030年代初頭までに自動化されるリスクが高い既存職の推定割合は、国によって大きく異なります。教育水準が比較的高い東アジアと北欧の一部の経済圏では20〜25%程度に過ぎませんが、自動化されやすい工業が雇用において比較的高い割合を占める東欧諸国では40%以上になると見られます。また、英国や米国のように、サービス業優位であるものの、スキルの低い労働者を多く抱えている国々では、長期的には、中規模の自動化が起こると予測しています。

また日本については、長期的には自動化のインパクトは比較的低いと予測されています。これは、アルゴリズム技術が既に広範囲で使用・検討されているためであり、短期的には比較的高レベルの自動化が実現する可能性が高いと考えられます。その一方で、トルコなどの国は、短期的には自動化の影響はそれほど受けないものの、ドライバーや工事現場作業員などのいわゆる肉体労働者の代替としてデジタルワークフォースが浸透する第3の波(「自律」ウェーブ)の影響をより受ける点で、日本とは正反対と言えるでしょう。

図表2 国別の自動化の影響

※OECDの国際成人力調査(PIAAC:Programme for the International Assessment of Adult Competencies)をもとにPwCが分析

産業分野による潜在的な影響

産業ごとに自動化の可能性のレベルは大きく異なっており、また3つのウェーブから受ける影響のパターンも産業間で違いが見られます。

ドライバーレス車両の活用が経済活動全般に広がっていく中で、長期的には運輸分野が特に自動化の可能性が高い分野として注目されており、第3の波(「自律」ウェーブ)に大きな影響を受けることが予想されます(2030年に市場が成熟する可能性があると予測)。一方、短期的には金融などの産業がより大きな影響を受ける可能性があり、これは純粋なデータアナリティクスを含むより広範囲のタスクの実行において、アルゴリズムが人間より優れているためです。

図表3 産業別の自動化の影響

※OECDの国際成人力調査(PIAAC:Programme for the International Assessment of Adult Competencies)をもとにPwCが分析

労働者のタイプによる潜在的な影響

今回の調査では、性別、年齢、教育レベルといった労働者のタイプ別に、自動化の3つのウェーブの影響を分析しています。

「デジタルワークフォースが労働者から仕事を奪うか」という問いに対し、自動化のもたらす影響は「教育レベル」に応じて異なるという結果が出ています。

大学卒あるいはそれ以上の高等教育を受けた労働者は、低・中学歴の労働者に比べ、自動化によって仕事を失う可能性がはるかに低いと予測されています。これは、高度に教育された労働者の技術変化への適応性が高いことと、彼らがAIベースのシステムの設計と監督だけでなく、人間の判断が必要とされる上級管理職に就く可能性が高いという事実を反映していると考えられます。新技術がもたらす生産性の向上は、彼らの労働賃金の上昇につながることが予想されています(デジタルワークフォース導入による賃金格差の拡大)。

年齢層別に見た自動化の影響の差はそれほど顕著ではありませんが、一部の高齢労働者は、若年層に比べて業務の適応性と再訓練が困難になる可能性があるとみられています。これは、現在、男性労働者の占める割合が高いドライバーやその他の手作業による仕事が第3の波(「自律」ウェーブ)によって自動化されていくとき、特に起こりうることかもしれません。一方、事務職などに就業している割合の多い女性労働者の場合は、第1の波(「アルゴリズム」ウェーブ)によって、比較的大きな影響を受ける可能性があると考えられます。

図表4 タイプ別に見た労働者への自動化の影響

※OECDの国際成人力調査(PIAAC:Programme for the International Assessment of Adult Competencies)をもとにPwCが分析

デジタルとの共存へ

本調査は、日本企業が「働き方改革」に関する現実的な施策を検討する際の、2つの選択肢を示しています。一つは、法令順守のための最低限の施策による「守りの働き方改革」。もう一つは、デジタルワークフォースとヒューマンワークフォースが上手く融合した組織・人材のバリューアップによる「攻めの働き方改革」です。デジタルワークフォースを駆使した先進企業にマーケットシェアを奪われるのを座して待つのか、それとも、積極的に最新テクノロジーを自社の改革に取り込み、さらなる成長を目指すのか、究極の選択を迫られています。

これから押し寄せるデジタルの波を止めることはできません。しかしながら、その波を上手く乗りこなすことは可能でしょう。

また日本は、本調査において、自動化により労働市場が奪われる可能性が他国と比べて相対的に低いと予測されています。しかしこれは、手放しで喜べることではありません。今後、発展途上国ではデジタルワークフォースが台頭してくることが予想され、近い将来、デジタルワークフォースとそれらを使いこなすデジタルリテラシーの高いヒューマンワークフォースが、世界経済に大きな変革をもたらす可能性を否定できないからです。

その時、ヒューマンワークフォースが多く残ると予測されている日本において、デジタルワークフォースとヒューマンワークフォースの融合はどこまで進んでいるでしょうか。また、デジタルワークフォースによる産業革命のスコープが比較的狭いとされる日本の労働者のデジタルリテラシーは、世界水準にあるでしょうか。

日本の競争力強化のための「攻めの働き方改革」の実現に向け、デジタルワークフォースとヒューマンワークフォースの共存こそが、その有効な活路であると考えます。

執筆者

藤田 通紀
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター

※法人名、役職などは掲載当時のものです。