グローバルコラム解説

パーパスという「流行」の落とし穴

  • 2023-10-18

近年、パーパスを掲げ、パーパス経営に取り組む企業が増えてきています。まさにパーパスが「流行」している状態と言えるでしょう。約20年間、組織・人材に関するコンサルティング業界に身を置くPwCコンサルティングの吉永裕助が、PwCが発刊するstrategy+business誌に掲載された「The purpose of “purpose”」という記事を題材に、ビジネスにおける流行に共通する「落とし穴」について解説します。

PwCコンサルティング
吉永 裕助

パーパスという「流行」の落とし穴

2019年8月19日、米国の主要企業が名を連ねる財界ロビー団体のビジネスラウンドテーブルが「企業の目的に関する声明」を出しました。本稿で紹介する記事の執筆者であるAdam Bryant氏は、「パーパスドリブン企業」というフレーズが、「戦略」や「前進」の地位を脅かすほどビジネスシーンのいたるところに出没するようになったと述べています。そして確かに日本においても、「パーパス」を掲げ「パーパス経営」に力を入れる企業が増えてきています。

組織・人財に関するコンサルティング業界で長く活動していると、現在の「パーパス」がそうであるように、多くの企業が同様のテーマにこぞって取り組むという「流行」に触れる機会が多々あります。ほかに流行になったテーマの例として、「グローバル」「デジタル」「エンゲージメント」などが挙げられるでしょう。

流行するテーマには、その内容に関わらず、共通した落とし穴があると感じています。その落とし穴とは、「目的の欠如」や「目的の共有の希薄さ」です。そこにはさまざまな要因があると思いますが、流行することにより、関係者が「取り組んで当たり前」という意識を持ったり、「取り組む目的は分かっているだろう」と思い込んだりするため、目的意識が希薄化してしまうのだと思います。

「御社が、〇〇〇〇(流行テーマ)に取り組む意義、目的はどのようなものですか」という質問をクライアントにした際に、明確な回答が返ってこないことや、クライアント内の関係者間の認識が一致していない状況に直面することも少なくありません。そのテーマに取り組むことが目的になってしまい、「なぜ取り組むのか」という本質的な目的が認識されていない、または共通認識として醸成されていないのです。

では、パーパスの目的とはどのようなものでしょうか。

Adam Bryant氏は、「ビジョンが企業固有のものと感じられること、支持すべき現実的なデータや詳細情報があること、企業自体より大きなものに直接貢献しているという意識を全ての従業員が持てること、それが『パーパス』の目的なのです」と述べています。

また、Adam Bryant氏は、「パーパスの再検討には時間と労力がかかります。多くの企業は課題に向き合わず、行動の裏付けなしに『パーパス』という言葉だけを使っています。自社が世界を良くする、あるいは同様の表現を口にするだけでは何の意味もありません」とも、述べています。

Adam Bryant氏が述べているパーパスの目的を実現するには、掲げるパーパスの内容そのものだけでなく、企業とステークホルダーとの対話が重要であることは言うまでもありません。企業がパーパスを実現するためには、パーパスそのものだけでなく、パーパスに取り組む意義、目的についてもステークホルダーと継続して対話していくことが重要です。

さて、あなたの企業にとって、パーパスに取り組む意義、目的はどのようなものでしょうか。あなたが考えている取り組む意義や目的と、同僚が考えているそれは同じでしょうか。

著者:Adam Bryant
2021年12月1日

「パーパス」の目的

2021年の流行語は「パーパス」。ただし、パーパスに意味を持たせるには厳密な検討が必要かもしれません。

2020年が危機の連続(新型コロナウイルス感染症、ジョージ・フロイド抗議運動など)により、企業の回復力と混乱を乗り切る能力が問われる年だったとすれば、2021年は「パーパス」の年と言えるでしょう。企業はパーパスステートメントを盛大に掲げ、「パーパスドリブン企業」というフレーズが、「戦略」や「前進」の地位を脅かすほどビジネスシーンの至るところで散見されました。

「パーパス」の大流行には、多くの理由があります。株主の利益ではなく関係者の利益を優先する資本主義へと時代が移行する中、従業員は自分の仕事と雇用主に何らかの大義名分があることを望んでいます。コロナ禍によって多くの人が働く「理由」を考えるようになり、それに対する不満が「大退職時代」の一因となりました。企業は貴重な人材を獲得するため、単に投資家のためのお金を稼ぐことより、高尚なビジョンや理念をアピールするようになったのです。

General Electric社のCEOであるLarry Culp氏も、コングロマリットを3社に分割するという歴史的決断に際して、このパーパスを強調したコメントをしています。人材の採用と定着には企業のブランド力が重要なのです。Culp氏はFortune誌に次のように語っています。「重要なのは立ち位置と目的です。かつては皆『GEで働きたい』と言っていました。今では、『気候問題に貢献したい』『医療業界や航空業界で働きたい』といった声が聞かれます」

全ては幸福のためです。気候変動や不平等といった世界的な問題、そして政府任せにすることなく企業として課題解決に取り組む上で、企業は広い視野で自社の影響力を考えるべき時代が来ています。しかし、どのようなステートメントを掲げるにしても、それが自社の事業に関連し、正確である必要があります。

米国アトランタに本社を置くアルミニウム会社、Novelisの元CEOであるPhil Martens氏は、多くの取締役を務めた経験を踏まえ、今や企業はB2BかB2Cかという古い枠組みを捨て、B2S(business-to-society)に置き換えるべきだと語ってくれました。

「企業はB2BかB2Cかという古い枠組みを捨て、B2S(business-to-society)に置き換えるべきです」

Martens氏は次のように語りました。「私がかかわったどの企業でも、重要なのは、『社会に対して企業がどんな解決策を提案できるか』『自社の中核的なビジョンと推進要因は何か』ということです」。同氏はNovelis時代にリサイクルを推進し、「urban mining(都市部での採掘)」と呼んでいました。アルミニウムは製造に大量のエネルギーを使用するためです。「問題は、企業が社会のために何ができるかです。それを組織戦略に盛り込みます。これが定着するには少し時間がかかります。皆が考え方を変え、これによって従来になかった企業経営、革新、収益の機会が得られると認識する必要があるためです」

パーパスの再検討には時間と労力がかかります。多くの企業は課題に向き合わず、行動の裏付けなしに「パーパス」という言葉だけを使っています。自社が世界を良くする、あるいは同様の表現を口にするだけでは何の意味もありません。

Axiosは最近の記事で、近々「CPO」(最高パーパス責任者)という肩書ができるだろうと予測しました。しかし、パーパスの策定はCEOが誰かに任せられるような職務ではありません。企業全体の立ち位置と戦略を決める要素として、CEOが主導権を持って検討すべきことです。ただの話題ではないのです。

真実を確かめるテスト

「どうすれば有意義なパーパスステートメントを掲げられるでしょうか」

どんな企業でも使えるような抽象的な文言ではなく、自社の事業に直結した目標とすることが第一です。Margaret Heffernan氏は、最近の著書『Uncharted: How to Navigate the Future』に関するインタビューで以下のように語ってくれました。「みんなが『自分もできる』と思えることでなければ」

哲学的で、決算に直接影響しないように見えるかもしれませんが、全ての経営者が考えるべき難しい問題があります。「なぜ自分の存在が重要なのか」「どうすれば自分が世界を変えられるのか」「自分の組織がなくなったら何が失われるのか」。医療系の企業なら、人の命を救う、生活を助けるという確かな回答があるでしょう。非営利組織なら、設立当初から世界に与えたい影響について明確なアイデアを持っているはずです。しかし、日用品を扱う企業は困るかもしれません。例えばビーツを砂糖に加工する企業を経営しているとしましょう。どのようにパーパスを設定すべきでしょうか。

Paul Kenward氏はこの難題に取り組みました。英国のイングランド東部に本社を置くBritish Sugarの最高責任者として、自社のパーパスを定義したのです。インタビューで彼は自社がどのように「活発な国内産砂糖業界」を作るという理念に再注目したかを語ってくれました。この理念に具体性を持たせるため、Kenward氏は「自社のベテランエンジニアが見習いから始めたこと」「原料全てが国内産であること」「輸入原料がないこと」「2014年と比べて水の使用量を26%削減したこと」を強調しました。「英国人は『ビジョン』には懐疑的で、うわべだけで中身がないと見なします。しかし私はビジョンが重要だと思います」

Kenward氏は重要な点を押さえています。「ビジョンが企業固有のものと感じられること」「支持すべき現実的なデータや詳細情報があること」「企業自体より大きなものに直接貢献しているという意識を全ての従業員が持てること」です。それが「パーパス」の目的なのです。

パーパスに関する貴社のステートメントは、このテストをクリアできているでしょうか。


Adam Bryantは、経営者の能力開発とメンタリングサービスを提供するExCo Groupのシニアマネージングディレクター。次作の著書『The Leap to Leader: How Ambitious Managers Make the Jump to Leadership(仮題:リーダーへの飛躍:意欲的な管理職が経営幹部になるには)』が2023年7月、Harvard Business Review Pressより出版されました。

strategy+businessに転載された記事は、必ずしもPwCネットワークに属する企業の見解を代弁するものではありません。発行物、製品、サービスのレビューや引用は、それらの宣伝や推奨ではありません。strategy+businessは、PwCネットワークに属する特定の企業が発行しています。strategy+business誌が発行する英語の原文からの翻訳はPwCコンサルティング 組織人事コンサルティングチームが取りまとめたものです。

執筆者

吉永 裕助

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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