プロセスマイニングによるキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)の最適化(1)―データ主導アプローチによる財務能力の強化―

  • 2024-07-05

キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)が適正でないと、企業の資本効率が低下し収益性指標に悪影響を及ぼします。連載「プロセスマイニングによるキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)の最適化」の第1回では、プロセスマイニングを活用し、戦略的に金融サービスと組み合わせることにより、企業のCCCを最適化する革新的なアプローチを提案します。具体的には、プロセスマイニングを用いてCCC関連業務の現状を徹底的に分析し、ボトルネックや遅延要因を特定します。その後、ビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR)や適切な金融サービスを戦略的なタイミングで導入し、在庫や売掛金を現金に変換する速度を加速させ、全体のサイクルを迅速化します。

このアプローチは、戦略的な金融サービスの活用と最先端のデジタル技術の組み合わせによる、データ駆動型の改善サイクルを構築できることが特徴です。その結果、CCCの改善を通じてさまざまな財務指標が改善し、企業の財務強度ならびに企業価値が向上することが期待されます。

第1章 はじめに

キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)は、在庫の調達から製品の販売、最終的に現金を受け取るまでの期間を表す、重要な経営指標です。サイクルが長引くと、多額の運転資金が必要になり、資本効率が低下し、さまざまな収益性指標に悪影響を及ぼす可能性があります。

最近では、ウクライナ情勢の緊張や各国の利害対立の深刻化により、地政学的リスクが高まっています。グローバリゼーションの変調(大国の利害対立の表面化、経済安全保障が重視される動き)に加え、パナマ運河の水不足による海上物流の混乱などにより、サプライチェーンの混乱と、それに備えるためのリスクヘッジ的な動きが強まっています。こういった外部環境の変化が企業経営に重大な影響を与えています。これに加えて、異次元の緩和といわれた状況から、金利のある世界への復帰の道筋が見え始めています。

このような状況下においては、CCCを最適化してキャッシュフローを強化し、資本効率を向上させることが企業の財務的経営体質の強靭化や、企業価値の向上にとって重要です。

本稿では、プロセスマイニングによる分析とその後のプロセスの改善活動としてのビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR)や、柔軟な金融サービスの利用などを視野に入れたデータ主導のアプローチを通じて、企業の財務能力を強化する方法を提示します。

プロセスマイニングは、イベントログやその他のシステム内のデータから実際のビジネスフローを可視化、分析する技術です。この技術を活用することで、CCC関連の業務の現状を分析し、ボトルネックや遅延要因を特定できます。次に、サプライヤーからの調達、在庫の取り回し、最終顧客への販売、現金回収など、CCCプロセス全体にわたって、BPRや場合によって各種商品金融サービスを戦略的なタイミングで導入することができます。このアプローチを導入することにより、在庫や売掛金の資本効率の向上や、全体のサイクルの大幅な改善が期待されます。

さらに、生成AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などのデジタル技術を活用することでCCC関連の業務を自動化し、データ収集とリアルタイムモニタリングのメカニズムを構築しながら、データ主導の継続的な改善サイクルを実現することが可能となります。またCCCが短縮されると、各種の経営指標が改善されることも期待され、企業の競争力と持続可能な成長、企業価値向上などに資するものと考えられます。

第2章 プロセスマイニングを通じたCCC分析

プロセスマイニングは、企業のシステム内に存在するイベントログなどのデータに基づいて実際のビジネスプロセスを再構築し、可視化する技術です。このデータ主導のアプローチにより、ビジネスの現状を正確に理解することができます。

プロセスマイニングの技術的基盤

プロセスマイニングは、データマイニング、プロセスモデリング、機械学習などの技術を組み合わせて実現された高度なソフトウェアソリューションです。利活用にあたっては、さまざまな方法がありますが、一般的には、以下の手順に従って分析が行われます。

  1. 計画:プロジェクトの目的・目標と対象範囲を定義し、リソースとタイムラインを割り当てる。
  2. データ抽出:ERPシステム、在庫管理システム、メール、チャットログなど、さまざまなソースからプロセス関連データを抽出する。
  3. データ前処理:抽出したデータを統合し、ノイズを除去し、必要なデータのみを抽出する。
  4. プロセスモデル生成:さまざまなテンプレートやアルゴリズムを適用し、データから自動的にプロセスモデルを生成、あるいは手動で作成する。
  5. 可視化と分析:生成されたプロセスモデルを視覚的に表示し、リードタイム、ボトルネック、変動要因などのさまざまな分析を実施する。また、テキストデータであれば自然言語解析などを活用し、分析を行う。ここまでの工程は、一直線のいわゆるシリアルな工程ではなく、行きつ戻りつしながら満足のいく結果を得られるまで行う。
  6. 改善提案:分析結果に基づいて、具体的なプロセス改善の方向性を見出す。
  7. モニタリング:改善提案の実施後、プロセスのパフォーマンスを監視し、必要に応じて追加の改善を行う。

プロセスマイニングは、伝統的なプロセス分析で用いられるインタビューやワークショップではなくデータに基づいているため、その利点は客観性と精度に優れていることにあります。さらに、技術の進化によりAI化、自動化された分析により、大規模なプロセスを効率的に分析することができます。

CCC分析へのプロセスマイニングの適用

CCCを構成する主要プロセスは、以下の4つとなります。なお、CCC分析の最初の取り掛かりとしては、サプライチェーン側に着目する一方で、クロスチェーン的な要素(ここではエンジニアリングチェーン)については検討対象としなくても構いません。もちろん分析の高度化・深化にあわせてクロスチェーン的な要素も分析対象として拡大していくアプローチも有用です。

調達(発注から納品まで)
生産(製造)
販売(注文から出荷まで)
回収(請求から支払いまで)

これらのプロセスにプロセスマイニングを適用し、以下のような各種の分析を実施します。

  • リードタイム分析:全体プロセスおよび個々のステップのリードタイムを測定し、遅延の原因を特定する。
  • ボトルネック分析:プロセス内での作業の待ち行列を分析し、ボトルネックを特定する。
  • 変動要因分析:リードタイムの変動に寄与する要因を分析し、変動が大きい領域を特定する。
  • プロセス適合性分析:定義されたプロセスから逸脱する事例を抽出し、分析する。

このように、プロセスマイニングによりデータに基づいてCCCに関連するプロセスの非効率性を客観的かつ包括的に可視化し、分析することができます。

次の章では、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などのデジタル技術を活用して、このアプローチをさらに強化する方法について説明します。

第3章 デジタル技術を活用した進化

プロセスマイニングと金融サービスの活用によるCCCの最適化は顕著な成果をもたらし得ますが、さらなる強化および高度化の余地があります。本章では、AI、RPAなどのデジタル技術を活用することにより、データ主導の継続的改善サイクルを実現する方法を説明します。

AIとRPAによるプロセス自動化

プロセスマイニングから得られる分析結果に基づいて、CCC関連のプロセスを自動化することは極めて重要です。デジタル技術を活用することで、以下が実現可能となります。

  • 人的ミスや手作業による非効率を排除
  • 24時間365日中断なしの自動化された操作による顕著な生産性向上
  • アルゴリズムやルールによる機械的な決定がそぐわない意思決定タスクにAIを適用
  • ロボットを使用した繰り返しタスクの自動化

これらの技術は、CCCのさまざまなプロセスに幅広く適用が可能となります。例えば、調達プロセスではAIが発注を最適化し、実行プロセスではRPAが各種作業や手続きを自動化し、販売プロセスではAIチャットボットが注文処理を自動化し、回収プロセスではRPAが受け取った支払いのデータ入力を自動化するといった具合です。

数年前までは、一部の最先端企業でしか想定できなかった世界ですが、近年の技術発展とコモディティ化により、比較的リーズナブルにPoC的な取り組みが可能となっています。

高度なデータ収集とリアルタイムモニタリング

デジタル技術を活用してデータ収集を強化し、CCCの状況をリアルタイムでモニタリングするシステムを確立することも重要です。

具体的なアプローチは以下のとおりです。

  • センサーやIoTデータを利用したリアルタイム在庫管理
  • AIによる販売予測と在庫最適化
  • クラウドERPシステム、産業EDIシステムを通じた販売と支払いデータの集中管理と縦横の分析
  • システム間のデータ交換を自動化するデータ統合プラットフォームの確立
  • ダッシュボードを通じた主要指標のリアルタイムモニタリング

これらの取り組みにより、企業はいつでもCCCの状況を正確に把握し、迅速に対応することが可能になります。例えば、在庫が一定レベル以下になると自動的に発注が行われ、CCCを最適なレベルで維持するための予防的措置が可能になります。字面だけで見ると非常にシンプルですが、この裏側には、過去、企業の調達部門が頭を悩ませ、ベテランやエキスパートに頼らざるを得なかった領域に、デジタル化の進展による自動化が入ってきたという面があります。

数年前までは、さまざまな統計的手法を用いて予測を行ったとしても、ベテランの経験・勘・度胸の前に採用されないという事態が散見されましたが(特に単商材や特定業種であるほど、この傾向は顕著に出ていたように感じられる)、いずれ過去の思い出話になるのかもしれません。

データ主導の継続的改善サイクル

プロセスマイニング、金融サービスの活用、デジタル技術の統合によりCCCは最適化されますが、ここでの改善はまだ終わりではありません。

次のステップとして、データ主導の継続的改善サイクルを確立します。

具体的なプロセスは以下のとおりです。

  1. データ収集:リアルタイムモニタリングなどの手段を通じて、CCCに関連するデータを収集する。
  2. プロセスマイニング分析:定期的に最新のデータを分析し、新たな改善機会を特定する。
  3. 改善計画:追加の金融サービス導入やプロセス自動化など、次の改善イニシアチブを開発する。
  4. 改善計画の実施:計画した改善契約を実施し、CCCのさらなる改善を図る。
  5. モニタリングとフィードバック:改善効果をモニタリングし、次のサイクルのためのフィードバックを提供する。

このPDCAプロセスを継続的にサイクルすることにより、CCCは徐々に最適化され、企業の財務基盤が体系的に強化されます。

補章 分析結果を活用して戦略的、機動的な金融サービスの判断の基礎データにする

本章では、金融サービスの選定にどのようにプロセスマイニングの分析結果を活用できるかを説明します。

商品ファイナンス・在庫ファイナンス

これは、原材料や完成品などの在庫を担保にして運転資金を確保する方法です。伝統的には、コモディティや原材料に焦点を当てていましたが、最近では、さまざまな事業者からサービスが提供されるようになり、その適用範囲(一次加工品・二次加工品など)も広がっています。

ファクタリング

ファクタリングは売掛金を現金に変換する方法です。こちらもさまざまな事業者からサービスが提供されています。

金融サービスの最適な組合せとタイミング

プロセスマイニングにより、各プロセスにおける遅延要因とその程度が正確に理解できるため、戦略的なタイミングで適切なサービスを検討することが可能となります。また、分析に基づき各種の要素(取引先、サプライヤー、国・地域、経路、製品種別など)の特性を踏まえた検討が可能となります。

さらに、これらのサービスを導入する際には金融機関との緊密な協力が必要となりますが、その点でもプロセスマイニングは効果を発揮します。金融機関に提示する資料の1つとして、プロセスマイニングの分析結果を提示して自社のガバナンスのケイパビリティを示しつつ、着地点に関する予測の確からしさを説明するといった利用法です。

本連載の第2回では、プロセスマイニングを中心としたデジタル技術を活用し、在庫管理、売掛管理、買掛管理のプロセスを改善するなどの、より具体的なプロセスの見える化・改善に着目したアプローチに言及します。

【参考文献】

近藤裕司(2022)「プロセスマイニング 理解と実践─業務プロセス改革を進化させる最終手段」インプレス

松尾順(2021)「DXに必須 プロセスマイニング活用入門」白桃書房

ラース・ラインケマイヤー(2020)百瀬公朗訳「業務を根本から変革するプロセスマイニングの衝撃~シーメンスやBMW、Uberは、なぜ本気で取り組むのか?~」インプレス

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Wil van der Aalst ALAST,2011: Process mining: discovery, conformance and enhancement of business processes, Springer Science & Business Media. 

Wil van der Aalst ALAST,2016: Process mining: data science in action, Springer Berlin, Heidelberg

執筆者

駒井 昌宏

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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今井 政行

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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挽田 健治

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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三原 亮介

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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