
不正や不祥事を防ぐ循環型の仕組みでリスクカルチャーをアップデート―社会との認識のズレを修正し、多様な価値観を包摂
業界や企業の内的要因によるリスクに対してコンプライアンス研修やルール整備を行っているものの、不正や不祥事を防ぐまでには至っていない現状について、「リスクカルチャー」という視点から考察し、対策を探ります。
クラウドサービスを利用する企業が増える中で、シャドーITやユーザーに起因するインシデントが増えています。手軽にクラウドサービスの利用を開始できる一方で、エンド・ツー・エンドのクラウドサプライチェーンのリスクを踏まえたクラウドの選定や運用方針の整備など、ガバナンス面が追いついていないことが一因です。さらに、マルチクラウド/ハイブリッドクラウド環境が主流となっていく中で、クラウドサービスに適したITガバナンスの見直しが急務となっています。今回は、クラウドガバナンス構築の際のポイントを解説します。
新型コロナウィルス感染症の拡大に伴うリモートワークの普及の影響もあり、クラウドサービスを利用する企業は増えています。一方で、事業部門や従業員が個別に利用を開始したクラウドサービスを全社のIT部門が把握・管理できていない、いわゆる「シャドーIT」が増えており、情報漏洩や不正アクセス、データ消失といったセキュリティリスクが高まっています。
また、クラウドは従来のオンプレミスと異なり、すぐに利用できる点が大きな魅力である一方で、ユーザー企業はクラウドサービスの構造的な問題を見落としがちです。それは、「クラウドサプライチェーン」と呼ばれるものであり、ユーザー企業が直接契約しているクラウド提供事業者の背後には、そのクラウドサービスを構築、運用するために委託を受けた数多くの企業が存在しています。クラウドサービスの開発と運用が、取引先から委託先、さらに再委託先へと引き渡され、サービス全体が成り立っているのです。つまり、クラウドのユーザーである企業は直接取引している事業者に対してだけでなく、その背後にいる委託先企業に、サービスの継続やデータのセキュリティを委ねていることになります。背後にいる委託先企業への責任はクラウド提供事業者が負っているとはいえ、ユーザー企業はクラウドサービスを選定する際に、クラウド提供事業者の委託先管理体制、情報管理体制などを確認しておく必要があります。
クラウドサプライチェーンの複雑化によって、システムの安定運用に関する課題も増加しています。システム障害時に、原因を特定し、復旧するまでにいくつもの階層の事業者がかかわっていることで、サービス停止の時間が長引くなどの危険性があることをあらかじめ把握しておきましょう。
クラウドサプライチェーンでは、コンプライアンスのリスクも高まります。特に海外拠点にデータセンターを保有する場合など、データ保護に関する法令遵守違反などの可能性がないか確認する必要があります。また、経済安全保障推進法においてクラウドプログラムは「特定重要物資」に指定されており、デジタル時代の価値の源泉であるデータとその管理方法について、クラウド提供事業者側のデータ保護や開示請求に関する体制整備の有無を確認することも重要なポイントです。
一方で、「設定に誤りや漏れがある」「パスワード設定が不十分である」など、クラウド提供事業者ではなく、ユーザーに起因するインシデントも最近は増えています。例えば、クラウドストレージの公開範囲の設定をミスしてしまうことで、機密情報の漏えいなどのインシデントが発生する危険性があります。クラウドの選定・利用責任はユーザー側にあることを前提に、クラウドサプライチェーンのエンド・ツー・エンドのリスクを把握し、全社的なルールや統制を検討することが必要です。
では、クラウドに関する全社的なルールや統制を検討するにあたって、どのようなものが主要な論点となるのでしょうか。
例えば、「全社的なクラウド管理・選定方針が定まっているか」「ハイブリッドクラウド/マルチクラウド化におけるアーキテクチャのあるべき姿とは」などが挙げられるでしょう。
全社的なクラウド管理・選定方針が定まっていないと、冒頭に述べた「シャドーIT」によるセキュリティリスクのほか、クラウド提供事業者の背後に潜む情報漏洩やコンプライアンス違反などのリスク、ユーザーの設定ミスによるデータ消失リスクなど、知らぬ間にさまざまなリスクに晒されている可能性があります。
また、調達方針についても全社的な方針を定めておくことは大切です。例えば、ある事業部ではクラウドサービスAを、隣の事業部ではクラウドサービスBをというように各事業部で異なるクラウドサービスを利用していた場合、全社としてはスケールメリットが得られない非効率な投資につながっている可能性がありますし、導入や移行に余計なコストがかかることが想定されます。
調達方針と同様に、アーキテクチャについても全社方針が定まっていることが統制上、望ましいです。全社のアーキテクチャ方針が定まっていないと、例えば、システム更改や移行の際のリスクの特定や、実際にリスクが顕在化した場合の原因の特定などに時間がかかることが予想されます。
クラウドサービス契約前の段階で、クラウド提供事業者側が公開している情報や定めている契約情報を確認して、安全なサービスかどうかを判断することが重要です。例えば、「可用性」「信頼性」「性能」「拡張性」「サポート」「データ管理」「セキュリティ」などの観点を確認します。「可用性」であれば、「システムは原則24時間/365日稼働すること」「計画停止を行う場合は30日前に通知すること」などについて確認します。
確認した内容をユーザー企業とクラウド提供事業者の間で「サービスレベルアグリーメント(SLA)」として契約書の中で取り交わすことが、クラウド提供事業者の背後に潜むサプライチェーンリスクを抑えるにあたっては重要となります。
ユーザー企業自身がクラウド提供事業者やそのサービスのチェックを行う際に、確認項目を1つずつ確認するのは手間がかかります。そんな時に活用が推奨されるのが第三者機関による認証です。今回は「ISMAP」と「SOCレポート」の2つを紹介します。
ISMAPは、日本政府がクラウドサービスに対して、政府内の情報システムのためのセキュリティ要件を定めた評価制度です。内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)、デジタル庁、総務省、経済産業省が共同で運営しており、監査、運用は独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が行っています。政府の調達基準を満たしたクラウドは、より信頼性の高いものといえます。ISMAPは2020年から運用されており、現在、国内外73社のクラウドサービスが認証を受けています。最近では国内クラウドも認定を受けたことで話題となっています。
SOCレポートは、監査法人が独立した第三者の立場から、ある特定の業務の受託会社における内部統制の有効性を客観的に検証し、保証したものです。SOCレポートにはいくつか種類がありますが、その中でもSOC2レポートはセキュリティ、可用性、機密保持、プライバシーなどのシステム管理における内部統制を保証しています。SOC2レポートを取得しているクラウド提供事業者は、システム管理上のリスクに対して統制が取れた環境でサービスを提供していることが証明されているといえます。
クラウドサービスを選定する際に、上記のような第三者機関による認証を有効に活用することで、選定時にかかる労力を抑えることができます。
とはいえ、こうした認証を取得しているサービスであれば、手放しに安全が保証されるわけではないことも認識しておく必要があります。また、全てのクラウドサービスがこれらの認証を取得しているわけではありません。クラウドサービス利用開始後も定期的に自社の基準でチェックし、リスク管理を継続することが重要なポイントとなります。
また、ユーザー側の「パスワード設定が不十分」「設定ミス」などのリスクインシデントを防ぐために、自社のセキュリティポリシーを定めるとともに、技術的にコントロールを行うことも一案です。例えば、アクセス制御に関わるものであればCASB、ワークロードを保証したいのであればCWPP、設定値を保証したいのであればCSPM/SSPMの導入が考えられます。自社にふさわしいクラウドのセキュリティポリシーの策定、またポリシーの適用・遵守方法が分からない場合には、コンサルタントなど第三者からの助言や支援を受けることもよいでしょう。
クラウドサービスは使い始めたら終わりということではありません。時間とともにクラウドサプライチェーンのプレーヤーを取り巻く外部環境も変わり、それに伴って新たなリスクが生まれる可能性もあります。個々の企業が自力でその動きに追従するのは、相当な労力を要することも事実です。最新のサイバー攻撃のトレンドに合わせて、自社のセキュリティポリシーを見直す必要がないか、自社のクラウド管理・選定方針を見直す必要がないかなど、常に周囲の動向に注目しておく必要があります。また定期的にリスクアセスメントを実施し、リスクが大きいと判断したものについては、設定値の見直しやクラウドサービス自体の利用停止、他のクラウドサービスへの乗り換えを検討する場合も出てくるでしょう。
そのようなケースにおいては、セキュリティコンサルティングの専門サービスを提供する企業に支援を仰ぐことも有効です。PwCコンサルティング合同会社ではクラウドリスクに関する最新の情報提供やその対応策の提示、セキュリティアセスメントの実行、社内チェック体制のアドバイスなど、時代に合ったクラウドサービスのリスク管理の実現に向けた支援を行っています。
企業がクラウドサービスを利用する際にはエンド・ツー・エンドのサプライチェーンリスクを認識することが重要であり、自社が抱えるリスクとクラウド提供事業者が抱えるリスクを分けて考え、各々に対して適切な対応を継続的に行うことが大切です。
今後、ますますマルチクラウド/ハイブリッドクラウド環境が主流となる中で、本稿がITガバナンスを見直すきっかけとなれば幸いです。
濱野 真子
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社
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