
不正や不祥事を防ぐ循環型の仕組みでリスクカルチャーをアップデート―社会との認識のズレを修正し、多様な価値観を包摂
業界や企業の内的要因によるリスクに対してコンプライアンス研修やルール整備を行っているものの、不正や不祥事を防ぐまでには至っていない現状について、「リスクカルチャー」という視点から考察し、対策を探ります。
企業が事業活動をする上で備えておくべきリスクは多岐にわたります。近年は、自然災害や地政学リスク、サイバー攻撃などが話題に挙がりますが、これら外的要因と同様に重要なのが、業界や企業の内的要因によるリスクです。
業界を問わず、コンプライアンス違反や品質不正、内部不正など、不正や不祥事が世間を騒がせる事案は枚挙にいとまがありません。いくら順調に収益を上げていても、こうした事案が明るみに出ると、ステークホルダーやユーザーからの信頼を失うばかりでなく、事業継続の大きな支障にもなりかねません。
各企業はコンプライアンス研修やルール整備といった対策を行っていますが、それでも不正や不祥事が起こってしまうという現状がある中、本コラムでは「リスクカルチャー」という視点から、現状を打破する糸口を探ってみたいと思います。
リスクカルチャーとは、簡単に言えばリスクに対する従業員の考え方や認識、行動の全体を指します。詳細なルールや手続きというより、組織内で共有されている価値観に基づく「カルチャー」であり、組織がリスクに直面した際に従業員がどう行動すべきかを示す行動指針となるものです。一般的に企業は、経営理念やパーパスと関連させる形で従業員の行動指針を策定していますが、こうした指針をリスクに当てはめたものがリスクカルチャーだと考えれば捉えやすいのではないでしょうか。
その前提に立てば、経営陣のリーダーシップや人材マネジメント、組織体制といったものがリスクカルチャーと密接に関係してくるのは自然なことです。ここでは、リスクカルチャーがなぜ重要なのか、醸成のためにどのような考え方が必要なのかについて、4つの要素から考察します。その4つとは、「経営トップの基本理念の提示」「説明責任」「有効な異議申し立て」「インセンティブ」です。
1つ目の「経営トップの基本理念の提示」については、経営者が自らの言葉で基本理念を示すことが重要です。リスクカルチャーは前述のように組織で共有する価値観に基づくことが前提となるため、メッセージを従業員に届け、理解してもらう必要があります。
2つ目の「説明責任」は、リスクの責任の所在を明確化することがポイントです。リスクには「所有」と「モニタリング」があり、それぞれ所管が明確に異なります。リスクの一義的な責任は営業や開発といった実際に事業に携わっている現場が所有しており、他部門に転嫁されることはありません。ただし、リスクをどうモニタリングし、処理するかはコーポレート部門や経営トップが判断するため、現場と経営との報告・情報共有プロセスはしっかりと整備しておく必要があります。このとき、組織ぐるみの不正や情報の隠ぺいなど、通常の報告プロセスが機能しないケースもあるため、内部通報制度など、複数の報告ルートを整備することも重要です。
3つ目の「有効な異議申し立て」については、どのような仕組みを作るかが効果の有無に直結します。取締役会と経営陣だけではなく、経営陣と従業員との間でも申し立ての仕組みがなければ効果が薄れてしまいます。また、リスク管理やコンプライアンスの担当部署の地位向上も重要で、意思決定への関与や、ときには拒否権を発動できるような権限を与えるといった経営トップによる後押しも必要だと考えます。
4つ目の「インセンティブ」は、リスクカルチャーを一過性にせず、継続的に醸成させていくために必要な項目となります。とりわけ実効性があるのは報酬制度ですが、同様に重要なのが組織の価値観に賛同し、組織への帰属意識を持った従業員が評価され、組織内に長くとどまる仕組みを構築すること。こうした価値観を共有すること自体がインセンティブになれば、リスクカルチャーが醸成され、根付いていくはずです。
続いて、リスクカルチャーを阻んでいる要因について見ていきます。どの企業も経営理念を示しており、従業員向けの研修、処遇や報酬制度などを整備しているにもかかわらず、なぜ不正や不祥事が後を絶たないのでしょうか。もちろん企業ごとにさまざまな要因はありますが、ここではカルチャー面で大きな障壁となっている2つの点を指摘したいと思います。
1つ目の理由は、社内と世の中との常識のズレです。昨今では人権や公正性が重視され、働き方改革も進んでいます。しかし、不正や不祥事を検証すると、過去にハラスメント行為や違法な労働環境が業界内の慣習として許容されていた時代があり、ここから意識をアップデートできていないケースが目立ちます。おそらく企業内部で長年の慣習による見逃しや黙認があるのではないでしょうか。
もう1つの理由は、組織内や業界内でのズレ、具体的には経営トップの基本理念と現場の実態との乖離です。いくら「従業員にやさしい会社」「働きやすさを優先」といった理念を掲げていても、現場では売上や納期といったノルマを達成するために、従業員が厳しい環境にさらされているケースがあります。人手不足もこれに拍車をかけているかもしれません。こうした現実の中、不正によって見せかけのノルマを達成するといったリスクが生じかねないのです。
こうした点を踏まえ、世間と組織とのギャップ、組織内や業界内での経営トップと現場とのギャップをどう埋めていくのかを考えていく必要があります。
不正や不祥事を起こさないためのリスクカルチャーを社内に根付かせ、社内と社外とのギャップ、経営と現場とのギャップを埋めていくには、2つのポイントがあると考えています。まずは、先述したようなズレを解消するためにリスクカルチャーそのものをアップデートすること、そして次に、多様な価値観や属性に合わせてサブリスクカルチャーを醸成することです。
リスクカルチャーのアップデートにあたっては、経営者のリスク感度を高めることが肝要ですが、社会の常識と社内のカルチャーに乖離があるような場合は、外部の知見を活用することが有効です。
PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)は、グローバルネットワークを通してリスクカルチャーに関する海外の最新トレンドを押さえており、国内においてもさまざまなベンチマーク調査などを通して業界動向の知見を保有しています。多角的な側面から情報や知見を提供し、今後のあるべき姿についての議論を深められるような支援が可能です。
2点目のサブリスクカルチャーの醸成は、今の時代を踏まえた新しい考え方です。
リスクカルチャーは、経営陣のリーダーシップや組織体制と密接に関連するものですが、事業規模や組織の構成によってカルチャーの醸成のされ方が異なります。例えば、1つの事業に特化している企業やベンチャーのように経営陣と現場の距離が近い企業では、経営トップの理念が共有されやすいため、リスクカルチャーの形成は比較的しやすい傾向があります。しかし、複数の事業を展開する企業では、事業部によって価値観にズレが出ることがありますし、ホールディングス制やカンパニー制を敷いている企業ならそのズレはさらに大きくなるでしょう。
価値観のズレという点では、世代間のギャップも考慮する必要があります。「X世代」「ミレニアル世代」「Z世代」といった言葉があるように、世代による価値観の相違は顕著であり、リスクの捉え方も異なってきます。
リスクカルチャーは企業にとって必要不可欠なものですが、価値観や働き方が多様化している現在、1つのリスクカルチャーでは限界が来ている面もあります。終身雇用や年功序列が崩れ、「個」が重視される時代だからこそ、多様な価値観や考え方を包摂するような取り組みは必須です。従業員の離職を防ぎ組織を維持するためにも、コアとなるリスクカルチャーの重要性は認識した上で、組織構造や事業、年代に合わせたより柔軟なサブリスクカルチャーを醸成することが今後は必要になってくるのではないでしょうか。
PwCコンサルティングでは、コンプライアンス改善において循環的な仕組み作りが必要だと考えています。
本コラムでは、リスクカルチャーの全体像として、企業理念や行動指針に基づいたリスク管理を実施する仕組みであるコンプライアンス研修や内部通報制度を設け、もしこれがうまくいかなくても認識のズレを解消し、サブリスクカルチャーを醸成することで、リスクカルチャー全体をアップデートしていくと説明してきました。そして、これにはトップダウンだけではなくボトムアップの意思表示も重要であり、その結果として企業理念や行動指針も見直す必要が出てくるかもしれません。循環型の仕組みとは、このような改善のサイクルを指しています。
不正や不祥事が明るみに出てから気づくのではなく、時代に合わせた組織のあり方を踏まえ、継続的にアップデートしていけるような循環的なプロセスをどうやって構築していくかが、これからのリスクカルチャーには求められているのではないでしょうか。
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濱野 真子
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社