価値創造を実現する事業変革とガバナンスメカニズム レジリエンス時代の最適ポートフォリオ戦略
急速に変化する事業環境に対応するための最適なポートフォリオ戦略、ポートフォリオ変革の実効性を高めるためのグループガバナンスの機動的な対応、事業環境変化に対応するためのリスクマネジメントについて解説します。(株式会社ダイヤモンド社/2024年12月)
2022-12-23
人々のサステナビリティへの関心の高まりに伴い、企業は強制労働、児童労働、差別、ハラスメント、プライバシーの侵害などさまざまな人権課題への対応を強く迫られるようになっています。本稿では、企業が関わった人権問題の事例を通じて、「人権リスク」がもたらす4つの経営リスクを紹介します。そして、企業は人権リスクにどう向き合うべきかについて解説します。
1990年代以降、ビジネスのグローバル化に伴って海外進出を果たした企業が人権侵害を引き起こしたり、助長したりするケース、またはサプライチェーン上で人権侵害と結びついたりするケースが散見されます。以下に2つの事例を紹介します。
2016年、小型電子機器メーカーや自動車メーカーが児童労働に関わっているとして、海外メディアの記事1やNGOの報告書2が公に指摘したことがありました。名指しで世界に公表されたのは、米国のメガテックを含む20以上の大手グローバル企業です。この記事や報告書によると、アフリカのコンゴ民主共和国にて、約4万人の子どもを含む採掘労働者が劣悪な環境下において命を削りながら素手でコバルトを採掘していました。そのコバルトが、サプライチェーンを通じて下流企業の製品であるスマートフォンや、電気自動車のリチウムイオン電池に使用されているというのです。名指しされた企業は、コバルト調達に関する調査および情報公開、新たな方針の策定や調達先の見直しなど、さまざまな対応に追われることとなりました。
近年のパーム油の需要増に伴い、生産国における劣悪な労働環境や先住民の土地収奪といった人権問題に注目が集まっています。例えば、インドネシアのアブラヤシ農園におけるノルマ制に基づく強制労働、賃金の不払い、健康を害する農薬・肥料の使用といった人権問題が挙げられます。そして、人権問題を抱える農園から搾油所、精製所を経由したパーム油が、日本企業を含む日用品・食品メーカーに渡っているケースが判明しました。環境・社会の両面からパーム油の問題が明るみになったことで、第三者機関による「持続可能なパーム油」認証の取り組みが行われるようになりましたが、認証を受けたパーム油を調達していた企業であってもNGOから人権侵害へのつながりを指摘されていることから、認証制度の活用にも限界があると言えます3。
「人権リスク」とは、企業活動によって個人や集団の人権が侵害されるリスクです。企業自体への直接的なリスクではなく、従業員、取引先、投資家、消費者、地域住民といった「人」にとってのリスクであると言えます。しかし、企業への直接的なリスクではないといっても、サステナビリティを考慮した経営が求められる現代において、人権リスクへの不十分な対応は経営リスクに直結します。具体的に4つのリスクを取り上げて解説します。
人権対応が不十分な企業は、NGOやメディアからの、そしてSNS上での直接的な批判の対象になる可能性があります。日本企業の人権対応は国際的に遅れているとされており、特に注意が必要です。例えば、企業の人権への取り組みについて格付けを行っている国際NGO「Corporate Human Rights Benchmark」4 によれば、日本企業の人権対応は相対的に低評価に留まっています。NGOやメディアの中でも、特に社会的信頼の高いアクターから人権対応の不備を名指しで批判された場合、企業のレピュテーションが大きく下がってしまう可能性があります。その場合、ブランド力の低下や、不買運動などによる売上低下は避けられないでしょう。
人権への対応を軽視したまま事業展開を続けると、いずれオペレーションが適切に機能しなくなるおそれがあります。例えば、顧客企業から取引条件として人権尊重への具体的な取り組みを求められ、対応できなければ自社の製品やサービスを販売できなくなるケースや、ある日突然NGOの指摘によりサプライチェーン上の人権侵害が発覚し、すぐに対応できずに自社製品の原材料が調達不能となるといったケースが考えられます。また、従業員が人権尊重を求めてストライキを決行したり、退職したりするケースも想定されるため、社外だけでなく社内からの反発を招く可能性にも目を配らなければなりません。
欧米を中心に、企業の人権対応を法律で義務化する動きが広がっています。国や地域によって規制や罰則の内容はさまざまですが、違反した場合は輸入差止めなどの行政罰や、罰金などの法的処罰が科されるほか、訴訟提起につながる可能性もあります。例えば、2022年2月に発表されたEUのコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンスに関する指令案 5には、「人権や環境への悪影響を予防・是正する義務を果たせなかった特定の企業に対して、売上高に応じた罰金を科す」とあります。今後、EU加盟国ではこの指令案に基づいた法整備が想定されます。アジア諸国の中で法律が整備されている国・地域はまだありませんが、タイ、マレーシア、インドネシアなどでは、ビジネスと人権に関する国別行動計画の策定が進んでいます。世界は企業の人権対応の義務化に向かって進んでおり、取り組みが不十分な企業はグローバルサプライチェーンから締め出されるおそれもあります。
日本政府も2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表しており、今後日本でも法制化を視野に議論が進むことが予想されます。
投資家による近年のESG投資の急速な高まりを背景に、多くの企業がESGへの対応に迫られています。つまり、投融資において、よりサステナブルなビジネスを対象とする動きが加速しているのです。例えば、責任投資原則(PRI、投資の意思決定を行う際、投資先企業の環境・社会問題・企業統治への取り組みを考慮・反映すべきとする原則)に賛同して署名した機関の数とその運用資産残高は急増しています6。PRIは2020年に機関投資家を対象とする人権フレームワークを発表し、ビジネスと人権に関する国際基準に則り、投資活動に人権を組み込むよう投資家に対して期待を表明しました7。企業にとって、国際基準に基づく人権の取り組みが投融資の呼び水となる一方で、不十分な取り組みはダイベストメントにつながる可能性が高まっていると言えます。
企業は人権リスクにどう向き合うべきなのでしょうか。結論は、2011年に採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)をはじめとする国際基準に則り、人権を尊重する責任を果たすことです。このことは、人権を守るためのルールが発展してきた歴史から紐解くことができます。
1948年に採択された世界人権宣言を起点に、国際人権法(人権に関する世界のルール)および、それに批准した国家の国内法によって、人権を守るためのルールは形成されてきました。しかしビジネスのグローバル化に伴い、複数の国にまたがって事業活動を展開する企業が存在感を増すに伴い、強制労働や児童労働など、人権がないがしろにされるケースが散見されるようになりました。企業も人権の尊重に責任を持つべきだという意識が国際社会で醸成された結果、企業の人権尊重の責任を明示的に求めた指導原則が2011年に採択されたのです。
指導原則は、各国の法律や国別行動計画に反映され、世界中の企業にビジネスと人権に関する取り組みを促しました。国連人権理事会のワーキンググループが2021年に発表した「UNGPs 10+ビジネスと人権の次の10年のためのロードマップ」では、今後も指導原則を「羅針盤」として活用していくことが示されています。企業は各国の法律や政策の相違点を理解し、遵守する義務があることはもちろんのこと、それらの成り立ちを踏まえると、本質的には指導原則に則った対応に取り組むことが重要です。
1 The Washington Post, 2016. “The Cobalt Pipeline” Accessed September 15, 2022.
https://www.washingtonpost.com/graphics/business/batteries/congo-cobalt-mining-for-lithium-ion-battery/.
2 Amnesty International, 2016. “This is What We Die for” Accessed September 15, 2022.
https://www.amnesty.org/en/documents/afr62/3183/2016/en/.
3 Amnesty International, 2016. “The Great Palm Oil Scandal” Accessed September 15, 2022. https://www.amnesty.org/en/documents/asa21/5184/2016/en/.
4 Corporate Human Rights Benchmark. Accessed September 15, 2022. https://www.worldbenchmarkingalliance.org/corporate-human-rights-benchmark/
5 Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on Corporate Sustainability and amending Directive (EU) 2019/1937. Accessed September 15, 2022. https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/1_1_183885_prop_dir_susta_en.pdf.
6 PRI, 2020. “PRI Signatory growth”.
7 PRI, 2020. “Why and how investors should act on human rights”.
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小菅 侑子
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社