
「アフターコロナ/ウィズコロナ時代のSCMのあり方」第9回 これからの時代における調達
グローバルでのサステナビリティ意識の高まりと、ロシアのウクライナ侵攻といった地政学リスクの顕在化は、COVID-19の流行と同等、またはそれ以上のインパクトを企業にもたらしています。今回はサプライチェーン全体の中でも、特に調達領域に焦点を当てます。
2021-11-18
日本では近年、トラックドライバーを中心とした人手不足や、「物流の2024年問題」(働き方改革関連法により、2024年4月1日からトラックドライバーに適用される時間外労働の上限が規制されることによって生じる諸問題のこと)などを背景に、物流危機が語られ始めています。こうした危機に対しては、もはや単独の企業のみでの対応することは難しく、サプライチェーンを横断した物流プラットフォームを構築し、関係する企業が一体となって具体的に対応していくべきとの声は今後ますます高まっていくと予想されます。そこでPwCコンサルティング合同会社のOperations Transformationは、「持続可能な物流の構築・維持をどのようにして実現できるか」を、ビジネスリーダーとのディスカッションを通じて考察していきたいと思います。
今回のテーマは「持続可能な物流の構築・維持を目指して」です。加工食品物流プラットフォームの構築を手掛ける味の素株式会社の上席理事で物流企画部長を務める堀尾仁氏と、SCM領域のオペレーションズ改革を手掛けるPwCコンサルティング合同会社パートナーの田中大海が、物流業界にとって重要な変革ドライバーや、異業種間や産官学などの壁を超える連携および協力体制のあり方、国や行政当局を巻き込んだルールメイキングのあり方について議論しました。
堀尾 仁氏
味の素株式会社 上席理事 食品事業本部 物流企画部長
田中 大海
PwC コンサルティング合同会社 Operations Transformation パートナー
※法人名、部門名、役職、対談の内容などは掲載当時のものです。
(左から)堀尾 仁氏、田中 大海
田中:
はじめに、持続可能な物流を構築・維持するためには、物流業界にとって何が重要な変革ドライバー(変革を促すための要素)になるとお考えでしょうか。
堀尾:
「危機意識」ですね。「物流の2024年問題」をはじめ、物流を取り巻く現状と課題はここ数年間至る所で何度も取り上げられていますが、本質的には何ら変わっておらず、問題だと思います。物流課題に対して当事者意識を持ち、腹落ちさせた上で、本気で危機意識をもたない限り、変革は起こりません。
田中:
各企業が、物流に対して変革につながるまでの「危機意識」を持てていないのはなぜでしょうか。
堀尾:
各企業が危機を実感できない構造にあるからです。物流会社は、仕事を失いたくないから本音が言えません。発荷主は、物流は物流会社がやることであり、そもそも自分たちの仕事と思っていません。着荷主は、コスト削減された状態を崩したくないので現状を変えたくありません。このように、誰も何も言わない、言えない状況が20年くらい続いてきて、いまの物流の形ががっちりと固まってしまいました。これまでは、日本の物流会社が優秀であったがため、過酷な状況や要求であってもなんとか対応してきたのです。潤沢に人がいた時代は、それでも何とか対応できたのですが、いまやそれが限界を超えてきています。
ここ数年で、物流会社から「加工食品の取り扱いはもうやめさせてもらう」と言われたことが何度かあり、食品加工業界として危機意識をもつ大きなきっかけになりました。一般に物流業界では、将来的にドライバーが3割不足すると言われていますが、物流会社に最も嫌われている業種といわれる加工食品は5割足りなくなるのでは、という感覚をもっています。
一方で、メーカー、卸、小売でも物流現場を間近で見ている人たちの間では危機意識を持つ人が増えてきたという実感もあります。実際に製配販の3層で議論をできる場が増えてきています。ただし、会社の経営層までその危機意識が共有されているかというと、まだまだ足りておらず、大きな課題です。
田中:
経営層にまで危機意識を届けるためには、繰り返し訴えていく必要がありますね。危機意識に基づいてスタートさせた取り組みをサステナブル(持続可能)なものとするためには、何が重要なポイントとなるとお考えでしょうか。
堀尾:
コストや負担だけを考えると、サステナブルな取り組みにはなりません。関係者全員の心に引っかかるような理念や目的意識を共有する必要があると思います。単純に「物流費が上がるから一緒になって下げましょう」といったコスト削減アプローチはもはや通用しません。「お金をいくら積んでも荷物を運んでもらえなくなることをどうやって回避するか」という命題に解を出していくこと、それが加工食品業界の抱える最重要課題だという共通認識を持つ必要があります。加工食品はロットがまとまらず、SKUも多く、日付管理の厳しい手間のかかる物流ですから、メーカー同士が水平連携し、同じトラックで運ぶという形をとるしか物流を持続可能にする道はないのです。
田中:
経営層にまで危機意識を届けるためには、誰もが否定しようのないSDGsのような旗印を掲げることも有効だと思いますが、いかがでしょうか。
堀尾:
経営層の承認をとりつけるために、SDGsを使わない手はないですね。先日もF-LINEプロジェクト(味の素株式会社、カゴメ株式会社、日清オイリオグループ株式会社、日清フーズ株式会社、ハウス食品グループ本社株式会社、株式会社Mizkanの食品メーカー6社による持続可能な加工食品物流プラットフォームの構築に向けた諸課題の解決に向けた取り組みを行う協議体)の社長会で、「環境負荷・CO2低減と物流効率化はイコールだよね」、という認識を共有しました。一方で、「屋根をソーラーパネルに、配送トラックをEV車に切り替えましょう」といったことはもちろん大事ではありますが、それだけでは物流の本質的な課題をあぶりだし、危機意識をもつことにはつながりません。例えば、「いま注文したものを16時までに届けて」というような物流への過剰な要求が、日常の現場で起きています。こういったことをいかに解決していくかの方がより重要だと思います。
田中:
あくまで、いま足元にある課題がベースにあって、そこにスパイス的にSDGsのような文脈を加えていくことが大切ということですね。
現場が抱えるリアルな問題意識を繰り返し発信して認知してもらうこと、そして経営層を動かすには費用対効果を数値で示すこと、「感情」と「論理」の両輪をつかって動かしていくことが重要となりますね。
田中:
次に、物流に対する危機意識が共有された後に、持続可能な物流プラットフォームを構築していくためには、どのような座組が必要となるかについて議論していきたいと思います。堀尾様が携わっている持続可能な加工食品物流プラットフォームとして「コード体系標準化」があります。サプライチェーン各層が現在使用するプライベートコードを、クラウド上でGS1のような標準コードに読み替えるという、個別最適システムを崩さない形は現実解としてのモデルを示しており、他の業界でも今後同じような形が広がっていくのではないかと考えます。堀尾様は、国土交通省の総合物流施策大綱の検討メンバーとして、産官学との連携にも尽力されていますが、業種・業界の壁を越えた持続可能な物流プラットフォームを構築するために、各プレイヤー同士がどのように連携や協力をしていくべきか、その体制のあるべき姿をどのように描かれていますか。
堀尾:
非常に難しい問題だと思います。ただ、民が責任をもって連携を促すべきであるという姿勢で、各関係省庁へはバックアップを要請してきました。とても大変ではありますが、ガイドラインだけ作って終わりにはしたくなかったので、実行までを見据えると、民である自分たちが当事者意識をもってリードしていくべきだと考えています。
田中:
とても大事な考え方だと思います。意志ある人が、扇の要となって全体をまとめ、それを官へ提言してお墨付きをもらうという動きを繰り返すことで、連携や協力を強化していくしかないのかもしれませんね。そういった官学や民の間に、第三者であるPwCが入ることで連携の強化に貢献や価値提供ができるのではないかと考えています。
堀尾:
そこは、大いに期待したいです。時には嫌われ役になる必要もあるなど大変な役回りではありますが、重要なポジションになりますね。全体を俯瞰した中立の立場として、各ステークホルダーの特性や役割を見ながら、この人にはここでこうやって動いてもらうと効果的だというような筋書きをつくる、黒子のようなポジションがあってよいと思います。
田中:
現在堀尾様は、国や行政当局を巻き込んだ活動を推進されていますが「持続可能な物流の構築・維持を目指す」にあたり、ガイドラインとルールでは、実行強制力が決定的に違うと思っています。本当の実現を目指すにあたっては、これまでのガイドラインではなく、強制力のあるルールメイキングを目指していくべきだと思っていますが、その点についてどのように考えられていますか。
堀尾:
その通りですね。「持続可能な物流の構築・維持を目指す」には、ガイドラインではなくルールメイキングを目指していくべきだと思っています。ルールを作っていくためには、行政を動かすだけの材料をどの程度集められるかに尽きると思っています。例えば「今後は積載率を何%まで上げてください」というルールを作っていくためには、現時点の情報量のみでは関係者が納得するルールを作ることができないと思います。今まではルールが無いから、ということを言い訳にしていた点はありますが、まず自分たちが、パレットを1つにするためにどんな障害があるか、他社を含めさまざまな現状・現実を見て検討していかないと、結局ガイドラインの作成で終わってしまいます。「今はルールが無いから(現状のままでよい)」と考えるのはやめていこう、ということを常に伝えるようにしています。それよりも、色々な関係者の人に「それならやらないとしょうがないなぁ」、と言ってもらえる材料を集めていくことだけをまずは考えています。
田中:
堀尾様がガイドラインではなく、ルールメイキングを目指して推進している例として「外装サイズの標準化」、つまり外箱のサイズに一定のルールを設定することが挙げられますが、これまでどのような進め方をされてきたのでしょうか。
堀尾:
まずは2020年3月、国交省での「加工食品分野における物流標準化研究会」で検討してきた結果、「加工食品分野における物流標準化アクションプラン」が策定されました。その内容に4つのテーマがありますが、その1つとして「パレット・外装サイズの標準化」があります。いつまでに何を実施していくというアクションプランも定められていたため、強い標準化ルールの作成を望んでいましたが、ルールではなく、ガイドラインに近い形式を作っていく方向性でした。外装サイズの違いは積載率や入荷・入庫業務などの現場作業含め、近い将来必ず大きな問題となり、物流が回らなくなる要因の1つになると考えていたことから、自ら舵を取っていくことを条件に、国および行政当局にバックアップをお願いしてきました。推進にあたり各企業を上手く巻き込んでいく必要もあり、公益社団法人日本包装技術協会や株式会社日通総合研究所に相談し、事務局に入ってもらうことで製配販の各層のメンバーに参加いただき、深く突っ込んだ議論をしてきました。結果、当初想定していたものよりも良いルールができたと感じています。当社内では、「外装サイズ標準化ガイドライン」を具現化するため、各事業部門および生産・研究部門のメンバー約30人による社内横断プロジェクトをキックオフさせ、ようやくスタートに入ることができました。プロジェクトのキックオフにあたっては、「外装サイズ標準化」は数カ月で実現できるような簡単な内容ではないことを強調し、5~10年続ける息の長いプロジェクトであることを各メンバーに話をしました。標準化という言葉1つにしても、現場に大きな負担を負ってもらうのではなく、また決めた運用を数十年継続できて初めて「標準化」できている、ということを言えるため、強い意志を持って進めていきたいことも強調しました。次は、私たちが社内プロジェクトとして動いている内容を一例としてF-LINEプロジェクト各社に発信し、さらには、その他同業他社にも普及に向けた声がけをし、対応していきたいと考えています。
田中:
関係各社、メンバー、スケジュール、強いメッセージ、どれも推進にあたって重要な要素だと私も思います。近い将来と遠い将来のマイルストーンの置き方も継続性を強調するためのメッセージだと思っています。
堀尾:
対社内、対社外問わず、一気に変えていきましょうと言ったら必ず反対意見が出てくるものです。今の物流領域で行われているさまざまな事象は、過去長い歴史の中で何らかの合理的な理由があっての結果ですので、現時点の状況を一方的に悪いという言い方はできません。逆の立場に立って考えることも重要だと思います。
田中:
標準化の動きは重要だと思いますが、標準化に伴い、各社コストアップにつながってしまうことに鑑みると、危機意識のみでこの課題を乗り越えていくことは現実的には難しいとも感じます。そこを乗り越えるための仕掛けなど、何か考えられているものはありますでしょうか。
堀尾:
まず短期的ではなく、長期的に見てもらうことを重要と考えています。附帯作業や長時間待機など足元の課題解決、アクションプラン標準化に係る4つのテーマへの取り組み。そのいずれにおいても、短期的にはコストアップにつながるものが多くあります。その点では、テーマごとに判断はできないということを強調しています。5~10年先にどうなっているのか、外装サイズが揃った時、コード体系が揃った時、その先に合わせて物が運べるようになった時にどれくらい効率化されるかを示す必要があるため、目指すべき全体像を描き、その中で個々のテーマの効果を目に見える形にしていこうとしています。
田中:
今後、これまで進めてきた活動がより加速するために、何か期待していることはありますか。
堀尾:
2025年の3月は1つのポイントになると考えています。「物流の2024年問題」に対応していかなければ、2025年3月の繁忙期に物を運べなくなる可能性が出てくると思っています。過去を振り返っても2014年4月の消費増税に伴う駆け込み需要により、前月の3月は物量が跳ね上がり、実際に運送トラックが確保できないという問題が発生しました。実は、それがきっかけで2014年にF-LINEプロジェクトに向けた6社集まっての最初の会合が開催されました。危機的な出来事が起きると物事が加速的に動き出すということを2014年に経験していますので、2025年3月は1つのターニングポイントになると考えています。ドライバーの拘束時間が1日約11.5時間だとすると、往復で170キロ程度、附帯作業も入れるともしかしたら70キロ程度の距離までしか運べないと推測しています。危機的出来事が起きた後には加速的な変化が起きると思っていますが、危機的出来事が起きる前に対応しなければこれまでと何も変わりません。特に物流については強い危機感を持って取り組むようにしています。
田中:
本日は「持続可能な物流の構築・維持をどのようにして実現できるか」に対して堀尾様の強い想い、考えを詳しく、楽しく聞くことができました。ありがとうございました。最後に一言お願いできますでしょうか。
堀尾:
現在、物流業界・物流現場は、世の中のさまざまな変化の煽りを受けつつも、「物流を止めてはいけない」という責任感・プライドを元に日々試行錯誤しています。私たちはこの現状に対し、物流現場を視察し、現場の意見を聞き、色々な視点・視野を持ち、調査することで「標準化」という言葉の意味をより強く、深く協調していくことが必要と考えています。ただ、この想いや考えは私たちだけで実現するには限界があり、今後、各会社の経営層の方々の意識や協力体制がより必要となると感じています。
私たちは物流への意識を常に持ち続けてもらうために、繰り返し物流の価値や重要性を伝え続けていくことが必要だと考えています。物流に携わる者として、私たちだけの問題と捉えることは止め、総合力で解決していく物流を目指してさまざまな危機を乗り越えていきたいと考えています。
田中:
本日は貴重なご意見、お時間をありがとうございました。
グローバルでのサステナビリティ意識の高まりと、ロシアのウクライナ侵攻といった地政学リスクの顕在化は、COVID-19の流行と同等、またはそれ以上のインパクトを企業にもたらしています。今回はサプライチェーン全体の中でも、特に調達領域に焦点を当てます。
味の素株式会社の上席理事で物流企画部長を務める堀尾仁氏と、物流業界にとって重要な変革ドライバーや、異業種間や産官学などの壁を超える連携および協力体制のあり方、国や行政当局を巻き込んだルールメイキングのあり方について議論しました。
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