Rapid sourcing transformation

迫りくるスキル喪失の危機を乗り越える

  • 2024-04-25

PwCが2023年10月~11月にかけて実施した「第27回世界CEO意識調査」の結果では、現状の事業が10年後には存在していないとの危機感を抱いているCEOの割合は、日本企業では64%にのぼり、世界全体の45%と比べてはるかに高いことが分かりました。さらに、自社の価値を創造、提供、獲得する方法を変えることを大きく阻害する要因として、日本では24%のCEOが「自社の従業員のスキル不足」を挙げています。世界全体の20%と比較して高く、事業存続の不安要素としてスキル不足の比重が高いことが窺えます。

図表1 PwCの「第27回世界CEO意識調査」の結果

今後10年以内を目途に、豊富な知識・経験を持つベテラン人材の多くが定年を迎えるという事実を踏まえると、残された時間はわずかしかありません。本稿では、まずは足元のスキル喪失の危機を乗り切るためのスキル継承について解説し、そのうえで、さらなる高度化に向けた論点として、中長期的な事業展開を見据えたリソースプランニングと優秀な人材の獲得・維持を取り上げます。

調達部門が置かれている現状:ベテラン人材の経験と勘に頼ったアナログな業務実行

一般的に、製造業における直接材調達では、サプライヤーへの提案力・交渉力、専門材や関連技術に関する深い知識、開発・設計・製造部門との密な連携・コミュニケーション力などが求められ、多くの日本企業では、スキルの形式知化が進んでいません。

ベテラン人材は、現場で長年の工夫を重ねてスキルを磨き上げており、その結果、調達業務、業務に求められるスキル、スキルのベースとなる知的資産(考え方やフレームワーク、ツールといったもの)は属人化し、ベテラン人材の頭の中・引き出しの中に眠っているという状況にあります。

体系的に整理されていないため、必然的にデジタル化も進まず、若手人材は”ベテランの背中を見て覚える”といった、極めてアナログな状況に陥っています。

スキル継承の実施ステップとポイント

スキル継承のためには、ベテラン人材の頭の中・引き出しの中に眠っているスキルを掘り起こし、若手人材が獲得できるよう体系化したうえで、継承するといった手順を踏む必要があります。

具体的な進め方は、以下の4ステップになります。

①ベテラン人材の現状スキルの棚卸し

まず最初のステップとして、各々のベテラン人材が行っている業務と、その業務に求められるスキルを洗い出します。ここでは、いかにベテラン人材の頭の中に眠る種々の非構造情報を、効率良く漏れなく引き出せるかがポイントとなります。

②将来的に必要となるスキルの定義

目まぐるしく事業環境が変化する現代において、現状行っている業務をそのまま踏襲することが、必ずしもベストとは限りません。将来に向け、あるべき業務に基づいて求められるスキルを定義し、新規に獲得すべきスキルを明確化することが必要となります。単に現状を維持するのではなく、未来志向で、事業戦略上求められるスキルを定義することがポイントとなります。

③スキルの型化

次に、ベテラン人材が保有するスキルから重要要素や共通事項を抽出し、体系化するステップとなります。スキルには「アイデアや情報」「テンプレート」「手順」の3つの要素があり、その要素に従って進め方は異なります。

「アイデアや情報」については、ベテラン人材の頭の中に眠っている情報を収集し、関係者が活用できるように整理します。「テンプレート」については、各ベテラン人材が発展させてきた思考の枠組みを、組織内で統一します。「手順」については、属人的な業務の進め方を標準フロー化します。これら3つの要素を三位一体で体系化することがポイントとなります。

④システム化による定着化

スキルの型化を進めたうえで、確実に実行できるよう、システム実装により定着化を目指します。ただし、システム化と言っても、必ずしも調達業務全般をカバーする大規模なシステムの導入が必須な訳ではなく、昨今登場しているライトなSaaSの活用も視野に入れることがポイントとなります。

図表3 スキル継承・人材強化に向けたRapid sourcingのステップ

短期間で効果を創出するために

ベテラン人材の引退時期は刻一刻と迫っています。日々の業務がある中、限られた時間でいかにスキル継承を進めるかは、事業継続・成長の観点でも非常に重要な問題と言えます。以下に、短期間でスキル継承を進めて効果を創出する(Rapid sourcing transformationを実践する)ための2つのポイントを示します。

①ソーシング領域へのフォーカス

調達業務は大きく、価格・サプライヤー決定業務である「ソーシング業務」と、発注以降の「パーチェシング業務」に分かれます。事業上のQCD(品質、コスト、納期)を決めるのはソーシング業務であり、原価企画、サプライヤー開拓、見積・交渉といった領域は、より高度なスキルが求められることとなります。

スキル継承を進めるにあたっては、まずは高度なスキルが求められるソーシング業務にフォーカスすることがポイントとなります。

②領域特化型のライトなSaaSの活用

アイデア・情報、テンプレート、手順・考え方などを整理し、スキルの型化まで進めたものの、使用が義務付けられていないと、次第に使われなくなるといったケースはしばしば見受けられます。そういった事態に陥るのを防ぐためには、システム実装により定着化を図ることが鍵となりますが、このシステム化において、最近はソーシング領域に特化したライトなSaaSが登場し始めており、短期間かつ必要最小限の投資で効果を出すためには、こういったSaaSの活用が有効と言えます。

高度化に向けた論点

ここまで、日本企業が目下直面しているスキル喪失の問題をどのように乗り切るかについて解説しました。まずは現有のスキルを継承することで、マイナスの状態をゼロに持って行くことを目指すことが必要です。そのうえで高度化を進めるための論点として、本稿の最後に①中長期的な事業展開を見据えたリソースプランニング、②優秀な人材の獲得・維持について解説します。

①中長期的な事業展開を見据えたリソースプランニング

現行の調達業務を是として考えるのではなく、中長期の自社事業展開を見据えて、重要となるエリア/拠点に適切な人材を配置することが極めて重要となります。企業の人材リソースには限りがあり、限りあるリソースをどう戦略的に配置し成果を出すかといった視点は必須と言えます。

具体的には、自社の中期事業戦略をもとに、将来的に各エリア/拠点で調達実行する品目カテゴリーや、実施業務内容・業務量を整理し、求められる人材の質・量を算定します。そのうえで、②で後述する通り、各個人のスキル管理に基づいて、誰をどこに配置するかを全体最適視点で検討することがポイントとなります。

②優秀な人材の獲得・維持

現有のスキルを継承したうえで、さらにその先を目指すには、優秀な人材を引きつけ、未来を担う調達リーダーを育成することが必須となります。そのために、必要な人材のスキル要件を明確にしたうえで採用・配置し、OJT・Off-JTの双方から育成し、結果に対して適切に評価・報酬を与え、各個人のスキルを適切に管理することが必要となります。

まとめ

多くの日本企業において、ベテラン人材の引退は10年以内を目途に差し迫ってきており、今から取り掛からなければ、ベテラン人材が長年積み上げてきた貴重なスキルが永久的に失われることになり、事業に対し、大きなダメージを与えかねません。

どれほど入念に戦略を練り、未来に向けて業務を設計し、組織の枠組みを整え、最新のシステムを導入しようとも、それを実行するのは「人」であり、「人材・スキル強化」は企業経営において最重要課題と言えるでしょう。

迫りくるスキル継承問題への対応を検討しておられる企業トップ・リーダー・担当者の方々にとって、本稿でご紹介したRapid sourcing transformationの考え方が少しでもお役に立ちましたら幸いです。

執筆者

小山 元

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

向井 沙央理

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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