データの観点から考える都市OSのマネタイズモデル

2023-03-22

国内スマートシティは実証実験から実装段階へ

スマートシティに取り組む多くの自治体がその活用を検討する、「デジタル田園都市国家構想推進交付金(令和4年度2次補正予算)」の制度概要が2022年12月に発表されました。その要件に目を通すと、「実装を伴わない実証や調査のみに止まる事業の経費は対象外である」と明記されており、国内のスマートシティに関する取り組みを、実証実験から社会実装の段階へ前進させようとする意図が感じられます。

スマートシティを持続可能な形で社会実装する際に重要となってくるのが、そのマネタイズモデルです。一定の期間で完結する実証実験であれば補助金を活用するなどして実行できますが、永続的なサービスとして提供するとなると、安定的な財源の確保が必要になります。実際、PwCにもスマートシティのマネタイズモデルに関するご相談が寄せられています。

スマートシティサービスの財源

スマートシティにおいて提供される個々のサービス(以下、「スマートシティサービス」)の財源は、サービスの受益者に負担を求める方法と、税金などにより公平な負担を求める方法に大別することができます。いずれの財源を選択するかにあたって重要なのは、公共性という観点です。

例えば、観光アプリやエンターテイメント性の高いアプリなど、特定の人たちだけが利用するスマートシティサービスについては、サービスの受益者である利用者に負担を求めることが自然だと考えられます。もしくは、サービス利用者に費用負担を求めない代わりに、サービスを介して第三者による情報提供(マーケティング)をすることにサービス利用者から許諾を得た上で、マーケティングの機会を必要とする第三者に利用者の代わりに費用負担を求めるというマネタイズモデルも多く見られます。この場合、「マーケティングの機会」がサービスを通して提供される便益の1つであり、マーケティングを実施する企業も受益者であると考えることができます。

一方、オンラインでの行政手続きサービスや、公共物の破損を報告するアプリなどは、その地域に住む人々全体に便益を提供することを目的とした公共性の高いスマートシティサービスであることから、税金を活用してそこに暮らす人々に公平負担を求めていくことについての合意が比較的得られやすいと考えられます。

両者の中間的な性質を持つ準公共的なサービスについては、税金による負担と、受益者による負担を組み合わせた、2階建てのマネタイズモデルを検討することもできるでしょう。

このように、スマートシティサービスの財源については比較的整理が容易であり、受益者に負担を求める場合には、予想される売上が費用を上回り、サービスとして成立するかどうかを検討すれば良いでしょう。また、税金による負担を求める場合には、投入される税金に対してその提供価値が妥当であり、住民の合意を得られるかどうかを検討することになります。

都市OSのマネタイズの難しさ

一方で、都市OSのマネタイズモデルを検討することは、スマートシティサービスほどシンプルではありません。ITシステムである都市OSには、導入費用のみならず、その維持運用費用がかかります。この費用を受益者による負担でまかなうべきなのか、それとも税金によってまかなうべきなのか、そもそも都市OSの所有者として最も適切なのは誰なのか、といった質問に答えていくことが求められます。

現在の国内のスマートシティの取り組みにおいては、多くの場合、地方自治体、もしくは地方自治体から委託を受けた事業者が都市OSの所有者となっています。このような場合、その導入費用については税金に加え、先に言及したデジタル田園都市国家構想推進交付金などの補助金で賄われているケースが多く見受けられます。しかし、その維持運用費用をどのように賄うかについては、さらなる議論が必要です。

都市OS上で多数のスマートシティサービスが提供され、それによって街の魅力と利便性が大きく向上しているのであれば、都市OSは重要な都市インフラであり、その維持運用費用は税金で賄うべきと考えられるかもしれません。しかしながら、スマートシティの取り組みの初期において、都市OSを活用するスマートシティサービスが限定的で、しかもその全てが公共性の高いサービスとは言えないような状況だとしたら、都市OSの維持運用費用を税金で賄い続けることに住民の合意を取り付けることは容易ではないでしょう。国内の都市OSに関する取り組みが実証実験の段階で留まったり、数年で頓挫してしまったりする原因の1つに、都市OSの維持運用費用を継続的に税金で賄うことへの住民の合意を得ることの難しさが挙げられます。

では、都市OSの維持運用費用を受益者が負担すると考えると、どうでしょうか。この場合、都市OSの受益者は誰なのか、具体的に提供される便益は何なのか、それによってどの程度の対価が得られると期待できるか、それは都市OSを維持運営していくのに十分か、といったことを検討する必要があります。

都市OSにはいくつかの側面がありますが、「スマートシティリファレンスアーキテクチャ第一版」(内閣府)の7章では、都市OSの主要な機能の1つとして「データ流通」が挙げられています。サービス間、もしくは地域間のデータ連携は都市OSの重要な機能の1つです。都市OSをデータ連携基盤として見た場合、その直接的な受益者は都市OSを介してデータをやり取りする、データ提供者および利用者であり、データを簡単にやりとりできることが便益に該当します。このような理解に基づいて、都市OSのマネタイズ手法として「データ」に着目するケースが多く見受けられます。しかし、都市OS上で流通するデータからマネタイズを成功させることは簡単ではありません。その理由について考えてみたいと思います。

データによるマネタイズが難しい理由

都市OS上で流通するデータをもとにマネタイズを成功させることが容易ではない理由はいくつかあります。

1つ目は提供されるデータに十分な価値がない場合、そこから対価を得ることは困難であるという点です。データに価値を持たせるためには、その活用シナリオに照らし合わせて、十分な品質(正確性、完全性、最新性、制度など*1)を確保する必要があります。

2つ目は、たとえ価値あるデータであったとしても、それを無償で入手できる別の手段がある、あるいはそのデータを自前で取得することが比較的容易であるとしたら、やはり対価を得ることは難しいという点です。例えば気象に関するデータや、企業の株価に関するデータは一部の企業にとって価値のあるものですが、それを無償で入手する方法が多数存在するため、敢えて対価を払って入手しようと考えるデータ利用者は少ないでしょう。対価を払ってでもデータを入手したいと考えるのは、自社にとって価値のあるデータを自前で入手することが困難である場合(例えば医療機関でない限り、特定の個人に関するメディカルデータを入手することは困難です)や、自前で入手するには膨大なコストを要する場合(例えば、国内のあらゆる場所の正確な地図情報と表札に書かれている姓の一覧を入手することは、不可能ではないにしても膨大なコストを必要とします)など、そのデータを有償で入手することに合理性がある場合のみです。

3つ目はそのデータを都市OS経由で入手する必然性がなければ、データ利用者は都市OSを利用することの対価の支払いを回避するために、提供者から直接データを入手しようとする可能性があるという点です。都市OSはあくまでデータ流通基盤であって、データそのものを保有しているわけではありません。元データの保有者から都市OSを介さずにデータを入手できる場合に、なぜ敢えて追加費用を支払っても都市OS経由でデータを入手することが望ましいのか、理由が存在しなければなりません。

都市OSのマネタイズの 難しさ

都市OSからデータを取得することが合理性を持つために

データを都市OSから取得する合理性を生む1つの解は「標準化」です。全体を理解するために、複数のデータ提供者からデータの提供を受ける必要がある際に、たとえいずれのデータも品質の観点では十分だったとしても、データの構造やデータ項目の定義がそれぞれ異なっていたとしたら、それらをシームレスに組み合わせて活用することはできません。都市OSを介することで、複数のデータソース、つまり異なるデータ提供者から提供されるデータをあたかも1つのデータソースのように活用できるならば、サービス利用者にメリットが生まれます。

別の観点として、データそのものよりも、そのデータから導き出されるインサイトや、そのインサイトに基づいたサービスがより価値が高いものになるという点が挙げられます。例えば、上場企業の業績に関するデータは投資を考える人にとって有用なものですが、業績データと現在の株価を比較して、その企業に投資すべきかどうかを判断するにはそれなりの知見が必要となります。そこで証券会社などは、自らが有する知見に基づいて「アナリストレポート」を作成し、提供しています。このようなレポートを読めば、投資に関する知識が限られている人でも、どの銘柄に投資すべきかのヒントを得ることができます。さらに投資信託になると、「リスクを抑えながら中長期的なリターンを狙いたい」といった、個人の投資方針に適合した信託商品を購入することで、あとは投資のプロに運用を任せることができます。このように、データそのものよりも、データから導き出されたインサイト、あるいはそのインサイトに基づいたサービスは、より多くの価値を提供します。こうした機能を都市OSそれ自体に求めるのは過剰な期待かもしれませんが、都市OSの所有者が都市OS上でこうしたサービスを提供し、都市OSの維持運用費用を賄うことは現実的な手段の1つだと考えられます。

今回のコラムではデータの観点で都市OSのマネタイズモデルを考察しました。PwCではデータ以外の観点からの都市OSのマネタイズモデルについても、その設計をご支援しています。ご興味のある方は、ぜひPwCまでお問い合わせください。

データによるマネタイズが 難しい理由

*1:国際標準であるISO/IEC 25012ではデータの品質を評価する15の観点が定められています。また、ISO/IEC 25024ではサービス品質、ISO/TS 8000-61ではデータ管理プロセスの評価基準が定められています。

執筆者

奥野 和弘

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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