「スマートシティで描く都市の未来」コラム

スマートシティにおける幸福度活用の重要性

  • 2023-06-20

スマートシティを持続可能なものとするためには産官学、市民含めたさまざまな関係者が、1つのまちづくりのゴールに向けて積極的に協力していくことが極めて重要です。こうした地域の共同活動を引き出していく上で、ウェルビーイング指標は重要な役割を果たします。

具体的には、各地域においてウェルビーイング指標を計測し、その結果から浮き彫りになる課題について行政ばかりでなく市民、事業者などを巻き込んだ共通の理解を進めることができます。また、さまざまな関係者間で課題に対するまちづくりの方針について共通理解を醸成しつつ、まちづくりに対する主体性を喚起することで、各地域のまちづくりに向けた課題解決の加速度的に寄与することができます。

本コラムでは、急速な広がりを見せるウェルビーイング指標活用の動きについて世界、日本の順でフォーカスを当てつつ、これを活用していくにあたっての課題認識を提起していきます。

世界的に広がりを見せるウェルビーイング指標活用の動き

日本を含む世界において、近年、ウェルビーイング指標を活用する動きが広がっています。

その理由は大きく2つあります。

1つ目の理由は、「経済発展が必ずしも人々の幸福につながらないのではないか」という課題認識が世界各国で真剣に議論され始め、結果として幸福を直接的に追求することが重要視され始めた点です。例えば、経済協力開発機構(OECD)は2007年にGDPだけでは私たちの生活を測れないという課題認識の元、欧州委員会や欧州議会とともに「ビヨンドGDP会議」を開催しました。また、2021年には世界経済フォーラムが主催するダボス会議において、世界の経済システムを人々の幸福(ウェルビーイング)を中心に捉え直すべき、という趣旨の「グレート・リセット」が提唱されています。

2つ目の理由は、ウェルビーイングに関する学術研究を通じて、ウェルビーイングのメカニズムが明らかになりつつあるという点です。提唱者により若干の切り口は異なりますが、一定程度共通した幸福の構成要素があることが明らかになりつつあります。マーティン・セリグマン氏は幸福の構成要素として「ポジティブ感情(Positive Emotion)」「没頭・集中(Engagement)」「良好な人間関係(Relationship)」「人生の意義(Meaning)」「達成感(Accomplishment)」の5要素(PERMA)を提唱しており、Gallup社は「仕事(Career)」「人間関係(Social)」「経済(Financial)」「健康(Physical)」「地域社会(Community)」の5要素を幸福の構成要素と提唱しています。国内でも、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司氏は「自己実現と成長(「やってみよう」因子)」「つながりと感謝(「ありがとう」因子)」「前向きと楽観(「なんとかなる」因子)」「独立と自分らしさ(「ありのままに」因子)」を幸せの4因子と提唱しています。また、幸福とその他の指標との間の因果関係についても、ランダム化比較テストや大規模調査などを通じた研究により明らかになりつつあります。

このように、世界における幸福追求の重要性の高まりと幸福学研究の蓄積により、ウェルビーイングを定量的な指標として活用する土壌が整いつつあり、さまざまなウェルビーイング指標が提示されはじめています。

なお、国際機関でいうと国連が2012年から毎年「世界幸福度調査(World Happiness Report)」を公表しています。経済協力開発機構(OECD)は、伝統的なGDP以上に、人々が暮らしを計測、比較することを可能にするインタラクティブな指標として「より良い暮らし指標(Better Life Index; BLI)」を2011年以降、継続的に公開しています。

諸外国においてもウェルビーイング指標への注目が集まり、2010年代後半以降、計測したウェルビーイング指標を活用する動きが加速しています。下図に示すとおり、英国、ニュージーランド、フランス、イタリアなどはウェルビーイング指標の可視化・モニタリングに留まらずに、政策立案、予算策定、政策評価にまで踏み込んだウェルビーイング指標の活用を行っています。

日本でも実際に活用され始めているウェルビーイング指標

日本においても、ウェルビーイングは重要アジェンダとなっています。

例えば、2021年2月、衆議院の予算委員会で国民の幸福・ウェルビーイングを測る取り組みとして「GDW(Gross Domestic Well-Being:国内総充実)」の採用が提言され、同年6月の「組織財政運営と改革の基本方針2021(骨太方針2021)」を踏まえ、各省庁の基本計画にウェルビーイングに関するKPIが設定されました。また、内閣府が掲げる「ムーンショット目標」では、2050年までに「身体、脳、空間、時間の制約からの解放」などの9つの目標達成が掲げられていますが、全ての目標は「人々の幸福」の実現を目指していると明記されています。

具体的なウェルビーイング指標の可視化・活用も動き出しています。

内閣府は2010年に「幸福度に関する研究会」を設置し、2011年にウェルビーイング指標試案を発表しました。その後、2019年からは「満足度・生活の質に関する調査」を実施し、その結果をダッシュボード化しています。全国の自治体でも独自にウェルビーイング指標を計測している自治体が出始めています。例えば、東京都荒川区は「荒川区民総幸福度(GAH:Gross Arakawa Happiness)」、茨城県は「いばらきウェルビーイング指標」を独自に定義し計測し、政策運営に繋げています。

そんな中、政府は2022年6月、「デジタル田園都市国家構想」の基本方針を閣議決定しました。デジタル田園都市国家構想では、「心ゆたかな暮らし」(ウェルビーイング)と「持続可能な環境・社会・経済」(Sustainability)を実現し、地域で暮らす人々の心豊かな暮らし(ウェルビーイング)の向上と、持続可能性の確保を目指しています。その中心的な概念として、「Liveable Well-Being City指標(LWC指標)」を用いて価値観や目的をすり合わせ、それぞれの取り組みの円滑な連携を図ることを目指しています。

当該指標は個性を磨くこと、EBPM※1・ワイズスペンディングに役立てるという各自治体の主体的な活用を重要なコンセプトの一部に置いており、実際に、各自治体がホームページ上でダッシュボードを閲覧できたり、データをダウンロードできたりする形にしており、加えてマニュアルなどにおいて当該指標を用いて「①俯瞰」「②因子の探し出し」「③シナリオの可視化」「④ディスカッション」「⑤施策の決定」「⑥モニタリング」といったプロセスを回すことが推奨されています。

現時点では、加古川市、浜松市などのいくつかの自治体が当該指標を活用した先進的な取り組みを行っており、今後、より多くの自治体が当該指標を用いて主体的なまちづくりに活用することが期待されています。

このような動向を踏まえたときに、ウェルビーイング指標を活用することで、数多くの自治体が行政、市民、事業者等のステークホルダー間で共通理解および協力を行い、自分事として主体的にまちづくりを行っていく姿が目指す理想像だと、私たちは理解しています。

上記の目指す理想像に鑑みた際、大きく以下4つの課題が存在すると認識しています。

課題認識①:ウェルビーイング指標の価値を理解・納得している自治体は現時点では一部に限る

各自治体が主体的にウェルビーイング指標を活用してまちづくりを行っていく上では、「なぜこの指標を活用しなければならないのか」「この指標を活用するとどのようなメリットがあるのか」について理解し、納得することが最低要件です。

その点、前述のとおり、ウェルビーイング指標の活用の取り組みは始まったばかりであり、加古川市、浜松市などの積極的な自治体は存在するものの、自治体によってその理解度や納得度はさまざまであると考えられます。

従って、自治体への効果的な指標導入だけでなく、その後の他自治体への展開を効果的に実現させるためには、いかにして自治体のウェルビーイング指標への理解・納得を促し、そのノウハウを型化していくかが重要です。

課題認識②:ウェルビーイング指標の活用が難しい

各自治体のデジタルリテラシーや幸福度に関する理解度が十分であるとは限らないこととも相まって、指標体系の概念の理解、ツールの活用、指標が多いが故の抽出した数値の読み取りやPDCAへの活用といった点で、「難しさ」を感じる自治体が多数存在していると思われます。

加えて、ウェルビーイング指標の活用はそもそも地域ごとの特徴把握や、目指すべき地域の在り方を検討するために活用する、というように、非常に「自由演技」的な活用が求められるものであることから、活用の難しさに拍車をかけていると考えられます。

従って、指標の構造や意味合いをロジカルに各自治体に伝えるだけでなく、デザインシンキングや人間中心といった切り口での分かりやすさを組み込むことや、自治体の特徴によってある程度パターン化して一部を「規定演技」的な形に落とし込むなどして、「難しさ」を払拭することは、解決すべき課題だと認識しています。

課題認識③:ウェルビーイング指標を一度活用したとしてもその後も継続的に活用するための難しさが存在する可能性

課題認識②で述べたとおり、ウェルビーイング指標を活用するにあたっての難しさがあるだけでなく、継続的に活用してもらう上での別の難しさも存在すると考えられます。

つまり、各自治体がユースケースを描き、採択した指標を場合によって入れ替えながら活用していく上で、各指標が「意味がある」ことを定量的に示さなければ、徐々に形骸化していく恐れがあります。

実際に、当社が自治体や私企業における複数のKPIマネジメントのコンサルティングを行う中で、複数あるKPIが「意味がある」ことを定量的かつ継続的に示されないために、KPI活用が徐々に形骸化してしまうというケースが数多く見られてきました。

従って、採択する指標をストーリーに基づいて可視化するだけでなく、定量的な関係性を統計的に導出することも含めるなどして、将来的な継続活用における「難しさ」を早い段階で払拭することが重要になります。

課題認識④:ウェルビーイング指標が誤った使われ方をされる惧れがあり普及の足枷になる可能性がある

ウェルビーイング指標は、あくまでも「目指すべき地域の在り方」を検討するためのツールだと認識しています。その点、ウェルビーイング指標は定量的に他自治体との比較ができるため、地域の特徴を分かりやすく可視化する非常に有効なツールだと考えられます。

一方、数字で分かりやすく可視化されるため、ランキング、他地域との競争といった誤った形で活用されてしまったり、捉えられ方をされてしまったりする可能性があります。最悪の場合、「ウェルビーイング指標は決められた指標に基づいて地域間の競争を促すもの」と誤解されてしまうおそれがあります。

従って、目的と手段が混同されないように丁寧にコミュニケーションを行いながら導入に向けた取り組みを推進することは、解決すべき課題だと言えます。

以上、スマートシティにおけるウェルビーイング指標活用にあたる4つの課題を提起してきました。冒頭にも述べたとおり、ウェルビーイング指標は地域の共通理解を醸成する際に有用な指標となるため、こうした課題を認識したうえで導入・活用に取り組んでいくことが重要であると考えます。

私たちはウェルビーイングを起点とした企業変革に向けた活動を行っており、消費者向け、従業員向けの幸福度調査や情報発信、関連するプロジェクトを推進しています。*2

企業経営にウェルビーイングをビルドインするにあたり、本文で述べたように幸福度といった指標で可視化することが重要であると考えており、例えば、「幸福×熱狂」を切り口とした調査*3や、「フード&エンタメ」を切り口とした調査レポート*4を発行しています。併せてご参照ください。

*1「EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)とは、政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること」(内閣府:内閣府におけるEBPMへの取組
*2 幸福度イニシアチブ
*3 全国熱狂実態・幸福度調査2022
*4 全国フード&エンタメ実態・幸福度調査2022

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