厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」へのリスクベース対応に向けたポイント~第8回:スキャナ保存と運用管理規程について

2018-08-03

厚生労働省:「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」の第9章では、法定保存義務のある医療等文書をスキャナ保存する際の管理要件、第10章では運用管理規程の策定の重要性が論じられています。

医療等文書をスキャナ保存し、外部保存する際には留意しなければならないポイントがあります。また、第10章で述べられている運用管理規程について医療機関等が対応を検討するにあたっては、事前に行うべき事項があり、これがなされない場合、きわめて非効率な規程が策定されてしまうリスクがあります。

本コラムでは、上記のような観点を中心に、厚生労働省安全管理ガイドラインの第9章および第10章を解説します。

なお、本コラムにおける意見・判断に関する記述は筆者の私見であり、所属組織の見解とは関係のない点を予めお断りしておきます。

紙媒体の診療録等をスキャニングして電子保存する際の注意点

厚生労働省安全管理ガイドライン第9章:「診療録等をスキャナ等により電子化して保存する場合について」は、医療等文書をスキャニングし、電子化して保存するために実施すべき事項を取りまとめています。しかしながら本章は、スキャニングによる電子保存それ自体について非常に慎重なスタンスを取っています。例えば、「9.1:共通の要件-B:考え方」に記されている通り、いかに精密なIT技術を駆使しても、スキャニング/電子化した媒体は元の紙媒体の信頼性には及ばないこと、よってスキャニングした事後においても紙媒体の保管が推奨されることが記されています。

【9.1:共通の要件-B:考え方】

なお、スキャナ等で電子化した場合、どのように精密な技術を用いても、元の紙等の媒体の記録と同等にはならない。従って、一旦紙等の媒体で運用された情報をスキャナ等で電子化することは慎重に行う必要がある。(・・・)

電子化した上で、元の媒体も保存することは真正性・保存性の確保の観点から極めて有効であり、可能であれば外部への保存も含めて検討されるべきである。

医療機関等では、医療情報システムの導入前後において取り扱われる法定保存文書の媒体が大きく変化します。システム導入前には紙で管理していた内容も、導入後には電子的に処理・保存されるようになります。そのため、文書管理の連続性・一貫性を担保し、業務効率性を高める上でも、導入後の電子的な環境のもとで、従来の紙文書を取り扱えるように検討を行うケースも多いと思われます。しかしながら上記の通り、そのようなケースには非常に高い要件が求められています。例えば、レントゲン写真等が添付された紙媒体の診療録をスキャニングする場合、そのツールの精度に連動して該当写真の精度も劣化し、見読性が損なわれてしまうであろうことは想像に難くありません。このような場合、紙文書をスキャニングし、電子保存する場合は、紙媒体が担保していた見読性を確実に実現しうるツールの利用が不可欠となります。

重要な点は、スキャニングにより電子保存することによって、患者への医療行為の継続性に影響が及ぶことはないのかという点です。紙媒体であれば検知できたはずの疾患の予兆が精度の低いスキャニングツールにより発見できなくなった場合、最も困る人は誰でしょうか。それは言うまでもなく、患者です。第9章で述べられていることは、患者への医療サービスの信頼性/継続性を確実に担保できるのであれば、スキャニングによる電子化も可能であるということです。ここでは、医療機関等に対して、足元のIT化による利便性に追従するのでなく、患者を最優先事項と捉えた上での情報管理の戦略が検討されているかどうかを問いただしていると言えるでしょう。

対象文書についての留意事項

厚生労働省安全管理ガイドラインでは、第7章/第9章が対象とする文書および第8章が対象とする文書を区分けして明示しています。これらの対象文書は同一と誤解されがちですが、実際は異同のある点に留意が必要です。例えば、第7章/第9章の対象文書のうち、以下の文書類は第8章の外部保存改正通知が対象とする文書には含まれていません。

  • 医療法(昭和23年法律第205号)第21条、第22条及び第22条の2に規定されている診療に関する諸記録及び同法第22条及び第22条の2に規定されている病院の管理及び運営に関する諸記録
  • 薬剤師法第28条に規定されている調剤録
  • 高齢者の医療の確保に関する法律の規定による療養の給付の取扱い及び担当に関する基準(昭和58年厚生省告示第14号)第9条に規定されている診療録等
  • 高齢者の医療の確保に関する法律の規定による療養の給付の取扱い及び担当に関する基準第28条に規定されている調剤済みの処方せん及び調剤録

上記の法定保存文書は外部保存改正通知(第8章)の対象文書ではあるものの、e-文書法(電子保存の3原則:第7章/第9章)の適用対象文書ではありません。

つまり、医療機関等で取り扱っている対象文書の種別によっては、スキャニングし、外部機関へ保存を業務委託した場合に必要となる管理要件が異なる可能性があります。例えば、診療録の中でも、「高齢者の医療の確保に関する法律の規定による療養の給付の取扱い及び担当に関する基準 第9条に規定されている診療録等」をスキャニング/電子保存を行う医療機関等では、第8章の管理要件は対象外の位置付けになります。

このことからうかがえるのは、医療機関等においては自らが取り扱う対象文書の種別を正確に認識した上で、必要な管理要件に係る対応策を講じる姿勢こそが重要であるということです。とりあえずすべての医療文書を対象に、第7章/第8章/第9章の要件を満たすかたちでスキャニングを行い、すべての管理対策を講じることは、きわめて非合理なアプローチと言えます。また補足となりますが、安全管理ガイドライン第5版では、介護関連施設の文書は第8章では明示されているものの、第7章/第9章では対象文章として特に明示されているわけではありません。

運用管理規程を策定する場合の留意事項

合理的なアプローチを考えるためには、第10章が論じる「運用管理について」の内容にも考慮が必要です。第10章が述べている最低限の実施事項は、あくまで標準的な内容であることに留意が必要です。

厚生労働省安全管理ガイドライン:第6章-「6.2 医療機関等における情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)の実践」で述べられている通り、医療機関等には、リスク評価の結果に基づき、第6章の対策を講じることが求められています。

また、本ガイドライン:「付表1 一般管理における運用管理の実施項目例」にある通り、大規模/中規模病院と小規模病院/診療所では、求められる対策要件も異なってきます。ここで注意すべき点は、規模が直接的に実施すべき対策要件を左右するということではなく、規模や環境構成等、自機関固有の要件に基づきリスク評価を行い、実施すべき対策を選択することが求められているということです。

よって、第10章が求める最低限の実施事項をそのまま運用管理規程に反映している医療機関等においては、自機関が取り扱う対象文書の種別に応じ、かつ自機関を取り巻く固有のリスクプロファイルを考慮した上で、実施すべき管理要件を検討し、運用管理規程を見直すのが合理的と言えるでしょう。

まとめ

以上の通り、厚生労働省安全管理ガイドライン第9章および第10章を解説しましたが、重要な点は、自機関が取り扱う対象文書の種別を正確に認識した上で、しかるべき管理要件を合理的に、過不足なく講じることができているかという点です。

例えば第9章で論じたスキャニング/電子保存も、ガイドラインは禁止しているのではなく、しかるべき管理要件を満たすことの重要性を論じています。つまり最重要ステークホルダーである患者の保護を第一義として、それを充足するための管理要件が述べられています。

一方で、医療機関等のリソースは限られるため、管理要件への対応に苦心することもあるでしょう。だからこそ取り扱う対象文書の種別に応じ、想定されるリスクに照らした上で、合理的な対応を図っていく、リスクベースなアプローチが重要になると言えます。

<次回予告>

次回は、今までの内容を総括するとともに、厚労省安全管理ガイドライン全体を通じて、特に留意すべきポイントを解説します。

執筆者

江原 悠介

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」リスクベース対応に向けたポイント

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