{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
2023-03-23
デジタル・テクノロジーの活用によるビジネス変革が進展する一方で、DXや価値創造のためのスキルを持つ人材の数は不足しており、リスキリングの必要性が叫ばれています。これは、DX推進の専門人材が特に不足しているということではなく、経営人材が不足していることの一例であると捉えられます。企画人材・IT人材を含む経営人材の育成は、日本における従前からの課題であり、根深い中長期的な課題であると言えます。
本稿では商業銀行を例に、企業の組織・人材マネジメントの高度化と従事者の仕事に対する動機付けといった、人材と組織の持続的なリスキリングのための仕掛けづくりについて考察します。
なお、文中における意見に関する記述は全て筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
DX人材をはじめとする専門性の高い人材は、多くの企業がこれまでインハウス領域としてこなかった人材モデルであると言えます。DX/IT人材層は、これまで多くの場合、デジタル・テクノロジー、IT、ハイテクといった分野の担い手に外部委託や提携するなどして、実質的に外部調達に頼ってきました。企業は、主軸となる事業を支える人材の育成・確保に注力することで、テクノロジー分野の知見・スキルの内製化の優先度を結果的に下げ、リスクテイクをしてきたという背景があります。しかし、VUCA時代にデジタル・テクノロジーを活用し、新たな価値を創造するDX人材は、昨今のビジネス変革の重要な成功要因の1つとして認識され、もはやなくてはならないコア人材になりつつあります。
DX人材を含む人材リスキリングを進めるためには、組織・人材マネジメントを改革することを前提に、事業戦略やDX戦略と連動する組織・人事戦略を可視化し、人材のリスキリングに正面から向き合う必要があります。リスキリングでは、人材データを可視化するためのダッシュボードやアセスメントツールの導入といった活動に終始しがちです。しかし、「リスキリングによってどのような人材の育成を目指すのか」「どの人材層やスキルを強化すべきか」といった目的を明確にし、組織・人事戦略の具体化という本質的な課題を踏まえて施策に取り組むことが肝要です。
昨今の人的資本経営の潮流に端を発したリスキリングは、従事者のキャリアアップや自己実現、企業の組織力を向上させる仕掛けの1つであると言えます。
近年は、ジョブ型への移行など雇用形態の改革の必要性も叫ばれていますが、どのような雇用形態をとるにせよ、多様な人材の素養・ポテンシャル、キャリア志向、価値観などにあわせた柔軟なキャリア形成ができる環境がなければヒトは集まらず、自然に育つこともないと多くの企業は気づき始めています。
そのような中、商業銀行においては「総合職」や「一般職」など職務に対するメンバーシップ型の雇用形態をとり、「目指す人材モデル=職務ごとの職階キャリアパス」という、固定的かつ企業都合による古い人事制度がいまだに主流であると考えられます(図表1)。マイナス金利導入後は、新卒・中途採用は減少の一途をたどっており、少ない人員で業務を回すことも定説化しつつあります。人不足だからこそ業務を効率化したいが、構造改革やDX推進などの変革のための企画人材も不足しているため、思うように施策が進まないなど苦しい状況に陥っています。
図表1:リスキリングのためのキャリアパスの変革例(商業銀行の例)
商業銀行での主なリスキリングの課題は次のとおり挙げられます。これは、一般企業にも同様に当てはまるものと考えられます。
リスキリング課題
こうした人材マネジメント領域における構造的な課題を解消するためには、戦略とガバナンス、リスクマネジメント、人材マネジメントのPDCAといったハイレベルレイヤでまずは対処する必要があります(PwC's Viewをご参照)。今回のコラムでは、その中でもリスキリングのための仕掛けづくりに着目します。
人的資本経営やリスクガバナンスの観点からも、リスキリングのためには、①事業戦略・目標と組織・人事戦略の整合、②重点セグメントやDX施策などに必要な人材モデルとボリュームの特定、③人的リソースマネジメント(タレントマネジメント含む)の運用、という3つの仕掛けを検討することが重要と考えられます(図表2)。
特に必要な人材モデルの決め手となるのは「DXで何を実現するか」であり、組織・人事戦略における目標を明確にすることで、本当に投資すべき領域や人的リソースの過不足、リスキリングの論点が見えてきます。
図表2:リスキリングのために検討すべき3つの取組み
人的リソースマネジメントを運用するためには、いわゆる「人材モデル」の可視化が必須です。人材モデルでは、一般的に「人材像」や「ペルソナ」と呼ばれる、人材モデルの役割と責任、求められるスキルセット、業務上の職務権限と職責を定義します(図表3)。
人材モデルを全社的に共有することは、個人と企業の双方にとってメリットがあります。個人にとっては、キャリアパスに流動性・自律性を持たせることができ、業務への明確な動機付けや当事者意識の醸成につながります。また、企業側にとっては、求職者の母集団形成や社内人材の適材適所への配置にもつながり、主軸事業と新しい取組みにチャレンジする際の組織力(経営基盤)の強化を進めることができます。
図表3-1:人材モデルとスキルセット可視化の概念(商業銀行の例)
図表3-2:人材モデルにおけるスキル成熟度の概念
レベル | スキル定義(例) |
Lv5 | 業界と先端技術の動向と自行のビジネスとの関連性を理解し、全社的なDX方針の策定・推進に加え、ビジネス変革を推進できるレベル |
Lv4 | 全社的なDX方針に沿って具体的な施策の立ち上げ、推進・管理ができ、下位職階に対して指導・教育ができるレベル |
Lv3 | 全社的なDX方針に沿って具体的なルールを理解し、独力でプロジェクトの推進・管理ができ、チームや部下をリードできるレベル |
Lv2 | 上司や周囲の有識者などに協力を得ながら、担当業務を要求された品質水準で遂行できるレベル |
Lv1 | 上位者の指導のもとで、要求された作業を指示どおりに遂行できるレベル |
この人材モデルを構築するにあたっての留意点は、即座に事業を立ち上げる場面を除き、最初から100点満点のDX人材を確保することや短期間で育成することを目指さないことです。リスキリングでは、目指すべき人材モデルと現状のギャップが大きいこと、その結果として中長期的な取組みになること、リスキリング対象者が現在の従事者であることを認識する必要があります。人材モデルの構築には、事業戦略やデジタル戦略を踏まえ、中長期的に投資すべきタレントを特定し、従事者に当事者意識をもってキャリアアップにつなげてもらう仕掛けが重要になります。
そのためには、経営から現場までどのようなスキルセット(スキルの組み合わせ)が必要で、どの程度のスキルレベルを持ち合わせるべきかについて、経営と現場の対話により明らかにすることが重要です。人材モデルの構築に迷った場合には、組織・人材、カルチャーの側面で何が障壁・課題となっているかを経営と現場がワークショップ形式のフランクな場で明らかにし、何が足りないのかを議論している企業も増えてきています。
また、現状、デジタル・テクノロジーの担い手として外部委託しているスキルは何かを棚卸することも有効です。外部委託においては「人的リソース」としてアウトソースしている側面が強いことからも、委託している業務そのものではなく、「委託しているスキルは何か」「どのスキルなら内製化をすすめられそうか」などを整理することで、ヒントが得られるかもしれません。外部委託先そのものの人材不足も顕著になる中、長期的に見て、外部委託によるリソース確保よりも内部社員のリスキリングのほうが、品質と生産性の向上、人材コストの圧縮につながる可能性があります。
ここまで、事業戦略からの必要な人的リソースの落とし込み、人材モデルの可視化を見てきましたが、これらはリスキリングの下準備と言えます。リスキリングのためには、人材モデルにおける組織と個人のプロファイルによって、どの人材モデルの層において、どの程度不足感があるか、数年後にどの層に厚みを持たせないと戦略の実効性に影響がありそうかなどを具体的に検証していく必要があります。このプロファイリングによって明らかとなる目指すべき姿と現状のギャップこそが、リスキリングすべき領域になります(図表4)。
図表4:プロファイリングによる人的リソースの充足状況の分析
プロファイリングでは「既存要員がどのようなスキルを保有し、どのような業務にマッチングしているのか」「スキルギャップを埋めるためにはどのような教育プログラムが必要か」を明らかにし、個人と組織それぞれのプロファイルを可視化することが重要となります。特に、仕事への動機の高まりやキャリアップを起点に、仕事の質的向上による好循環を促すことがポイントです。
プロファイリングの流れ
DX人材のリスキリングは、一見すると、時間とお金をかけ、高度な人材を育成していく長い山登りのように見えるかもしれません。しかし、全ての従事者にさまざまなスキルを新たに身に付けさせることは現実的ではありません。プロファイリングでは、社員のキャリアプラン・価値観を、組織の人材モデルと可能な限り整合させる環境を設け、従事者と企業の双方にとって納得感のある適材適所の配置を目指すことがポイントです。一般企業の例では、キャリアプランを土台に、業務・施策のKPIと個人KPIに連動性をもたせ、効果測定を行うケースも増えてきています。企業と従事者が双方で合意したKPIに基づき業務を遂行することで、従事者が具体的な目的と動機を持ってリスキリングを進めることができ、活躍の場を自ら広げることにもつながります。
商業銀行においては、DX人材のリスキリングの仕掛けの1つとして、プロジェクトやタスクフォースといった活動を通じ、戦略的なOJTでの成功と失敗の体験を積むことでリスキリングを進める企業も増えてきています。このOJTによるリスキリングの最大のメリットは、DX施策を推進するためのチームのスキルレベルをお互いに認識し、プロジェクトを通じて各自のノウハウとスキルのトランスファーを進めることで、「1対1」のOJTよりも「n対n」の相乗効果による効果的なリスキリングが期待できることです。継続性を確保するためには、研究会やワーキンググループといった箱の設置にとどまらず、プロジェクト責任者として役員または部店長クラスを配置し、事業・職階上のミッション・権限を付与した上で組成することが重要となります。
昨今のDXプロジェクトでは、さまざまなロールモデルが公表されています。プロジェクト実行体制はDX施策や組織・カルチャーに応じて変わるため、あるべき体制に正解はありません。ここでは一例として、デジタル戦略やDX推進、リスクマネジメントに関する筆者の支援経験を踏まえ、商業銀行が持続的なDX推進とリスキリングを行うためのロールベースの体制を示します(図表5-1、5-2)。
DXプロジェクトにおけるロールモデルの特徴
※リスク対処をすべき責任者
図表5-1:商業銀行におけるDXプロジェクトのロールモデル(イメージ)
図表5-2:DXプロジェクトチームの職務分掌(イメージ)
プロジェクトチームを活用したリスキリングでは、特に社員の動機付けとモチベーションの維持が1つの成功要因となり得ます。従事者がチーム内で本業以外の業務・ミッションを担う場合は、プロジェクト管理者がリスキリングによる成長の機会を示し、従事者が納得感をもって参画することが重要です。プロジェクトチームを組成する際は、個人プロファイルに基づいて配置するとともに、個々のリスキリング目標をプロジェクト目標の1つとして置くことも一案です。また、プロジェクト管理者がリスキリングのPDCAサイクルを回す管理態勢を整備することもおすすめします。プロジェクトメンバーが当事者意識と成長の自覚をもって効果的にリスキリングを進めるためには、プロジェクトマネージャーなどの管理者が、チームと個人を定期的にコーチングし、スキルの習得に導いていくことが必要となります。これによって、プロジェクトチーム全体で人材スキルの成熟度を高めることが可能となります。その上で、戦略的な人事異動などによってスキルトランスファーとクロスリスキリングを図り、組織全体のリスキリングの加速化につなげていくことも大切です。
人材リスキリングでは、従事者のキャリアアップや自己実現に向き合った戦略的な仕掛けづくりが重要であることを考察しました。内閣官房「非財務情報可視化研究会」が2022年8月に「人的資本可視化指針」を公表したこともあり、人的資本経営とそのための仕掛けづくりの重要性は増していくものと考えられます。また、デジタル・テクノロジーの進展により、競合との差別化がますます難しくなっていくことは明らかです。DX推進による本業の高度化や新規事業の拡張のためにも、価値共創の源泉となる人的資本に着目し、リスキリングにすぐに着手していきましょう。