DXバリュードライバーの活用によるDX戦略の具体化──腹落ちしたDXを実現するために必要なデジタルガバナンスとは

  • 2024-07-09

はじめに

多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいますが、DX戦略やDX施策の達成度を測る指標(以下、「DX成果指標」)が曖昧なために関係者間で共通認識を持てず、足並みをそろえた目標が置けていない、またはDX施策を計画に落とし込めていないといったケースが散見されます。DX成果指標を設けている企業もありますが、これは事業計画を実現するための指標そのもののため各社各様であり、指針や基準、ガイドラインは少ないことから、各社は試行錯誤している状況にあります。

本稿では、このようなDX成果指標におけるガバナンスの課題解決に向け、DX戦略の蓋然性を高めるためのDXバリュードライバー、DX戦略の実効性を高めるためのデジタルガバナンスについて考察します。

なお、本稿における意見に関する記述は、全て筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

1章 日本企業におけるデジタルガバナンスの課題

DX成果とその評価実態からみるガバナンス課題

DX推進における取組み内容と成果の観点では、日本企業は「アナログ・物理データのデジタル化」といったデジタイゼーションや「業務の効率化による生産性の向上」といったデジタライゼーションにおいて成果が出ていると回答しています(図表1)。その一方で、「新規製品・サービスの創出」や「顧客起点の価値創出によるビジネスモデルの根本的な変革」といったDXについては、米国企業と比較して成果が出ていることを実感している企業が少ないことが分かります。特に、日本企業は「まだ見通しはわからない」「取組んでいない」と回答している割合が米国と比較して多いことが分かります。

図表1:DXの取組み内容と成果

図表1 DXの取り組み内容と成果

出典:独立行政法人情報処理推進機構「DX白書2023」
https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108041.pdf

DXの成果評価の実態は、アプリのアクティブユーザ数に関する成果指標を「四半期に1度」「毎月」あるいは「毎週」確認している米国企業が合わせて76.2%に上る一方で、日本企業の65.3%は「評価対象外」と回答しています(図表2)。

この結果からも、成果を評価している日本企業は米国企業と比較して明らかに少ないことが分かります。IPAの調査では、DXの「成果が出ている」との回答が得られている(図表1)一方で、成果評価を行っていないという回答があり(図表2)、成果指標を置かずに、DX推進の結果について担当者の感覚で回答している可能性が懸念されます。DX推進に係る成果指標や進捗指標の定義、それらの定常的なモニタリングを根拠に成果評価がなされているかなど、デジタルガバナンス上の課題があるものと考えられます。

図表2:顧客への価値提供などの成果評価の頻度

図表2 顧客への価値提供などの成果評価の頻度

出典:独立行政法人情報処理推進機構「DX白書2023」
https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108041.pdf

事業指標とDX成果指標における課題

また、DX銘柄企業とその他の企業を比較した経済産業省の調査では、DX銘柄企業の97%がデジタル時代に適応した企業変革実現の評価指標を定めて評価しており、その他の企業よりも高い水準にあります(図表3)。

図表3:デジタル時代に適応した企業変革実現の評価指標の設計・評価

図表3 デジタル時代に適応した企業変革実現の評価指標の設計・評価

出典:経済産業省「デジタルトランスフォーメーション調査2023の分析」
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/dx-bunseki_2023.pdf

デジタルガバナンス・コードでは、「3.成果と重要な成果指標」の「(1)基本的事項」において、DXを推進していくうえで実践すべき重要な事柄の1つとしてDX成果指標を設計し、公表することを挙げています。DX成果指標や進捗指標を測定することで、経営層とDX推進関係者の共通理解が深まり、課題に対して取るべきアクションが明確化され、DXをさらに前に進めることにつながるものと考えられます。

また、DX銘柄企業のすべての企業では、DX推進上のKPIとKGI(財務成果指標)を連携させ、DX推進やそれによるビジネス変革の実態をステークホルダーに開示していることが分かります(図表4)。

DX銘柄選定に係る審査では、「KPIが最終的に財務成果(KGI)へ帰着するストーリーが明快である」といったDX戦略の蓋然性と、「経営・事業レベルの戦略の進捗・成果把握が即座に行える」といったDX戦略の実効性という2つのポイントが重視されています。このことからも、DXをビジネス変革につなげられている企業では、KPIとKGIの連携とその運用が重要なガバナンス機能を担っていると言えます。

図表4:KGIとKPIの連携

図表4 KGIとKPIの連携

出典:経済産業省「デジタルトランスフォーメーション調査2023の分析」
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/dx-bunseki_2023.pdf

2章 DXバリュードライバーによるDX戦略の蓋然性の確保

デジタルガバナンスの重要性

日本企業の多くがDXを推進していますが、「正直、何をすべきか分からない」「どのように組織・管理体制を整えるべきか分からない」「DXに強い人材が足りない」といった課題を抱えた企業も多く、「モヤっとしたDX」が蔓延しているといえます(図表5)。そして、それらの課題を克服するため、DX認定やDX銘柄の取得、デジタルガバナンスの整備を進めるなど、デジタルガバナンスの本題に向き合っている状況にあります。

DXにおける重要課題のうち、経営と現場が一体となって解決すべき経営アジェンダとしては、DX戦略、DX推進・管理態勢、DX人材の3つの領域が挙げられます。企業価値向上につなげるためのDX推進には、DX戦略の蓋然性と実効性を確保するための経営管理機能、すなわちデジタルガバナンスによって「腹落ちしたDX」を進めることが重要になります。

図表5:DX戦略の蓋然性と実効性を高めるための論点

図表5 DX戦略の蓋然性と実効性を高めるための論点

DXバリュードライバーの概念

DX戦略の蓋然性を高めるための1つのアプローチとしては、DXバリュードライバーの活用が考えられます。

DXによる企業価値向上は、一般的に、組織機能・業務機能を通じたDXの推進、DXを通じたステークホルダーへの価値提供・信頼構築、ステークホルダーへの価値提供・信頼構築を通じた企業価値向上、といった流れで実現していくことになります。そして、そのなかで定めた実現事項をドライバーとして可視化して、それぞれのドライバー(ノード)のつながり(相関性)をフローとして図示し、DX戦略全体の価値創造フローを表現したものがDXバリュードライバーになります。このノードに関連するKPIと各種取組みを明らかにすることで、全体のKPIとの整合性を図りながらそれぞれの取組みを有機的に連動させることが可能になります。

DXバリュードライバーは「1.企業価値」「2.価値提供・信頼構築」「3.組織機能・業務機能」の3つのレイヤで構成されます(図表6)。

DXバリュードライバーの概念

1. 企業価値

  • DXにより高めたい企業価値(財務・非財務資本)は何か

2. 価値提供・信頼構築

  • DXを通じてステークホルダー(社会・顧客、従業員・パートナー)に対してどのような価値を提供し、信頼を構築したいか

3. 組織機能・業務機能

  • DX戦略を通じた企業価値向上を実現するために必要な組織機能や業務機能は何か

図表6:DXバリュードライバーの概念図

図表6 DXバリュードライバーの概念図

3章 デジタルガバナンスによるDX戦略の実効性の確保

DXによる企業価値向上を実現するためには、DXバリュードライバーによりDX戦略の蓋然性を向上させることに加え、DX戦略の実効性を確保することが重要になります。そのためのアプローチの1つとして、デジタルガバナンスの強化が考えられます(図表7)。

DX戦略の実効性を確保するためには、図表6のDXバリュードライバーの一つひとつのノード・相関性に対し、図表7の「効かせたいガバナンス」のような観点を押さえながら、1線・2線による統制・牽制、3線による監査、取締役会による監督など組織体全体でガバナンスを効かせ、再現性のある戦略アプローチを確立していくことが重要になります。

例えば、「蓋然性」の観点においては、DX戦略で実現したいことについて、収益見積もりやコスト配分、投資の採算性について曖昧さがないか確認し、ガバナンスを効かせることが重要になります。また、「実効性」の観点においては、DX戦略を実現するための仕掛けとして、計数管理との連携、経営の関与・モニタリングを前提とした委員会の運営などのガバナンス機能が重要になります。

図表7:DX戦略やDX推進・管理態勢に対して効かせたいデジタルガバナンス

図表7 DX戦略やDX推進・管理態勢に対して効かせたいデジタルガバナンス

おわりに

本稿では、日本企業がDXを推進する際に直面する課題のうち、特に成果指標に着目して、DXバリュードライバーの活用やデジタルガバナンスの重要性について考察しました。

「モヤっとしたDX」から「腹落ちしたDX」に変革する過程で、DX戦略の「蓋然性」と「実効性」の確保を目的としたデジタルガバナンスを整備・運用することが、日本企業のさらなるDX推進に寄与するものと考えています。

当法人では、DXバリュードライバーおよびデジタルガバナンスを起点として、ビジネス変革を支える「仕掛けづくり」によりクライアントのDXを加速させ、企業や社会の変革をサポートしてまいります。

執筆者

小形 洸介

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

松江 アレックス

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ