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地球規模の諸課題に直面している私たちには、国や地域を超えた「宇宙・空間」の視座から物事を俯瞰することが求められています。また、現実世界の事象をサイバー領域で分析・知識化するサイバーフィジカルシステムを活用し、各産業分野が連携・融合して新たなエコシステムを創出することが期待されています。そこで注目されるのが宇宙・空間産業であり、この宇宙・空間産業を強力に推し進めるフレームワークとして注目を集めるのが「システム・アーキテクチャ」です。
今回はその第一人者である慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の白坂成功教授をお招きし、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)で「宇宙・空間産業推進室」をリードするパートナー渡邊敏康と、ビジネスの現場でその手法を実践するシニアマネージャー南政樹が、「宇宙・空間産業」への期待と、そのあり方などについて意見を交わしました。
対談者
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 白坂 成功氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 渡邊 敏康
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 南 政樹
左から渡邊 敏康、白坂 成功氏、南 政樹
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 白坂 成功氏
渡邊:
既存のテクノロジーや枠組みに加えて、「宇宙から見た地球」という視点からのアプローチが、地球規模の課題を解決するには不可欠です。宇宙関連産業では今、テクノロジーの進展に伴い、自動車産業におけるCASE*1のような変革が始まり、時間軸と空間軸、デジタルとリアル、産業の分野と分野がシームレスにつながる「宇宙・空間産業」が立ち上がりつつあります。
PwCコンサルティングではこの動きを先取りし、先ごろ「宇宙・空間産業推進室」を創設しました。各業界に深く通じる人材が結集した組織横断型イニシアチブで、産官学を含む包括的な枠組みの構築や、開発と実証、事業活動などをサポートし、宇宙・空間産業の成長を後押ししていきます。
地球から宇宙まで、サイバーとフィジカルの両側面から、どのような形で全体を俯瞰していくのか、そしてどのように具体的なケースへとつなげていくのか、宇宙・空間産業を定義していく上で重要なテーマになってくるものと考えています。さまざまな事象に対して具体と抽象を行き来する概念・アプローチが大切になってくると捉えており、この1つのアプローチとして、システムズエンジニアリングの果たす役割が大きいものと考えています。
南:
現在、日本も加わって国際的な月面探査プロジェクト「アルテミス計画」が進行中です。「人が宇宙で生活する」ことがいよいよ視界に入るなか、宇宙・空間での人間の活動に必要なさまざまなシステムをこれから構築し、運用することになります。そこで重要になる方法論が「システム・アーキテクチャ」の考え方です。
これを用いると、宇宙・空間産業のエコシステムにおける「コア領域とノンコア領域」「競争領域と協調領域」の境界線が明確になり、各分野が相互に接続する部分も可視化されます。各プレーヤーはビジネスの狙いを定めやすくなり、それぞれが分担しながら、さらに効率よく目的や目標に到達できる全体システムを構築することが可能になります。
システム・アーキテクチャに基づく物事の捉え方は、地球上の課題解決のフレームワークとも重なります。宇宙・空間産業の多層的なエコシステムと同様に、地球上でも「複数のシステムからなる全体システム」である「システム・オブ・システムズ」が増えているからです。身近な例が、ライドシェアサービスやタクシー配車アプリです。これらは、携帯電話網とタクシーサービスという別々のシステムを連携させ、新たな1つのシステムとして機能するように設計されたものです。
今回はこうした課題意識について、イマジネーションを建設的に膨らませたいと思います。まず、そもそも「システムズエンジニアリングとは何か」「システム・アーキテクチャとは何か」について、白坂先生から紹介していただけますか。
白坂:
システムズエンジリアリングについて、国際専門組織であるINCOSE*2では「システムを成功させるための複数の専門分野にまたがるアプローチと手段」と定義しています。そしてこれはロケットや航空機の設計のように、膨大な数の部品からなるシステムを効率的かつ精緻に統合して運用しなければならない分野で活用されています。システムズエンジニアリングを私が初めて知ったのは、日本の産業エレクトロニクス大手企業から欧州の航空宇宙企業に交換エンジニアとして派遣された時でした。高度に体系化されたメソッドを目の当たりにし、衝撃を受けたことを鮮明に覚えています。
一方、システム・アーキテクチャは、システムズエンジニアリングにおける方法論の1つです。JIS(日本産業規格)は「システムが存在する環境の中での、システムの基本的な概念又は性質であって、その構成要素、相互関係、並びに設計及び発展を導く原則として具体化したもの」と定義しています(JISX0170:2020)。大づかみにかみ砕くと「あるシステムを成り立たせている個々の要素と、それらの間の関係性を明らかに示したもの」といえるでしょう。システムズエンジニアリングとシステム・アーキテクチャは、工学に限らずさまざまな分野でシステムの整理・理解に活用でき、社会の仕組みを考えるうえでも有効です。
*1 CASE: Connected, Autonomous, Shared-Services, Electric
*2 INCOSE:The International Council on Systems Engineering。学際的なアプローチの実践応用と複雑なシステムの実現を可能とする方法を進展させることを目的とし、産業界、学際組織、政府機関における世界規模のSEの定義、理解、実践を進めているシステムエンジニアのための国際的な専門組織
南:
「人が宇宙で生活する」という新局面での宇宙・空間産業には、2つの方向性が想定されています。1つは「地球で発想したものを宇宙に持って行く」こと。例えば、先ごろ月面着陸に成功した日本の小型月着陸実証機「SLIM」に搭載されていた「LEV(レブ)-2」です。SLIMの着地画像を撮影したこの変形型月面ロボットは、日本のメーカーや大学などが産学連携で開発したものでした。このように地球上の既存技術を宇宙に運んで転用するユースケースがまず1つ挙げられます。
もう1つは「宇宙で発想したものを地球に持って帰る」こと。宇宙・空間産業推進室では、「地球と宇宙を循環する視点・視座の往来」が宇宙・空間産業を後押しし、地球規模の課題を解決に導く重要なポイントになると考えています。この点について白坂先生の考えをお聞かせください。
白坂:
「宇宙産業」という昔ながらの言葉がありますよね。人工衛星や無人探査機、ロケットなどがその代表ですが、「地球上とは全く異なる産業」の意が含まれ、カバーする領域は限定的です。しかし、宇宙・空間での生活が当たり前になれば、「食事を楽しむ」「モビリティで移動する」といった場面も出てきます。そんなニーズに応えるのは、食品産業や自動車産業など、宇宙産業ではない産業分野です。製品やサービスを消費する場所が「国内」「海外」から「宇宙」に変わるだけで、全く異質の産業が新たに求められるわけではありません。言わば「仕向け地」が変わるだけのこと。私は、だからこそ「仕向け地としての宇宙」を考えるのです。地球上のあらゆる製品やサービスを宇宙でも利活用できるよう、さまざまなユースケースを想定し、設計も工夫することになる。まさに「視点の往来」が求められます。例えば、医療機器の点滴注射は重力の作用で滴下する仕組みなので、低重力下でも機能する設計が必要になるわけです。
宇宙でのユースケースには、押さえるべきポイントが2つあります。1つは「地球上に比べて宇宙ではリソースが乏しい」こと。逆に考えれば、宇宙空間という特異な環境に対応する技術は、諸条件に恵まれた地球上では、より高度な技術へと応用が広がり得るのです。よい例が、CO2の回収および有効利用を行うCCU技術の小型化です。現状、CCUには工場に併設するような大規模な設備が必要で、アミンと呼ばれる化学物質溶液にCO2を吸着させて回収する方法が主流です。ただし宇宙空間では、そんな大きな設備は造れないですし、液体の利用も安全性の観点から避けたい。もし、小型のCCUが実用化され、固体を用いる吸着技術も確立されれば、地球上でも広く一般に普及し、脱炭素に大きく貢献します。
渡邊:
それこそ、「究極のサーキュラーエコノミー」ですね。
白坂:
そのとおりです。もう1つの重要なポイントに「リープフロッグが起こり得る」ことが挙げられます。インフラが不十分だった途上国においてデジタル関連の技術・サービスが一足飛びに普及、発達したように、宇宙空間は「何もない」からこそ最新の技術やサービスを導入しやすいという一面があります。当然、設計の自由度も高い。地球上で最適化された技術やサービスを、「本当に最適なのか」「別の可能性はないか」と見つめ直す契機にもなるでしょう。
南:
とても示唆に富んだご指摘です。例えば、あるベンチャーの技術が「宇宙水準」に達しているにもかかわらず、企業側ではそのポテンシャルに全く気付いていないといったこともあり得ます。私ども宇宙・空間産業推進室では、そんな各プレーヤーの潜在力をすくい上げ、宇宙・空間産業での高価値なエコシステム構築を支援したいと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 渡邊 敏康
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 南 政樹
南:
「宇宙での暮らし」を視野に入れて宇宙・空間の産業化を進めるには、広く一般に向けて「宇宙」というハードルを下げることも必要です。日本の衣食住関連の消費財やサービスはすでに世界で高く評価されており、このハードルが下がれば、さまざまなビジネスエンティティ(事業体)が貢献できる余地は大きそうです。
白坂:
同感です。宇宙への輸送コストは、民間企業の参入などに伴い、随分と低下しました。しかし現在でも、1kgの物資をロケットで運ぶのに100万円以上はかかるといわれています。そこで期待されるのが、高品質なまま小型化する日本の技術力です。例えば宇宙航空研究開発機構(JAXA)と大手自動車メーカーは、人が月面を探査する際に乗る「有人与圧ローバ」の共同研究を行っており、そこにはクルマづくりで培われた日本企業の技術が生かされています。
日本の取り組みで目を引くのは、宇宙での「食」の課題解決を目指す非営利団体や、宇宙と地球の両方で暮らしを豊かにする事業の創出プラットフォームなどに見られるように、「宇宙での生活」をテーマとする共創に力が入れられている点です。ケイパビリティを備えた人材も豊富なので、宇宙生活の分野で日本が世界をリードする可能性は十分にあります。人が宇宙で生活することを前提にしたシステムの設計はまだ緒に就いたばかり。考えなければならないことがまだたくさんある分、可能性も広がっているといえるでしょう。
渡邊:
可能性の大きさゆえに、宇宙旅行や短期的な宇宙滞在ではなく、人間が宇宙で暮らす以上は、「人間中心のシステム」を宇宙の環境下で再定義する必要がある──ということになりますね。
白坂:
ええ。そこが言わば、ブルーオーシャンでしょう。チャンスはふんだんにあるはずです。
南:
宇宙・空間産業推進室は、地球と宇宙の間の「循環」に、産官学の分野横断と連携で臨もうとしています。そこでポイントになるのは、どんなことだとお考えですか。
白坂:
リソースが限られていることと、リープフロッグの可能性があることを踏まえると、ご指摘のとおり、産官学の連携は欠かせません。例えば、シェアリングエコノミーを考えてみましょう。地球上では既存の産業を起点に発想できますが、何もない宇宙では「シェアする」というコンセプトが発想の起点になるため、どんな座組みの産業構造にするかをまず考えなければなりません。
その際、南さんが冒頭で言及された「競争領域と協調領域」を最初から設定しておく必要があります。プレーヤーが自らそれをデザインすることは難しいので、国益の観点から全体を俯瞰できる「官」の役割が重要です。宇宙・空間産業という「社会システム」を構築するには、ハードウエアだけでなく、法規制などのルールも整備しなければなりません。工学をはじめ、自然科学や社会科学、人文科学といったさまざまな「学」のサポートも不可欠です。ただ、官・学いずれでも個々の分野のエキスパートは揃っているものの、システム設計の全体をリードする人材が圧倒的に足りません。
南:
言い換えれば、「プロダクトやプロジェクトのオーナーシップを担う人材」ですね。例えば次世代モビリティのような新しい分野が登場すると、産も官もしばらくは互いに様子見をしがちです。これまでも、日本が技術的に先行していながら、様子見や足踏みをしている間に産業化やビジネスにおいて他国に後れを取ったケースがありました。同じ轍を踏まないためにも、リーダーシップ、オーナーシップは重要なポイントです。
白坂:
省庁横断、あるいは業界横断で議論する場と、そこでの調整機能が必要です。多くの政策分野で官は縦割りになりがちで、省庁間の意向が相反することも珍しくありません。しかし宇宙政策に関しては、内閣府宇宙開発戦略推進事務局の下に全省庁が入るという建て付けになっています。縦割りの弊害を越えた調整機能が、適切に働くことに期待しています。
渡邊:
PwCには、多様な専門家がチームを組んでクライアントとともに課題解決を図る「Community of Solvers」というコンセプトがあります。宇宙・空間産業推進室もこれに基づき、産官学の「結節点」の役割を果たすつもりです。
白坂:
私自身は「産」からキャリアをスタートし、「官」にも関ってきましたが、基本的には「学」の人間です。私たちアカデミアが一番不得意なのが社会実装ですが、コンサルティングファームは「産」の側ですから、社会実装に大いに貢献していただきたいと思います。
アーキテクチャの設計にあたっては、「具体」と「抽象」の間を行き来することが大切です。ただ、抽象的な概念は理解が難しく、その価値も伝わりにくい。具体的な価値とは、社会にとっての「現実の手触り」のことです。全体を俯瞰しながら、手触りをデザインする──システム・アーキテクチャのこの方法論をさまざまな産業で実践する先導役としても、宇宙・空間産業推進室には大きな期待を寄せています。
南:
ありがとうございます。具体と抽象を行き来することは、コンサルティングの業務でも大切なアプローチです。最後に、宇宙・空間産業への期待を、白坂先生からのメッセージとして頂戴できますでしょうか。
白坂:
宇宙は、「望んだ人が行ける場所」であってほしい。私自身も、できることなら宇宙に行きたいですし、地球を外から眺めてみたい。多くの宇宙飛行士たちが語るように、宇宙での体験はその人の視座をより高く、視野をより広く、視点をより多様に変えるはずです。宇宙を目指す人が増えることは、たとえ実際に宇宙に行かなかったとしても、全体を俯瞰で捉える人材を輩出することにつながり、「地球をより良い場所」へと導くものと信じています。私たちアカデミアの役割は、そんな人材を育てる場という意味でも重要です。
渡邊:
白坂先生の「システム・アーキテクチャの方法論で世の中を捉える」という視座と視野、視点は、私たちコンサルティングファームに限らず、ビジネス全般に通じるものだと改めて感じました。本日は充実した議論をありがとうございました。