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人間が経済活動や日常生活を行う上で、災害のリスクを認識し、いかに防ぐかの検討が必須ですが、それは宇宙空間とて例外ではありません。特に宇宙空間においてはいわゆる「宇宙ゴミ」が重大な脅威となっており、今後人間の生活空間が宇宙に移ることを踏まえると「宇宙ゴミ」を一種の災害と捉え、対策を講じることが不可欠になっています。
本インサイト第5回では、宇宙空間における「ゴミ問題」に焦点を当てて、「ゴミ」がどのような脅威となるのか、そしてその問題に対してどのような解決策があり得るのかを考察します。なおここでの「宇宙ゴミ」とは軌道上にある不要な人工物体(以下、スペースデブリ)のことを指し、生活ゴミなどは扱いません。
スペースデブリに関して、まずは発生する原因を整理し、スペースデブリが引き起こす問題や脅威を紹介します。そのうえで、問題・脅威を取り除くための施策を「スペースデブリを避ける」「スペースデブリを取り除く」「スペースデブリを出さない」の3つの観点から見ていきます。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)はスペースデブリを、「使用済みあるいは故障した人工衛星、打ち上げロケットの上段、ミッション遂行中に放出した部品、爆発・衝突し発生した破片など」と定義しています。JAXAによるとその数は、現在地上から追跡されている10cm以上のものだけでも2万個が確認されており、1cm以上のものは50~70万個、1mm以上は1億個を越すと推計されています。さらに、今後小型衛星の打ち上げ数が増加すると推察される中で、スペースデブリの数自体も増加するものと考えられます。
スペースデブリが、地球に落下してけが人など大きな被害をもたらした事例は、現時点でまだ確認されていません。しかし、宇宙空間においては重大事故を引き起こし、経済活動に対して多大な悪影響を及ぼす事例が確認されています。具体的には人工衛星とスペースデブリ(使用済み人工衛星やロケット破片など)が衝突し、人工衛星の大破や衛星通信途絶を招いた事例が報告されています。
こうした事実だけでもスペースデブリが甚大な脅威であることは想像に難くありません。最悪の場合、スペースデブリにより宇宙開発そのものが行えなくなるという危険性も提唱されています。これはケスラーシンドロームと呼称される理論であり、地球周回軌道上のスペースデブリの密度が限界を超えると、衝突・破壊の連鎖によってスペースデブリが自己増殖し、人類が宇宙へ進出できなくなるというものです。もちろんこれは一つの理論ですが、スペースデブリの危険性を端的に示すものだといえます。
こうしたスペースデブリの脅威を防ぐため、現在取り組まれている対策とその実情を3つの観点から説明します。
スペースデブリとの衝突を避けるためには、まずスペースデブリの動きを把握し、人工衛星の軌道との衝突可能性を分析する必要があります。そのうえで、衝突の可能性が高い場合にはコントロールが可能な人工衛星側の軌道を修正する処理が行われます。
JAXAの「宇宙状況把握(SSA)」は「宇宙(Space)の状況(Situation)を把握(Awareness)する」ことで宇宙の今を可視化しています。具体的には、「スペースデブリの観測」、「スペースデブリの軌道の把握」、「JAXA衛星のスペースデブリとの衝突回避可否のための軌道制御計画」、「スペースデブリの大気圏再突入解析」などの活動を行っています。
今後はより多くのスペースデブリを正確に把握するために、解析能力を高めていくことが重要となります。JAXAは現在観測が難しい1.6mより小さな物体を捉えるため、低軌道帯を観測するレーダーの新規開発に取り組んでいます。また、JAXAで使用している高軌道帯を観測する光学望遠鏡が老朽化し始めているため、その修理および今後の発展を踏まえた機能の拡張も必要となっています。
これらレーダーと光学望遠鏡から得る観測データをもとに、解析システムはスペースデブリの軌道を計算します。スペースデブリの軌道と人工衛星の軌道を照らし合わせ、接近がないかを解析・予測できれば人工衛星の軌道制御にてスペースデブリとの衝突を事前に回避することができます。
スペースデブリと人工衛星の衝突が避けられても衝突リスクは変わりません。衝突可能性を低減するためには、すでに宇宙空間に漂うスペースデブリの除去が必要となります。
スペースデブリ問題に取り組むある民間企業では、宇宙機が故障や運用終了を迎えた際の除去(EOLサービス)や、既存デブリ除去(ADRサービス)などの技術開発に取り組んでいます。現在打ち上げの設計・開発を進めているデブリ除去実証実験機では、磁石を用いた捕獲とリリースによって接近、診断、捕獲、捕獲後の軌道変更など、デブリ除去に必要な技術実験を実施予定です。これまでの接近・捕獲の運用では捕獲対象に通信機能があり捕獲機との連携が可能でしたが、本実験での捕獲対象は通信機能を持たないため世界でも初の試みとなります。
ESA(欧州宇宙機関)では、スイス連邦工科大学ローザンヌ校の研究者チームが創設したスタートアップ企業と提携し、スペースデブリを地球周回軌道から除去するミッションに着手しています。本ミッションは概念実証として、小型のスペースデブリの回収と除去を行います。回収・除去の対象は2013年にESAによって打ち上げられ、高度約700kmの軌道に残されたままとなっている人工衛星打ち上げロケット「ヴェガ(Vega)」の二次搭載物アダプター「VeSPA」です。4本のロボットアームを搭載するスペースデブリ専用収集機にて「VeSPA」を捉え、一体となって大気圏に突入し、消滅させる計画です。
スペースデブリと人工衛星との衝突を避け、すでに宇宙空間にあるスペースデブリを除去しても、新たに打ち上げられる宇宙機がスペースデブリとなってしまってはスペースデブリの総数は変わりません。そのため打ち上げ時点からスペースデブリを出さないシステムが必要となります。
人工流れ星の開発、気候変動メカニズムの解析に取り組む民間企業では、JAXAとの共創型研究開発プログラムのもと、小型軽量な導電性テザー方式の装置を開発しています。この装置は導電性テザーと呼ばれる長い紐を使い、地球の磁場を利用しながら宇宙空間で人工衛星の軌道を変更するもので、本装置を人工衛星に搭載することで、ミッション終了となった宇宙機の軌道を降下させ、人工衛星を大気圏に突入させるが可能となります。地球の磁場を活用することで、コントロール不能となった故障機や運用が終了した衛星をスペースデブリ化させずに大気圏に送ることが可能となります。また、打ち上げられる小型人工衛星にあらかじめ搭載しておけば、衛星本体のスペースデブリ化防止が期待できます。
さまざまなスペースデブリ対策が試みられていますが、技術的な向上や除去システム開発のための資金調達など、今後の発展に向けた課題は多く存在します。SpaceXなど宇宙関連事業を軸とする企業が増える一方、スペースデブリ対策が同様の盛り上がりを見せていない背景には、スペースデブリ対策の収益化が困難である点と関係会社を積極的に巻き込めていない点があげられます。
対策を加速させるにあたり大きなポイントは、「スペースデブリビジネス」のエコシステムを広げることです。言い換えると「多くのステークホルダーを巻き込み、利益を上げることのできるビジネスにする」ということです。スペースデブリビジネスのエコシステムを考える上で、まずは「誰がお金の出し手になるか」を明確にする必要があります。現状は公的機関主導でスペースデブリ対策を進めることが多いと考えられますが、衛星ビジネスの民生化が今後進む中で、民間事業者がスペースデブリ対策費用を捻出するためのインセンティブをいかに付与できるかが重要なポイントになると考えられます。
ここで、Space Business Insights 2020 第1回で紹介した宇宙ビジネスのバリューチェーンを改めて見てみましょう。ロケット製造・射場や宇宙インフラ(人工衛星など)の製造関連の他、打ち上げにかかわる管制などのサブシステムと軌道サービスを担う「アップストリーム」、衛星の運用やリース、データに関する送受信・保存・販売などを担う「ミッドストリーム」、宇宙インフラの活用と宇宙関連のエンドユーザー向けサービスを担う「ダウンストリーム」に分かれます。
お金の出し手となるには、潤沢な資金を持ち、かつスペースデブリ問題が事業推進上の大きなリスクとなることが条件になります。その観点で考えると、「ミッドストリーム」に属する民間企業、具体的には人工衛星を運用し通信サービスを提供する事業者がスペースデブリ対策費用の出し手となることが最も現実的でしょう。特に昨今は小型衛星の打ち上げが増加傾向にあり、例えばSpaceXはコンステレーションと呼ばれる通信網の構築に向けて、将来的に1万基を越す小型衛星の打ち上げを計画しています。また3千基超の通信衛星打ち上げを計画しているとされる民間企業もあります。こうしたサービスを担う企業にとって、自社の人工衛星を打ち上げる空間を確保し、事故を回避することは事業推進上クリティカルな課題であり、リスク低減のためスペースデブリ対策費用を負担する必要性が今後一層高まるのではないでしょうか。
また別の観点では、SDGs(持続可能な開発目標)やESG投資に対する意識向上も見逃せません。従来CSR(企業の社会的責任)の一環として考えられてきた環境保護、社会貢献などの活動が経営課題として見なされるようになり、ひいては市場における企業価値に反映されるようになっています。このSDGs、ESG投資の思想が宇宙ビジネスにも適用されるようになれば、宇宙ビジネスに携わる民間企業にとってスペースデブリ削減に取り組んでいるという事実が企業価値の向上に資するものとなり、スペースデブリ問題に主体的に取り組むインセンティブとなるものと考えられます。つまり、そういったトレンド、思想を宇宙ビジネスという文脈でも定着させることが重要になってくるでしょう。
そしてスペースデブリ削減に向けた法的枠組みの整備も重要な観点です。現在IADC(国際機関間スペースデブリ調整委員会)やISO(国際標準化機構)など、国際的な枠組みを通じたスペースデブリを減らすための国際標準作りが進められています。こうした取り組みに沿って、違反した場合の罰則規定などを定めることも必要ではありますが、それだけではなく、先述したような民間企業主体でのスペースデブリ削減を促進するための補助金や公的支援の在り方についても議論を深めるべきであると考えます。
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豊島 明子
マネージャー, PwCコンサルティング合同会社