{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
PwCあらた有限責任監査法人(以下、「PwCあらた」)では、2030年に「統合思考・報告のリーディングプロバイダー」「統合監査のリーディングプロバイダー」になることを目指しており、2022年7月にはPwCあらた内全体の能力増強およびサービス拡大を目的として、サステナビリティ・アドバイザリー部を50名体制に強化しました。また、急速に整備が進む非財務情報開示基準については、基準開発機関に委員や事務局の人員を出向させるなどの協力を行っています。加えて、PwCのグローバルネットワークを活用し、各国の開示の状況について情報収集にも努めています。
本連載では数回にわたり、PwCあらたのプロフェッショナルと基準開発機関との議論の模様をお届けしています。第4回はエフラグ(EFRAG 旧欧州財務報告諮問グループ)のSustainability Reporting TEG(テクニカル・エキスパート・グループ)をリードするChiara Del Prete氏に、PwCあらたのサステナビリティ・アドバイザリー部長パートナーの田原英俊がCSRD(企業サステナビリティ報告指令)の基準であるESRSの基準開発状況、IFRSサステナビリティ開示基準との整合性などについて詳しく伺った内容をお届けします。
※所属・肩書は当時のものです。
(左から)Del Prete氏、田原
田原:現在、サステナビリティ開示基準についての取り組みの多くが欧州から発信されています。この対談を通じて、「欧州で今何が起こっているのか」「ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)とは何か」を少しでも多くの日本企業の方々に知ってもらいたいと考えています。
Del Preteさんは現在、エフラグにおいて、Sustainability Reporting TEG(テクニカル・エキスパート・グループ)をリードしていますが、このグループはESRSの基準開発プロセスにおいてどのような役割を担っていますか。Sustainability Reporting Boardとはどう違うのでしょうか。
Del Prete:エフラグは欧州委員会のアドバイザーを務めており、欧州委員会はエフラグから得たアドバイスを基に法制化に向けた法的プロセスを開始したり、何かしらの変更を行ったりします。エフラグには、ほぼ同じメンバー数で構成される2つのグループがあり、1つがSustainability Reporting Board、もう1つが私が議長を務めるSustainability Reporting TEGです。
基準の最終的な位置付けや内容についてはBoardに権限があり、TEGはBoard向けの提言を策定し、BoardはTEGの提言に基づいて意思決定を行うという関係です。また、どちらのグループも多様な人員構成となっています。できるだけ多くの国々から、監査人、報告作成者、労働組合、消費者代表、金融機関などから、さまざまなステークホルダーが参加するようになっています。
TEGのメンバーは、それぞれが個別の組織に所属していたとしても、その組織を代表した公式見解を表明するのではなく、あくまで個人としてテクニカルな意見を表明します。一方Boardのメンバーは、それぞれの所属するステークホルダーの立場を代弁します。ですから、両グループの意見が分かれる場合もあります。つまり、多くの政治的要素が絡み合っているのです。
もう1つ特徴的なのが、Boardはコンセンサスベースで運営されており、Board内で意見が割れた場合、全員が受け入れられる妥協点を見出し、コンセンサスを得ようと努めるという点です。全てのメンバーにとって100点満点の基準はありえず、総意として容認できるベストの基準を目指しているのです。これは私たちの立場を理解する上で重要な点であると思います。また当然のことですが、これらの議論は全て、私たちが基準と合わせて発表する結論の根拠やデュープロセスに関する説明文の中で公にしています。
田原:サステナビリティ報告基準に関しては、2017年にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言や、サステナビリティ会計基準審議会(SASB)の活動があり、2020年にはIFRS財団が国際サステナビリティ基準委員会(ISSB)の正式発足を発表するなど、ここ数年で大きな進展が見られました。直近では、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が2023年1月に発効され、ESRSが最終化の段階に入っています。ESRSは「ダブルマテリアリティ」という概念に基づき、サステナビリティに係る問題を全てカバーしているという点で非常に特徴的であると思います。こうした包括的な基準を開発していく上で、エフラグが現在どのような課題に直面しているのか、お話しいただけますでしょうか。
Del Prete:エフラグは欧州委員会から、GRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)などの全般的な開示に関する背景情報をカバーするよう指示を受けています。すなわち、環境、社会、そしてガバナンスにかかわる膨大な内容をカバーせよということです。そこでエフラグは、第1弾としてセクター共通の基準を提供しました。市場に参加する平均的企業の視点から、これらのトピックについて説明しています。もちろん、セクターレベルではもっとできることがあります。そのため、エフラグでは今後の主な活動として、セクター別基準を定めようとしています。そして、欧州国家分類システム(European National Classification System)を用いて、SASBの77業種分類に相当する39のセクターを特定しました。つまり、39の基準を設けるというプロセスになります。この開発には少なくとも3年から4年、あるいは5年はかかるでしょう。
どこから手をつけていくか、ということですが、GRIのワークプラン同様、環境へのインパクトの大きいセクターから開始していきます。「石油・ガス」「採鉱・掘削・石炭」「農業・漁業」「道路輸送」についてはすでに調査を終えました。今年の終わりに向けて、複数の草稿を準備しています。そして、今年の第4四半期から来年の第1四半期にかけて、協議の場を設けることができればと考えています。
また、「食品・飲料」「繊維・装飾品・履物・宝飾品」「自動車」「発電・電力供給」についても取り組んでいます。これによりインパクトの大きいセクターを全てカバーしています。また、「銀行」「資産運用」「保険」に対する3つの基準を発行する予定です。これらは全て、39の基準のうち優先順位の高いものとなります。すでに調査を終えた4つの基準全てと残る35の基準の一部への取り組みに集中し、その後、残りの他のセクターに移っていくことになると思います。
しかし、エフラグの基準設定はこれだけにとどまらず、中小企業向けに2つの基準を策定しなければなりません。1つは上場企業向け、もう1つは非上場企業向けの任意基準であり、中小規模の企業の歩み出しを支援するものです。さらに、XBRLタクソノミも開発しなければなりません。第1弾向けのXBRLタクソノミはほぼ完成しており、23年末にコメントを募る予定です。
しかし、ここで注意すべきは、基準設定という課題の「次」が重要であるということです。エフラグは、基準の実施導入に係るサポートという課題を抱えています。なぜなら、第1弾のセクター共通基準が奏功するためには、サポート資料の準備が必須であるためです。PwCは監査人ですから、ファームによる(解釈の指針となる)ブックのサポートなしにはIFRS財務諸表を作成できないことをご存じでしょう。実施に係るサポート、解釈上の疑問点に対するサポートが必要なのです。Big4はいずれも、これらに関する何千ページにもわたるブックを出していますが、私たちも欧州委員会からこうした業務も手がけるよう求められています。そこでエフラグはセクター基準の発行ペースを落として、基準の実施に係るガイダンスの作成を開始しました。今後、実施に係る質問を受け付ける仕組みも整備され、IFRS解釈指針委員会のように、実施に係る質問に対して同様に対応する予定です。
田原:現在、追加ガイダンスを準備中とのことですが、マテリアリティ分析方法に関するガイダンスでしょうか。
Del Prete:はい、マテリアリティ分析の実行方法に関するガイダンスです。もちろん、起こりうる全ての想定事例をカバーすることはできませんが、実施の足がかりとして役立つ実用的知見を提供するつもりです。
田原:今、日本企業からCSRD対応支援について多くの問い合わせをいただいていますが、企業が社会や環境にもたらすインパクトのマテリアリティ評価をどのように行うかが課題の1つとなっています。
Del Prete:GRI基準を既に使用している企業は、ESRSに対応しやすいポジションにあります。なぜなら、私たちがESRSの策定にあたってインパクトマテリアリティについて行ったことは、GRIによるインパクトマテリアリティ分析の結果に差し込むことができるよう表現を調整することであったためです。また、ESRSの基準や附属書には、サステナビリティに関する全ての事項のリストを掲載しており、トピックはもちろん、サブトピックやサブサブトピックまで細かく分類されています。つまり、基準開発機関は、セクター共通レベルのマテリアリティ評価のようなものをすでに行っているのです。ですから私たちが期待するのは、企業が管理チェックリストとして、「サブトピックを全て正しく検討したか」「内部統制や監査人に示すために、こうした項目が重要でないと言える正当な理由があるか」などを確認するために、この事項のリストを検討することです。
田原:日本では、金融庁がIFRSサステナビリティ開示基準をベースにした国内基準の策定に向けてSSBJを設立しています。そのため、国内の上場企業は、IFRSサステナビリティ開示基準の展開を注視しています。一方、最近のThe Wall Street Journalの記事によると、CSRD適用対象となるEU域外企業1万社強のうち、興味深いことに8%が日本企業であるとのことです。つまり日本には、おそらくESRSへの対応を迫られるEU域外企業が1,000社近く存在することになります。このような状況を受けて、最近よくクライアントからは、ESRSとIFRSのサステナビリティ開示基準の将来的な整合性についての質問を受けます。
Del Prete:私たちはグローバルベースラインとの相互運用性を確保することの重要性を深く認識しており、IFRS財団のサステナビリティ基準アドバイザリー・フォーラム(Sustainability Standard Advisory Forum:SSAF)の法域ワーキンググループに参画しています。そして、欧州企業やESRS適用対象企業がIFRS準拠も宣言できるようにするために、IFRS財団との詳細な協議を継続しています。私たちは、両基準の共通要素、IFRSサステナビリティ開示基準にはないESRSの要素、逆にIFRSサステナビリティ開示基準にあるがESRSにない要素をマッピングする予定です。IFRSサステナビリティ開示基準の全ての点がESRSでもカバーされるよう確認しつつ作業を行っていますので、高いレベルの相互運用性を見込んでいます。IFRS適用企業が、ESRSと整合性のある選択をすることで、両基準に準拠することが可能になります。
田原:日本企業はEU域外企業向けの特別な基準に大きな関心を持っています。まだ開発段階ではあると思いますが、もし何か教えていただけることがあれば、日本企業にとって大きな助けになると思います。
Del Prete:はい、私たちのワーキングプランにはEU域外企業に関する基準もあります。CSRDではインパクトに焦点を当てることが求められているため、おそらくEU域外企業に関する基準でもインパクトをカバーするものになると思います。そこで、これから準備を開始しようという日本企業に対して1つ現実的な提案をするとすれば、私たちはそうした基準をゼロベースで作り直すつもりはない、ということです。ですから、企業にとって重要なことは、セクター共通の基準の内容を参考にしながら準備を進めることができるということです。もちろん、すでにGRI対応を実施している場合は、これまでに実施したGRI対応への投資を活用して取り組むこともできます。
1つ厄介な点として、CSRDは、欧州内だけでなく欧州外も含めたグループ全体のインパクトをカバーするサステナビリティレポートを発行することを求めています。これは、必ずしも報告会社レベルではなく、連結親会社のレベルで行われる必要があるため、世界各地におけるインパクトのマッピングを始めるには、少しタイムリーな作業が必要になると思います。つまり報告会社は、他国における自社グループのインパクトを含む、より広範な範囲について報告することになります。ですから、これは少し特殊で、実際にどのように行っていくかを確認する必要があると思います。まだ検討が始まったばかりなので、これ以上のことは申し上げられませんが、来年にはこのプロセス全体をどのように策定していくかについて公開討論を行う予定ですので、情報をお待ち下さい。
田原:本日はありがとうございました。
次回は、Del Prete氏と田原にPwCあらた執行役副代表パートナーの久保田正崇が加わり、サステナビリティ情報の信頼性と保証について議論した内容をお届けします。