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2021-06-01
(左から)坂野 俊哉、新浪 剛史氏、磯貝 友紀
創業者 鳥井信治郎氏の理念である「利益三分主義」に基づき、120年以上にわたってサステナビリティ経営に取り組んできたサントリー。今やグループ企業約300社の7割、約4万人の従業員の半数を海外が占め、売上収益の45%が海外事業を占めています。グローバルカンパニーとして地球規模の課題にどう向き合い、サステナビリティ経営を進化させようとしているのか。サントリーホールディングスの新浪剛史社長にお話を伺いました。
鼎談者
サントリーホールディングス株式会社
代表取締役社長
新浪 剛史氏
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
エグゼクティブリード
坂野 俊哉
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
テクニカルリード
磯貝 友紀
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
坂野:企業がサステナビリティという観点で経営を変革していくには、ルールや規制などの外的プレッシャーに対応するのではなく、内発的な動機に基づく行動が必要であり、それなくしては長期的に取り組むのは難しいと考えています。その点、新浪社長は、サステナビリティ課題を自分事として捉え、積極的に取り組んでいらっしゃいますが、そこに至るにはどのような経緯や背景があったのでしょうか。
新浪:サントリーに移る以前から日本だけでなく、世界各国で自然災害が激甚化していると感じていました。タイの大洪水、米国のハリケーン、オーストラリアの森林火災など、そうしたニュースを目にするたびに、地球に異変が起きているという危機意識が深まるばかりです。また、以前在籍していたローソンでは、商品の売れ行きを左右する気温を予測することが重要だったのですが、天候不順が多くてその予測が非常に難しくなっていました。
異常気象が増えると人々の生活が脅かされますし、生物多様性も崩れていきます。激甚化する自然災害や天候不順の頻発に接して、「これは地球からのメッセージだ」と感じたのです。そのメッセージをどう捉えて、どのようなアクションを起こしていくかが、経営者として非常に重要なテーマだと考えるようになりました。
坂野:激甚化する自然災害や天候不順の頻発を地球からのメッセージとして捉えられる感度の高さは、非常に重要ですね。
新浪:日本人は古くから自然を敬ってきましたし、自然と共存しながら日々を過ごしてきました。法律やルールで縛らなくても、文化や生活規範の中に自然を大切にするという意識、行動が染み込んでいたと思います。それは誇れることでもある一方で、そういう歴史的な背景があるだけに、「日本はサステナビリティの分野では先進的なんだ」という思い込みが多くの人にあったのではないでしょうか。サントリーに移って世界中を見て歩く中で、日本人のそうした意識は残念ながら時代遅れになっているのではないかと思うようになりました。
確かに1990年ごろ、日本は省エネ分野で世界をリードしていたと思います。しかし、現在は環境問題の解決に関しては、海外から見ると圧倒的に遅れている分野が少なくありません。どうやって世界と協調しながら、この遅れを取り戻すか。サントリーに来て、そこに強く関心を持つようになりました。
米国が主催し、主要国の首脳が参加した2021年4月の『気候変動サミット』では、各国が気候変動対策に意欲的な目標を掲げ、主導権争いは一段と激しさを増しています。
環境問題は国境を超えて、まさにグローバルに対応しなくてはなりません。サステナビリティの課題解決に向けて、国境を超えた対話を深める機運が生まれつつあることは、個人的にも非常にいいことだと思います。
新浪 剛史氏
坂野:サントリーホールディングスの社長というお立場から、サステナビリティ経営についてどう捉えていらっしゃいますか。また、サステナビリティ経営は、サントリーグループにどのような価値をもたらしていますか。
新浪:創業者の鳥井信治郎は「利益三分主義」という経営哲学を持っていました。企業は社会と共に成長していくものであるという意識があり、事業で得た利益は事業への再投資だけでなく、お得意先やお取引先へのサービス、そして社会貢献にも役立てていこうという信念があったのです。それが創業以来受け継がれてきたサントリーの価値観であり、その価値観に基づいてサステナビリティ経営を脈々と続けてきました。
サントリーグループは、お客さまをはじめ、社会、自然環境と交わす約束の言葉として、「水と生きる」を定めています。水はサントリーの事業基盤ですし、地球にとって貴重な資源です。その水を守り育む環境を次世代につなげていく義務が私たちにはあります。その義務を果たすために、2003年から水源涵養力のある森林を育てる「天然水の森」という活動を続けています。「2020年までに国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水を涵養する」という目標は、2019年に1年前倒しで達成しました。
サントリーグループは、温室効果ガス(GHG)排出について、2050年までにバリューチェーン全体で実質ゼロとすることを目指しています。その達成に向け、2030年までの自社拠点からの削減目標をこれまでの25%から50%に引き上げることを発表しました。
「人と自然と響きあう」を企業理念に掲げ、水と自然の恵みを商品という形にしてお客様にお届けしているサントリーグループだからこそ、自然・環境問題における世界の重要課題である「脱炭素」についても、世の中に先駆けた取り組みで世界をリードしていく責務があると私は考えています。
また、プラスチックの使用削減と再資源化にも力を入れており、2030年までにサントリーグループが世界で使用する全てのペットボトルをリサイクル素材と植物由来の素材に切り替えて、化石由来原料の新規使用をゼロにするという目標を掲げています。
グループの中でもペットボトルを多く使用するサントリー食品インターナショナルでは、「2025年までに国内清涼飲料事業における当社全ペットボトル重量の半数以上に再生ペット素材を使用する」という目標を掲げていますが、2020年のリサイクル素材使用率は26%に達し、「50%以上使用」の目標を2022年に3年前倒しで達成する計画です。こうした取り組みを進めながら、CO2の排出量やマイクロプラスチックによる海洋汚染を大幅に減らしていく考えです。
坂野:水や海は生命の根源ですから、それを守り育むことは全ての生命を守ることに直結しますね。また世界で大きな問題になっているプラスチックも消費財メーカーとして責任をもって取り組んでおられるのですね。
新浪:サントリーグループは、「人と自然と響きあう」をミッションに掲げています。地球環境問題に一丸となって取り組むのはサントリーの使命であり、社員やその家族にとってはそれが誇りともなっています。そういうパーパス(存在意義)を中心に据える企業として、これからもサステナビリティ経営を推進していきます。
こうした価値観や存在意義のもとで成長してきた企業なのですが、従来はそれを積極的にアピールしていませんでした。いわゆる「陰徳を積む」という考えがあったからです。しかし、グローバル企業となった今、これを「陽徳」に変えていくべきだと思っています。人に知られず、自分たちだけでひっそりと善行を積むのではなく、もっと表に出して賛同してくれる仲間を募り、一緒になってやっていくことを考えないと、地球規模での課題解決は実現できないからです。
坂野:善行を自ら口にすることをはばかる意識は、日本では今でも根強く残っています。他社と協働で地球規模での課題解決に取り組む活動を広げていけば、自ら声高に言わなくても、自然と陰徳が陽徳になり、世の中に知れ渡ります。
新浪:特に海外では、たとえ地球環境や社会に貢献することをやっていたとしても、それをアピールして認めてもらわないと、その社会において事業をやっていいよという評価が得られません。つまり、License to Operate(事業ライセンス)を得るために陽徳に変えていく必要があるのです。
坂野 俊哉
磯貝:サステナビリティ経営を重視されている背景には、世界的な流れもあると拝察します。新浪社長は世界経済フォーラム(WEF)などの活動にも積極的に参加されていますが、世界の動きについてどのように認識されていますか。
新浪:WEFの活動に参加して感じるのは、そこで行われている環境対策に関する議論と、地域のエネルギー事情に大きなギャップがあるということです。エネルギー事情は地域差が大きく、日本もそうですが電力を石炭火力に頼っている国も多いのが現実です。
端的に言うと、これまでWEFの会議で日本の居場所はありませんでした。サステナビリティイシューについては、日本は非常に厳しい立場に置かれているからです。私は日本の経営者ですから、日本の国際的なプレゼンスを高めたいのですが、エネルギー政策は官民が一緒にならないと大きく変えることはできません。
私は、WEFの国際ビジネス評議会(IBC)にも参加していますが、例えばIBCが主導してESG指標と情報開示の原則を統一しようとしているのは非常にいいことだと思いますし、個人的にも大賛成です。
ただ、ESG指標と情報開示の原則の前提となるルールのところは、欧州と同じようなルールでグローバルに統一するのは難しいのではないでしょうか。重要なのはCO2の排出量をネットでどう減らしていくかということです。CCS(二酸化炭素回収貯留)やCCU(二酸化炭素有効利用)といったカーボンリサイクルなり、再生可能エネルギーや水素などいろいろな技術があります。日本としては、そういった世界に貢献できる技術を発展させて、排出量をネットで減らしていくことが重要ですし、それが日本のプレゼンスを高めることにつながります。
そのためには、電力系統における送配電網の再編などいろいろと解決すべき課題があり、これは政府のエネルギー政策なしには語れません。菅義偉総理大臣が2050年までに国内の温室効果ガスの排出を実質ゼロにする方針を示したことで、ようやく新たなエネルギー政策が動き始めました。これからは環境に配慮したエネルギー政策が一気に進むのではないかと期待しています。
坂野:菅政権が2050年ネットゼロの方針を明確に示したことをきっかけに、民間も一気に動き出した実感は確かにあります。とはいえ、国際的プレゼンスを高めるという点では、一歩を踏み出したに過ぎません。
新浪:ある国際会議では、「(炭素排出に価格を付ける)カーボンプライシングに賛成できない企業はここから出ていくべきだ」という厳しいことを言う人もいました。カーボンプライシングは今後絶対必要で、日本が海外で事業展開していくうえで避けては通れなくなります。サントリーでも、GHGに価格を独自に設定しGHG排出削減を促進する内部炭素価格をグループ各社に順次導入することを決定しました。
日本国内においては、揮発油税、石油ガス税、航空機燃料税、石油石炭税など二酸化炭素に関係する税制がいくつもあり、これを炭素税として一つに集約するのは非常に難しいのが実情です。各国の既存の税制やルールを壊すのではなく、グローバルで標準化したルールと各国のルールの間に、メザニン(中2階)的なものをつくらないと日本を含めたアジアの国々は乗れないのではないでしょうか。
中国の習近平国家主席は、EUの要請もあって、国連総会のオンライン演説で2060年までにカーボンニュートラルを目指すと発表しました。この方針に沿って、中国はEV(電気自動車)など新エネルギー車(NEV)の割合を増やしていくことになるでしょうが、現状では石炭火力に電源を依存しています。そういう意味でも、新しいエネルギー政策をしっかりと形づくらないと、世界全体でカーボンニュートラルを達成することはできないと思います。
私が提唱しているのは、EUのようにタクソノミー規則で石炭火力発電を認めないという二元論的なルールではなく、これから経済発展していくアジアでは、例えば、EVなら8点、ハイブリッド車なら6点といったようにCO2排出レベルによって点数化するなどして、ネットの排出量を減らしていくやり方です。
ガソリン車が今後10年、20年で全くなくなることは現実的には考えられないし、燃費効率がよくてCO2排出量が少ないガソリン車も開発されていますから、ガソリン車は税金を高くしてその税収を排出量削減のための技術開発に回すといった仕組みも考えられます。
そうした仕組みづくりを含めて日本は世界に貢献できると思いますし、TPP(環太平洋経済連携協定)加盟国や米国と組んで、仕組みづくりを進めていく方法もあります。やはり、地域の実情に即した形で、2050年を迎えていくことが必要ではないでしょうか。
国家レベルのエネルギー政策に加えて、もう一つの環境問題解決のドライビングフォースとなるのが、金融です。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に賛同した世界の金融機関・企業を中心に、今後はサステナビリティ投資、サステナビリティ融資の原則をきちんと守っていくことがグローバルスタンダードになるはずです。そうなれば、サステナビリティに反する投資に対しては、金融機関は融資できなくなります。政府のエネルギー政策と金融。この2つが大きなドライビングフォースになっていくでしょう。
(後編へ続く)
磯貝 友紀
『SXの時代 究極の生き残り戦略としてのサステナビリティ経営』(日経BP刊)では、経営者インタビューとともにサステナビリティ経営実現に向けた実践的な内容をご紹介します。