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2022-12-15
人類史上最初のエネルギー革命である『火の獲得』によって、私たちの祖先は脳へのエネルギー投資を集中させ、その結果、脳を高度に発達させた。このため脳は常により多くのエネルギーを求め、それがエネルギー多消費型の文明をつくり出してきた。『エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来』の著者である古舘恒介氏は、そう指摘します。
PwC Japanグループのサステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスでエグゼクティブリードを務める坂野俊哉とリード・パートナーの磯貝友紀が、歴史、科学、哲学、宗教など広範な知識を駆使してエネルギーと人類社会の関係を深く掘り下げた古舘氏を招き、エネルギーをめぐる人類の長い旅について議論しました。
鼎談者
『エネルギーをめぐる旅――文明の歴史と私たちの未来』著者
(JX石油開発 国内CCS事業推進部長)
古舘恒介氏
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
エグゼクティブリード
坂野俊哉
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
リード・パートナー
磯貝友紀
※法人名・役職などは掲載当時のものです。
(左から)坂野俊哉、磯貝友紀、古舘恒介氏
磯貝:古舘さんは著書『エネルギーをめぐる旅』の中で、文明の歴史から科学、哲学、宗教、社会まで、幅広い視点からエネルギーについて考察した上で、未来を見通していらっしゃいます。このような視点から執筆された動機と問題意識を教えてください。。
古舘:私はエネルギー業界に身を置く中で、「なぜ人類はエネルギーを大量消費するのか」「そもそもエネルギーとは何なのか」について考えることをライフワークとしてきました。
エネルギー問題は一筋縄ではいきません。私たちの生活と密接に結びついた根の深い問題だからです。そこで、「エネルギーというものの本質が理解できれば、私たちの生活や文明全般もまた理解できるようになるではないか」と考えました。エネルギーという切り口から、世の中のことを考えるというアプローチです。
著書の最終章である第4部では、エネルギー問題の処方箋について自分の考えをまとめていますが、あくまで1つの見方を示しただけであり、全員がそれに無条件で賛同してほしいとは思っていません。なぜなら、エネルギーの未来は人それぞれが自分事として考えるべきことだからです。そうでなければ、具体的な行動に結びつきません。
執筆の動機をひと言でいえば、エネルギーについてみんなが考えるきっかけや、理解に役立つ科学的な基礎知識、そして俯瞰的に見る視点を提示したかったからです。
エネルギー問題は非常に複雑です。そのため、エネルギーに関する議論においては、それぞれの立場の人間がそれぞれの見たい視点から問題を捉えようとする傾向があります。ただ、それでは議論がかみ合いません。
また、エネルギー問題を正しく理解するには、科学的知識として熱力学の第一法則と第二法則だけは知っておく必要があります。それがないと科学的で建設的な議論はできません。
磯貝:確かに断片的な知識に頼っていると議論はかみ合わず、建設的ではありません。その意味で、歴史的、科学的な知識と俯瞰的な視点を提示しておられる古舘さんの著書は、とても参考になります。
著書では、エネルギー問題を深く理解するために「エネルギー消費」を軸に人類の歴史を語られています。人類が大きく発展するとき、エネルギー消費も大幅に増え、その2つが見事に符合していることに驚かされました。古舘さんは人類が飛躍的に発展する時期を「5つのエネルギー革命」として整理されていますね。
古舘:一般的にエネルギー革命というと、産業革命に始まる石炭の利用と、その後の石炭から石油への移行を指すことが多いのですが、そこは本質ではないと思います。事実、私たちの社会は今でも石炭を大量に使っています。
生活や文明が非線形で急激に動くときは、エネルギーの投入量が大きく変わります。そこで私は、エネルギー革命を「エネルギーの新たな獲得手段や利用手段の発明により、人類によるエネルギー消費量を飛躍的に増加させることになった事象」と定義しました。
JX石油開発 国内CCS事業推進部長 古舘恒介氏
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス リード・パートナー 磯貝友紀
坂野:「5つのエネルギー革命」がもたらした変化について、それぞれ説明していただけますか。
古舘:最初のエネルギー革命は、「火の獲得」です。私たちの祖先が火の利用を覚えたことによって、脳の肥大化が決定づけられました。人が他の動物と異なる最も大きな特徴は、体格に比較して大きく発達した脳を持っていることです。その特徴を「火の獲得」によって手にすることができたわけです。
火を操れるようになったことで、人類は食べ物を加熱処理する、つまり「料理」することが可能になりました。火で調理した食べ物は、生食の場合に比べて、消化・吸収にかかる時間が大幅に短縮されるため、胃腸の負担が劇的に軽減されます。
私たちの祖先は、火を使って料理することで、消化器官が担っている仕事の一部を外製化し、その分のエネルギーを脳に回すことができたのです。さらに、熱はでんぷんやタンパク質を変質させ、栄養価を飛躍的に高めます。
私たち人類が誇る優秀な脳は、加熱という形で火の持つエネルギーを間接的に取り込むことにより、生食のままであった場合に比べて、はるかに大きくなっていきました。脳は大量のカロリーを消費する器官であり、本質的に「より賢くなりたい、そのためにより多くのエネルギーを得たい」と望む傾向があります。
際限のないエネルギー獲得への欲求はヒトの脳が持つ本性であり、その脳がエネルギー多消費型の文明をつくり出してきたと言えます。
坂野:資源は有限であるのに対し、人間の欲望は無限と言われますが、それは私たちの肥大化した脳の本性に由来するわけですね。
古舘:エネルギー革命の2つ目は、「農耕の開始」です。エネルギーの視点から見た農耕とは、人類による太陽エネルギーの占有です。土地を開墾し、田畑を整備して農作物を育てるという行為は、その地に自生する植物や動物を追い出し、その土地に注ぐ太陽エネルギーを独占することです。
人類は農耕を始めたことで計画的に余剰エネルギーを蓄えておくことができるようになり、人口が上昇軌道に乗りました。
3つ目は、「産業革命期における実用的な蒸気機関の発明」です。この発明の真の偉大さは、「エネルギー変換」を実現した点にあります。それまでの動力機械であった風車や水車は、風や水の流れという自然が生み出す運動エネルギーによって動き、粉を挽くことなどに使用されていました。
一方、蒸気機関は石炭を燃やして水を加熱し、発生した水蒸気が持つ熱エネルギーを使ってピストンを動かし、運動エネルギーを取り出します。つまり、「熱エネルギーから運動エネルギーへの転換」が行われているのです。これは、熱源となり得るものは全て動力に変換できることを意味します。
石炭も石油も天然ガスも、そして原子力も、熱源という意味では違いはありません。蒸気機関の発明は燃料の選択肢を広げ、かつてない規模でのエネルギーの大量使用を実現する道を切り開くことになりました。
古舘:そして、4つ目の革命である「電気の利用」によって、エネルギーを簡単に移送し、自由自在にエネルギーを変換することが可能になりました。蒸気機関では、熱エネルギーを取り出した場所で変換された運動エネルギーを使う必要がありましたが、電気の場合は、つくる場所と使う場所が離れていても送電線を通じて送れますので、「場の制約」から解放されます。
その上、運ばれてきた電気エネルギーは、モーターによって運動エネルギーに変換したり、テレビによって光エネルギーに変換したり、電気ポットでお湯を沸かす熱エネルギーに変換したりと自由自在です。電気の登場によって、さまざまな制約がなくなり、エネルギー消費量は飛躍的に増えました。
最後の5つ目の革命は、「人工肥料の開発」です。20世紀に入って、肥料の3要素の1つである窒素を人工的に生産できる技術が開発されました。人工肥料とエネルギー革命は一見あまり関係のないように思えますが、人工肥料は大量のエネルギーを投入して空気中から窒素を取り出し、固定化させることで製造します。
人工肥料が開発される前までは、自然界で窒素を固定化させる量には一定の限界があり、その上限が、人類を含む生物の総量を制限していました。それが自然界の暗黙の秩序でした。しかし、窒素肥料の大量生産が可能になったことで、穀物の収量が飛躍的に増える「緑の革命」を支え、これが人口の爆発的な増加をもたらしました。
20世紀初頭、16億人にすぎなかった世界人口は、20世紀末には60億人を突破。国連は2022年11月15日に80億人に達したと発表しました。もし、人工肥料が開発されていなかったら、人口は16億人からそれほど増えなかったと考えられます。人工肥料の開発技術は、自然界のくびきから人類を解き放ちました。
今日に至るまで私たちは、これら5つのエネルギー革命を経て、エネルギーを自由気ままに大量消費できる社会を実現し、自然界の束縛から自由になっていきました。
しかし、裏を返せば、現在の資本主義社会は、大量のエネルギー供給が少し細るだけで社会が揺らぐ、ある意味脆弱な世界であるということを知っておかなくてはなりません。ロシアのウクライナ侵攻により、欧州への天然ガス供給が細り、危機的な状況に陥ったのは、その典型例と言えるでしょう。
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス エグゼクティブリード 坂野俊哉
坂野:古舘さんは、エネルギーの本質を理解するための科学的な基礎知識として、熱力学の第一法則、第二法則の重要性について指摘されています。
古舘:エネルギーの科学的特性を知るために欠かせない知識だからです。熱力学の第一法則はエネルギー保存則とも呼ばれるもので、エネルギーの互換性を示すことで、エネルギーはなくなりはしないが、増えもしないということを表しています。
この第一法則が明らかにしたことは、無から有はつくり出せない、つまり、何もないところからエネルギーをつくり出す永久機関は実現不可能だということです。
さらに重要なのは第二法則で、熱エネルギーは一方向にのみ進む、不可逆性があるということです。大気に一旦放出されてしまった熱エネルギーからは運動エネルギーへの再変換できません。変換には温度差が必要だからです。エネルギーは自然に散逸するのです。
この熱力学の第二法則が教える最もシンプルなメッセージは、人類が活用できる質の高いエネルギーは有限でかけがえのないものであり、大切に使わなければならないということです。
坂野:風力や太陽光などの自然エネルギーも無限ではないということですね。
古舘:太陽の寿命はあと50億年とされており、人類の時間軸では無限に思えますが、有限であることに変わりありません。熱力学の第二法則が示すとおり、全ては拡散する方向に進むのです。それが、私たちが生きる宇宙という系の創りであり、誰もそれを止めることはできません。
ですから、私たちは有限な資源を上手に使う必要があるのです。