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(左から)磯貝 友紀、小野 真紀子氏
サントリー食品インターナショナル
代表取締役社長
小野 真紀子氏
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
リード・パートナー
磯貝 友紀
※本稿は日経MOOK『ネイチャーポジティブ経営の実践』の巻頭対談を転載したものです。
※役職などは掲載当時のものです。
磯貝:観測史上最も暑いともいわれた2023年の夏を経て、気候変動の影響が現実的になるなか、世界人口の増加も背景に、世界の食料争奪は一層激しくなりそうです。食料の大部分を輸入に頼る日本は、この先、原材料の調達などに困難が生じる恐れがあるとも考えられます。食をビジネスとされているお立場で、どのように受け止めていらっしゃいますか。
小野:考え方をさらに変えていかなければならないと思っています。量だけでなく質も考慮しながら、1社や1エリアに依存しないようにサプライチェーンを見直さなければ、事業継続が難しくなっていくでしょう。ただ、これはそう簡単な話ではありません。私どもは商品開発時に、原産地の生産物を基準に味をつくっているので、簡単に地域をシフトできないのです。ですから、現在のサプライヤーの方々が持続可能な形で、今後も原料を供給していただけるように、様々に支援していきます。
磯貝:具体的にはどのような取り組みをされていますか。
小野:たとえば、グループ会社であるサントリー食品イギリスは、カシス飲料製造のため、イギリスで生産されているカシスの約90%を購入しています。そのため、同社では2004年から生物多様性の専門家を雇用したうえで、カシス生産者のみなさんと一緒に、生産地に近い河川や湿地で生態系の保全・再生活動を行っています。国内でも、茶葉のサプライヤーである球磨地域農業協同組合(JAくま)と連携した取り組みを進めています。
磯貝:そこまで上流に入り込んだ活動の必要性を感じて取り組まれているのですね。
小野:イギリスのカシスの例は、90%を購入していることからインパクトをもって実現できています。一方ですべてのサプライヤーのもとへ直接出向き、課題を把握することは困難を伴うこともあるため、今はまず、NGOなどの力も借りながら当社にとってリスクの高いところから取り組んでいます。
磯貝:本気で取り組むほど、実現にはコストがかかります。こうした取り組みのコストや収益についてはどのようにお考えですか。
小野:確かに何もしないのに比べるとコストはかかります。しかし、それをバリューとして商品に反映していくこともできますし、それによってブランド価値を向上させ、それをお客さまとの対話につなげていくこともできます。もちろんそのためには努力も必要で、先ほどのカシスについては2022年に成果をまとめたレポートを発行し、伝えることにも力を入れています。
サントリー食品インターナショナル 代表取締役社長 小野 真紀子氏
磯貝:もともとサントリーグループはコーポレートメッセージに「水と生きる」を掲げ、水の保全に熱心に取り組んでこられました。
小野:言うまでもなく、飲料事業に水は不可欠ですから、事業持続のためには水の保全が欠かせません。当グループでは、2003年から「天然水の森」活動として水源涵かん養よう活動を続けています。地下水を汲み上げている地域の水源地に森をつくり、健全に保つという活動を20年続けてきました。その結果、汲み上げている量の2倍の量を育み、涵養するところまでたどり着きました。土壌も微生物が豊かでふかふかしていますし、鳥などの生き物も戻ってきており、水に着目して始めた活動が生態系再生にも貢献できているのだと実感しています。2004年からは子どもたちを対象とした環境教育「水みず育いく」も始めており、これは現在、ベトナムなど海外にも広がっています。
磯貝:自社のビジネスに不可欠な要素を特定して、世の中に先駆けて20年にもわたって本気で取り組まれ、結果として自然豊かな環境を保持し、水を健全に保ち、それがブランドに反映されているという好循環を生み出していらっしゃいますね。そういった取り組みを続ける軸になったものは何でしょうか。特に、小野さんご自身がビジネスと水や自然環境の重要性を実感されたきっかけは何でしょうか。
小野:ワイン事業です。ワインづくりは農業そのものです。年に一度しか収穫できないぶどうは質も量も、栽培時の天候の影響を強く受けます。そうした経験をするたびに、このビジネスは自然と共生しており、事業の継続はもちろん、人が豊かに暮らしていくためにも、水だけでなく気候まで含んだ地球環境を守っていかなければならないと感じていました。
磯貝:自然は社会・経済活動の基盤ですが、非常に複雑に絡み合っています。どこか一部を守ったつもりで他の部分に悪影響を及ぼしてしまうこともあるでしょうし、また、個社で対策を取るにはあまりにも大きな存在でもあります。
小野:おっしゃるように、我々が保全・再生できるのは生態系という自然のシステムの一部でしかありません。水に関する取り組みのほか、石油由来であるペットボトルのリサイクルやバイオ素材へのシフトなどには、率先して取り組むことができます。おそらく他社、他業界の方々も同じように、一社だけでできること・できないことがあるでしょう。多様な企業が多様なサステナブル活動を積み重ねることでしか、生態系という大きな自然のシステムは維持できません。
磯貝:一方で、自然環境保全が極端になると人々の活動に制限が生まれかねません。飲料企業として、人と自然の関わりはどのようにお考えでしょうか。
小野:当グループでは、「人と自然と響きあい、豊かな生活文化を創造し、『人間の生いのち命の輝き』をめざす。」を2023年に新たな経営理念としましたが、この、「豊かな生活文化」や「人間の生命の輝き」といった文言は、創業時から社是にあったものです。物を売るのではなく、物を通じて豊かな生活・文化を提供したいという思いはもともと持っていたのです。私自身は、豊かな生活文化、人間の生命の輝きというのは、人と人、人と自然のつながりからもたらされるものだと考えています。
磯貝:企業のサステナブル活動がどのように消費者の行動変容を促すのかも、非常に重要なポイントです。
小野:サステナビリティに配慮した商品と従来の商品が店頭に並んでいて、前者がたとえば10円高いといったような場合、サステナビリティに配慮したほうを選んでいただけるかどうかは、マーケットによっても異なるとは思います。「サントリー天然水」では、分別回収や資源循環がしやすいラベルレスボトルや6分の1にまでたためるペットボトルの採用を進めています。こうした取り組みへのご支持の声が、お客さまセンターにも届いています。そうした声を耳にするたびに、お客さまの頭の中にあるブランドイメージは上書きされているのだろうと思いますし、そうした蓄積が購買行動をも変えていくことになると考えています。
磯貝:私たちが過去に行った調査では、日本人は、たとえばゴミの分別など自分の生活上でできる活動には当たり前のように取り組みますが、より上流側の、サステナビリティに配慮した製品を提供する企業側の取り組みへの関心は低いという傾向にあります※1。欧州駐在も長い小野さんは、地域差をどのように感じられていますか。
小野:確かに、日本よりも欧州のほうが敏感だと感じる部分もありますが、サステナビリティへの関心が高い方はよりエシカルな食に関心が高いというように、個人差がかなり大きいように感じています。また特にアジアではZ世代の関心が高いようです。たとえばベトナムなどでは、店頭で見てみると日本よりも大きく「100%再生ペットボトル」とアピールされています。それだけ消費者の関心が高いということでしょう。タイでは昨年、技術的な課題が解決されたことを受けて規制が緩和され、飲料でも再生ペットボトルが利用できるようになりました。私どもの商品でも採用しています。そして、消費者として関心が高い人たちは、従業員としても自分が働く会社のサステナビリティに高い関心を寄せています。
磯貝:日系のグローバル企業が、欧州の従業員からの突き上げによってサステナブル分野に力を入れるようになったという話を多く聞きます。一方で、ある米国のテクノロジー企業は、本業とは別に自然災害対策に力を入れており、その活動は商品・サービスを利用するお客さまを守るためのものだと言い切って取り組んでいることに驚きました。
小野:企業としてのサステナビリティの取り組みは、お客さまだけでなく、社員とのエンゲージメントにも大きく影響すると感じています。家族にも「私が働いている会社はこんな商品をつくって売っているよ」だけではなく「自然や社会のためにこんな活動をしているよ」ということを、誇りをもって伝えられる会社でありたいと感じています。
※1 PwC Japanグループ, 2022,『 新たな価値を目指して サステナビリティに関する消費者調査2022』
PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス リード・パートナー 磯貝 友紀
磯貝:サステナブル分野、特に自然資本は、取り組みの科学的評価と数値化が難しいという声もたびたび聞かれます。
小野:サントリーグループは、SBTNの水リスク評価の手法を学んだうえで、2022年に環境目標を改定し、それに向けた具体的な活動を進めています。また、世界自然保護基金(WWF)やザ・ネイチャー・コンサーバンシー(TNC)などの企業とNGOが共同で設立したアライアンス・フォー・ウォーター・スチュワードシップ(AWS)から、鳥取や山梨にある工場が認証を受けています。なかでも熊本の工場は、認証レベルで最高位の「プラチナム」認証を受けました。工場での節水や水質管理だけでなく、様々なステークホルダーと連携した活動も評価されてのことです。長く続けてきた取り組みが間違っていなかったことを証明できたと受け止めています。
磯貝:国際的な評価の仕組みが確立される前に取り組み、数値化にもチャレンジするという姿勢は、特にサステナビリティの分野では非常に重要だと考えます。自社にとって長期的に重要な課題が何であるかを特定し、実行し、結果を出す。まさにそうした取り組みを実践された結果、評価があとからついてきたのだと思いました。評価手法の標準化を待っていては遅きに失すると思います。私たちは金融機関の支援も行っていますが、金融機関の動きも、気候変動のときに比べて早いと感じています。
小野:世界標準の評価手法の誕生を待つことなく、まずは自社の事業に直接関係のある自然資本のアセスメントを行い、それを受けて具体的な活動に結びつけていくことが企業には求められています。現時点では、厳密な数値を求めすぎてがんじがらめにならないほうがいいように思います。
磯貝:企業は今、サステナビリティで求められている数字の精度を上げることよりも、重要な成長戦略として、事業の持続可能性を実現する活動そのものにリソースを割くべきですね。