
真の"SX"に挑む企業たち ~Striving for a sustainable future~ 「地域共創業」をビジョンに地域の課題を解決したい ーサステナビリティ戦略の要は「非財務指標」の活用ー
国内外でショッピングモール事業を展開するイオンモールで代表取締役社長を務める大野惠司氏と、サステナビリティ・トランスフォーメーション (SX)を通じた社会的インパクトの創出に取り組むPwCコンサルティングのパートナー屋敷信彦が、サステナビリティ経営をどのように実現するかについて語り合いました。
現在、欧州の開示規制であるCSRD(企業サステナビリティ報告指令)や、2024年3月にSSBJ(サステナビリティ基準委員会)が公表した公開草案等、非財務情報開示の規制化が加速しており、企業におけるサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の重要性が増している。しかし、開示目的や広告目的でサステナビリティに力を入れて取り組む企業は増えているものの、経営・事業とサステナビリティを統合して企業戦略を策定・実行している企業はまだ多くない。
「真の“SX”に挑む企業たち ~Striving for a sustainable future~」特設サイトでは、真のSXの実現に挑む企業と、それらの企業を支援するPwC Japanグループとの対話を通して、SXを実現する上でのチャレンジや、その乗り越え方、今後のSXの取り組みのあるべき姿を探る。今回は、日立グループの情報通信分野を担う日立ソリューションズの取り組みを取り上げたい。
(左から)野田 勝義 氏、髙梨 智範
※本稿は日経ビジネス電子版に2024年6月に掲載された記事を転載したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
日立ソリューションズが展開している事業は、システムインテグレーションやデジタルソリューションの提供だ。クライアント企業の課題をテクノロジーで解決していく業務を展開する企業にとって、SXへの取り組みはどう位置付けられているのだろうか。同社で経営企画に携わる野田勝義氏は、SXプロジェクト推進に至った経緯をこのように説明する。
野田氏:「当社はもともとボトムアップで行動を起こしていく企業風土があり、若手を中心にSDGsやサステナビリティのテーマについて、勉強会やワークショップを長く開催していました。そうした中、社会の潮流としてもパーパス経営が求められるようになり、持続可能な社会を実現していくために当社がどのような存在であるべきなのかを考え直そうという機運が高まっていました。その思いがSXプロジェクトの取り組みへと昇華していったのです」
株式会社日立ソリューションズ
経営戦略統括本部 経営企画本部 担当本部長
SXプロジェクト 事務局長
野田 勝義 氏
同社のSXプロジェクトは、「未来に亘って価値を提供し稼ぐ力を維持強化するために、視点を地球社会のサステナビリティに据え、経済価値と社会価値、環境価値の共存を、多様なステークホルダーとの協創をベースに事業活動・企業活動を通じて実現していく企業・組織へ変革する」ことを目的に立ち上げられた。SXプロジェクトが本格的にスタートしたのは2022年度だが、様々な“タイミング”がこれを後押ししたと野田氏は振り返る。
野田氏:「SXプロジェクトがスタートする2年前の20年度は、日立ソフトウェアエンジニアリングと日立システムアンドサービスとの合併で日立ソリューションズが発足してから10年の節目でした。また、翌21年度には持続可能な社会に向けて、より思慮を重ねて経営していくという志を強く持った山本二雄が社長に就任。社長の思い、時代の潮流、会社の歴史を踏まえて、象徴的な会社経営を実施していくべきという機運が、全社活動としてのSXプロジェクトスタートをいっそう後押ししました」
通常、SXの取り組みは企業のミッションやビジョンが存在するところからスタートすることが多いが、日立ソリューションズの場合は存在意義から考え直すという思いがあったため、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)のアップデートが必要だったと野田氏は話す。
野田氏:「課題となったのは、時代の潮流を捉えた上で、MVVをどう策定し、最終的に中計や実際の業務にどう反映させていくかです。当社にとってこれは新たな挑戦だったため、こうした点に長けている専門家のアドバイスが必要となり、いくつかのコンサルティングファームに相談させていただきました。最終的にPwCコンサルティングの支援をいただくことに決めた理由は、既存のメソッドに私たちが合わせる提案が多い中、自社のメソッドを活用しながらも当社の強い思いを取り入れて一緒に方向性を見いだす提案をしてくれたからです」
SXプロジェクト支援に携わるPwCコンサルティングの髙梨智範氏は、日立ソリューションズから相談を受けた最初期の段階から「本気度の高さ」を感じていたという。
「ビジョンやマテリアリティを決めたいから支援してほしいというテーマありきのご相談はよくいただきますが、日立ソリューションズの場合は新たな価値を創造し、社会への貢献に本気で取り組むために、会社の存在意義から見直して企業を変革させたいという強い思いが伝わってきました。そこで、まずはフィロソフィーとしてのMVVを策定し、それが現場の活動にどうつながっていくかという点にこだわって支援させていただきました。
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
髙梨 智範氏
髙梨:具体的には、ビジョンと現状のギャップを経営課題として定義した“マテリアリティ”を策定し、長期的成長を実現するために継続すべき強みと今後身に付けるべき強み=“無形資産”を特定し、無形資産を管理する指標を検討することで、最終的に現場まで落ちていくアプローチをデザインしました。この考え方をPwCでは『価値創造経営』と呼んでおり、最近取り組まれる企業が増えています」
価値創造経営の全体像。通常は長期ビジョンが設定されていることが多いが、今回の日立ソリューションズのSXプロジェクトでは、MVVの策定からPwCコンサルティングが参画。最終的に中期経営計画(中計)や事業までどう連続してつなげていくか、一連のストーリーとしてどう構築するかに腐心した。
もう1つ、日立ソリューションズからの要望として伝えられたのが、経営層主導ではなく、社員の自分事化を狙い、全社員を巻き込む形で進めたいとの意向だった。その意図を野田氏はこう説明する。
野田氏:「当初は経営層や経営企画のメンバー主体で進めることも考えましたが、SXで重要なのは未来の視点です。10年後や20年後をイメージしたとき、会社の中核を担っているのは現在の若手社員なのですから、社員一人ひとりが、自分事として考えることは必須だと判断しました」
野田氏はプロジェクトの事務局を、全社をサポートする組織と位置づけ、各事業部からイノベーション意識の強い若手中心の社員をスカウトし、20人ほどのメンバーでプロジェクトをスタートさせた。
一方、ボトムアップスタイルでのSXプロジェクト推進支援という難しいミッションに取り組むことになったPwCコンサルティング側は、これをどう捉えたのだろうか。
髙梨:「自社の存在意義からバックキャストで考えて、現場までSXの考え方をあまねく浸透させることは難易度が高く、非常に時間もかかる取り組みであるため、それにチャレンジすることは素晴らしいと思います。
現場を巻き込むために、すべての部門からメンバーを募り、ワークショップとディスカッションを繰り返して検討を進めました。参加メンバーの皆さんは、未来にわたる自身の存在意義を議論し、どう変わるべきかを真摯に検討していたことが印象的でした。多くの企業がMVVやマテリアリティを作ってから現場へ浸透させるため、その浸透に苦労する一方で、初めから現場を巻き込み浸透活動を行いながら検討することは、検討自体には時間を要しますが、長期的な活動として効率的であり、優れた取り組み方であったと捉えています。また、MVVやマテリアリティは抽象的なものであり、現場がアクションに移すことができるようにするために、無形資産を可視化して、管理可能にする取り組みも並行して進めました」
日立ソリューションズのSXプロジェクトが実際にどう進んでいったのかを見ていこう。大まかな流れでいうと、21年度に前段階として全体計画を検討、プロジェクト初年度の22年度に新MVVを策定し、23年度にはマテリアリティの策定と無形資産の整理と管理指標の設定を実施した。
野田氏:「MVV策定で最も重視したのは、10年後や20年後の社会の姿を想定し、バックキャストでフィロソフィーを導き出すことでした。全社員を巻き込むために工夫したのは、インプットとアウトプットを意識したことです」
野田氏によると、PwCコンサルティング等から外部有識者を招いて、インプットとしての勉強会、アウトプットとしてオンラインでのパネルディスカッションを開催したという。これにより、知見の共有や活発な意見交換が進んだ。また、旗印であるMVV策定と同時に、既存事業の提供価値拡大のためのSX投資枠を設けたり、社会課題の解決に貢献するアイデアを全社的に募集するアイデアソンを実施したりと、SXを現場に浸透させるための具体的な施策も並行して進めた。
約半年をかけて検討し、最終的に確定した同社のMVVは以下の通りだ。
出典:日立ソリューションズ「サステナビリティ・アクションブック 2023」
未来からのバックキャストで検討を進めた日立ソリューションズのMVVは、未来を見据えた視点とともに、社内外の多様なステークホルダーとの「協創」がビジョンに掲げられている。社内の部署やポジションを超え、全社員を巻き込んで検討が進められたこのMVV自体が協創の象徴でもある
このMVVを基にしたマテリアリティの策定も、日立ソリューションズ独自の方法で進められた。
野田氏:「マテリアリティは世の中で求められているESGのテーマから評価・選定していく手法が多いですが、当社が、どのような存在であるべきか、どのような価値を提供できるのかを考えるという意味で、国際イニシアチブを参考にしつつも、自分たちを中心に置くことがより重要であると考えました」
これは、マテリアリティの本来的な意味を考えたときに重要なポイントだと、髙梨氏は語る。
髙梨:「マテリアリティは経営における重要課題を指すので、ビジョンと現在地とのギャップです。MVVの達成のために自分たちがどんな価値を提供していたいのかを解像度を上げて描き、それを実現するために何が足りないのか、そのギャップを埋めるためにはどんな言葉で表現すれば良いのかを考える作業が必要でした。また、その検討に際しては、顧客や協創パートナー、採用パートナー等の重要な外部のステークホルダーからの視点や期待値もしっかりとインプットとして取り込みました」
若手を中心としたワークショップを繰り返して出てきた膨大なマテリアリティ候補を、PwCコンサルティングが定義したフレームワークをもとに議論を重ねて収斂させ、ワーディングを研ぎ澄ましていった。
野田氏:「若手中心の自由な議論により、多様な視点で数多くのテーマが創出されたため、まとまるかどうか心配でしたが、このフレームワークで構造化ができ、まとまりやすくなりました。最終的にマテリアリティは4分類11項目になりましたが、PwCコンサルティングから提案いただいた4分類は、単なるジャンル分けではなく、それぞれの相関関係が可視化されていたのでしっくりきました」
出典:日立ソリューションズサイト「マテリアリティ」
日立ソリューションズのマテリアリティの分類は、事業として社会に貢献する「提供価値」、そのために必要な手段としての「協創」と「技術」、これを支えるDEIも含めた「人・組織」、それらを実現する環境として国際イニシアチブの要請も考慮した「経営基盤」という位置づけとなっている。
日立ソリューションズのSXプロジェクトでもう1つ特徴的だったのが、若手社員から経営幹部へのプレゼンテーションだ。
野田氏:「今回ボトムアップ型のアプローチを取っていますが、経営幹部や事業部長と何度も議論を重ね、経営幹部や事業部長の視点や思いをしっかりと入れ込んでいます。また、全社員アンケートも行い、社員一人ひとりの意見も参考にしました(回答率:約90%)。また、若手や中堅の次世代リーダーが形にしたMVVやマテリアリティを経営幹部に提言する際、通常なら我々のような事務局が間に入るのが一般的ですが、今回のプロジェクトでは、熱量を持って考えたメンバーが直接提案し、幹部との意見交換を実施する方式をとりました」
経営層や事務局だけで決めるのではなく、全社員を巻き込んで進めるという当初の考え方に最後までこだわった形だ。
ワークショップによるMVVとマテリアリティ策定の過程で、人的資本、社会関係資本、そして知的資本の3つが無形資産として重要であることも特定した。SXプロジェクトは現在、実行フェーズへと進む段階に来ていると野田氏は話す。
野田氏:「現在、日立ソリューションズは27年度までの次期中計の策定に入っています。今回のSXプロジェクトの成果であるMVVやマテリアリティも当然ここに反映されることになります。これまでの中計は財務指標を中心とした3年間の計画でしたが、経営とサステナビリティがつながったことで長期視点と中期視点の相互の関係が可視化されたため、長期的なゴールを目指す中で非財務指標も含めてどのような3年間にすべきなのかを示した上で、企業活動、事業活動を通じてSXを推進することになると思います」
(日立ソリューションズ提供)
2021年度の全体計画からMVV策定、マテリアリティ策定、無形資産の特定と進んできたSXプロジェクトは、27年度までの中計に反映され実行フェーズに入る。「今後もサステナビリティ関連の海外動向や新たな潮流をキャッチアップし、適宜反映していきますので、PwCコンサルティングには引き続き期待しています」と野田氏。
今後は、指標や目標設定を現場に落とし込んだり、具体的な協創のスタイルを探ったりといったことが課題になってくると野田氏は語る。
髙梨:「多くの日本企業にとって、サステナビリティを経営や事業とどう統合するかは大きな課題になっていると感じます。例えば中計策定においては、従来の実績ベースのフォーキャスト型アプローチに加えて、長期的な変化の仮説に基づくバックキャスト型アプローチで、今後身につけるべき強みを習得する活動(無形資産の蓄積)を取り入れることが重要になってきます。さらに、計画策定後には実現手段として、ビジョンの実現に向けた経営基盤の構築(非財務指標を含めた経営管理の仕組み化、人材採用・育成・評価制度の再構築など)も必要になります。
日立ソリューションズの取り組みでは、MVVからマテリアリティ、無形資産まで一貫して策定を行い、それらを中計に組み込むといった一連の流れを通じて、経営層のコミットメントと現場の熱い思いをつないだことが成功要因だったと思います。また、自分たちの思いが具現化したMVVやマテリアリティを外部に発信し、共感を得ることで、有望な人材の獲得や協創パートナーとのつながりも生まれると思います。今後、価値創造経営へのトランスフォーメーションを目指す企業にとっても重要なヒントになるのではないでしょうか」
国内外でショッピングモール事業を展開するイオンモールで代表取締役社長を務める大野惠司氏と、サステナビリティ・トランスフォーメーション (SX)を通じた社会的インパクトの創出に取り組むPwCコンサルティングのパートナー屋敷信彦が、サステナビリティ経営をどのように実現するかについて語り合いました。
経営・事業とサステナビリティを統合して企業戦略を策定・実行する真のサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)を目指す取り組みについて、日立ソリューションズと同社のSXプロジェクトを支援するPwCコンサルティングのメンバーが対話しました。
「2024年問題」や慢性的な人手不足、地政学リスクといった課題を抱えながらグローバルな社会インフラとしての責務を果たす物流業界にとって、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)は必然的に重視せざるを得ない経営アジェンダです。物流大手のNIPPON EXPRESSホールディングスと、同社のSXを支援するPwCコンサルティングのメンバーがサステナビリティ経営への転換の道のりについて語り合いました。
サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)は、気候変動だけでなく、人的資本や価値創造経営も含め、経営戦略に直結します。人材サービス大手のパーソルグループと、同グループを支援するPwCコンサルティングのメンバーが真のSXの実現に向けた取り組みについて議論しました。
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