ネイチャーポジティブ経営におけるロケーション分析の意義とは

  • 2024-08-22

2022年12月に生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において「2030年に生物多様性を回復の軌道に変える」という方向性が示されました。また2023年11月には、自然保全団体、企業団体、国際機関などから構成されるNature Positive Initiative(NPI)が、COP15で合意されたネイチャーポジティブの考え方を踏襲した、ネイチャーポジティブの定義が明文化されました。

このように、近年はさまざまな業界でネイチャーポジティブに向けた動きが本格化しています。生物多様性や生態系を含む自然は、企業にとって重要な経済活動の基盤であり、企業はネイチャーポジティブの取り組みを推進しながらビジネス機会を獲得することが期待されます。

こうした流れの中で、企業が自社の価値向上プロセスに自然保全の概念をマテリアリティとして位置付ける経営、すなわちネイチャーポジティブ経営を実現するためには、まずは自社の事業活動が自然へもたらすインパクトや自然への依存の状態を正しく把握することが出発点となります。しかし、気候変動は温室効果ガス換算の排出量を使って全地球規模で世界共通の指標で測定できる一方で、自然は地域によってさまざまな生態系や生物種を包含する「地域性」があるため、単一の指標で測ることができません。自然そのものには地域性があるため、自社の事業活動と自然の関係が自然に及ぼすインパクトや、依存する生態系サービス、それらが派生する自社へのリスク・機会対応にも地域性が生まれます。こうした地域性の存在を踏まえ、自社の事業活動と自然の関係を正しく把握する際に有効な手法の1つが、ロケーション分析です。

ロケーション分析とは、GIS(地理情報システム)や空間解析ツール、国際機関が提供する地理データベースなどのツールを用いて、地理情報を持つ複数のデータを統合して分析する手法であり、都市計画、商圏分析、自然のモニタリングなど、さまざまな用途に活用されています。ネイチャーポジティブ経営においては、このロケーション分析により、自然に関連するインパクト・依存や、リスク・機会が潜在する場所を事業拠点レベルまで解像度を上げて把握することが可能となります。

例えば、ある地域に位置する4つの事業拠点のうち、最もハイリスクな拠点を特定したいとします。先住民族の土地、森林減少ホットスポット、河川洪水リスクをGIS上で重ね合わせることで、先住民族の土地や森林減少ホットスポットに接し、河川洪水リスクも高い拠点1が最もハイリスクな拠点であることが分かります(図表1)。なお、企業が自然に与えるインパクト・依存、リスク・機会を開示するための枠組みである自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)では、バリューチェーンの上流、直接操業、下流の各拠点を評価することによって、ロケーション分析を行うことが推奨されています。

図1 ロケーション分析による高リスク拠点特定の例

また、ロケーション分析は資源枯渇リスク対応や事業適地の発見など、さまざまな自然関連のリスク対応・機会獲得に役立てることができます(図表2)。以下では、ロケーション分析を効果的に経営に取り入れた先進企業による具体事例を紹介します。

図表2:ロケーション分析による自然関連リスク対応・機会獲得の例

リスク対応

機会獲得

  • 高リスク原材料生産地域の特定
  • 事業拠点の洪水リスク管理
  • 人権リスクを考慮した資源調達
  • 資源枯渇リスクへの対応
  • 自然環境を踏まえた事業適地の発見
  • 作物収量向上需要の取り込み
  • グローバルサプライチェーンの自然災害リスク情報一元管理サービスの開発(ロケーション分析の技術・手法そのものが価値の源泉)

■原材料の高リスク生産・調達地域を特定し、小規模農家に対して再生農法導入を支援

グローバルに事業を展開するアパレル企業のなかには、国際NGO(以降、「事業者」とする)の協働により、再生農法の導入を支援している企業もあります。事業者が、原材料の生産・調達が最もインパクトを与える土地を特定するためにロケーション分析を実施した結果、インドから調達する大量のコットン繊維が土地に大きなインパクトを与えることが明らかになったのです。

特にインド中央部の特定の地域には、トラやその他の野生生物の重要な回廊となる森林と農作地が混在しており、昨今のインフラ開発や工業農法への転換などの圧力によって野生生物の生息地が失われるリスクや、農家が栽培する綿花の環境負荷の高さをリスクとして抱えており、対策が迫られていました。

そこで、この事業者は綿花栽培を事業変革の機会として捉え、小規模農家を対象とした再生農法の導入支援プロジェクトを実施しました。その結果、同地域の土壌の健全性が高まり、野生生物の回廊を維持できるようになりました。また、生物多様性が向上することで害虫が減少し、従来の慣行農法に比べ投入資材コストを削減するとともに、農家の生活水準も向上しました。

■グローバルサプライチェーンの自然災害リスク情報の一元管理サービスを開発

グローバルに事業展開する大手IT企業は、グローバルサプライチェーン上の自然災害リスク情報の一元管理サービスを提供しています。

近年、自然災害が招くサプライチェーンの機能不全による企業の損失が増加傾向にあり、こうした被害を最小化する企業のニーズが高まっています。このIT企業はこうしたニーズに着目し、GISなどのロケーション分析技術に基づくサプライチェーン上の災害リスクの一元管理サービスを開発しました。

同サービスには、グローバルサプライチェーンのリスク情報を一元管理し、拠点ごとにハザードマップと重ね合わせて自然災害リスクを可視化できる機能があります。これによって、顧客はサプライチェーン上の自然災害リスクを一元管理し、経営上の優先度に鑑みつつ、効果的かつ効率的に対応策を検討できるようになります。

■農業用GISの開発により、農家のリスク緩和や、自社製品の環境負荷削減を推進

農薬を製造販売している総合化学メーカーでは、農業の生産性と環境保全のバランスを生み出すための重要な要素としてデジタル技術を取り入れています。その1つとして、農地から流出する水の問題に着目し、農業用のデジタル地理情報システムを開発することで、農家支援と環境への負荷削減の両立に取り組んでいます。

農地からの流出水は、土壌侵食や肥料・農薬の環境中への流出による水質汚染を引き起こすだけでなく、水不足による収穫量の低下にもつながります。そこで、この事業者は農業用デジタル地理情報システムを用いて、圃場ごとの水の流出リスクを高解像度マップで可視化し、それに対するリスク軽減策を併せて提示します。これによって、ますます強まる気候変動の影響下においても、農家が灌漑に頼らず天水栽培を維持できるための仕組みづくりに一役を買っています。

上記の事例のとおり、ロケーション分析は、自然関連のリスク管理や機会獲得に関する経営上の意思決定を強力にサポートします。しかし、企業がロケーション分析を実施するためには、トレーサビリティが十分でない拠点の位置情報の取得が新たに必要であったり、GISなどのツールを使いこなす必要があったりするなど、越えるべきハードルが存在します。また、これらを克服した後には、ロケーション分析結果を踏まえたリスク・機会の特定、取り組むべき方針・戦略の策定、実行およびモニタリングといった自社の事業活動への落とし込みも必要となります。これらのステップを推進する人材には、生態学などの専門知見に加えてビジネスに関する深い洞察力が求められるため、企業が単独で実施することが困難な場合もあり、エキスパートとのパートナーシップが1つの解決策といえます。

このように、克服すべき課題はあるものの、ロケーション分析は、企業が事業活動に関連する自然のインパクトを把握し、リスク対応・機会獲得に向けた戦略立案・実行へとつなげることをサポートする手法であり、ネイチャーポジティブ経営およびTNFD対応の要諦の1つといえます。

執筆者

甲賀 大吾

ディレクター, PwCサステナビリティ合同会社

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白石 拓也

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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小峯 慎司

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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中尾 圭志

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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花井 香奈子

シニアアソシエイト, PwCサステナビリティ合同会社

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天野 恭子

シニアアソシエイト, PwCサステナビリティ合同会社

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