
SX新時代ー成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ 第1回:次のフェーズへ移行するサステナビリティ
経済・環境・社会課題を総合的に捉えて可視化・評価し、意思決定を行う「ホリスティックアプローチ」と、変革の要所で複数の業界・企業・組織が協調して対策を実行する「システミックアプローチ」について解説します。
2022-10-07
連載「生物多様性とネイチャーポジティブ」では、自然への影響や生物多様性に関する機会・リスクのほか、ネイチャーポジティブに挑戦している事例を業界ごとに紹介しています。第8回は、エネルギー業界に焦点を当てます。
エネルギー業界は、2022年6月に公表されたTNFDベータ版(v0.2)において、優先的にガイダンスを作成する8つの重要セクターの1つに含まれており、影響の大きい業界と認識されています。
「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム」(IPBES)が発行した「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」(2019年)によると、生物多様性の喪失に関わる直接的な要因は、主に「土地・海域利用」「直接採取」「気候変動」「汚染」「外来種」の5つとされています。
これらの要因をエネルギー業界に当てはめて考えると、「土地・海域利用」においては、化石燃料の採掘、パイプラインの建設、送電線の建設、ダム建設、太陽光発電設備設置による森林開発、洋上風力による海洋開発などが生物多様性に大きな影響を与えています。
また、「直接採取」では、生物バイオマス(木材ペレットなど)の過剰採取が特に森林に大きな影響を与えています。「気候変動」の観点では化石燃料の燃焼に伴う温室効果ガスの排出が影響を与えており、「汚染」の観点では化石燃料の燃焼に伴う大気汚染物質の排出などが挙げられます。
5大要因の他にも、洋上風力をはじめとする洋上インフラは、騒音による海生哺乳類の音声コミュニケーションの阻害や、渡り鳥が衝突して死亡するバードストライクの問題など生態系へのネガティブなインパクトが大きいことが指摘されています。渡り鳥や回遊魚のルートを詳細に把握して設置場所を検討したり、環境負荷が少ない方式を採用したりするなど、生物多様性への影響を最小限に抑えていくことが求められます。
図表1:エネルギー業界による自然・生物多様性への主な影響例
出典:IPBES,2019.”Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services”などを基にPwC作成
https://ipbes.net/sites/default/files/ipbes_7_10_add.1_en_1.pdf(2022年4月12日閲覧)
本連載の第2回「ビジネス活動における生物多様性・自然資本対応の動向と枠組み」でも紹介した自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のリスクの考え方をエネルギー業界に当てはめると、原料調達にかかるリスクやその製造工程にかかる評判リスクなどが主な懸念リスクとして浮かび上がってきます(図表2参照)。
図表2:エネルギー業界における自然関連リスク
出典:TNFD, 2022.「The TNFD Nature-related Risk & Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v.0.1 Release」などを基にPwC作成
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2022/03/TNFD-beta-v0.1-full-PDF-revised.pdf(2022年4月12日閲覧)
「物理リスク」のうち、「急性リスク」としては、生態系サービスが劣化することで自然災害が発生しやすくなり、それによって採掘や精製の施設が操業停止になること、送電施設やパイプラインが損傷することなどが考えられます。「慢性リスク」については、生態系の劣化によってバイオマス原料の調達が困難になることや、別の観点では、生態系保全に伴って、採掘ができなくなるリスクなども考えられます。
また、「移行リスク」のうち、「法規制リスク」としては、生物多様性への影響が大きい燃料の生産や使用が禁止されたり、土地保全強化によって開発許可が取り消されたりすることが挙げられます。「市場リスク」としては、消費者のサステナビリティ意識の高まりや、環境影響負荷の低いエネルギーやその採掘・精製技術への移行が進むことにより、生態系に与える影響の大きいエネルギーの需要が減少するリスクがあります。「技術リスク」としては、環境や生物多様性に影響が少ない発電技術への移行が遅れることで競争力が低下することが考えられます。ほかにも、「評判リスク」として、地域社会の反対や訴訟、規制強化による評判低下が挙げられます。これらの「移行リスク」に対応できない場合は、市場から除外されるというリスクも考えられます。
特に「評判リスク」や「法規制リスク」については、すでに生物多様性にかかるリスクが顕在化した事例もあります。例えば、2013年にはカナダのガス施設で発生した燃焼フレアにより、飛来した約7,500羽の鳥類が死ぬ事故がありました。鳥の渡りの時期であったことと、当時霧が深く視界が悪かったことなどの条件が重なり、絶滅危惧種を含む26種の鳥類が燃焼フレアに飛び込んでしまったものと考えられています。この事故により、ガス施設の運営事業者には、75万カナダドルの罰金が課せられています。
つまり、生態学的なリスクを事業者が把握していたにもかかわらず、対応できていなかったことを問われた形になります。これは一例ですが、日本のエネルギー業界においても同じようなことが起こる可能性があり、想定以上に生物多様性にかかる影響が出てくる可能性があります。
前述したリスクに対して、原料調達、輸送・精製、発送電・供給といったライフサイクルの流れと、企業の目標設定に関わる枠組みの策定を行っている「SBTs for Nature」が提唱している「AR3Tフレームワーク」(Avoid:回避、Reduce:軽減、Restore & Regenerate:回復再生、Transformation:変革)を踏まえて、エネルギー業界で考えられる企業の戦略や取り組むべき施策の概要を以下のとおり整理しました。ここでは、工程別に主な影響と具体的な取り組みの例をまとめています(図表3参照)。
図表3:エネルギー業界で考えられる取り組み
まず原料調達の工程においては、
などの取り組みが挙げられます。回避としての原料やエネルギーの転換は、転換によって生まれる生態系への新たな影響を慎重に精査する必要があります。
輸送・精製の工程では、
などの取り組みが挙げられます。生態系への影響を低減する設備導入を進める動きも加速しつつあります。
さらに、発送電・供給の工程では、
などが挙げられます。
このような取り組みを行うことにより影響を軽減できますが、その一方で、生態系に異なる影響を新たに与えかねない可能性について常に意識する必要があります。「回避」先の生態系への影響や「回復再生」がその地域の生態系に適した施策となっているかなど、専門的な観点から検証していくことが重要です。
出典:各社資料を基にPwC作成
「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム」(IPBES)と「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が合同で実施したワークショップの報告書「生物多様性と気候変動 IPBES-IPCC合同ワークショップ報告書」(2021年)によると、生物多様性への対策は、気候変動対策に悪影響を及ぼすものは少ないと考えられる一方、気候変動対策の中には、生物多様性にネガティブな影響を与えるものが多くあるということが指摘されています(図表4参照)。例えば、脱炭素の観点からは推奨されている自然再生エネルギー、バイオマス発電なども、生物多様性の観点で見ると「生態系の再生」や「保護区の拡大」などといった対策に対して負の影響を与えている可能性があります。そのため、脱炭素の観点に加え、生物多様性の観点からもエネルギーのサステナビリティを考えていくことが重要です。
図表4:気候変動緩和策による生物多様性保全策への影響(上)と生物多様性保全策による気候変動緩和策への影響(下)
※青色の線は正の影響(相乗効果)、オレンジ色の線は悪影響(トレードオフ)を表す
出典:生物多様性と気候変動 IPBES-IPCC合同ワークショップ報告書
https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/policyreport/jp/11634/IPBES_IPCC_ws_J_final.pdf(2022年8月29日閲覧)
エネルギー業界に携わる企業は、脱化石燃料や再生可能エネルギーへの転換が求められていますが、ここまで述べてきた内容などを踏まえて、生物多様性やネイチャーポジティブにも対応していくことも重要です。PwCでは、TNFDを含む自然資本にかかる最新の国際動向を踏まえ、企業の自然資本・生物多様性にかかる影響依存評価や開示の準備対応などを支援しています。
詳しくは生物多様性に関する経営支援サービスページをご覧ください。
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