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2022-12-07
エジプトのシャルムエルシェイクで開かれた第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)が2022年11月20日に閉幕しました。温室効果ガスの排出削減において進展が乏しかったとの指摘が出ている一方、国連の専門家グループがネットゼロ(温室効果ガス排出削減実質ゼロ)についてまとめた新たな基準案が話題を呼んでいます。脱炭素に透明性と客観性を求める5原則と10の提言は、日本の企業や自治体に今後大きな影響を与える可能性があります。
「いかなるグリーンウオッシュ(見せかけの環境対応)も許されない」――。非国家(企業、金融機関、自治体など)主体のネットゼロに関する報告書を国連の専門家グループが提出したのは、11月9日のことでした。議長のキャサリン・マッケナ氏は報告書の寄稿文で、グリーンウオッシュに対して厳しい姿勢を露わにし、「ネットゼロに誠実さ、透明性、説明責任を持たせるための10の実践的な提言」を提示しました。国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏も、この報告書を「信頼できるネットゼロ宣言のためのガイドだ」と位置付けています。
この提言は、ネットゼロ目標と詳細な達成計画を明らかにした上で、その進捗や温室効果ガスの排出データなどを毎年公表するよう具体的に要望しています。また公表する情報については、比較や追跡が可能なものとし、計画変更時の説明や第三者による検証も必要だとしました。計画はバリューチェーンに沿って全ての事業をカバーするほか、自社だけではなく供給網の取引先も含む全スコープを対象とするよう求めています。さらに、信頼できないカーボンクレジットの排除のほか、金融機関に対しては発電用石炭向けの貸し付けの即時中止や不使用についても盛り込まれています。
基準案の目的は、企業や自治体などによるネットゼロ宣言の品質と信頼性を確保することにあります。これらによって宣言の主体に説明責任を持たせるほか、見せかけのネットゼロ宣言と、行動の伴った宣言との間にレッドライン(越えてはならない一線)を引く狙いがあります。
基準案が提案された背景には、2015年に採択された気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」があります。IPCC(気候変動に関連する政府間パネル)が2018年に発表した1.5度特別報告書と連動する形で、世界の平均気温上昇を産業革命前に比べて1.5度以内に抑える必要性が広く認知されました。これに沿う形でネットゼロを宣言する動きが相次ぎ、日本では2020年頃よりパリ協定に沿った官民の取り組みが本格化し、当時の菅義偉首相は同年10月に行った所信表明演説において、2050年までに脱炭素社会の実現を目指すことを表明しました。これを受け、産業界や経済界を中心に、ネットゼロを掲げる企業や金融機関が増加しました。
こうした動きが世界的に広がるのに伴って、今回指摘されたグリーンウオッシュという課題が出てきました。ネットゼロの目標を宣言していながら、化石燃料に投資したり、脱炭素につながらない事業を継続したりするケース、脱炭素の取り組みに積極的な説明をする一方、実際にはそうした活動から温室効果ガス排出量が増加していたりするようなケースです。
中には検察・金融当局が摘発した悪質なケースもありますが、そこまではいかないまでも実効性が極めて曖昧な事例や、実際の行動が伴っていない事例は少なくないと見られています。ネットゼロを宣言していても客観的な検証や比較がしづらく、ともすれば一方的な「勝手宣言」をできてしまう状況が問題の根幹になっています。
また、パリ協定では1.5℃目標達成のためには温室効果ガス排出量を2030年に2019年比で45%減らすことが必要とされていますが、前述の報告書では現状の各国の計画を積み上げても11%増加してしまうことに触れ、キャサリン・マッケナ氏は「私たちは前進していますが、あるべき姿にはまだほど遠い」と指摘しています。今回提示された原則や提言は、パリ協定が示したあるべき姿との乖離を埋めるための一策と言えそうです。
では、今回の報告書が示した原則や提言は、今後どの程度浸透すると見られているのでしょうか。結論から言えば、これらに拘束力はなく、実行のハードルも高いため、すぐには広がらないと考えられています。ただ、注目すべき点が2つあります。
1つは先進的な民間企業の動向です。環境意識の高い欧州の大手企業や金融機関が、この報告書の示す内容に従って情報開示を進めれば、できる部分から追随する動きがじわじわと広がる可能性があります。
もう1つは政府の動向です。新たな基準案は各国の政府や規制当局に対し、ネットゼロの目標を掲げている企業がしっかりとした計画を立て、その進捗を毎年報告する仕組みをルール化するよう促しています。また、そうした開示情報が第三者の目線で検証される必要性も指摘しました。
これらを踏まえると、新たな基準案はTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)と似たような経過をたどる可能性があります。TCFDも当初は自主的な取り組みを促すための提言でしたが、率先的に賛同したグローバルの先進企業の取り組みを通じて提言の重要性が広く認知され、その影響もあり2017年に世に出てから5年の間に一部の国ではルール化されるに至りました。日本では東証プライム市場への上場の条件としてTCFDに準じた情報開示が求められており、多くの企業がこれに沿った宣言を出しています。
今回も基準案に基づいた何らかの規制や指針が数年以内に導入されることが予想されるため、自社の脱炭素の取り組みがグリーンウオッシュではないという説明を求められることを想定した取り組みを進めることが必要でしょう。
今回示された原則と提言が今後どの程度の速度で浸透するかは未知数です。しかし、昨今の環境機運の高まりと開示情報拡大の流れを踏まえると、いつ取引先や機関投資家がこの新しい基準を満たすことを要求するようになってもおかしくありません。国が規制の導入を検討することを見越して、基準案を意識した準備を進めることが推奨されます。
まずは自社の掲げている取り組みが、本当に温室効果ガスの排出削減につながっているのかどうか、それを対外的に合理的な説明ができるかどうかを検証する必要があります。もし排出削減につながっていないものが見つかった場合は、速やかな見直しや新たな取り組みを検討することが重要です。
また、今回の基準案では、ネットゼロを掲げながら化石燃料事業に投資し続けることなどをグリーンウオッシュであると位置付けました。こうした行動が自社の事業展開に含まれていないかという観点の見直しも必要です。一見して脱炭素につながると認識されている取り組みであっても、専門的な見地からみると正しくない可能性があります。一連のレビューには、幅広い視点や専門的な情報を取り込まなければなりません。
こうした対応を進めていれば、実際に国が規制を導入しても、迅速に対応することができるでしょう。
10の提言には含まれていませんが、報告書では「行動への道筋」として、中小零細企業が脱炭素に取り組むことの重要性を指摘しており、そのためには大企業が支援すべきだとしています。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)も、温室効果ガス排出についてサプライチェーン(供給網)を含む「スコープ3」を対象と決めており、自社にとどまらない広い視点の取り組みが欠かせなくなりそうです。
これらを検討する中で、計画や目標と現状のビジネスモデルや組織体制の間に乖離が見つかるかもしれません。その際には、計画の妥当性を再考しつつも組織やビジネスモデルの変革が必要となります。環境関連の動きは勢いがつくと一気に加速するため、ともすれば後手に回りかねません。様子見をせず、積極的に動き出すことが先々の有利なポジションを獲得することにつながるでしょう。
COP27では、気候変動に伴う災害を受けた途上国を支援する基金の創設が決まりました。途上国はかねてから基金の創設を求めており、「損失と被害(ロス&ダメージ)」が正式なテーマとなったのはCOP27が初めてです。当初は先進国との間で激しい綱引きが繰り広げられ、会期が延長する原因となりました。
この基金の創設に向けては、2023年のCOP28での採択に向けて先進国と途上国のメンバーで構成する委員会を発足させ、今後詳細を詰める見込みです。基金の対象は海面上昇により移住が余儀なくされる島しょ国などに限られる予定で、途上国の線引きも今後の検討課題となっています。
メタンガスは同じ体積あたりの温室効果が二酸化炭素の20倍以上とされており、大気への排出量は少ないものの環境へ二酸化炭素と同程度の影響を環境に与えていると見られています。このため、COP27において重要テーマの1つとなりました。
メタンガス排出の主要因は農業のほか、天然ガスのパイプラインの配管腐食や接続部のゆるみによる漏出などがあり、エネルギーの使用との関係が深い二酸化炭素とは異なった視点での削減対策が必要です。
これまでの取り組みとしては、150カ国以上が参加を表明した国際協定「Global Methane pledge」があり、2030年までに20年比で30%削減する目標を掲げています。その一環として国連環境計画(UNEP)は、宇宙衛星によって検出された世界のメタン漏れに関する公開データベースの立ち上げを発表しました。今後は民間でも、メタンガスの漏出防止に絡んだビジネスの創出が相次ぎそうです。
本多 昇
ディレクター, PwCサステナビリティ合同会社