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世界の金融機関が集結し、ネットゼロ達成を目指す「グラスゴー金融同盟(GFANZ)」。そのGFANZのセクター別アライアンスの1つが、世界の民間銀行で構成される「NZBA(Net-Zero Banking Alliance)」です。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、いち早くNZBAのメンバーに加わり、グローバルな観点からネットゼロ実現を模索してきました。またG7主導の公正なエネルギー移行パートナーシップ(Just Energy Transition Partnership:JETP)にもMUFGは参加し、アジアのエネルギー・トランジションにも積極的に関与しています。
そんなMUFGでChief Regulatory Engagement Officerを務める石川知弘氏は、NZBAのワーキンググループの議長を務めるなど、世界を舞台に精力的に活動を展開しています。過去、石川氏は外資系投資銀行や金融庁での勤務経験があり、官民両方の視点から国際金融規制のルールメイキングにも携わってきました。銀行業界のネットゼロの達成にも、グローバルに適用される“ルール”が必要なのは明らか。MUFG、そして石川氏の取り組みに、PwC Japanグループサステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスの牧内秀直が迫りました。
石川知弘氏
三菱UFJフィナンシャル・グループ
Chief Regulatory Engagement Officer
牧内秀直
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス 執行役員
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)石川知弘氏、牧内秀直
牧内:
まずMUFGとしてのネットゼロの取り組みについて伺います。特にトランジジョンファイナンス(移行ファイナンス)について、重点的に話していただけますか。
石川:
MUFGは2021年4月にカーボンニュートラル宣言を発表し、グループ全体でネットゼロの実現を打ち出しています。菅義偉首相(当時)が2050年までのカーボンニュートラル達成を宣言したのを受けての対応ですが、ネットゼロの達成が果たして実務的な観点で何を意味するのか、当初は分からないことだらけでした。その後、NZBAやGFANZの議論に加わっても、ネットゼロにコミットしたはいいけれども、どうやって達成するのか、その戦略が描けていないというのが多くの銀行の実情でしたね。
牧内:
私が第一生命に勤務していた時代、国際的な投資機関が集まるNZAOA(Net-Zero Asset Owner Alliance)に加盟したのですが、その際「2050年にネットゼロを達成する」「1年以内に中間目標をセットする」とのレターにサインするのが加盟条件でした。石川さんのおっしゃるように多くの機関が「とりあえず宣言しておこう」という感覚で、目標設定は後で考えるというケースが大多数だったと思います。それが2~3年前の話でした。
石川:
宣言するだけならば誰でもできますが、問題はどう結果をデリバーするのかというところにあります。宣言した後はステークホルダーに対して進捗を示す必要がありますね。
牧内:
となると、MUFGは目標を達成するために、どのような方向に向かおうとしているのでしょうか。
石川:
MUFGはさまざまな金融会社の集合体ですが、コマーシャルバンク――商業銀行という立場であえて申し上げると「グループ連結で380兆円のバランスシートを有している」という事実が重くのしかかっています。もう少し規模の小さな銀行やアセットマネジメント会社ならば、ファイナンスを提供する側の意志で投融資すべき対象を決められる部分もあるので、「グリーンなものにしか投資しない」との方針を打ち出すのも可能でしょう。
しかし、グループ連結で380兆円というバランスシートを抱えているMUFGは、既に多種多様なお客様に対して貸し出しをさせていただいています。ステークホルダーを含めた全員でネットゼロを達成するのであれば、現時点でグリーンであるかどうかにかかわらず、資金提供をさせて頂いているお客様とともに“トランジション”しなければ、我々のネットゼロ実現は不可能だと言わざるを得ません。
三菱UFJフィナンシャル・グループ Chief Regulatory Engagement Officer 石川知弘氏
牧内:
考えてみれば当たり前ですが、全ての企業が今の状態のまま、ネットゼロを達成できるわけはありません。おのずとトランジションファイナンスが重要になってきますね。
石川:
考えれば考えるほど、実体経済、日本・アジアの経済そのものがネットゼロになって初めて、私たちのバランスシートもネットゼロになることが分かってきました。今は可能な限り幅広いお客様のトランジションを支援させていただくのが、私たちのネットゼロ戦略そのものであるという考えに至っています。
石川:
私はいつも「セイムボート」と言っていますけど、たとえ時間はかかったとしても、お客様と一緒の船に乗って、同じ方向に向かってネットゼロを目指すべきだと考えています。その辺はキャピタルマーケット――債券あるいは株式での調達が中心となる米国や英国の金融機関と、アジアのような間接金融が中心となるマーケットでは、一緒に語れないところがあると思います。
牧内:
だからこそ、アジアと欧米ではトランジションファイナンスに対する考え方が違ってくるというわけですね。
石川:
私はNZBAではステアリンググループのメンバーに加え、その傘下の作業グループの議長として、またGFANZでは作業グループのメンバーとして、トランジションファイナンスに係るルールメイキングに関わっています。欧州では持続可能性に貢献する経済活動を分類する「タクソノミー」という枠組みに基づき資金フローを構築することで、実体経済のネットゼロを目指していくというのが議論の中心となっています。欧州の言っているトランジションは、ネットゼロが視野に入っている経済活動に事業モデルを転換することであり、スクラップ&ビルドに近いかもしれません。一方アジアはまだまだグリーンではない企業も多い中で、少しずつネットゼロに向けていくというアプローチが必要です。そうした部分がアジアと欧州で共有されているかと言えば、そうではないのが難しいところです。
牧内:
そうした流れを受けて、MUFGとしてはトランジションファイナンスにはどのように取り組んでいくお考えですか。
PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス 執行役員 牧内秀直
石川:
実体経済、お客様のネットゼロを達成して初めてMUFG自身のネットゼロが達成できる。それがMUFGの考え方ですが、欧米をはじめとするグローバルな機関投資家から見ると、日本を含めたアジアの国々のお客様のトランジション戦略が正確に理解・評価されているわけではありません。そこで昨年10月、欧米各国の規制ポリシーメーカー当局の皆さんを主なターゲットにした「トランジション白書」を英語で発行しました。私どもはこの白書を持って、米ホワイトハウスや欧州委員会と面談を重ね、私たちの、そして私たちのお客様の、更には日本政府のトランジション戦略というものを積極的に発信してきました。
牧内:
活動の手応えはいかがでしょうか。
石川:
トランジション白書を発行した1年前に比べ、世の中は急速に変化しています。米国インフレ抑止法(IRA)が成立し、欧州ではウクライナ情勢を受けてエネルギー転換をより加速するREPowerEUが生まれ、日本でも経済産業省が提唱するGX(Green Transformation)がスタートしました。こうした情勢を受けて、MUFG、そして私たちのお客様が何を考えているかを引き続き発信すべく、「トランジション白書2.0」を制作し今年9月に公表したところです。これを読んでいただくと、「実体経済ネットゼロ=当社のネットゼロ」をどう達成しようとしているのかが見えてくるのではないかと思います。
牧内:
公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)に関してもお伺いさせてください。昨年、インドネシアやベトナムでスタートし、MUFGも深く関わっていると認識しています。
石川:
JETPが大々的にローンチされたのは2022年、ドイツが議長国となったG7でのこと。公的機関の資金だけでは足りないので、官民が連携して資金動員をしていくことを目的に立ち上がりました。インドネシアとベトナムのJETPが公表され、我々は当初から参加し両国の政府と対話を重ねて参りました。実は日本のCO2排出量の49%は電力エネルギーで占められています。韓国やASEANは52%ほど。これ対してフランスは13%、英国でも22%となっており、アジアのネットゼロを達成するにはエネルギー・トランジションが不可欠。私たちもベトナム、インドネシア、タイなどでもパートナーバンク(子会社)を有しており、将来的にグループ全体のネットゼロ達成を考えれば、これらの国々におけるエネルギー・トランジションは、私たちのグループにとっても欠かせないものです。このような考えに基づき、JETPに参加しました。
牧内:
その後、具体的な手応えはありますか。
石川:
あえて課題を申し上げると、官民セクターの資金を融合する「ブレンデッドファイナンス」はコンセプトとして幅広く認知されてはいます。とはいえ、「誰がどのリスクを取るのか?」という点が非常に難しい。例えばアジア開発銀行(ADB)や世界銀行といった大きな公的機関であっても、全てのリスクを取るわけにはいきません。だからこそ、国際金融機関のマンデート(委任された権限)の見直し、ひいては戦後に作られた国際通貨基金(IMF)及び世界銀行を中心とした国際的な開発金融の枠組みの再考が必要ではないか、というところまで議論にまで進んでいます。一方で新興国市場のインドネシアなどは調達コストを安く済ませたいので、JETPの意義は理解した上で、調達金利が高いのなら利用する意義はない、ということになります。彼らからすれば経済成長、具体的には産業化が大事であり、CO2対策だけを考えるわけにもいかないですから。
牧内:
私がCOP26に参加したときは、GFANZ議長のマーク・カーニー氏が「GFANZに参加する金融機関の資産を集めれば100兆米ドルになる。これを世界に、特に新興国にどれだけ入れていくか、その枠組みを今から作りにいく」と大々的に打ち出しましたが、JETPによってそれが形になったとの印象を強く受けています。インドネシアで言えば、参加銀行は7行と聞いています。全てが商業銀行のようですが、将来はアセットマネージャーやアセットオーナーのお金も入れていく計画でしょうか。
石川:
インドネシアJETPに参加している私たち7社はあくまでも資金のブレンド役です。機関投資家や地場の金融機関の参加を排除する理由は全くなく、是非投資家として参加をしてもらいたいと思います。銀行は新規の資金をプライマリー・マーケットでお金を貸せる一方、セカンダリー・マーケットでの証券投資が活動の中心である機関投資家では、別の手法が必要となるので、どうやってトランジションファイナンスに関与してもらうかは、これから探っていかねばなりません。
牧内:
NZBAという単語がここまで何度も出てきましたが、そもそもNZBAとは何なのか、そしてMUFGはどういう形で関わっているのかを教えてください。
石川:
ネットゼロを目指す世界の銀行によるアライアンスであるNZBAは、2021年4月、国連環境計画(UNEP-FI)という国連の機関の1つが母体となって立ち上げられました。当社は設立から約2カ月後に参加しており、当時は40社ほどの規模でしたが、今では約130社にまで拡大しています。加入時に「2050年にネットゼロを目指す」と宣言し、18カ月以内に2030年に向け対象セクターに係るネットゼロの進捗中間目標を作るとともに、その進捗を定期的に示すことが求められています。
牧内:
石川さんはNZBAのトランジジョンファイナンス関連のワーキンググループの議長を務めていらっしゃいます。どのような議論がなされていますか。
石川:
最初は「グリーンではない企業やセクターにファイナンスしつつ、ネットゼロを実現するなんてあり得ない」という反応が多くみられました。ただ、「エミッションがある場所にこそ資金投下していくべきだ」との議論もアジアの現状を考えれば必要であることへの理解を求め、時間をかけて「グリーンなセクターだけにファイナンスしても、実体経済のネットゼロ実現は達成できない」とのコンセンサスにたどり着きました。昨年9月には、私が議長を務める作業部会が作成した「NZBAトランジションファイナンスガイド」を、UNEP-FIの正式なレポートを発行し、「多排出産業のトランジションを積極的に支援(トランジション・ファイナンス)しなくてはならない」との考えを打ち出しています。
牧内:
「グリーンではないからと言ってダイベストメント(投資資産の引き揚げ)するのではなく、エンゲージメントが大事だよね」という感覚は銀行の方がシビアに捉えているとの印象を受けました。投資家側の場合、証券投資は基本情報が開示されており、ESG情報などもよくわかる企業に対して資金投入することになります。対して銀行だと融資対象のすそ野が非常に広く、中小企業などはファイナンスとエミッションを測定すること自体すごく難しいですよね。
石川:
GFANZやNZBAではパリ協定で示された1.5℃目標の達成が至上命題でもあります。しかし国、企業、地球全体として1.5℃を達成するマクロの議論と、個別のファイナンスに関して1.5℃達成を条件にするというミクロの議論は、個人的には大きなギャップがあると思っています。1.5℃にアラインできるのは、それなりの技術力がある大企業に偏りがちで、氷山の一角にすぎません。氷山の一角の例えを使えば、見えないところにいる無数の企業、個人、国家の資金ニーズに応えていかないと、国全体、地域全体のネットゼロは実現できないというのは忘れてはなりません。
牧内:
COP28が2023年11月30日からUAEのドバイで開催されます。そこに向けてのNZBAとしての課題などをお伺いしたいと思います。
石川:
大きく2つのギャップが存在しています。1つは先進国と途上国の問題。もう1つは金融と実体経済の問題。先進国の金融機関が、途上国の実体経済のトランジションを加速するためのプロジェクトや企業にファイナンスをするには、2つの大きなハードルを超えなくてはなりません。今年のCOP28のアジェンダはグローバルストックテイク(Global Stocktake: GST)」で、どういう進捗が果たされたのか、何が今の課題なのかを整理していくことになっています。先進国と途上国、金融と実体経済の問題は具体的な解決策が今も見えているわけではありませんが、NZBAとしてはトランジションファイナンスという解決策は昨年打ち出していますが、今年はそれをよりそれを後押しするための工夫を検討しています。
牧内:
最後に石川さん個人の思いをお聞かせください。過去、金融庁にいた経験も含め、すごく情熱を持ってこの仕事に向き合っていらっしゃるように見えます。
石川:
パブリックマインドが大事と思っています。MUFGでも、個人でもなく、「アジアや地球全体の解決をどうすればできるのだろう」と考えてきたつもりです。パリ協定に「Common but differentiated responsibility」という概念がありますが、まずは共通の課題があり、その上でみんなそれぞれ違う役割があることを認識して動けるようにしていくのがNZBAやGFANZの役割だと思っています。
牧内:
NZBAのトランジションファイナンスのワーキンググループの議長として、思うことなどはありますか。
石川:
どうしても「日本はユニークだから」といった話をしてしまいがちですが、気候変動問題に関しては、全ての国、全ての企業がユニークです。だからこそ解決策も一つではありません。「私は特別です」と言った瞬間にその主張は通らなくなるので、「私も特別だけど、あなたも特別だよね。どうすればみんなにとっての解決策になるか」を考えなくてはなりません。そうした議論の中で欧米に負けず、日本からも、アジアからもどんどん発信してほしいと思っています。
牧内:
本日はありがとうございました。