
SX新時代ー成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ 第2回:ホリスティックに考え、可視化・評価し、全体最適な施策を決めることの重要性
グローバルにおける規制やガイドラインの整備といったルールメイキングに特に焦点を当てながら、ホリスティック・アプローチの重要性を示します。
ネットゼロ達成を目指す世界の金融機関による有志連合「グラスゴー金融同盟(GFANZ)」。このGFANZを運営する側にいるのが、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)出身の安井友紀氏です。安井氏は2022年6月に「GFANZ アジア太平洋(APAC)ネットワーク」の責任者に就任して以来、アジア太平洋固有の課題の解決、さらには世界との情報の共有などを目的にしたAPACネットワークの運営に尽力されています。
シンガポールを拠点に活動する安井氏に、この1年間のAPACの取り組みを振り返ってもらうとともに、新たに立ち上がった日本支部のほか、官民セクターの資金を融合する「公正なエネルギー移行パートナーシップ(Just Energy Transition Partnership/JETP)」、UAE(アラブ首長国連邦)での開催が間近に迫る第28回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)などについても伺いました。聞き手は、PwC Japanグループ、サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスの牧内秀直です。
安井 友紀
グラスゴー金融同盟(GFANZ) Managing Director, Asia Pacific Network
牧内 秀直
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス 執行役員
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)安井氏、牧内
牧内:
まずは、安井さんの現在の立場についてご紹介ください。
安井:
現在はGFANZのアジア太平洋ネットワークのマネージングディレクターを務めています。GFANZは2021年に立ち上がった組織ですが、その地域ネットワークの第1号としてAPACネットワークが2022年6月にシンガポールで始動しました。
牧内:
それ以前はUNEP FIで、アジア太平洋地域を担当していらっしゃったんですよね。
安井:
はい。UNEP FIはおそらく世界で最初のサステナブルファイナンスのボランタリーイニシアティブであり、1992年に設立されて以来、金融機関や国、規制当局などと連携しながら、経済的発展とESG(環境・社会・ガバナンス)への配慮を統合した金融システムへの転換を推進してきました。私は2002年からUNEP FIで仕事をしており、バンコクで4年間、ジュネーブで16年間にわたって活動してきました。
GFANZの活動においては、私はアジアの目線を大事にしています。サステナブルファイナンスの歴史的背景から、その議論の多くが欧米発信となりがちなのですが、欧米とアジア太平洋の事情は異なっている点も多いので、同じ道をたどるだけではネットゼロは達成できません。そのことは世界の人たちも頭の中で分かっていて、認めているところは認めているものの、なかなか行動には移し切れていない。具体的に取り組みを実行していくとなるとAPACのような地域ネットワークが欠かせないと思っています。
牧内:
GFANZのAPACネットワークについて伺う前にGFANZがグローバルでどのような取り組みを展開しているのかを改めて教えてください。
安井:
GFANZが支えるネットゼロアライアンスに署名している金融機関はポートフォリオの脱炭素化にコミットしており、「ファイナンスドエミション」すなわち、投融資を通じた金融機関の寄与分が重要な指標となっています。温室効果ガスを高排出している企業に対してダイベストメント(投資している資金を回収したり、止めたりすること)は、気候リスク対策としても、ネットゼロへの移行の促進としても、有益な戦略の一つですし、「ファイナンスドエミション」も一気に下げることができる。そのためネットゼロアライアンスの中では、特に石炭関連企業へのダイベストメント、削減目標や新規取引の停止などが一気に主流となりましたが、GFANZでは金融機関の目線を、投融資ポートフォリオの「ファイナンスドエミション」だけでなく、「実体経済の脱炭素化」への貢献に広げようとしています。
GFANZに集まっている金融機関の資産の合計額は世界の4割超。すごい額ではあるのですが、4割の金融機関が脱炭素化に向けてダイベストメントしても、残り6割が高排出企業に資金提供してしまえば世の中は全く変わらないということになります。実体経済の脱炭素化を支えるためにも、ダイベストメントよりもエンゲージメント、あるいはマネージドフェーズアウト(管理しながら徐々に温室効果ガス削減を実現する手法)を通して、高排出企業の移行を促していくべきです。GFANZではそのためのボランタリー・ガイダンス作りのテクニカルアシスタンスを進めています。
牧内:
ネットゼロアライアンスから6割が抜けているという言い方もできますからね。
安井:
ネットゼロアライアンスに加入していない6割の金融機関の多くは欧米以外の地域に集中しています。アジア太平洋でもかなりの数の金融機関が未加入のまま。これが一因となり、途上国に関しては完全に脱炭素化の資金が足りない状態に陥っています。例えば、今盛り上がっているESG投資は欧州と北米を中心になされており、途上国への投資はごく一部。途上国への資金提供をどうすればいいのか、ということが大きな課題となっています。
牧内:
アジア太平洋においてGFANZの活動への参加促進は、どのように進めていらっしゃいますか。
安井:
アウトリーチを進めています。特に排出量が多い中国、インド、インドネシアの3カ国の金融機関とは強固な関係を築かなくてはなりません。目指しているのは「リクルートメント」というよりは「エンゲージメント」であり、まずは何度かやり取りをした上でGFANZのボランタリーで原則に基づいたフレームワークを既存のプロセスやポリシーの裁量で使っていただけるようご案内しています。
グラスゴー金融同盟(GFANZ) Managing Director, Asia Pacific Network 安井 友紀氏
牧内:
APACネットワークの目的や役割に関しては、どのようなものが挙げられますか。
安井:
GFANZの考えをアジア太平洋に持ち込むと同時に、アジア太平洋の考えをGFANZ全体で共有する。この2つの方向性が存在しています。まずは日本やアジア太平洋のみなさんにグローバルなGFANZの取り組みを身近に感じてもらえるように、各種書類の翻訳や、通訳・地域のアライアンス署名機関の解説や経験の共有などを付けたオンラインセミナーの開催などを手がけています。一方、アジア太平洋からの発信としては、地域の13金融機関の移行計画のケーススタディを2023年6月に発表しました。さらにはGFANZメンバーのCEOが、メンバーではないアジア太平洋のCEOの方々と経験をシェアする取り組みも始めています。
牧内:
アジア太平洋の固有の課題と言えば、石炭火力発電があります。そのあたりに関してはどのような議論がなされていますか。
安井:
多くの金融機関はノー・ニュー・コール(新しい石炭火力発電の建設などを行わないという合意)に基づき、新規石炭火力発電に対しての資金提供は基本的には行わない方針です。しかし、既にアジア太平洋の経済に有る石炭火力関連のアセットをどう早く撤廃させるべきかと考えていくと、さまざまな問題に直面してしまいます。そこで、石炭火力発電所の早期撤廃に関するワーキンググループを作り、金融機関や他のステークホルダーとともにガイダンスを策定しており、12月のCOP28に間に合うように制作を進めているところです。
牧内:
2年前のCOP26でよく耳にしたのが「End of coal is in sight(石炭の終焉は視野に入っている)」。当時、特に欧米の方々は「石炭は悪なので、止めればいいだろう」という単純な意見が強かった。しかし、アジアの事情を考慮すると、「段階的に減少させるマネージドフェーズアウトが非常に重要になるのでは」と当時も感じていました。まさにそれが実際の取り組みとして形になりつつあると聞き、非常に感慨深く思っています。
安井:
マネージドフェーズアウトにおいては、国レベルでどういったエネルギートランジション(移行)を展開して、その中で石炭火力がどのような位置付けなのかを判断して投資することが大事です。実際、1つの企業が石炭火力を早期退出したとしても、国レベルで依然として石炭火力を推進しているのであれば、撤廃が決まった発電所のすぐ隣に新規が作られることも可能です。また、石炭火力発電所が早期退出したことによって、電力供給が不安定になったり、電気代が高くなったりすると、ネットゼロ移行への社会的支持が得られなくなるケースも想定されます。だからこそ、国のビジョンやリーダーシップ、政策が一つひとつの早期退出に密接にかかわっていくことになるのです。
牧内:
2023年6月にはGFANZの日本支部がスタートしました。GFANZの支部としては世界初となり、続いて香港支部も立ち上げられたと聞いています。改めて日本支部の活動内容や目的、今後の方向性などを教えてください。
安井:
GFANZではカントリーチャプター(国支部)の立ち上げには2種類の可能性があると考えています。1つはGFANZのコミュニティが強固な国で、独自活動を果敢に進めていくパターンで、オーストラリアや日本が候補となりました。もう1つは中国、インド、インドネシアのように、これから盛り上げていかねばならない国々。既存のアライアンス・メンバー機関などの土壌がないだけに苦労するので、日本支部に続いて香港支部ができたのは、中国に対して衛星的に外から出張するような形でのエンゲージを意識しています。
日本の場合、アジア太平洋の脱炭素化を牽引する立場であり、規制当局である政府も、関連以外の省庁も脱炭素化を敏感に捉えています。しかも、金融機関にもやる気があって経験も豊富。日本の経験や考えをアジアやグローバルに積極果敢に共有していくとともに、GFANZとしても日本のサステナブルファイナンスのさらなる発展を手助けする目的で作られました。
牧内:
日本支部には将来的にはどういう発展を遂げてほしいとお考えですか。
安井:
日本ではかなりの数のメガバンクや大手アセットマネジメントがGFANZに加わってくれていますが、地方銀行や地域金融機関とは連携し切っていません。小規模な金融機関であってもサプライチェーンで非常に大事なクライアントを抱えているセクターもあるので、例えば、トランジションが必要な高排出セクターでの連携なども模索しています。
牧内:
官民が連携して資金動員していくG7の「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」に関してはどのように捉えていますか。既にインドネシアとベトナムで始まっていますが、個人的にはアジア太平洋にとって、JETPは特に大事なイニシアティブだと思います。GFANZのAPACネットワークは直接関与しているわけではないと理解していますが、JETPへの期待などはありますか。
安井:
JETP は、アジア太平洋地域を含む新興市場への投資を増加させる可能性があり、石炭段階廃止などの主要な排出削減投資の加速を促進することも狙いの一つです。インドネシアとベトナムでは、GFANZとJETPにより政策立案者や政府と並んで民間金融機関を交渉の場に加わることが実現しており、これが変化の要となることを期待しています。
PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス 執行役員 牧内秀直
牧内:
UAEでのCOP28の開催が近付いてきていますが、どのような取り組みが進んでいますか。
安井:
COP26で「石炭火力がサンセットを見ていかなくてはいけないですよ」という意見が出て、2022年のCOP27では「オイルやガスもそろそろ見ていくべきですよね」となりました。次のCOP28は産油国のUAEでの開催なのでどうなるか分かりませんが、化石燃料に対するサンセットを意識した議論は進んでいくでしょう。先日、G20が再生可能エネルギーを3倍増するとの意欲的な目標を発表しましたが、これも反映されるといいなと思っています。
牧内:
COP28で議論すべきテーマなどは決まっているのでしょうか。
安井:
1つ分かっているのは、パリ協定では今回のCOPで「Global Goal on Adaptation(GCA)」が決まる予定となっています。CO2削減、ネットゼロ2050、1.5℃目標などがかなり前に策定されましたが、今回のCOPではアダプテーション(適応)に関して、具体的なゴールが設定される予定です。
牧内:
アダプテーションは、どのように数字で表せるのでしょうか。
安井:
どういうKPIが考えられているのか、私も今は分からないですが、資金調達は必ず課題として含まれることでしょう。アダプテーションと言えば、基本的にはパブリックファイナンスの世界。実際、温暖化によって発生した海岸線の洪水を止めるとして、プライベートファイナンスがどう参画すればいいのかが見えにくいのも事実です。今回、アダプテーションに関するグローバルゴールができることで、民間資金の具体的な役割も見えてくればいいなと思っています。また、今年の目玉としてはフードシステムと農業に対するアジェンダが進む予定で、恐らくプライベートファイナンスの方でも影響が出てくるのかなと思っています。
牧内:
日本の金融機関に対して、期待することはありますか。
安井:
日本が進めているトランジションファイナンスの形は、まだまだ世界には受け入れてもらえていない部分もあります。先進国として日本はリーダーシップを発揮し、科学的な根拠に基づいて議論を重ね、金融機関のみなさんも政府やクライアントである事業体との連携を密にして積極果敢に知見を海外に発信してほしいですね。
牧内:
金融機関に限らず日本の方々に向けて、メッセージはありますか。
安井:
今までサステナブルファイナンスはマイナーなトピックでしたが、ここ数年、各企業で急激にCEOや取締役会でのアジェンダに挙げられるようになり、世の中にかなり浸透してきました。嬉しい悲鳴ですが、人材不足が課題になってきた面もあります。今後はデジタライゼーションと似た状態になるかもしれません。
デジタル化が進んできた今の社会では、ITの専門家に支えてもらいつつも、それ以外の人たちもコンピューターを毎日のように活用しています。これからのサステナビリティも同様で、ESGスペシャリスト集団が組織の軸となりクライメートアクションを支えながら、組織横断的には全ての人がある程度の知識やノウハウを持って毎日のようにESGに接していく時代になるでしょう。既にサステナブルファイナンスに関わっている方も、ライトにしか関わってこなかった方も、毎日のように使っていく機会を広げていただければと思います。
牧内:
素敵なメッセージですね。サステナビリティとファイナンスの専門家は転職も盛んですが、「それでも足らない」というのはおっしゃるとおり。多くの人に続いてほしいと私も思っています。
本日はありがとうございました。
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