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2015年、オランダの金融機関によって立ち上げられた、金融向け炭素会計パートナーシップ:PCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)は、金融機関が融資・投資を通じて資金提供した先の温室効果ガス(GHG)排出量の算出を行う基準を策定する国際的イニシアチブです。今や世界の金融機関が参加する一大組織に発展しましたが、その日本支部であるPCAF Japan coalition(以降、PCAFジャパン)の議長にみずほフィナンシャルグループが就任しています。
ネットゼロ達成に向けてPCAFがいかなる役割を担っているのか、PCAFジャパンの機能はいかなるものなのか、みずほフィナンシャルグループが議長に就任した意義は、といった、PCAFにまつわる疑問に関して、同グループでサステナビリティ全般に関する取り組みを担っている平野裕子氏に、PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスの牧内秀直が、さまざまな角度からお話を伺いました。
平野 裕子
株式会社みずほフィナンシャルグループ
サステナビリティ企画部 部長
牧内 秀直
PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス 執行役員
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)牧内、平野氏
牧内:
まずは、改めてPCAFについて教えてください。
平野:
気候変動対策を進めていくなかで、キーとなるのはCO2をはじめとする温室効果ガス(GHG)です。GHGがどれだけ排出されているか、算定と報告に関する国際的基準に「GHGプロトコル」があります。GHGプロトコルに基づき、GHG排出は、スコープ1,2,3の3つに分類されるのですが、バリューチェーンにおける間接排出を分類したスコープ3の一つが「投融資」を通じた排出(カテゴリー15)です。この投融資におけるGHG排出量を計測するガイダンスを、金融機関向けに作っているのがPCAFです。脱炭素化を進めるべく、銀行、アセットオーナー、アセットマネジャーなど、さまざまな金融機関が業界主導で集まって組織されました。
牧内:
ネットゼロ系のアライアンス、例えばNZAOA(Net-Zero Asset Owner Alliance)やNZBA (Net-Zero Banking Alliance)、あるいは科学に基づいた気候変動目標を設定するSBTi(Science Based Targets initiative)といった組織も活動しています。それらとの違いはどのような点にあるのでしょうか。よくアルファベットスープと揶揄されるように、この分野ではローマ字で略語になったイニシアチブが乱立しており、詳しくない人は混乱しがちですので、少し丁寧にお話しいただければと思います。
平野:
GHG対策では、本当に多様なイニシアチブが活動していますが、大きく分けると「ネットゼロ宣言をしましょう」「排出量を計測しましょう」「目標設定をしましょう」「開示しましょう」の4段階それぞれに組織が存在しています。NZAOAやNZBAは【宣言】と【目標設定】がセットになったイニシアチブで、SBTiは【目標設定】が目的だと言えます。【開示】ならば気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や国際NGOのCDP(旧カーボンディスクロージャープロジェクト)などが代表格。PCAFは先ほど申し上げた通り、排出量の【計測】がスコープになっています。
牧内:
PCAFは日系企業の加盟が進んでいると伺っています。おそらく金融業界にとってはPCAFの提示する計測方法が、グローバルなデファクトスタンダードになりつつあるということでしょうか?
平野:
先ほどの4段階のところで言えば、目標設定や開示に関しては複数のイニシアチブによって考え方や方法論が示されているため、イニシアチブごとの要件や他の金融機関の加盟動向を見て、主流になるかどうかを見極めてから加盟、ということになるケースが多いかもしれません。一方で計測を担うPCAFは、TCFD提言や、その他複数のイニシアチブにおいてPCAFの計測方法の利用を推奨されるなど、金融機関におけるグローバルスタンダードとして認知されてきています。だからこそ、世界でも日本でも多くの加盟が集まっているところはありますね。
牧内:
PCAFジャパンができたのは、2021年の11月だと伺っています。その成り立ちについて教えてください。
平野:
まず背景を説明すると、PCAFにはグローバル全体の運営を担う理事会やコアチーム、事務局があり、そこでGHG排出量を計測するためのガイダンスを決定しています。加えて、世界の5つの地域別の活動グループが形成されており、アジアの場合、PCAF・APAC(Asia Pacific)に位置付けられます。そして地域別グループの中でも、いくつかの国においては、さらに細かく国単位のグループが設けられており、その1つがPCAFジャパンです。国単位での活動方針はそれぞれに任せられていて、グローバルおよび日本事務局や、日本の参画機関と議論しながら、方向性をまとめています。PCAFジャパンの他には、オランダ・英国・韓国などで国別のグループが組成されています。
牧内:
グローバルなPCAFと日本支部の役割の違いは、どこにありますか?
平野:
PCAFではアセットクラス(資産クラス)ごとに計測方法に関するガイダンスを策定していますが、グローバルなPCAFでは、それぞれのアセットクラスにおける計算式・採用データなどを検討し、ガイダンスの根幹を作り上げ、市中協議で集まった意見なども踏まえて、ガイダンスを最終化・公表しています。一方でPCAFジャパンの場合、PCAFのガイダンスに基づきファイナンスド・エミッション(金融機関の投融資先からのGHG排出量)を計測するなかで発生する、日本での実務的課題の解決に資するような、参画金融機関同士のコラボレーションや知見共有の促進などを目的としています。参画機関同士で定期的に議論を重ねて経験や知見を共有するとともに、金融機関の力だけでは解決できない課題に関しては、官庁、開示・規制機関、情報ベンダー・ソリューション提供機関などのステークホルダーの方々と意見交換を行うなど、解決策を探っています。いわば、PCAFジャパンはグローバルと日本の議論の橋渡し役ですね。
実は今年、グローバルでの議論・運営を担うコアチームのメンバーが総入れ替えとなり、公募・選定プロセスを経て、みずほフィナンシャルグループもメンバーに選ばれました。オランダ発祥のPCAFには今まで日系企業がコアチームに入っていなかったので、これは新しい動きとなりましたね。
牧内:
PCAFはオランダが発祥の組織であり、私が初めて話を聞いた3年前の時点では欧州と米国に拡大していたと聞いていました。欧米中心だったのが変わってきたのですね。
平野:
そうなんです。地域および金融機関の業態の観点で、多様性が重視されていて、地域としては欧州・北米・南米・アジア・アフリカ、業態としては商業銀行・投資銀行・アセットオーナー・アセットマネジャーなど、ダイバーシティに富んだメンバーで、新しいコアチームは構成されています。
株式会社みずほフィナンシャルグループ サステナビリティ企画部 部長 平野 裕子氏
牧内:
PCAFジャパンの具体的な活動内容をお聞かせください。
平野:
2022年度は、特に知見の共有に力を入れました。ファイナンスド・エミッションの計測は非常に複雑で、手間がかかる点が多くあります。情報開示が進んでいる上場企業を投資先とするアセットマネジャーなどでは、システム上で計測できる仕組みがそろってきたようですが、銀行の場合、開示情報が少ない中堅中小企業やプロジェクトファイナンスも相当な数がありますし、グループ企業の子会社と親会社にそれぞれ融資がある場合の考慮など、簡単に計測できない部分が多々あります。
参考にするべきPCAFのガイダンスも、個別具体的な詳細までは規定されていない部分もあり、まずは課題を整理するべく、PCAFジャパン各参画機関を対象としてアンケート調査・分析を行いました。計測において解釈の余地がある領域の対応や、各社の体制、認識課題などに関して整理し、計測の実務参考書のような手引きをまとめ上げました。また、四半期に一度、PCAFジャパンとして会合を行っており、ここで各社の取り組み事例の発表による知見共有や、ステークホルダーとの意見交換を実施しています。
牧内:
アクティブに活動されているのですね。
平野:
課題整理の中で上がってきたテーマの1つの例として、多排出産業に対するトランジション・ファイナンス(移行ファイナンス)が増えると、実体経済の排出量削減につながっている場合でも、金融機関のファイナンスド・エミッションが一時的に増加する可能性がある、という課題がありました。グローバルのPCAFでガイダンスを作る前に、日本からあらかじめ問題提起しておいた方がいいかなと、PCAFジャパンでホワイトペーパーを作成し、グローバル事務局に提出しました。
牧内:
戦略的な部分も考えながら活動されているのですね。
平野:
多排出産業のトランジション(移行)の重要性については、G7でも言及されるなど認知が高まっていますが、トランジション・ファイナンスに関しては、何を対象と定義するのか、どのように効果を測っていくべきなのかなど、論点がいくつか残っています。ただ、実体経済の移行に向けてファイナンスする必要があるのに、それが正しく評価されずに数字だけが一人歩きしてしまうと、金融機関が移行支援を躊躇することになり、結果的に世界全体のネットゼロ達成が遠のいてしまいますので、先回りして意見発信しました。
PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス 執行役員 牧内秀直
牧内:
今後に関しては、どのような活動をされていく予定ですか。
平野:
2023年度で言えば、各社の取組事例の共有、アンケートを元にした計測実務の参考手引の更新などの施策は継続しつつ、ネットワーキングの活性化にも取り組んでいます。各社におけるファイナンスド・エミッションの計測担当者の連絡先を相互共有したり、フランクなお悩み相談会のような場を設定したりしています。オンラインで開催される四半期ごとの全体会合終了後、希望者が残って、日頃からモヤモヤしている疑問や課題をディスカッションしています。また、深掘りすべき検討テーマごとに、分科会を設置したのも今年度の新しい取り組みです。現在は3つのテーマがあり、それぞれについて関わりたい人・有志の人に手を挙げてもらい、その中で分科会の主幹会社も決定して、作業を進めています。各分科会の取り組み状況については定例会でも共有しています。
また、ステークホルダーとの連携としては、ISSB(International Sustainability Standards Board/国際サステナビリティ基準審議会。企業がESGなどの非財務情報を開示するための国際基準を策定する機関)のS2(気候変動に関する開示を定めた基準)が今年公表されたので、専門家に説明していただきディスカッションする場も設けました。さらにはファイナンスド・エミッション計測の効率性・正確性を高めたいという課題解決に向けて、ソリューションを提供いただけるような機関との対話も進めています。
牧内:
私が以前GFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero)のステアリングコミッティに関わっていたとき、欧米の金融機関に比べて日本の金融業界は横の連携が少ないと感じていたのですが、この分野に関しては横で連携してオールジャパンでやるべきだなと思っていました。まさにPCAFジャパンというプラットフォームでは、人的つながりも含めてとても大事なことが共有されているようですね。
平野:
サステナビリティ推進の文脈では、かなり横でつながって連携できているという感覚がありますね。関係者が同じ悩みに直面していて、お互いに学び合うところが非常に多く、情報交換も活発になされています。その関係性は金融機関内だけに留まらず、事業会社の方々にも広がっている印象です。
牧内:
先程おっしゃった通り、PCAFは計測に特化したイニシアチブで、算定手法はグローバルで一つながら、日本の中では実務上みな同じような課題・悩みを持つ分野だからこそ、余計に進みが速かったのかもしれませんね。いずれにしても、関係者で課題や悩みを共有していくというのは素晴らしいことだと思います。
牧内:
現在、PCAFジャパンの参画社数はどのくらいになりましたか?
平野:
2021年11月の発足時は6社でスタートしまして、2023年12月現在で26社です。ここ1年では、数字上はほとんど増減ありませんが、これは今年から、PCAF本体の加盟会費が必要になった影響です。ちなみにPCAF ジャパンへの参画には会費は発生せず、みなボランタリーベースで活動しています。
以前はみずほグループとしても、持株会社と傘下の資産運用会社とでそれぞれがPCAF本体に加盟していたのですが、現在は名義を持株会社に一本化しています。他の金融機関も同様の傾向にあるため、実際は加盟社数以上の金融機関が活動中です。PCAF Japanの全体オンライン会合には、持株会社傘下の機関も含めて、数名ずつ参加いただくので、100画面以上がズラリと並ぶこともあります。
牧内:
参画機関の内訳を見ると、銀行、証券、生保・損保などアセットオーナー、アセットマネジャーなど、非常に幅広いですね。金融でも多様な業態が入っているとなると、先行しているファイナンスド・エミッションのみならず、ファシリテーティッド・エミッション(株式・債券の発行時の引受など資本市場業務に関するGHG排出量)やインシュランス・アソシエイティッド・エミッション(保険の引受業務に関するGHG排出量)をはじめとするといった領域も、今後見ていくことになるのでしょうか?
平野:
そうだと思います。ファシリテーティッド・エミッションはPCAFの計測ガイダンスの最終化が延期されていましたが、2023年12月に公表されました。一方で保険の計測ガイダンスは約1年前の2022年11月に公表されています。
牧内:
有価証券投資に比べて相対取引である融資のファイナンスド・エミッションに対応する場合、やはり特にPCAFのようなプロトコルが大事になってきますよね。特に銀行で言うと、非上場企業、中小企業も含まれてきますから。大手銀行はもちろん、地方銀行にとっても悩ましい問題だと思うのですが、そのあたりの参画状況はいかがでしょうか?
平野:
1年前と比べると参画が増えたのは地方銀行ではないかと思います。ファイナンスド・エミッションはISSB基準で、開示すべき対象になっています。日本における開示義務については、SSBJで議論されている最中ではありますが、地銀の中でも関心がとても高まってきていると感じています。
牧内:
みずほフィナンシャルグループはPCAFジャパンの議長を務めていらっしゃいますが、その立場を任された経緯についてもご説明いただけますか?
平野:
PCAFが2020年11月に計測ガイダンスを初めて発行したことを受け、みずほフィナンシャルグループでは、発電事業向けプロジェクトファイナンスを対象として、PCAFの計測手法に則ってGHG排出原単位を計測・開示しました。その翌年の2021年に、プロジェクトファイナンスのみならず、コーポレートファイナンスにも対象範囲を拡大したいとの目的意識のもと、日本の金融機関として初めて、PCAFに加盟しました。次第に日本の加盟機関が増えてきたことから、PCAFジャパンを発足させようかという話がグローバル事務局から持ち上がり、国内初加盟機関である私たちが、ワークプラン案の作成・関係機関への説明・日本事務局委託先の検討など、立ち上げに向け協力し、その流れで議長もお引き受けしました。
牧内:
この度グローバルのコアメンバーにもなられたということですが、みずほフィナンシャルグループがこの分野に力を入れる意義に関してはどうお考えですか?
平野:
気候変動への対応自体、かねてからみずほフィナンシャルグループ全体の経営課題として懸命に取り組んできました。また、先ほどおっしゃっていたように、グローバルな議論に日本として入っていかなければいけないという点も強く意識しています。言語や専門性の観点など、壁は本当に高いですが、そこを乗り越えて議論に入り意見発信しないことには、「できたものに文句を言っても、もう遅い」という状況になりかねません。気候変動は地域によってトラジェクトリー(軌道)が異なる以上、欧米などの一部地域の議論や状況だけを踏まえられては意味がないからこそ、きちんと主張するべきですね。
また、気候変動だけ解決すればいいという訳ではなく、経済への影響やエネルギーの安定供給などのさまざまな課題との相互関連性を踏まえ、気候変動への対応を進めるというところは改めて主張しなくてはなりません。
牧内:
その通りだと思います。トランジション・ファイナンスにしても、欧米主導でルールが決められてしまうと、日本なり、アジアなりの独自性が無視されてしまいがちですよね。
ネットゼロに向けた、平野さんの想いを教えてもらえますか?
平野:
ネットゼロの実現は、本当に困難な課題だと捉えています。2050年に向けた長い道のりのなかで、全てのステークホルダーが同じ方向を向いて、時間軸を意識しながら進まなければ対処できないものであり、その移行には多額の資金と技術革新が必要になってきます。弊社含め、単独でできることは限られていますから、産官学が連携・協働しスケール化やインパクトの増大を図ることが非常に重要です。その中でも、取引先・投融資先の移行を支援し、ネットゼロに向けて必要な資金の流れを拡大していくなど、私たち金融機関が果たせる役割は大きいと思っています。
牧内:
最後に、日本の金融業界の方たちに、メッセージはありますか?
平野:
ファイナンスド・エミッションの計測は、金融機関が脱炭素化を促進するためのベースとなる重要な取り組みですが、同時に骨が折れる取り組みです。私どもの計測担当者は、表計算ソフトを使って、3万件超の投融資先企業のデータを1件ずつ計算するという手間をかけています。金融機関1社で取り組むのはとても大変ですから、データをいかに正確かつ効率的に収集するか、課題解決に必要な手立ては何か、ステークホルダーとどのように連携すべきか、そういった悩みの観点でぜひPCAFジャパンに蓄積されたノウハウやネットワークを活用してほしいと思っています。2050年ネットゼロのゴールに向けて、共通の悩みの解決に向けて知恵を出し合い、ぜひ皆さんと同じ方向を向いて、ともに進んでいきたいと思っています。
牧内:
ありがとうございました。