
シリーズ「価値創造に向けたサステナビリティデータガバナンスの取り組み」 第1回:サステナビリティ情報の開示により重要性が増すデータガバナンス・データマネジメント
企業には財務的な成果を追求するだけでなく、社会的責任を果たすことが求められています。重要性が増すサステナビリティ情報の活用と開示おいて、不可欠となるのがデータガバナンスです。本コラムでは情報活用と開示の課題、その対処法について解説します。
※本稿は日経ビジネス電子版に2024年10月に掲載された記事を転載したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
サステナビリティへの取り組みが、将来の財務価値向上につながる――。これが、今日の多くの経営者が認識する“サステナビリティ経営の方程式”である。だが、「本当に将来の儲けにつながるのか?」と疑問を抱き、投資をためらう経営者が少なくないのも事実だ。本シリーズの第3回では、サステナビリティへの取り組みが将来の売上や利益にどう貢献するのかを検証できるPwC Japanグループのサービスについて紹介する。
(左から)PwCサステナビリティ合同会社 林 素明、上田 航大
「気候変動などによって将来ブドウが栽培できなくなれば、それを原料とするワインメーカーのビジネスは存続不可能となる」――。
本シリーズの第1回で語られたこの言葉こそが、企業がサステナビリティ経営に取り組むべき理由を的確に言い表したものである。
人も、企業も、取り巻く環境や社会によって生かされ、その恩恵があるからこそ生業を営めている。企業は、親亀(環境価値)、子亀(社会価値)の上に乗っている孫亀(経済価値)にすぎず、親亀、子亀がこけたら、孫亀の経済活動も立ち行かなくなるのだ。
こうした本質を指摘できるのは、PwC Japanグループが長きにわたってサステナビリティ経営の研究と実践を重ねてきたからである。
「当グループは、10年以上前からサステナビリティ経営の意義や方法論に関する研究や、企業のSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を支援するサービスの開発などを行っています。サステナビリティという組織横断の経営アジェンダに取り組むためにセンター・オブ・エクセレンス(CoE)という組織を立ち上げ、これほど長期間にわたってサステナビリティ経営の研究やサービスの開発に取り組んでいるのは、おそらく日本ではPwC Japanグループ以外にありません」
そう語るのは、PwC Japanグループ サステナビリティCoEの林 素明氏である。
PwC Japanグループ
サステナビリティCoE
パートナー
林 素明
その研究成果の一つとして形となったサービスが、企業のサステナビリティ戦略が将来の財務価値(利益と機会損失)にどのような経路で影響するのかを「インパクトパス」により可視化する「Sustainability Value Visualizer」(サステナビリティ・バリュー・ビジュアライザー、以下SVV)である。
これは、サステナビリティ経営の実践が将来の企業価値や財務価値の向上をもたらすという考え方自体は理解できるものの、「本当に将来の儲けにつながるのか?」「どのように将来の儲けにつなげられるのか?」との疑問を抱いている経営者のためのサービスだ。
「『今取り組んでいるサステナビリティ戦略は本当に意義があるのか?』『どんなサステナビリティ活動に投資をすれば将来の財務価値を高められるのか?』といった経営判断のよりどころになります」と林氏は説明する。
そもそも、PwC Japanグループがこのサービスを開発したのは、ある世界的な組織と共同で実施したサステナビリティ先進企業22社への聞き取り調査を通じて、「サステナビリティ先進企業22社はいずれも、自社のサステナビリティ領域への取り組みが将来の儲けにどうつながっているのか(これをPwCではインパクトパスと呼ぶ)を明確に把握しているということが分かったからです」と林氏は説明する。
具体的には、どのようにインパクトパスを描き出していくのか?
「まずは、サステナビリティに関する活動が将来の財務価値にどのようにつながるのかを、全社戦略やそれに基づく活動などとの定性的な関連性や、未来に向けた仮説を踏まえて描き出し、次に描いたインパクトパス上にKPIを設定します。そしてKPI間の関連性を検証することで、サステナビリティに関する活動がどのように財務価値につながっているのかということを、未来志向で可視化できるようにするのです」
そう説明するのは、PwC Japanグループ サステナビリティCoE シニアマネージャーの上田航大氏である。
PwC Japanグループ
サステナビリティCoE
シニアマネージャー
上田 航大
第1ステップとして行うのは、いわばインパクトパスのデッサンである。どの活動と活動がつながって、財務価値の向上に結びつくのかという道筋を、企業ごとの事業内容や経営方針、パーパスなどに基づいて定性的に描き出してみる。
「その際、重要なのは、『こうなった』という過去のデータやファクトのみに基づいてインパクトパスを引くのではなく、『こうなるだろう』という予測や、『こうしたい』という明確な意思を基にインパクトパスを描くことです。将来への道を未来志向で描き出すことで、組織や人材の変革や、外部による評価の改善につなげるのです」と上田氏は語る。
この第1ステップでは、企業の未来に向けた意思を込めるために、経営者や役員、各部門のリーダーなど、社内の主要メンバーで何度も議論を行い、それぞれの意思を集約する形でインパクトパスを描いていくという。
続く第2ステップでは、未来志向・仮説思考で描いたインパクトパスが、本当につながっているのかを測定するためのKPIをパス上に当てはめ、第3ステップのインパクトパスのつながりの検証に活かす。
活動によっては、社内にデータが存在し、KPIがすぐに測定できるものもあるが、非財務データは存在しないことのほうが多い。そのような場合は、PwC Japanグループが保有する業界や同業他社のデータを便宜的に利用することも可能だ。
経営管理(KPI・データ)への活用 イメージ
SVVでは、まず、サステナビリティ戦略が将来の財務価値にどのように結び付くのかというインパクトパス(経路)を描き出す。PwC Japanグループは、業界ごと、資本ごとの豊富なテンプレートを用意している
インパクトパスの仮説検証 結果イメージ
インパクトパスを描いた後は、パス上にKPIを設定する。社内にあるデータでKPIが測定できない場合は、PwC Japanグループが10年以上にわたって蓄積した東証プライム上場企業の約1000項目に及ぶESGデータの中から、当てはまるものを提供する
SVVによりサステナビリティ戦略と将来的な財務価値のつながりを可視化することは、具体的にどのようなメリットをもたらすのだろうか?
「例えば食品メーカーならば、サプライチェーン全体で環境負荷が大きいのは上流の農業です。しかし、農業をサステナブル化することに対する自社にとっての意義が明確になっておらず、大きな投資をためらう企業も少なくありません」と語るのは上田氏である。
上田氏は、「実際は、農業のサステナブル化に取り組むことは、将来の炭素税の回避や、気候変動に対するレジリエンス(強靭性)の向上を通じた調達の安定化など、自社の将来財務を高めるものです。将来財務へのインパクトが可視化されれば、農業のサステナブル化が、単なる社会貢献活動ではなく、自社の財務価値にとっても意義のある活動であることが明確になり、より積極的な投資に踏み切れるようになるでしょう。取り組みに対する従業員の意識も変わり、対外的にも説得力を持った情報発信ができるようになります」とメリットを語る。
また、林氏は「将来財務価値を高めるために強化すべき非財務資本を特定したり、特定の非財務資本(例えば人的資本など)に限定して、その資本の増強が将来財務にどれだけ影響するのかを詳細に検証したりする上でも、SVVは大いに役立つはずです」と語る。
「例えば人的資本の場合、人的資本経営の重要性が認識されるようになったことで、実際の取り組みも盛んになっていますが、本当に経営戦略の実現や財務価値の向上につながっているのか、確信を持てていない経営者も少なくないはずです。SVVを使って、各種人事施策から財務価値までのインパクトパスを描き出した上で、インパクトパス通りの変化やつながりが起きているかをKPIにより捕捉することで、非財務資本の経営管理を行うことができます」(林氏)
PwC Japanグループは、SVVのつながり検証をできる限り定量的に行いたいというニーズに応えるために、クライアントの社内に存在しないデータの代わりに利用してもらうESGデータセットの拡充を図ってきたという。
「当グループは長年にわたってサステナビリティ経営の研究を行ってきたので、関連する企業データも豊富に蓄積しています。東証プライム上場企業のESGに関する約1000種のデータアセットを10年以上にわたって蓄積しているので、これを活用していただければ、社内にデータが存在しない活動のKPIも測定できます」(上田氏)
インパクトパスの描き方によっては、社内にデータがなく、PwC Japanグループもデータを保有していない活動を設定することもあるが、その場合は、データを取るための仕組み作りから支援するそうだ。
林氏は、「未来志向でインパクトパスを描くと、過去の活動はあまり参考にならないこともあるので、データが取れないデータ活動が増えるのは当然のことです。むしろ、新たに取得するデータが増えるということは大胆な仮説に挑戦しているとも考えられ、好ましい結果だと言えるかもしれません」と語る。
上田氏は、「非財務の活動が、将来の財務価値にどのようにつながるのかを可視化することで、『儲かるサステナビリティ』を実践していただきたい。これまで難しかった可視化を実現するためにPwC Japanグループでは、インパクトパスを描くための業界別/資本別のテンプレートや、つながりを検証するためのESGデータセットを強化しています」と語る。
林氏は、「まだ『サステナビリティ経営を推進するために今後何を議論・検討していく必要があるのか』『自社は競合と比較してサステナビリティに関して遅れを取っているがどのような取り組みをすべきか』などと悩まれていて、SVVを導入するには時期尚早であると考える方もいると思います。そのようなクライアントに対しては、サステナビリティ経営成熟度診断:Sustainability Value Assessmentという、サステナビリティ経営成熟度をクイックに診断するサービスも提供しています」と語る。生成AIを活用し、短時間で企業の強みと弱みなどを詳細に診断することができる。これを利用して、まずは自社の現状を確かめてみてはどうだろうか。
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