ネイチャーポジティブの実現に向けて:コラムと対談

2022-12-16

第2回:生物多様性における国内動向と産官学民を巻き込むことの重要性


昨今、ネイチャーポジティブエコノミーの実現について企業の関心も高まってきております。そこで本連載コラムでは、ネイチャーポジティブエコノミーへ向けた生物多様性を含む自然資本の最新動向やデータを活用した各社の取り組みについて、有識者や関連企業の方々とのディスカッションなどを交えながら紹介していきます。第2回は、生物多様性をめぐる目標の30by30目標に関連する国内の動向と、市民や産官学を巻き込んだ取り組みについて取り上げます。

1.30by30目標達成に向けた国内の動向について

「ポスト2020生物多様性枠組案」の目標の1つとして、30by30目標が掲げられています。30by30目標は、2030年までに陸と海の30%以上を保全するというもので、2021年6月のG7サミットにおいて、G7各国が自国での30by30目標を約束しました。自国での30by30目標の達成には、国の保護区だけではなく、企業が管理する緑地や漁業管理地域など、保護地域以外で生物多様性保全に資する地域(Other Effective area-based Conservation Measures:OECM)も含まれています。OECMは、「愛知目標」の中の陸域と海域を守る目標の達成手段として示された、保全対象となる地域のことで、日本では、企業が管理する水源の森や、地域が管理する里地里山等がOECMに該当します。

現在、日本では、陸域20.5%と海域13.3%が保護地域として保全されていることから、30by30目標を達成するための基本コンセプトや取り組みを整理し、30by30ロードマップとして公表しています。ロードマップでは、30by30目標達成のための主要施策として、国立公園等の保護地域の拡張と管理の質の向上や、OECMの設定・管理、生物多様性の重要性や保全活動の効果の「見える化」等を掲げています。また、主要施策を支え推進する横断的取り組みとして30by30アライアンス等を盛り込んでいます。

30by30目標達成を後押しする仕組みとして、クレジット化等のインセンティブの検討も進められています。海外では、泥炭地やサンゴ礁の保全を目的として、保全対策の成果を測って認定し、成果の取引や対策支援費を生み出すクレジット化の動きも見られます。カーボンクレジットのようにネイチャークレジットとして定量化していく動きが中心となっていますが、カーボンオフセットのようにネイチャーをオフセットすることについては、慎重に議論が重ねられています。ネイチャーをオフセットする場合は、類似する生物種のみが対象となるほか、オフセットの対象となる地域を限定する必要があると考えられるためです。また、各地域でNGOがどのような保全の取り組みをしているかを見える化する動きもあります。地域をどの程度保全する力があるのかを見える化して状況を把握することで、場所における価値の交換や活動の評価がネイチャークレジットやオフセットにつながっていく可能性も考えられます。

2.生物多様性に関するデータに基づいた取り組み

こうした動向を踏まえると、生物多様性の現状をデジタル化して可視化していくことには非常に高いニーズがあると考えられます。これを背景に新たなサービスを提供する企業も増えてきています。

京都大学発のベンチャー企業である株式会社バイオームは、世界中の生物・環境をビッグデータ化し、生物の分布データを取り扱った生物情報プラットフォームを構築しています。また、情報収集ツールとして、いきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」を提供しています(図表1参照)。

それぞれの地域において、実際に生物種を確認しながら生物の分布を把握するとなると、多大な労力がかかりますが、スマートフォンを用いて人々が地域に生息する生物の写真を撮影し、それらのデータを一元化することができれば、大量のデータを迅速に収集することが可能になります。

図表1:いきものコレクションアプリ「Biome」のイメージ

図表1 ”いきもの”コレクションアプリ「Biome」のイメージ

出典:株式会社バイオームより提供

また、バイオームとしては環境保全のためにデータを収集することを目的としていますが、このアプリは見つけた生き物をゲーム感覚でコレクションしていくものとなっており、同社によれば、ユーザーのほとんどは「楽しいから」という動機でアプリを利用しているということです。このアプリでは、スマートフォンで撮影した生き物の写真に位置情報を付与して投稿すると、AIが学習したデータから、生き物の名前が表示されます。AIの判定で分からない場合は他のユーザーに質問することもでき、生き物に詳しくなれる工夫がなされています。ユーザー数も64万人まで増加し、収集した生物データも370万件に上っています(いずれも2022年9月現在)。

3.産官学民を巻き込んだ取り組みの進展に向けて

バイオームは、生物多様性の保全を加速化するために、産官学民をつなぐプラットフォームになることを目指しており、企業の取り組みに対してアプリを使って支援するイベントをしたり、地域住民と一緒にデータを集めて行政に提供したりする取り組みを行っています。

アプリで収集したデータをもとに、生き物の分布地図が作成できるほか、データ解析として生き物の出現予測のシミュレーションを行うことも可能です。そのため、企業が、環境に配慮した農業やOECMを実施する際の判断基準として活用することができます。また、企業が敷地内で緑地化を進めている際にアプリを活用して効果を測定しグリーンインフラのDXとして利用したり、有機栽培を行っている場合にアプリを活用して生物多様性の保全につながっていることをアピールしたりすることもできます。

一方で、市民を巻き込んでいくための課題も出てきていると言います。

同社代表取締役の藤木庄五郎氏は、以下のように述べています。

「世界中のさまざまな地域の市民がアプリを利用することで、世界中の生き物の分布を把握することが可能になっています。ただし、人口密集地でのアプリの利用が多く、過疎に近い地域ではアプリの利用自体が少なく、データが集まりにくいという課題も顕在化してきました。今後は、生き物の見つけ方のナビゲーションを行ってアプリ利用者の意識や知識の底上げを行うなど、これまでデータがあまり収集できていない地域のデータ収集を進め、データの精度を向上していくための方策を検討する必要があるでしょう」

また、市民を巻き込んでいく際には、生物多様性に詳しい人材を見える化し、各地でこれまで知られていなかった自然の良さを伝えていくことも考えられます。地域の自然観察指導員が登録されている公益財団法人日本自然保護協会などのNGO・NPOを通じ、市民の知識を活用していくことも解決の糸口になるでしょう。

4.今後の企業の取り組みに向けて

現在、ネイチャークレジットをはじめとする生物多様性の保全に関するさまざまなルールが検討されています。中でも、生物多様性の測定に関するルールは、TNFD1(自然関連財務情報開示タスクフォース)で義務化に向けた動きがあります。グローバルで事業を展開している企業の中には、生物多様性のルール化を待たずに、自社で独自に取り組みを進めている企業もありますが、日本国内を主な市場としている企業では、ルールが策定されてから生物多様性保全の取り組みを行おうと考える傾向が強いのが実態です。

その原因としては、企業活動による生物多様性への影響を理解している人材が社内に不足していることが考えられます。生物多様性の重要性に気づくことができる人材を社内で育成していくことで、国際的なルール化を待たずに、自社の生物多様性に関する評価を実施できるようになると思われます。人材については、企業だけではなく、自治体が地域の生物多様性を保全する政策検討等にも重要となるため、データを踏まえて実態を把握し、指標として可視化するなど、生物多様性に関するスキルを持った人材の育成が急務と思われます。

長年にわたってNGOとして生物多様性保護を推進してきた日本自然保護協会の道家氏は、企業の取り組みについて以下のように述べています。

「企業においては、生物多様性に関するルール化を待たずに、自社内でチャレンジしてみることが重要でしょう。さまざまな活動を通して、その会社独自の生物多様性を保全するストーリーを検討していくことで、他社とは異なる独自性も生まれてくると思われます。まずはアジャイルに進めていくこと、そのための人材/予算を育成・確保することが求められるでしょう」

生物多様性の保全を進めていくには、国や企業が独自に努力するだけでは30by30目標を達成することができず、産官学民を巻き込んだ取り組みを行う必要があると考えられます。国際的なルールの検討の動きを見ながら、企業が独自に生物多様性の保全に関する取り組みを進めることは、生物多様性の観点において競合他社より優位な立ち位置になることにつながるでしょう。そのためにも、生物多様性の重要性を理解できる人材を多く育成し、企業や市民社会に影響力を及ぼしていくことも求められます。

なお、本コラムにコメントをいただいた藤木氏・道家氏と実施した座談会の内容も後日ご紹介する予定です。

1 2021年6月に設立された国際的なイニシアティブで、自然・生物多様性を中心としたTCFD(Taskforce on Climate-related Financial Disclosures)と類似したリスク・機会の開示フレームワークの開発を行う。国連開発計画(UNDP)、国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP-FI)、世界自然保護基金(WWF)、Global Canopyという国際機関やNGOによって設立され、2022年6月28日にベータ版フレームワーク(v0.2)が公開された。

主要メンバー

服部 徹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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小峯 慎司

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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中尾 圭志

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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