エネルギー会社の取締役会がCEOに問うべき7つの質問

現代の企業のリーダーがESG(環境・社会・ガバナンス)の観点から留意すべきことは多岐にわたります。以下の文書は、架空のある企業の取締役会が自社のCEOに宛てたもので、ESGに関する7つの緊急課題が記されています。この文書を紐解きながら、企業のリーダーの在るべき姿を描いてみましょう。

宛先:CEO
差出人:取締役会
件名:ESG

CEOである貴殿は、毎週、毎四半期、毎年のように、無数の課題に直面しながら経営に取り組んでいらっしゃいます。コロナ禍から労働力不足、サプライチェーンの問題、戦争による大混乱まで、その課題は多岐にわたるものです。貴殿はエネルギーと注意深さを持って、そして貴殿の直属の部下も同様に、社員を守り、顧客ニーズを満たし、時にはまさに事業継続を確保することに適切に重点を置いています。

その一方で、私たち取締役会は、長期戦略の策定を要する一連の問題に取り組むにあたって、CEOを支援するという重要な役割を担っていると考えています。というのも、長期的には供給の安全保障、エネルギー移行のマネジメント、今後生じる混乱に直面しても強靭な経営力を維持できるように投資すべき先の理解といったことに対しても、重点を置いていかなければならないからです。とりわけ、ESGの問題がもたらす需要(と機会)の増加に注意しなければなりません。エネルギー・公益・資源セクターにおける脱炭素化に向けた動きは国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)以降、勢いを増しており、対応は急務となっています。そして、エネルギー貯蔵、国境を越えたエネルギーインフラの整備、再生可能エネルギー、エネルギー効率を高める方策、再生可能水素インフラへの投資を重視する必要性が高まっています。

このような喫緊の対応を要する課題には、強い緊張が生じるものです。大規模な上場企業において、一般的なCEOの任期は約5年です。ところが、効果が十分に出るまでに15年、20年、あるいは30年かかるかもしれないことにコミットすることを求められているのです。それは現在のCEOのみならず、その後継者、おそらくその次の後継者の行動や戦略に大きな影響を与えることになるでしょう。そこで、私たち取締役会はCEOを支援したいと考えています。ご承知のとおり、持続可能な強みと永続的な価値を生み出すことができる長期的な大変革に向けて、計画を立て始める必要があります。これは、新たな規制やコンプライアンスを踏まえることや、短期的な安定供給を保証するという足元のニーズに対処することよりも、はるかに遠大な作業です。投資家、顧客、社員、そして社会全体の要求を満たし、極めて不透明な将来に適合した事業運営を行っていけるようにしなければなりません。

今すぐ検討すべきであると私たち取締役会が考える7つの質問は次のとおりです。

1. ネットゼロへの進展を加速させる戦略についてどのようにお考えですか

世界が確実かつアクセスしやすいエネルギー供給を強く求めている中で、ネットゼロへの経路を描くことは最も難しい戦略的課題でしょう。おそらく今日の私たちの業界のどの企業もが、この課題に直面しているはずです。

足元では原油、精製品、天然ガス、電力の需要(と価格)が急上昇しているとはいえ、セクター内のあらゆる企業が、今後は脱炭素が進むことを頭では理解してます。私たちが事業活動を行う市場では、多くの政府が温室効果ガスの排出規制を強化しています。世界の130カ国以上が2050年までにネットゼロの目標達成を表明しており、事業ライセンスを更新したい企業は同じことに取り組まなければなりません。しかしながら、PwCの最新のCEO意識調査に回答した企業のうち、ネットゼロの目標に現時点でコミットしているのはわずか22%です。

現在のエネルギー危機を乗り切ると同時に、脱炭素の将来に備えるためには、自社の事業活動でネットゼロを達成する計画を、今、考える必要があります。脱炭素化に向けた計画を成功させるためには、明確で行動に移しやすいステップを提示しなければなりません。では、その計画において設定している期限は現実的でしょうか。スコープ3の排出量について、バリューチェーン内のパートナーたちと検討する準備はできているでしょうか。スコープ3の排出量は多くの場合、グローバルな影響が最も大きいものです。投資家は、企業の排出量全般に関してより鋭く詳しい質問を投げかけるようになっています。それらに率直に答えることができれば、信頼の構築につながるでしょう。しかし現時点では、想定すべき事項があまりに多く、自信を持って回答できるだけの体系的なデータを持ち合わせていません。

大規模な総合エネルギー会社の多くはすでに低炭素戦略を採用し始めています。そうした企業は、低炭素戦略に適応するためには迅速に動くことや、(最近の石油・天然ガス価格上昇によって強化された)財的資源とインフラの両方の専門知識を備えることの必要性を理解しています。それ以外にも、例えばデンマークのØrstedやフィンランドのNesteといった中堅規模のエネルギー会社は、再生可能エネルギーに関するビジネスモデル全体の修正を進めています。

CEOである貴殿がどのような戦略を選ぶにしても、長期的な変革に向けた具体的なペースと道筋についての検討は、今すぐ開始する必要があります。

2. 会社のDNAを活用して新たな製品・サービスを開発するにはどうすれば良いでしょうか

私たちの強みは何でしょうか。そしてそれをエネルギー移行に有効活用するにはどうすればよいでしょうか。

過去100年にわたり、私たちのセクターは、科学、エンジニアリング、そして真に革命的な技術開発といった専門知識を基盤としてきました。今、そうした強みはこれまで以上に必要とされています。しかし、私たちの社員、製品、技術をもって優先的に対応しなければならないのは、発電プラントや川上の活動、採掘事業の短期的かつ追加的な改善ではなく、エネルギー移行という大きな課題です。

当社の技術、エンジニアリング、科学の専門知識を信頼して新製品・サービスを開発するという方法は、移行のペースを見極める上で役立ちます。それは、短期的にはBaker Hughesが行っているように、温室効果ガス排出量を削減し、エネルギー効率を高める新たな製品群を開発し、他のエネルギー会社を支援することを意味するのかもしれません。石油サービス会社であるBaker Hughesは自らのビジネスを変革してエネルギーセクターのデジタル変革を支援しており、IoT、データ解析、AIといった技術の採用を推進しています。

循環経済という考え方を取り入れ、実践しても良いでしょう。石油化学品の生産は2050年までに世界の石油需要増加の半分近くを占める見通しであり、Dow、SABIC、Chevron Phillips Chemicalといった多くの世界最大規模の化学会社が、リサイクリングのスタートアップ企業との提携を急いでいます。最も革新的な化学会社は、長期的に先を見据え、バイオプラスチックのプロセスに投資し、電気自動車(EV)用電池やグリーン水素の大規模生産における主要プレイヤーとなるべく、態勢を整えています。例えば、BASFはEVの生産拡大に伴い、同社の電池材料の売上が2030年までに70億ユーロ以上に達すると予想しています。

公益セクターのリーダーたちはモビリティに注目し、EV充電ステーションなどの消費者向けインフラを構築すると同時に、グリーン水素を生産する設備を整備するなど、新たな収益モデルや投資の革新を図っています。例えば、英国のEDF Energyは、EVフリート事業者向けの商業的なビークル・トゥ・グリッド(V2G)の充電サービスを創出するために日産と提携しています。

エネルギー移行の影響で、長年にわたってそれぞれのエネルギーセクター同士を保護してきた従来の障壁が崩壊しつつあります。今こそ、当社事業の在り方、そのための資本ニーズと収益モデル、協業するパートナーを再検討すべき時です。

3. 低炭素を実現する方法として、事業の買収や売却、業務提携は可能でしょうか

低炭素社会の実現に必要なペースでエネルギー移行を推進するには、新しい製品やサービスを開発するだけでは不十分かもしれません。ESGの立場を強化するためにディールを利用することについて、どのような戦略をお持ちでしょうか。

PwCの調査によると、2021年のエネルギー・公益・資源業界のディール件数と金額は、それぞれ前年比8%増、67%増となりました。この活動の背景にある明らかな傾向の1つとして、ESG関連の合併・買収(M&A)の増加が挙げられます。

考えられる方法の1つは、Fordが発表したように、事業の中でも温室効果ガスの排出量が比較的少ない部分と多い部分を分け、別会社にすることです。他にも、事業部門の多角化に資本を投じている会社があります。2021年にTotalEnergiesに社名を変更した石油会社Totalは、風力発電と太陽光発電の事業をそれぞれ買収しました。

業務提携も、より一般的になっています。BPは、世界中でソーラーファームを開発するために、合弁事業のLightsource BPに投資しました。Occidental Petroleumは、毎年50万メトリックトンの二酸化炭素を貯留する二酸化炭素回収貯留(CCS)プラントを建設するために、カナダのスタートアップ企業Carbon Engineeringと提携しました。また、英蘭系エネルギー大手Shellは、ドイツと英国でグリーン水素の生産・販売を行うために、ドイツの電力会社RWEと業務提携しています。

他のエネルギーセクター企業は、成功には業務提携が必要であることを知っています。公益事業が供給を維持するには、再生可能エネルギー源へのアクセスを拡大させる必要があるでしょう。化学セクターの企業は、水素供給へのアクセスを確保するために、風力発電事業者の買収や業務提携を推進しています。2021年、BASFはスウェーデンの電力会社Vattenfallがオランダで建設を計画している1.5GWの洋上風力発電事業者の49.5%を買収することで合意しました。

4. 5年後、そして10年後の競合相手が分かりますか

自社のビジネスを見つめ直している時、他のどの会社も同じことをしているはずです。

かつて、電力系統、運輸会社、重工業は必要なエネルギーのほぼ全てを化石燃料に依存していたため、私たちの業界の多くのセクターには長い間、実際の競争はありませんでした。しかし今、その状況に変化が起きつつあります。私たちのシステムに動力を供給する電子と分子のうち、再生可能エネルギーと水素に由来するものが増加しており、ネットゼロ競争の中で、他のエネルギー・公益セクターや、動きが速く革新的な新規参入者との競合が激化していくと想定されます。

グリーン水素の潜在性に基づき、多くのプレイヤーが、輸送・産業用燃料を生産するためにゼロエミッションの動力に投資しています。世界的な業界推進組織であるHydrogen Councilのメンバーは現在、130社を超えています。資金力のある総合エネルギー会社は公益事業の市場に向かっています。Starbucksのような消費者向け大手事業者は、自社の大規模な小売展開を生かして、電気自動車用エネルギーの供給者になろうとしています。また、エネルギー技術会社は、石油・ガス・石炭会社向けに、CCS機能を提供する新たなサービスや機器の開発を行っています。

公益事業者も、脱炭素経済の新分野で競い合う態勢を整えています。トラック、乗用車、船舶、バイク、暖房装置の電化への要請が高まる中、公益事業者はインフラ事業と顧客サービスの両方の経験を有するため、既存の顧客関係を活用できるという点において、潜在的に有利な立場にあります。

5. 投資家の長期的な期待に応えることができますか

投資家は企業に対し、2つの面で迅速な行動を要求しています。すなわち、良好な四半期リターンを期待する一方、特にESGとネットゼロへの行程に関しては、リーダーらが長期計画を提示することも求めています。130兆米ドル以上の資産の責任を負う、45カ国の450金融機関が参画するGlasgow Financial Alliance for Net Zero(ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟)が2021年に発足したことは、脱炭素に向けた機運の高まりを示しています。このようにシステム全体が変化している現状において、私たち取締役会は投資家と同じレンズを通して、会社資産の価値を見る必要があります。

このため、ESGに係る指標や基準を取り入れる企業の資本コストは、ESGに対して積極的ではない企業に比べてはるかに低いものとなるでしょう。財務分析とESG格付けを行う会社であるMSCIの2020年の調査によると、先進国・新興国にかかわらず、この4年間でESGスコアが高い企業の資本コストは、ESGスコアが低い企業の資本コストより低かったという結果が示されています。

ESGに係る包括的な戦略を掲げるだけでは十分ではありません。アグレッシブな目標の達成に向けての進捗状況を示し、透明で包括的な報告ができる体制を整えなければなりません。投資家の間では、非財務的なESG指標を財務報告に完全に統合することを期待する向きが強まっていくと思われます。従来、CEOは毎四半期、確実に利益を計上することによって投資家の信認を得てきました。しかし、現在は従来とは異なる報告内容が期待されており、経営陣はこれに応えていかなければなりません。

ESGに関するあらゆることと同様、報告の環境は急速に変化し、成熟しています。2021年には、投資家の情報ニーズを満たし、質の高いサステナビリティ開示基準を満たした包括的かつグローバルなベースラインを開発することを目的として、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が設立されました。2022年3月には、2つの最も有力なESG報告の枠組みを提供している組織である国際会計基準(IFRS)財団とグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)が、サステナビリティ開示に関する資本市場基準の整合性を取ることに合意しました

貴殿は、適切な指標は何であるかを理解し、それに対応できる十分な報告体制を整備できているでしょうか。

6. 将来の顧客は何を望むでしょうか

貴殿は顧客のニーズについて考えることに多くの時間を費やしていらっしゃることと思います。しかし、5年後の顧客のニーズを理解している、と自信を持って答えられるでしょうか。そうした将来のニーズに応えるだけでなく、そのための仕組みを作る準備はできているでしょうか。

確かに、顧客は、家庭や移動、日常生活のためにエネルギーを必要としています。しかし、その需要のどれだけが精製化石燃料から電気にシフトするでしょうか。顧客はそのエネルギーにどのようにアクセスしたいでしょうか。支払いをどうしたいでしょうか。また、分散型の市場において、顧客がエネルギーを売却する側の立場になるという状況を貴殿は想定されているでしょうか。

5年前に、電気自動車(EV)への消費者の需要がこれほど高まることを予見できていた人はほとんどいないでしょう。世界40カ国以上が2050年までに内燃エンジン車を段階的に廃止すると表明したことを受けて、2021年には、世界のEV販売が80%増加しました。トヨタとVolkswagenだけで、今後数十年でEVに合計1,700億米ドルを投資しようとしています。パリのような大規模の都市が、自動車による中心部(一部を除く)への乗り入れを禁止すると計画することを予見できた人はさらに少ないでしょう。都市部の気候変動と生活の質への取り組みを踏まえると、この動きは他都市にも広がる可能性が高いと思われます。

過去にはインフラの普及が消費者より先行することがありました。石油会社によるガソリンスタンドへの投資が、今日では当然と考えられている自動車輸送網の基礎を築きました。ところが、インフラは今では消費者需要の後を追うことが増え、消費者需要の先を行くには急がなければなりません。BPのようなエネルギー会社が、英国内のEV充電ネットワークを拡大するために10億ポンドの投資を急いで進めているのはそのためです。

7. 必要な人材を確保できるでしょうか

「グレートレジグネーション」と呼ばれる大規模離職現象の発生や、ミレニアル世代が社会的存在価値のある職場を選ぶ傾向といったマクロ環境は、長期的な戦略的施策に必要な人材の定着と採用に努める企業にとって、大きな負担となっています。

既存社員、例えば炭素経済ブーム期のベテラン社員の中には、過小評価されていると感じ、セクター内で起きている根本的な変化を受け入れる意欲が不足している者もいます。ある最近の調査によると、石油・ガスのプロフェッショナルのほぼ半数が、今後5年間で業界を離れることを予想しているということです。その一方で、以前ならばエネルギーセクターに引き付けられていたかもしれない新世代の人材は、現在、化石燃料に従事することには消極的であり、テクノロジー企業で働くことを選択しています。

ベテラン社員に、ビジネスの未来が化石燃料の向こう側にあることを納得させるのは困難でしょう。しかし、技術、科学、エンジニアリングの高度な専門知識を必要とするネットゼロへの行程に向けた優秀な人材の獲得は、それよりは困難ではないと見込まれます。貴殿は人材定着の先を見越し、10年後の成功のために後継者が必要とするスキルや能力、文化は何かを理解した上で、人材戦略を策定できているでしょうか。

今後の道のり

上記に示したESGに関する7つのテーマは、いずれも当社のこれからの命運に重大な影響を及ぼす課題です。CEOである貴殿の当面の優先事項は、ビジネスやセクター全体が直面している多くの目下の問題に対処することです。同時に私たち取締役会は、当社が将来も活況を維持し、ESGの課題をに転換できる立ち位置を確保できるように、具体的なステップを踏むことができるとも考えています。私たち取締役会はこの道のりにおいて、貴殿を支えてまいります。

※本コンテンツは、Seven questions energy-company boards need to ask their CEOsを翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

主要メンバー

片山 紀生

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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本多 昇

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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