非財務資本を生かして価値の源泉とする経営とは?

「将来、いかに儲けるのか?」まで見据えた サステナビリティ経営の実践を

  • 2024-07-26

※本稿は日経ビジネス電子版に2024年6月に掲載された記事を転載したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。


「サステナビリティ経営」の概念とその重要性に対する認識は、日本企業の間でもかなり浸透してきた。だが、「どのように実践し、将来の“儲けのタネ”にするのか?」という具体的な戦略まで描き切れている企業はまだ少ないようだ。非財務資本を生かし、将来に向けた価値創造の源泉とする経営について、PwC Japanグループに聞く。

日本のCEOの6割以上が、「10年後の存続」に危機感を抱いている

今年3月に日経平均が一時4万円を超えるなど、株式相場が好調だ。景気の先行指標である株価の上昇は、一見、日本経済の“明るい未来”を映し出しているようにも見える。

だが、これは本当の評価なのか? 確かに株価は上がっているが、市場にはいまだ、「日本企業は長期にわたって価値を生み出す力を本当に持っているのか?」という疑念があるのではないか。

「そうした疑念が、日本株のバリュエーションにも表れていると思います。自社株買いなどの積極的な株主還元策などにより、PBR(株価純資産倍率)が1倍割れの日本の上場企業はかなり減りましたが、それでも東証プライム市場全体の約4割を占めています。欧米の株式市場では1割程度であるのに比べ、日本の上場企業の価値は、投資家から低く見積もられているのです。そして、評価が上がらない原因の一つとして、変革のスピードもありますが、自社の企業価値を株主や投資家に十分に訴求できていない、という点は見逃せないと考えています」

そのように語るのは、PwCコンサルティング 上席執行役員 パートナーの下山真太郎氏である。

PwCコンサルティング合同会社
上席執行役員 パートナー
下山 真太郎

20年超にわたり、自動車・輸送機械、産業機械、重工業、総合電機、フィールドサービス、金融を中心に、幅広い業種の変革プロジェクトを経験。現在、PwCコンサルティング合同会社にて、経営管理における変革、経営企画・経理財務領域における戦略策定・実現に関する支援サービスを担うFinance Transformation部門を統括。

足元は円安や値上げなどによって業績が好調だが、「10年後、20年後も稼ぎ続ける力を日本企業は持っているのか?」という点に、投資家たちは疑問を感じているようだ。

この懸念を、当事者である日本企業の経営者自身も抱いているという。

「PwCが2023年10月から11月にかけて行った世界CEO意識調査によると、日本のCEOのうち、『現在のビジネスのやり方を変えなかった場合、10年後に自社が経済的に存続できない』と答えた方は全体の64%に上りました。世界全体(同54%)や欧米のCEOに比べて割合が顕著に高く、『何とか変わらなければ』という強い危機感を持っている経営者が多いことが分かります」と下山氏は指摘する。

経営者が変わろうとしている動きの一つが、「サステナビリティ経営」への取り組みである。

「とくに菅義偉前首相が『2050年カーボンニュートラル宣言』を行った20年以降、脱炭素目標を掲げ、それを自社の長期的な企業価値向上に結びつけようとする日本企業が増えてきました。具体的な戦略やロードマップにまで落とし込んで取り組む企業も少しずつ現れています。こと脱炭素に関しては、日本企業の『変化』が起こり始めていると言えます」

このように語るのは、PwC Japanグループのサステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス(CoE)でリード・パートナーを務める磯貝友紀氏だ。サステナビリティCoEはサステナビリティ経営を実現するクライアントの変革を支援するため、20年に立ち上げられた専門組織である。

PwC Japanグループ
サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス
リード・パートナー
磯貝 友紀

2011年より現職。サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスのリード・パートナーとして、日本企業のサステナビリティビジョン・戦略策定、サステナビリティ・ビジネス・トランスフォーメーションの推進、サステナビリティリスク管理の仕組み構築、途上国における社会課題解決型ビジネス支援やサステナブル投融資支援を実施。

ただし、「サステナビリティ経営のテーマは、脱炭素ばかりではありません。環境や社会に影響を及ぼす課題はいくつもあり、時代の流れとともに新しい課題がどんどん生まれています。世界規模で深刻化する課題の大きな潮流をいち早く捉えて、10年後、20年後には世の中がどうなっているのか、自社がどのような価値を生み出し続けられるかという意識を持ち、そのための仕組みを作っていくことが重要なのです」と磯貝氏は指摘する。

親亀がコケれば、子亀、孫亀も一気にコケる

そもそも、サステナビリティ経営で求められるのは「長期的な視点による価値の追求」だと磯貝氏は話す。

「短期的な業績を見るだけでなく、自社の経済活動の基盤となる環境価値、社会価値を長期的にいかに向上させていくかという視点で物事を考える必要があるのです」(磯貝氏)

分かりやすい概念図として、磯貝氏が示したのが下図の「親亀・子亀・孫亀」だ。企業の経済活動(孫亀)は、それを支える社会(子亀)が存在するからこそ成立し、社会が安全・安心かつ健全に機能するためには、それを支える環境(親亀)の存在が欠かせない。

今後、環境破壊がさらに進み、社会に大きな混乱が生じれば、経済活動も立ち行かなくなる。親亀がコケれば、子亀、孫亀も一気にコケてしまうのである。

「例えば、気候変動や土壌の荒廃によって将来ブドウが栽培できなくなれば、それを原料とするワインメーカーのビジネスは存続不可能となってしまいます。さらに言えば、人口爆発による食糧不足、資源不足は、すでに予見されている未来です。いずれ起こる食糧や資源の世界的な争奪戦を勝ち抜いていく長期戦略を描き出せるかどうかも、企業の存続を大きく左右することになるでしょう」と磯貝氏は示唆する。

企業の経済価値(孫亀)は、社会価値(子亀)、環境価値(親亀)という2つの土台の上に成り立っている。目先の業績ばかりに注目し、環境価値や社会価値を高めるための活動をないがしろにすると、親亀、子亀と共に孫亀も一気にコケてしまう。自らの首を絞めないようにするためには、経済価値とともに環境・社会価値を高める企業活動が不可欠だ

「非財務資本」を重視して、「正のスパイラル」を回し続ける

では、企業はいかにサステナビリティ経営の長期戦略を描き出すべきなのか? その考え方の基盤となるのが、13年に国際統合報告評議会(IIRC)が発表した「国際統合報告フレームワーク」の中で提示した「統合思考」である。

一般に企業の成長は、資本の循環によってもたらされると考えられている。具体的には、資本を投入(インプット)し、アクティビティー(事業活動)を行うことで、アウトプット(製品・サービス)が生まれ、アウトカム(財務・非財務資本)が増加する。その増加した資本を再投入することで、企業の成長が続くという循環である。

「統合思考」とは、財務資本だけでなく、企業の製造資本や知的資本、人的資本、さらには企業を取り巻く外部環境(自然資本、社会・関係資本)もすべて含む「非財務資本」を統合することで、資本循環が「正のスパイラル」を描くようにするための経営の考え方だ(下図参照)。

企業は、社内の4つの資本(財務資本、製造資本、知的資本、人的資本)と、外部の2つの資本(自然資本、社会・関係資本)をインプットとしてアクティビティー(経済活動)を行い、製品・サービスなどのアウトプットを生産し、その結果としてアウトカムを生み出している。アウトカムを資本に上乗せし、再投入することで成長のサイクルは回るが、その際、外部を含めた「非財務資本」が目減りすると、「負のスパイラル」が回って成長が鈍化する

「財務資本がどんなに充実しても、ビジネスの支えとなる非財務資本が目減りしてしまうと、資本の循環は『負のスパイラル』に陥ってしまいます。気候変動や土壌汚染などを食い止め、人口減少や労働力不足などの社会課題に対処するといった非財務資本の増強も同時に行っていかないと、企業価値を持続的に高めることは困難なのです」と磯貝氏は指摘する。

下山氏も「『社会の一員として企業は環境問題に取り組むべき』『長期的な視点で社会課題に取り組むのが正しい』といった類いの“正論”ではなく、ビジネス視点でも非財務資本の増強は重要です」と続ける。

「環境や社会課題への消費者の感度は確実に高まっており、環境への配慮や社会問題に対応した商品が広がり、より高い値段で売れるという現象は、国・地域の差こそあれ広範に見られることだと感じます。つまり、非財務資本の増強は、経済合理性からも企業が積極的に取り組む価値があるのです。

さらに、そのような取り組みを価値創造ストーリーとして客観的に理解可能な形で整理し、訴求していくことが、マーケットが企業を正しく評価することにつながると考えます」(下山氏)

言い換えれば、財務資本のみならず、非財務資本を重視して「正のスパイラル」を回し続けることが、サステナビリティ経営を成功に導き、企業価値を創造するための有効なセオリーだと言える。

企業価値を向上させるPwCの2つの支援サービス

PwC Japanグループでは、統合思考に基づいてサステナビリティ経営を実践し、企業価値を向上させるための2つのアプローチに基づく支援サービスを提供している。

1つは、「サステナビリティ経営のインパクト可視化支援」(Sustainability Value Visualizer)。これは文字通り、統合思考に基づくサステナビリティ経営を実践した場合、将来の財務にどれだけのインパクトがもたらされるのかを可視化する支援サービスである。

「自然資本や社会・関係資本を充実させるために行った企業活動が、どのような経路(インパクトパス)で将来の利益に結びつくのかを浮き彫りにします」と磯貝氏は説明する。

このサービスは、PwC Japanグループと200を超える国際企業が立ち上げた組織によるサステナビリティ先進企業22社への聞き取り調査を基に設計されたものだ。

「サステナビリティ先進企業に共通するのは、自社の投資と将来の儲けの間に明確なインパクトパスを持っていること。人材力やイノベーション力、市場の変化を見抜く力といった“未来の稼ぐ力”を育てようとしていること。サステナビリティ経営を実行する場合だけでなく、やらなかった場合のコスト(Cost of Inaction)も想定していることなどです。そうした先進企業の実践例を参考にしながら、解像度の高い可視化支援サービスを提供します」と磯貝氏は語る。

「この世界が長期的にどう変わっていくか、という世界観を持ってビジョンを打ち立てていくことがこれからの経営には不可欠です。私たちとしても大きな視点で世界と市場の動向を見抜き、本質的な経営戦略の構築と実現までを支援していきたいと考えています」(磯貝氏)

もう1つは、「価値創造経営のための経営管理サービス」である。

「重要なのは、現在、多くの企業が行っている財務的・短期的な業績管理から、時間軸とマネジメントの範囲を拡張した経営管理に移行することです。時間軸については、将来の企業価値を創造するという観点で長期的なゴールを定め、そこからバックキャストでKPIツリーを策定します。マネジメントの範囲については、財務だけでなく、人的資本、知的資本などの無形資産、さらには社外の顧客や社会、環境などに与える価値までに広げ、財務・非財務をトータルで管理する仕組みを構築するのが、私たちが提唱する価値創造経営です」と語るのは下山氏である。

経営管理の時間軸と範囲を拡張することで、既存の財務に関するKPIと、将来の価値創造に関するKPIとのつながりが整理され、ひいては投資タイミングや投資配分の検討にも役立てることができるという。

重要なポイントとして下山氏が指摘するのは、時間とリソースの制約をどう解決し、部門横断的な経営管理をどう実現していくのか、という点である。

「現実には多くの企業は短期業績の可視化に膨大な労力を費やしており、将来を見据えて動くための時間・人員が十分ではありません。このような課題は、AIを活用した業績予測ツール等によって、既存業務を自動化・省力化・高精度化することで解決可能なケースも増えてきています。

他方、仮に時間とリソースの制約が減少したからといって、価値創造経営が実現できるわけではありません。多くの企業では財務、人的資本、知的資本、顧客、社会、環境は、それぞれ別の部門が管理しており、それらを包括的に管理するのは容易ではないからです。したがって、価値創造経営に向けて改革を進めていらっしゃるクライアントを私たちが支援する際にも、部門間のコミュニケーション促進や合意形成支援が一つの注力ポイントとなります」(下山氏)

主要メンバー

下山 真太郎

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

森本 朋敦

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

林 素明

パートナー, PwCサステナビリティ合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ