TCFD提言に関する開示状況の分析(2021年12月期有価証券報告書)

2022-07-12

2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂により、2022年4月の東証再編後、プライム市場で上場している企業は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)、またはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量が求められるようになりました。

また、2022年3月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、全般的なサステナビリティ関連開示の要求事項および、気候関連開示の要求事項を定めた2つの公開草案を公表しました。これらの公開草案はTCFDの提言に基づくものであり、最終化されれば包括的なグローバル・ベースラインとしてのサステナビリティ開示基準となります。

このような動きの中で、PwCあらた有限責任監査法人では、日本国内でも気候変動のリスク・機会の開示義務化への対応を行う上場企業がさらに増加すると考えています。そこで、2021年に引き続き、有価証券報告書で気候変動関連の開示を行っている企業について、TCFD提言に関する開示状況の分析・調査を行いました※1

今回の調査では、東証一部上場企業のうち、12月期決算企業(非金融企業)205社※2を対象とし、有価証券報告書におけるTCFD対応の開示状況の推移(2020年12月期と2021年12月期を比較)に着目するとともに、具体的な開示内容と業種別傾向について紹介します。

なお、本稿における基礎情報は掲載当時のものであり、意見にわたる部分は筆者の見解であることをあらかじめ申し添えます。

1. 有価証券報告書におけるTCFD提言の開示割合

対象企業205社(非金融企業)のうち、有価証券報告書にTCFD提言に関する開示を行っている企業の割合は、2020年12月期の8%から2021年12月期の22%に増加しました(図表1)。金融事業の企業に関しては、2021年3月期の調査では23%の企業がTCFD対応の開示を行っていましたが、12月決算企業では該当する企業がありませんでしたので、今回の調査対象には含めていません※3

(図表1)対象企業205社のうち有価証券報告書に TCFD対応について開示している企業

開示内容については、TCFD提言に賛同する旨の言及にとどめる企業から、TCFD提言に基づく推奨開示項目(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)を開示している企業まで、開示内容の差が認められました。ただ、開示率は上昇していることから、有価証券報告書におけるTCFD対応の開示への取り組みが進んでいることが見て取れます。

また、業種別の開示企業数の推移は、図表2のとおりです。

(図表2)業種別 開示企業数の推移(12月決算企業)

2020年12月期と2021年12月期の開示企業を比較すると、特に「化学」と「食料品」に属する企業のTCFD開示が進んでいることが見て取ることができます。「化学」は、産業別のCO2排出量上位業種に該当し、TCFD賛同企業数も多いです。また、「食料品」でTCFD対応の開示を行っている企業8社のうち、7社がIFRSを適用していることから、IFRS適用企業とTCFD対応との間に一定程度相関関係があることが開示から示唆されます。

2. 有価証券報告書におけるTCFD提言に基づく開示内容の分析

有価証券報告書においてTCFD提言に関する開示が、実際どのように行われているのか、開示内容を以下の5種類に分類して分析しました(図表3)。

(図表3)TCFD対応に 関する開示内容の分類

分類①「TCFD提言への賛同などの言及のみ」から分類④「TCFD提言に基づく推奨開示」に近づくにつれ、開示内容が拡充されています。

2020年12月期、2021年12月期に有価証券報告書において、TCFD提言に関する開示を行った企業を①〜⑤に分類すると、図表4のとおりの結果となりました。

(図表4)有価証券報告書における TCFD提言に関する開示内容の分析(非金融企業)

2020年と2021年を比較すると、図表1のとおり、TCFD対応について開示している企業は17社から44社に増加しています。そのうち、TCFD提言に基づく推奨開示項目に沿って開示している企業(分類④)は、2020年12月期の0社から2021年12月期には7社に増えてはいるものの、TCFD提言への賛同などの言及にとどまる企業(分類①)が半数以上であることが分かります。プライム市場で開示が期待される水準を有価証券報告書においても充足するためには、今後も開示の拡充が必要であると考えられます。

開示が進んでいる「化学」「食料品」に属する企業についても同様の傾向が見られました(図表5、図表6)。

(図表5)有価証券報告書における TCFD提言に関する開示内容の分析(化学)
(図表6)有価証券報告書における TCFD提言に関する開示内容の分析(食料品)

また、有価証券報告書にTCFD提言に基づく推奨開示(分類④)を行っている企業は、205社中7社(化学、食料品、医薬品、電気機器)であり、内訳は図表7のとおりです。なお、この7社が適用している会計基準は、IFRSが5社、日本基準が1社、米国基準が1社でした。

(図表7)有価証券報告書へTCFD提言4テーマに基づく 情報開示を行っている4業種(12月決算企業)

次節からは、会計基準別、企業の規模別(売上高、時価総額)、1株当たり利益(EPS)との相関関係という観点から、有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示の分析結果を見ていきます。

3. 会計基準別、企業規模別、1株当たり利益(EPS)に関する分析

企業が適用している会計基準(日本基準、IFRS、米国基準、その他)ごとに、有価証券報告書においてTCFD提言に関する開示を行っている企業数、開示率を分類したところ、図表8のような結果になりました。

(図表8)会計基準別の 開示社数、開示率

有価証券報告書でTCFD対応について開示している企業の割合は、会計基準別では、日本基準を適用している企業に比べ、IFRS、米国基準を適用している企業の方が高いことが分かります。この傾向は、2021年5月末時点での直近の有価証券報告書(2020年12月期、2021年3月期など)における開示傾向と同様です。

さらに、売上高、時価総額といった企業規模の観点で見ると、企業規模が大きくなるほど、有価証券報告書におけるTCFDの開示を積極的に行っていることが分かります(図表9、図表10)。この傾向も、2021年5月末時点での直近の有価証券報告書(2020年12月期、2021年3月期など)での開示傾向と同様であることが見て取れます。

(図表9)売上高別の 開示社数、開示率
(図表10)時価総額別の 開示社数、開示率

また、TCFD開示を行っている企業の1株当たり利益(EPS)を分析した結果は図表11のとおりです。東証一部上場企業204社※5の1株当たり利益の平均(126円)と比較して、有価証券報告書にTCFD対応について開示している企業の1株当たり利益の平均(159円)は高く、その中でも特にTCFD提言に基づく推奨開示項目を開示している企業(上述の分類④)の1株当たり利益の平均(165円)が高いことが分かりました。

(図表11)TCFD開示と1株当たり利益(EPS)の 相関関係

4. まとめ

2020年12月期と2021年12月期の有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示状況を比較したところ、TCFD提言に基づく情報開示の拡充への取り組みが進んでいることが分かりました。この傾向は、今後さらに進んでいくと考えられます。

一方で、現状ではまだTCFD提言に言及するのみなど、定性的な開示にとどまる企業が多いのが実情です。

金融庁金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」※6で検討、審議されていた、企業情報の開示のあり方についてとりまとめた報告書「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」が2022年6月に公表されました。この報告書では、企業のサステナビリティ情報の開示を拡充すべく、新たに有価証券報告書にサステナビリティ情報の記載欄を新設すべきと提言されています。

このように上場企業は、有価証券報告書においてTCFD提言、またはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の義務化が検討されており、情報開示に向けた取り組みを進めていくことが重要になると考えられます。

1 2021年の調査については、以下のページに公開されています。
『有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示状況の分析(前編後編)』

2 東証一部上場企業のうち大手の「EY新日本有限責任監査法人」「有限責任監査法人トーマツ」「有限責任あずさ監査法人」「PwCあらた有限責任監査法人」が監査している企業は、1,685社(金融企業119社、非金融企業1,566社)であり、そのうち12月決算企業は、205社(金融企業0社、非金融企業205社)です(2021年9月末時点)。

3 2021年3月期の有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示状況は、非金融企業が10%(1,036社中102社)、金融企業が23%(117社中27社)でした。

4 会計基準について「その他」に分類している企業は、日本基準および「建設業法施行規則」に準じて有価証券報告書を作成している企業1社です。

5 東証一部上場企業のうち、12月期決算企業(非金融企業)205社から、期中に上場廃止し、2021年12月末時点での1株当たり利益(EPS)が公表されていない企業1社を除いた204社を分析対象としています

6 2021年6月21日に、企業情報の在り方について幅広く検討を行う目的で、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」が諮問され、2021年9月に第1回、2022年5月までに第9回まで開催されています。

執筆者

吉岡 小巻

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

今井 里実

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

Email

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