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2022-07-08
2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂により、プライム市場に上場している企業は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)、またはそれと同等の国際的枠組みに基づいて気候変動に係る情報を開示することが求められるようになりました。
また、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は2022年3月、全般的なサステナビリティ関連開示の要求事項および、気候関連開示の要求事項を定めた2つの公開草案を公表しました。これらの公開草案はTCFDの提言に基づくものであり、最終化されれば包括的なグローバルベースラインとしてのサステナビリティ開示基準となります。
金融庁金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」[1]では企業情報の開示のあり方について検討、審議されてきましたが、2022年6月にはその内容を取りまとめた報告書「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-」が公表されました。この報告書では、企業のサステナビリティ情報の開示を拡充すべく、有価証券報告書において、サステナビリティ情報の記載欄を新設すべきことが提言されています。
このような動向を踏まえ、PwCあらた有限責任監査法人では、気候変動のリスク・機会の開示義務化への対応を行う上場企業を対象とし、2022年3月期の有価証券報告書で気候変動関連の開示を行っている企業について、TCFD提言に関する開示状況の分析・調査を行いました。[2]
3月期決算企業[3]の有価証券報告書におけるTCFD対応の開示状況の推移(2021年3月期と2021年12月期を比較)に着目し、具体的な開示内容と業種別傾向について紹介します。
なお、本稿における基礎情報は掲載当時のものであり、意見にわたる部分は筆者の見解であることをあらかじめ申し添えます。
有価証券報告書にTCFD提言に関する開示を行っている非金融企業の割合は、2021年3月期の10%から2022年3月期の35%に増加し、金融企業の割合は23%から50%に増加しました(図表1-1)。[4]
開示内容については、TCFD提言に賛同する旨の言及にとどめる企業から、TCFD提言に基づく推奨開示項目(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)を開示している企業まで、開示内容に差が認められました。ただ、開示率は大きく上昇しており、有価証券報告書におけるTCFD対応の開示への取り組みが進んでいることが見て取れます。
非金融企業の業種別開示企業数の推移は、図表1-2のとおりです。
2021年3月期と2022年3月期における開示企業の業種を比較すると、特に「電気機器」と「化学」に属する企業のTCFD開示が進んでいることが見て取ることができます。「電気機器」に属する企業には、IFRSを適用している企業が多く見られます。また、「化学」に属する企業は、産業別のCO2排出量上位業種に該当し、TCFD賛同企業数も多いことが特徴的です。
2022年3月期において東証一部に上場し、EY新日本有限責任監査法人、有限責任監査法人トーマツ、有限責任あずさ監査法人、PwCあらた有限責任監査法人が監査している企業のうち、TCFD対応開示企業の割合(金融企業業種別)は以下のとおりです。
金融企業に関しては、117社中60社が開示しており、中でも「銀行業」「その他金融業」を営む企業に関しては、半数以上がTCFD対応について開示を行っていました。
有価証券報告書においてTCFD提言に関する開示が、実際どのように行われているのか、開示内容を以下の5種類に分類して分析しました(図表2-1)。
分類①「TCFD提言への賛同などの言及のみ」から分類④「TCFD提言に基づく推奨開示」に近づくにつれ、開示内容が拡充されています。
2021年3月期および2022年3月期の有価証券報告書において、TCFD提言に関する開示を行った企業を①〜⑤に分類すると、図表2-2のとおりの結果となりました。
2021年と2022年を比較すると、図表1-1のとおり、TCFD対応について開示している企業は102社から359社に増加しています。そのうち、TCFD提言に基づく推奨開示項目に沿って開示している企業(分類④)は、2021年3月期の8社から2022年3月期には98社に大幅に増えており、TCFDに基づいて開示する気候変動に係る情報の質と量を充実させようという動きが見られます。
ここで、開示が進んでいる「電気機器」「化学」に属する企業のTCFD開示内容の傾向を見ていきます。「電気機器」に属する企業のうち、TCFD提言に基づく推奨開示項目に沿って開示している企業(分類④、計20社)は、TCFD提言への賛同などの言及にとどまる企業(分類①、計14社)より多くなっています(図表2-3)。
一方、「化学」に属する企業のうち、CO2、GHG(温室効果ガス)排出量の削減目標を開示している企業(分類②)が計15社と最も多くなっています(図表2-4)。前述したとおり、「化学」産業は、CO2排出量上位業種に該当するため、それと関連して、2030年度までCO2の排出量削減目標や、カーボンニュートラル目標に言及する企業の比率が高くなっていると考えられます。
また、有価証券報告書にTCFD提言に基づく推奨開示(分類④)を行っている企業は、1,028社中98社であり、開示率上位10位(計53社)および、残りの業種の内訳は図表2-5のとおりです。なお、この98社が適用している会計基準は、日本基準が75社、IFRSが21社、米国基準が2社でした。
2022年3月期に有価証券報告書において、TCFD提言に関する開示を行った企業を①〜⑤に分類すると、図表2-6に記載のとおりの結果となりました。
金融企業では、60社のうち半分の30社がTCFD提言への賛同などの言及のみ(分類①)を行っており、推奨開示(分類④)を行っている企業は13社でした。非金融企業と比較すると、有価証券報告書においてTCFD開示の推奨開示を行っている金融企業はまだ限定的であると推察されます。
この傾向は、「銀行業」や「その他金融業」を営む企業でも同様で、下記のとおり推奨開示(分類④)を行っている企業の割合は依然として少ない状況にあることが伺われます。
また、有価証券報告書にTCFD提言に基づく推奨開示(分類④)を行っている企業は、117社中13社であり、業種の内訳は図表2-9のとおりです。
次節からは、会計基準別、企業の規模別(売上高、時価総額)、1株当たり利益(EPS)との相関関係という観点から、有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示の分析結果を見ていきます。
企業が適用している会計基準(日本基準、IFRS、米国基準、その他[5])ごとに、有価証券報告書においてTCFD提言に関する開示を行っている企業数、開示率を会計基準別、企業規模別、1株当たり利益(EPS)別で分類した結果は以下のとおりです。
有価証券報告書でTCFD対応について開示している非金融企業の割合は、会計基準別では、日本基準を適用している企業に比べ、IFRSや米国基準を適用している企業の方が高いことが分かります。この傾向は2021年の有価証券報告書(2021年3月期、2021年12月期)における開示傾向と同様です。なお、2021年12月末と比べて、2022年3月期の日本基準に適用している非金融企業の開示割合は7%から31%に大幅に上昇しています。
さらに、売上高、時価総額といった企業規模の観点で確認すると、企業規模が大きくなるに従い、有価証券報告書におけるTCFDの開示を積極的に行っていることが分かります(図表3-2、図表3-3)。この傾向も2021年の有価証券報告書(2021年3月期、2021年12月期)での開示傾向と同様であることが見て取れます。なお、2022年3月期の売上高別開示率の最も高い区間は、「5,000億円以上~1兆円未満」であり(開示率65%)、「1兆円以上」の区間にある非金融企業の開示率(開示率59%)を超えています。また、2022年3月期の時価総額別開示率の最も高い区間も「5,000億円以上~1兆円未満」であり(開示率67%)、「1兆円以上」の区間にある非金融企業の開示率(開示率61%)を超えますが、総じて企業規模と開示率の正の相関が見られました。
また、TCFD開示を行っている非金融企業の1株当たり利益(EPS)および株主資本利益率(ROE)を分析した結果は図表3-4と図表3-5のとおりです。2022年3月期の有価証券報告書における傾向としては、東証一部上場企業1,028社の平均と比較して、有価証券報告書にTCFD対応について開示している非金融企業(計359社)の平均は高く、その中でも特にTCFD提言に基づく推奨開示項目を開示している非金融企業(上述の分類④、計98社)の平均が高いことが分かりました。
有価証券報告書でTCFD対応について開示している金融企業の割合は、会計基準別では、日本基準や米国基準を適用している企業に比べ、IFRSを適用している企業の方が高いことが分かります。
さらに、売上高、時価総額といった企業規模の観点で確認すると、総じて企業規模が大きくなるに従い、有価証券報告書におけるTCFDの開示を積極的に行っていることが分かります(図表3-7、図表3-8)。
また、TCFD開示を行っている金融企業の1株当たり利益(EPS)および株主資本利益率(ROE)を分析した結果は図表3-9と図表3-10のとおりです。東証一部上場企業117社の平均と比較して、有価証券報告書にTCFD対応について開示している金融企業(計60社)の平均は高く、その中でも特にTCFD提言に基づく推奨開示項目を開示している金融企業(上述の分類④、計13社)の平均が高いことが分かりました。
一方、有価証券報告書にTCFD提言に基づく推奨開示項目を開示している企業のROE平均は東証一部上場企業のROE平均を下回っていました。これは、13社の内8社が、ROE平均が5%以下の地方銀行だったことが要因の1つと考えられます。
2021年3月期と2022年3月期の有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示状況を比較した結果、有価証券報告書におけるTCFD提言に基づく情報開示の拡充への取り組みが進んでいることが分かりました。この傾向は、今後さらに進んでいくと考えられます。
前掲したとおり、企業のサステナビリティ情報の開示を拡充すべく、有価証券報告書に新たにサステナビリティ情報を記載する記載欄を新設すべきとの提言がされており、記載欄の項目はTCFDのフレームワークを基礎としています。
具体的な開示内容は、ISSBが策定する包括的なグローバルベースラインとしてのサステナビリティ開示基準を踏まえ、国内で2022年7月に設立されたSSBJ(サステナビリティ基準委員会)によって検討が進められています。
ここで、2022年3月期の有価証券報告書の「経理の状況」について、TCFDの枠組みに基づいて何らかの開示を行っている企業を調査したところ、今回調査対象とした企業のうち1社が開示を行っていました。当該企業は、注記の中の「金融商品に係るリスク管理体制」というセクションにおいて気候変動リスクについての記載を行っており、気候変動リスクが事業、財政状態および経営成績に悪影響を及ぼす可能性について言及しています。
また、2022年3月期の有価証券報告書に含まれる監査報告書の「監査上の主要な検討事項」について、気候変動に関連した事項を開示している企業を調査したところ、5社が開示していました。固定資産の減損評価、繰延税金資産の回収可能性の評価を行う際に、気候変動の影響を検討することなどが記載されていました。
このような状況に鑑みると、気候変動やTCFDに関連した情報開示に向けた取り組みを進めていくことは今後さらに重要性が高まってくると考えられます。本稿の有価証券報告書におけるTCFD開示分析が、気候変動開示を検討する際の参考となれば幸いです。
[1] 2021年6月21日に、企業情報の在り方について幅広く検討を行う目的で、金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」が諮問され、2021年9月に第1回、2022年5月までに第9回まで開催されています。
[2] 2021年の調査については、以下のページに公開されています。
『有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示状況の分析(前編・後編)』
『TCFD提言に関する開示状況の分析(2021年12月期有価証券報告書)』
[3] 東証一部上場企業のうち「EY新日本有限責任監査法人」「有限責任監査法人トーマツ」「有限責任あずさ監査法人」「PwCあらた有限責任監査法人」が監査している企業は、1,677社(金融企業119社、非金融企業1,558社)であり、そのうち3月決算企業は、1,145社(金融企業117社、非金融企業1,028社)です(2022年3月末時点)。
[4] 2021年3月期の有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示状況は、非金融企業が10%(1,036社中102社)、金融企業が24%(117社中28社)でした。2022年3月期の有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示状況は、非金融企業が35%(1,028社中360社)、金融企業が51%(117社中60社)でした。
[5] 会計基準について「その他」に分類している企業は、日本基準および「建設業法施行規則」に準じて有価証券報告書を作成している企業1社です。