シリーズ:TCFD開示に向けたビジネスにおける気候変動リスクと機会の理解

2020-10-06

第3回:エネルギーセクター


化石燃料の燃焼(電気や熱の生産、交通・運輸の動力源)は、温室効果ガス(GHG)総排出量の3分の2を担うと言われており、2050年までのネット・ゼロ社会*1の実現に向けては、エネルギーセクター(電力ユーティリティ、石油・石炭・ガス)の変革ができるかどうかが鍵を握っていると考えられます*2

今回は「TCFD対応の現状とハイリスクセクターにおける気候リスク・機会の概要」で紹介した、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が定義する気候関連のハイリスクセクターのうちエネルギーセクターを取り上げ、具体的なリスクやビジネス機会と当該セクター企業へのインパクト、対応の方向性について整理します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の見解であり、所属する組織を代表するものではない旨をあらかじめお断りしておきます。

エネルギーセクターのリスク・機会

エネルギーセクターは前述の通り、GHG排出量が多いことから、気候関連政策の強化や投資家・消費者の嗜好の急速な変化といった移行リスクにさらされています。PwCあらたが実施したエネルギーセクターのシナリオ分析*3によると、パリ協定で合意された2℃目標達成のシナリオでは、再生可能エネルギーへの急速な移行により、現在、化石燃料への依存度の高い電力ユーティリティ企業は、売上高減少と設備投資規模の拡大といった財務影響にさらされることが明らかになりました。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のために行われた世界的なロックダウンにより、輸送セクターの石油需要が変化したり、再生可能エネルギー利用を推進するEUやその他の国々におけるグリーン・リカバリー方針が掲げられたりしている状況です。これにより、エネルギーセクターの企業は、政府や投資家、その他のステークホルダーからのますます高まる要請により、エネルギー転換方針の検討を余儀なくされると考えられます。このようなリスクがある反面、再生可能エネルギー、水素エネルギー、バイオマス、二酸化炭素回収・貯留(CCS:Carbon Capture and Storage)関連技術の活用などが、エネルギーセクターに新たな機会を提供すると予想されます。

エネルギーセクターには、気候変動関連の移行リスクに加えて、重大な物理的リスクが数多く存在することは明らかです。例えば、熱波による発電・送電インフラへの負担の増加、豪雨による水力発電所へのダメージ、干ばつに伴う森林火災を起因とする停電など、ユーティリティ企業がさらされている物理的リスクが各地域で顕在化し始めています。エネルギーセクターの企業は、気候変動が事業活動に及ぼす影響を理解し、事業へのマイナスの影響をどのように低減するか、具体的な検討を早急に始める必要があります。

移行リスク・ 機会

移行リスク・機会

本シリーズの第1回で説明したように、企業が直面する移行リスクには、法規制リスク、技術・市場リスク、評判リスクが含まれます。エネルギーセクターにおける各リスクの内容を見てみましょう。

法規制リスク

炭素価格メカニズム、すなわち炭素税の導入や排出量取引制度への移行は、エネルギー関連企業にとって大きなリスクです。これにより、「炭素集約的な資産や企業への投融資が、高いリスクを伴う可能性がある」という議論が、投資家の間で巻き起こっています。いくつかの国では脱石炭に向けて着実に移行が進んでいます。例えば欧州(ベルギー、オーストリア、スウェーデン)では、住宅用暖房や発電のための石炭利用が停止されました*4。さらに7つのEU加盟国が、2025年までに石炭の使用を終了する予定です。欧州における脱石炭の動きは、炭素集約型資産を保有する企業およびその投資家の将来に大きなリスクをもたらしており、そのリスク対策を実施している企業数は増加しています。

国際エネルギー機関(IEA:International Energy Agency)によると、2℃シナリオ*2では、石炭採掘関連企業は化石燃料埋蔵量の半分以上を座礁資産として償却しなければならなくなり、電力ユーティリティ関連企業は約1700GWの化石燃料発電設備を、予定されていた寿命期限より早く停止する必要があります*5。また、石油の埋蔵量の約30%が座礁資産化し、埋蔵量上位13の国際石油企業の企業価値の合計が、6分の1以上(約3,600億ドル)低下するとも予想されています。さらに、1.5℃シナリオ*2の場合では、発電における石炭の使用量はグローバルで80%減少し、座礁化される石油埋蔵量の価値はおよそ8,900億ドルになると予想されています*6

技術リスク

エネルギーセクターの投資回収期間の長さを踏まえると、エネルギー関連企業は、2040年以降のエネルギー需要を見越した技術投資判断をまさに今、下すことが求められていると言えます。エネルギー関連企業にとっての技術リスクには、タイムリーな新エネルギー技術の導入失敗から生じる競争力低下や、短期業績に過度に影響を与える過大な設備投資などが含まれます。エネルギー関連企業は、安定的なエネルギー供給と炭素排出量削減を同時に要請されており、短期的リターンと長期的な社会的操業許可(Social License to Operate)の維持を両立させなければいけないという課題に直面しているのです。

いくつかのエネルギー企業は、ネット・ゼロ社会づくりに向けて、既に多くの技術投資を行っています。多く見られるのは、炭素回収・貯留技術の導入、油田やガス田から発生するフレアガスの削減、メタン排出削減への取り組み、上流事業や液化天然ガス(LNG)開発への再生可能エネルギーと低炭素電力の導入により自社のスコープ1とスコープ2の排出量削減を行うケースです。最も先進的な企業では、さらに、製品の使用から生じるスコープ3の排出量も含めたネット・ゼロ化に取り組み、水素、バイオ燃料、太陽光、風力などの再生可能エネルギーの事業拡大を図っています。

また、自社で技術開発する以外に、新技術を有する企業の買収も考えられます。例えば、ある石油・ガス関連企業は、コンクリート生産時のカーボン・フットプリントを削減する技術を開発した企業を買収しています。このように戦略的に技術投資を行い、社会のエネルギー移行に対する要請に上手に応えることができれば、リスクではなく機会創出につなげられる可能性があります。

評判リスク・訴訟リスク

評判リスクの一例として、化石燃料関連の事業からの投資資金の引き揚げがあります。2014年から2018年の間に、化石燃料事業へ投資の引き揚げ金額は520億ドルから6兆ドル超と実に120倍になりました*7。化石燃料事業は今後、資金調達が困難になることが想定され、化石燃料事業の割合が大きいエネルギー関連企業は、資金調達コストの増加にも留意が必要です。

評判リスクは訴訟リスクとも密接に関係しています。気候関連の移行リスクに対する考慮不足を理由として、エネルギー関連企業が訴えられるケースが増加しています。例えば、ある石油企業は、環境主義者や人権擁護団体によって訴訟を起こされ、企業活動の一部の停止およびGHG排出量の削減などを要求されました。このような訴訟は、ステークホルダーからの評判を損なう可能性があり、将来的な収益性や市場シェアにも影響を与えると考えられます。

物理的リスク・機会

エネルギーセクターにとっては移行リスクの影響は甚大ですが、物理的リスクも無視することはできません。近年大幅に増加している異常気象により、エネルギー関連企業の事業に影響を与えるケースが出始めています。例えば、米国で近年発生した山火事の原因の一つとして電力ユーティリティ企業の送配電からの出火が挙げられ、高額な賠償金や罰金を請求されました。その結果、当該企業は経営破綻に追い込まれました。山火事の直接のきっかけは送配電の不具合であるとしても、元々の原因は異常的な猛暑や乾燥にあると考えられるため、当該企業は「気候変動による最初の犠牲者」になったとの声が少なくありませんでした。

さらに2020年、カリフォルニア州では厳しい熱波で電力供給が能力の限界に近づき、一部地域では大規模な計画停電も起きています。こういった計画停電は、電力ユーティリティ自体の収益性に影響を与えるだけでなく、停電対象となったオフィスビルや公共施設の機能を損ないます。

異常気象の頻度が増え、強度も高まっていく前提に立てば、このような物理的リスクを把握し、計画的に対処していくことが重要です。実際にこのような対応を行っている企業も存在します。例えば、米国フロリダ州の電力ユーティリティ企業は、ハリケーンによる自然災害の教訓を生かし、山火事が起こりやすい地域での送電線に対する対処を行っています。数十億ドルを投資し、出火により山火事の原因となり得る、20万キロメートルを超える送電線沿いの植物を撤去すると共に、約500万個のスマートメーターと6.5万個以上のインテリジェントデバイスを設置することで、停電予測の精度を高め、停電を未然に防ぎ、停電しても復旧しやすい仕組みを構築しました。

上述の通り、エネルギー関連企業は移行リスクの影響を大きく受けると共に、物理的リスクの影響も無視できません。将来の気候変動リスクを、シナリオ分析などを通じて適切に把握して、リスク低減のための計画的な投資を検討することが必要です。リスクに対する適切な対処ができれば、社会全体のエネルギー移行により生み出される新しい事業機会をつかむことも可能になるのです。

注記

*1:世界の平均的気温上昇を産業革命以前の1.5℃に抑えるために差し引き後のGHG排出量がゼロとする経済・社会システムを示します。ネット・ゼロ社会の実現により、気候変動による最も壊滅的な影響を避けることができます。

*2:International Energy Agency, ’Climate change The energy sector is central to efforts to combat climate change’ (2020年9月24日閲覧)[English]

*3:シナリオ分析とは、地球温暖化や気候変動そのものの影響や、気候変動に関する長期的な政策動向による事業環境の変化等にはどのようなものがあるかを予想し、そうした変化が自社の事業や経営にどのような影響を及ぼしうるかを検討するための手法です(環境省, 2018, 「戦略 (シナリオ分析)」[PDF 1,949KB])。

シナリオ分析に一般的に使われているシナリオ種類は、世紀末の気温上昇が1.5℃に抑えられる1.5℃シナリオ(ネット・ゼロ社会の実現に向けた法規制の強化や積極的な技術進展が予想されているシナリオ)、2℃シナリオ(パリ協定で定められた目標への達成に向けた、1.5℃シナリオより若干緩めの法規制の導入と技術進展が予想されているシナリオ)および気温上昇が3℃程度以上になり、異常気象の頻度と強度が高くなる「成り行き(Business-as-Usual)」シナリオです。

今回のシナリオ分析はPwCあらたが複数企業を対象に行ったものであり、内容は公開していません。

*4:GOOD NEWS NETWORK, 2020. ’In One Week, Both Sweden and Austria Celebrated the Closing of Their Last Coal Plants’ [English]

*5:Carbon Brief, 2017. ‘IEA: World can reach ‘net zero’ emissions by 2060 to meet Paris climate goals’ [English]

*6:Carbon Tracker, 2020. ’Coal developers risk $600 billion as renewables outcompete worldwide’ [English]

*7:Yossi Cadan - 350.org, Ahmed Mokgopo - 350.org, Clara Vondrich – Divest Invest, 2019. ‘11 Trillion and Counting’[English][PDF 2,871KB]

執筆者

アナスタシア ミロビドワ

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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