
第10回◆業界や国の垣根を越えたプロフェッショナルの連携が半導体業界に新たな変革をもたらす
PwC Japanグループは業界横断で半導体事業の課題解決を支援する「組織横断型イニシアチブ」を立ち上げました。その取り組み内容と、これから目指す半導体業界の未来像について、キーパーソンに話を聞きました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 寺田 浩之
スマートフォンやEV(電気自動車)の普及により、充電可能な電池(二次電池、いわゆるバッテリー)がより身近で、なくてはならないものになりました。高い需要が牽引する市場の成長性は非常に高く、業界内ではより高性能な電池の開発競争が行われ、成長市場でのシェア獲得を目指すスタートアップの参入も世界中で増えています。このような市場を勝ち抜くためにはどのような戦略が必要なのでしょうか。PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)のディレクターの寺田浩之に、アソシエイトの黄文婷がインタビューしました。
登場者
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
寺田 浩之
インタビュアー
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト
黄 文婷
黄:
寺田さんは、外資系の大手コンサルティングファームや国内大手SIerのコンサルティング部門にて20年以上のコンサルティング経験を持っています。これまでどのようなプロジェクトに携わってきたのですか。
寺田:
業務改革やDX化構想策定のコンサルティング、新規事業開発など、大手製造企業やハイテク企業の事業改革プロジェクトの支援に携わってきました。現在のコンサルティング活動も業務改革、DX、AIが主な支援領域で、大手企業に向けたDX推進、事業戦略策定、技術戦略策定、事業開発の支援などを行っています。DXによるトップラインの向上やコスト削減と環境対策を同時に行う複雑なテーマの案件を今も抱えています。
黄:
EV(電気自動車)やスマートフォンなどの普及に伴い、充電可能な二次電池業界が成長を続けています。二次電池のニーズの変化についてどのように見ていますか。
寺田:
EV化やHV(ハイブリッド自動車)化に伴い、車載用のニーズは引き続き増加傾向にあります。一方で、災害時のバックアップや太陽光などによるクリーンエネルギーの利活用による定置用のニーズも高い成長率で伸びています。
黄:
スマートフォンを日常的に充電している一方で、実は二次電池についてはよく知らない部分もあります。昨今の二次電池市場ではどのような能力が求められているのでしょうか。
寺田:
乾電池などのように使い切りを前提とする電池(一次電池)に対して、充電、蓄電、リサイクルが可能な電池が二次電池です。その種類は大きく3つに分けることができます。
1つは鉛蓄電池です。これは電極に資源の豊富な鉛を使っている点が特徴で、自動車のバッテリーなどとして使われています。
2つ目はアルカリ蓄電池です。これは正極(+)と負極(-)に使う素材により、ニッカド(ニッケルカドミウム)電池やニッケル水素電池があります。ニッカド電池は、カドミウムの環境問題から需要は減少基調にあります。ニッケル水素電池は、安全性も高いため電子部品やHV(ハイブリッド車)などに使用されていましたが、近年は3つ目のリチウムイオンに移行が進んでいます。
3つ目は、リチウムイオン電池です。これは、重量エネルギー密度が高く、経済的に有利ということが特長です。つまり、従来の二次電池と比較すると小さく、軽く、それでいて多くのエネルギーを貯めることができるため、二次電池市場の中で最も需要が伸びています。
黄:
リチウムイオン電池はニュースなどでもよく耳にします。重量エネルギー密度が高いためスマートフォンやEVなどのニーズが高まっているわけですね。
寺田:
そうですね。重量エネルギー密度が高くなるほど、車は小型化でき、遠くまで走れるようになります。市場の成長性も大きく、経済産業省の生産動態統計によると、2022年の二次電池の生産額は約1.1兆円で、その約6割をリチウムイオン電池が占めました。
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト 黄 文婷
黄:
二次電池は、社会においてますます重要な役割を果たすことが期待されています。現在の用途に加えて、将来的な活用法を考えると、可能性はさらに広がるのでしょうか。
寺田:
そうですね。例えば、自動車の緊急時や通常の住宅での電力利用に車載電池を活用することが挙げられます。これにより、従来のエネルギーシステムに変革をもたらし、エネルギーの貯蔵と供給の安定性を向上させることが期待されます。
黄:
このような応用を実現するには、単にハードウェアとしての電池だけではなく、バッテリーマネジメントソリューションなどのソフトウェア技術も不可欠になってくるのではないでしょうか。
寺田:
そのとおりです。さらに、電池のサービス化に向けては、ソフトウェア技術との統合がますます重要になってきます。電力の効率的な管理や制御、遠隔監視、そしてエネルギーの最適化など、これらの機能はハードウェアとソフトウェアの連携によって実現されます。
黄:
そのような動向を考えると、将来の二次電池の用途はさらに多様化しますし、それに伴って新たな技術やサービスが生まれる可能性がありますね。
寺田:
そうですね。そのため、二次電池の研究と開発においては、ハードウェアとソフトウェアの両方の側面を注視し、それらを統合することにより新たな価値創造が期待できるでしょう。
黄:
市場にはどのようなプレーヤーがいるのでしょうか。
寺田:
電池は、正極に使う正極材、負極に使う負極材、その間を埋める電解質、そして正極と負極の接触を防ぐセパレータで構成されるシンプルな構造です。そして、電池材料ごとに一定数の大手メーカーが存在しています。
二次電池のユーザーである自動車メーカーにとっては高性能の電池を安定的に、かつ少しでも安価に調達することが重要です。言い換えれば、自動車自体の重量や性能に大きなインパクトがあるので、自動車メーカーと電池メーカーが合弁会社を作ったり、自動車メーカーが電池メーカーに投資したりする取り組みも行われています。
黄:
材料の安定的な調達と供給がリチウムイオン電池の普及に向けた課題なのですね。
寺田:
そうですね。リチウムイオン電池の生産コストは原材料が大きく、特に正極材はレアメタルを使います。レアメタルの中でも特にコバルトは、一部の地域でしか調達できないためコスト増につながっています。安定調達のためにはそれら地域の地政学リスクも考慮する必要があります。
このような背景から、電池メーカーなどは材料の調達ネットワークを強化するとともに、新たな素材開発により、コバルトの使用量を減らすための研究も進めています。コスト面ではマンガン系やリン酸鉄系が優れていますが、材料としての特性はコバルトに劣ります。資源が豊富なナトリウムイオンの活用や、電池のリサイクル技術の確立も重視されています。
黄:
他にはどのような課題がありますか。
寺田:
まずはエネルギー密度とコストの課題です。電池の構造は非常にシンプルな分、大容量かつ小型で高いエネルギー密度を持つ電池を低コストで生産するための技術開発競争が熾烈です。
次に、安全性の問題です。二次電池は高温、物理的なダメージ、不適切な充電などによって発火するリスクがあります。過去には電池の発火による事故もあり、開発面では安全性の向上が引き続き大きなテーマです。
さらに、電池は重金属を使用するため、サステナビリティの観点から、環境への影響を抑えることや、生産現場で働く人たちの安全性確保や人権保護なども課題です。将来的な取り組みとして重金属の使用量を減らす取り組みも求められます。
黄:
二次電池業界の各企業に向けて、PwCコンサルティングはどのような支援ができますか。
寺田:
二次電池業界で成長していくためには、先ほどお話ししたとおり、技術的な課題への対応(技術革新)が必要です。その点、PwCは技術戦略の立案をデータドリブンで支援することができます。
二次電池は成長市場であり、将来的にさまざまな技術が用いられます。しかし、その全てを自社リソースで研究開発することは現実的ではありません。「成長可能性が高い技術は何か」「自社の技術と親和性があり補完できる技術は何か」「その技術を獲得するためにはどのような技術をもつ企業と組めば良いか」といった視点で市場を分析しながら、競合他社に勝つための技術戦略を効率的かつ効果的に考える必要があります。
黄:
技術戦略について教えてください。企業が立案する戦略には、経営戦略をはじめ、人事戦略、財務戦略、営業戦略などさまざまな戦略がありますが、それらとはどのような違いがあるのでしょうか。
寺田:
技術戦略とは、「リソースを投じる技術の選別」「既存技術の応用や新技術との組み合わせ」「価値ある技術を持つ企業とのアライアンス」「特許などによる知的化」などによって、技術の観点から企業価値を高め、市場内での競争力を高めていくための戦略です。従来、この戦略立案には膨大な時間と手間がかかっていました。新たな技術領域を調査したり、その優劣を分析したり、連携する企業を探したり評価したりすることにとても多くの時間を費やしていたわけです。
黄:
PwCコンサルティングでは、それをテクノロジー活用によって効率化、高速化するわけですね。
寺田:
そうです。私たちは、技術情報(特許情報)とそれら技術への投資情報(技術市場情報)をデータベース化しています。また、独自のアルゴリズムで分析・クラスタリング・評価(数値化)などが行えるAIエンジンを開発しました(Intelligent Business Analytics®)。そしてこのAIエンジンによる分析を踏まえた技術戦略コンサルティングサービスの提供を開始しています。また、このAIエンジンをSaaS的に利用できるサービスも提供しています。特許情報を収集して提供するコンサルティングファームは他にもありますが、投資情報と合わせて技術戦略の立案、実行を支援する点が私たちのサービスの特長です。
黄:
AIが分析した情報を生かすことで技術戦略の精度を高め、高速化を図ることができるのですね。
寺田:
はい。このサービスでは「技術的に優れているか」「市場性があるか」といった観点でAIが技術性や市場性を数値化し、AIエンジンを使うことでそれらのリソースを大幅に抑えることができます。また、技術と市場について客観的な分析と評価ができ、その情報を踏まえつつ戦略を立案することができます。戦略立案については、人ならではの発想力や経験値が生きる領域であり、人にしかできない部分でもあります。AIを用いることで、人が人にしかできない領域にリソースを使えるようになります。
黄:
AIと人の分業ということですね。
技術戦略の支援ではPwCコンサルティングにはどのような特長がありますか。もう少し詳しく教えてください。
寺田:
私たちが提案する技術戦略の1つに「知財のオープン&クローズ戦略の立案」があります。これは、適切な知財や技術を、適切な相手に、適切なタイミングでオープンにする、またはクローズ化することで、技術的な観点で市場内での優位性獲得を図る戦略です。自社陣営のエコシステムを構築し、より強固にしつつ、競合陣営のエコシステムの弱体化を狙い、競争優位を築く戦略です。
図表3を使ってもう少し具体的にお話しします。まず、自社が持つ技術を補強、または補完するアライアンス先を検討します(図表3❶)。新たに獲得した技術を基に自社の技術の領域を広げ、または自社技術との組み合わせることによって応用的な技術を開発し、短期間で市場における技術力の差別化を図ります(図表3❷)。ここまでは従来から多くの企業が行っている一般的なクローズ戦略です。図表3を使ってもう少し具体的にお話しします。図表3を使ってもう少し具体的にお話しします。
次に、自社が持つ技術を他社に公開(図表3❸)すると同時に、公開相手の企業から技術・権利を取り込むことによって他社と自社のアライアンスの技術領域を広げます(図表3❹)。これは一般的なオープン戦略ですが、ここまでで終わっている企業も多いと思います。
重要なのはその次です。アライアンス企業との新たな自社陣営のエコシステムを構築しながら、競合陣営の中核的な技術、つまり競合のエコシステムにとって差別化の根源となっている技術にフォーカスを定め、その技術(あるいは類似技術、代替技術)をオープンにすることで競合陣営のエコシステムの弱体化を狙います(図表3❺)。
黄:
自社の技術力を高めるだけでなく、市場内での競争優位性を高めるところまで見据えることが重要なのですね。
寺田:
そこに技術戦略の意義があります。市場内で差別化を図るためには、自らが技術的に尖るだけでなく、他社の尖りをなくしていくことも戦略として必要になるのです。エコシステムを構築していくために技術や市場を囲い込むだけではなく、競合陣営により囲い込まれている技術や市場を崩していく(弱体化させていく)ことを行わなければならないですし、逆に自社陣営のエコシステムを弱体化されるリスクへ備えなければなりません。そのためには技術や市場の動向を適時把握・モニタリングする仕組みが必要です。人が(特に専門性の高い人が)全てを行うことは難しいですし、非効率的です。最も優秀な人材と最も革新的なテクノロジーを融合させることで、二次電池業界の持続的な成長の実現と信頼構築を支援していきたいと考えています。
寺田 浩之
ディレクター, PwCコンサルティング合同会社
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