
テクノロジードリブンで描くビジネスの未来 アーキテクチャ視点による産業アクセラレーション【第4回 建設業におけるロボティクス活用の可能性】
建設業界では、建設DX/RXを推進していくことが課題となっています。建築生産におけるロボット社会実装における「アーキテクチャ視点」の重要性と有用性について考察します。
2023-10-31
デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)の必要性を理解し、高い興味・関心を持ちつつも、その推進にあたって課題を抱えている大企業は少なくありません。特に高い技術を武器に成長を続けてきた製造業にとっては、プロダクトアウトの思考や、高い専門性ゆえの縦割りの組織体系が障壁となり、DX推進のハードルはより高いものとなっています。
140年の歴史を誇り、技術力で勝負を続けてきた日立造船株式会社(以下、日立造船)は、2021年4月にICT推進本部にデジタル戦略企画室を新設し、同年12月に「事業DX」「企業DX」「DX基盤」の3要素を柱とした全社DX戦略を策定しました。現在もデジタル戦略企画室を中心にその実現に邁進しています。本稿では日立造船の常務執行役員ICT推進本部長の橋爪宗信氏とICT推進本部デジタル戦略企画室長の白川哲也氏、PwCコンサルティング合同会社テクノロジーアドバイザリーサービスのマネージャー木原浩と中村 栄人が日立造船のDX推進をテーマに議論し、伝統的な大手製造業におけるDX推進・実現のためのヒントを探ります。
登場者
日立造船株式会社
常務執行役員/ICT推進本部長
橋爪 宗信氏
日立造船株式会社
ICT推進本部デジタル戦略企画室長
白川 哲也氏
PwCコンサルティング合同会社
テクノロジーアドバイザリーサービス/マネージャー
木原 浩
PwCコンサルティング合同会社
テクノロジーアドバイザリーサービス/シニアアソシエイト
中村 栄人
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)白川 哲也氏、橋爪 宗信氏、木原 浩、中村 栄人
日立造船株式会社 常務執行役員/ICT推進本部長 橋爪 宗信氏
木原:
本日は日立造船のDX推進を牽引されている常務執行役員・橋爪宗信さん、ICT推進本部デジタル戦略企画室長・白川哲也さんに、同社の取り組みについてお話を伺いたいと思います。まずは、お二人のバックボーンなど含め、自己紹介をお願いできますでしょうか。
橋爪:
私はまだ大型汎用機が日本全国のITを支えていた1988年に、日本電信電話株式会社(NTT)のデータ通信事業本部に入社し、その本部がNTTの分社第1号となったNTTデータ通信株式会社となりました。新入社員1年目はデバッカー開発チームに配属され、汎用機のアプリケーション開発環境を開発する業務に従事しました。いわばプログラム開発をする人たちのための環境を整備する仕事です。アセンブラとSYSLという独特の言語プログラマーで、16進数ばかり見ていました。
入社2年目から関西支社、現NTTデータ関西に転属となり、そこから7年間にわたり法人系システムの開発に携わりました。上流から下流まで、大手企業のシステム開発を一通り経験したのがその時期です。また当時はオープン系システムが普及していくタイミングと重なりましたので、TCP/IPネットワーク、リレーショナルデータベース、サーバーOSなどの開発に携わる傍ら、NTTデータ社内の変革リーダーとして、アプリケーション開発、SEのための支援組織づくり、プロジェクトマネジメントのコンピテンシー強化の取り組みなども担当しました。
その後、子会社の社長も3年経験し、本社に戻って公共社会基盤分野で新技術の提案やトラブル・課題の火消し部隊の責任者に従事していたタイミングでご縁があり、それまでのさまざまな経験を買っていただき、日立造船のICTやデジタルを推進するポジションで入社しないかとお声がけいただきました。正式に入社したのは2018年7月です。
入社後、日立造船ではERPパッケージの全面更改に伴う円滑なデータ移行や、コロナ禍をきっかけとしたリモート体制の全社展開(それまでは在宅勤務はほとんど実施されていませんでした)、IoTの全社基盤構築で実績を残すことができ、現在は常務執行役員ICT推進本部長という立場で社内のDXを推進しています。
白川:
私はもともとITではなく海洋工学専攻で、1991年に日立造船に入社しました。その後10年間は、プラント土木建築のエンジニアとしてキャリアを積みました。プラントの土木建築では、機械・電機などのさまざまなデータが揃って初めて設計可能なのですが、現地では最初に土木工事が始まるため設計開始から着工までスパンが短いという特徴があり、スケジュールを守るためには関係部門との密な調整が必要不可欠でした。そのような環境で長らく経験を積むなかで、おのずと調整業務が身に付きました。
ITに携わるようになったのはその後です。日立造船情報システムという子会社から派生した、宿泊予約サービスが飛躍しているなかで、2匹目のドジョウを狙おうとインターネットビジネス立ち上げの機運が高まっていました。最終的に社内ベンチャーとして2つの会社が立ち上がり、私はアルバイトのマッチングサイトを企画・運営するサービスで代表取締役を9年間勤めました。振り返れば、この会社経営の経験からアジャイル的な仕事の進め方や、最終的な評価はユーザーが行うという顧客視点の考え方が身に付いたと感じています。
本社に戻った後は精密機械本部でM&Aやアライアンス業務に従事していましたが、橋爪がさきほど触れたERPパッケージ更改プロジェクトに興味を抱き、ICT推進本部に籍を移しました。プロジェクトが一段落した後に日立造船の全社的なDXの加速に向けてデジタル戦略企画室が立ち上げられることとなり、現在は室長としてDX推進に取り組んでいます。
木原:
IT黎明期から第一線で活躍されてきた橋爪さん、1つの部門でキャリア形成が主の日立造船において、社内で横断的に業務に従事されてきた白川さん、日立造船では珍しいバックグラウンドのお二人が旗振り役となりDXを推進されているとのことですが、具体的にどのような取り組みが行われているのでしょうか。
白川:
デジタル戦略企画室の立ち上げに際して与えられたミッションは、「DX戦略の策定」「人材育成」「情報収集および社内外に向けた情報発信」の3つでした。その実現に向けてまずは2021年12月に、「事業DX」「企業DX」「DX基盤」の3要素を柱としたDX戦略を策定しました。
事業DXは製品・サービスの付加価値を向上させることを目標に掲げていますが、過去の取り組み事例としては人工知能(以下、AI)によるごみ燃焼制御などが挙げられます。AIを活用して焼却施設の過熱蒸気の最適温度帯をリアルタイムで予測し制御動作を先行的に行うことで、蒸気温度の低下による発電ロスを最小限に抑えるというものです。
業務効率化や生産性向上、ひいては働き方改革の実現を目標とする企業DXでは、生成AIの活用促進や講演会などを企画・実施しています。また、DX基盤を整備するための取り組み事例としては、「EVOLIoT」(エヴォリオット)の開発があります。こちらは製品や施設から送られてきたデータを、セキュリティを担保しつつ収集・可視化・分析する独自のIoTセキュアプラットフォームです。事業部門がバラバラでIoT開発するのではなく、同じ基盤上でアーキテクチャーを揃えることで、開発委託コストを削減しつつ、ITを利益の源泉にするための基盤であり、予防保全など付加価値の高いサービスを開発するため活用されています。
2022年には経済産業省が定める「DX認定事業者」の認定も取得しており、対外発信としては投資家、IT人材、学生向けに「Hitz DX」という特設ウェブサイトを企画・公開しています。
木原:
日立造船は創業から143年目を迎える現在でも、売上が順調に伸びています。そのような歴史・状況のなかでDXを推進する意義について、橋爪さんはどうお考えでしょうか。
橋爪:
日立造船はものづくりとエンジニアリングに強みがあり、技術立社として技術に誇りを持っている会社です。その技術とは昔ながらの製造業の技術であり、燃焼、溶接、鉄鋼、プラント技術、触媒、化学系などに関してはとても得意です。一方で、ITに関しては自信を持って言い切れるほど得意ではありませんでした。言い換えれば、ITが価値の源泉でなくコストとしてのしかかっていて、放置しておけばそのスタイルはそのまま変わらなかったはずです。
ITはこの30~40年でものすごく進化してきました。クラウドや生成AIが登場し、コンピューターのパワー、スピード、ネットワークはさらに指数関数的に伸びていくことでしょう。全てのモノにデジタルが組み込まれていく時代となりましたが、私はその力を上手く使いこなせないと製造業は立ち行かくなると前職の頃から思っていました。
「製造業はいつまで製造するのか」。私たちは根源的にそう問うていくべきです。個人的には世界的なIT企業もいつか必ず自動車をつくるようになると思います。IT企業がユーザーと密着するエリアまで進出するなか、はっと気づくと製造業はどんどん衰退している。そんな未来は十分に想像できます。
幸いなことに、現在、日立造船は環境・脱炭素、SDGsなどに関する課題を解決する会社として着目されています。メイン事業に対しては非常に良い追い風が吹いていると言えるでしょう。しかし、その追い風がなかったら低迷していたという可能性も拭えません。30年後、50年後の製造業、そして日立造船の未来を考えた際、生き残りと新しい変化のためにもDXは欠かせないのです。また、当社は来年2024年10月に社名変更を予定しています。Kanadevia(カナデビア)という新社名には調和をもって美しく「奏でる」という日本語と切り拓く「道」というラテン語が融合されています。ICT・デジタルもこの奏でる要素(パート)として未来への道を創っていきたいと考えています。
木原:
白川さんは実際にデジタル戦略企画室でDXを推進するにあたり、日本の伝統的な製造業における課題・難所はどこにあると感じられていますか。
白川:
市場で長年にわたり生き残ってきた製造業は技術を強みとしていることが多く、結果としてプロダクトアウトの考え方が強く根付いていることが多いと思います。しかし昨今では顧客ニーズが多様化し、市場も急激に変化しています。このような中で、従来のプロダクトアウト思考からマーケットインへのマインド変革が必要と考えています。
特にDXには徹底的な顧客視点で顧客ニーズや困りごとを定義し、解決するためのアイデアを創出することが求められます。アイデアを継続的に生み出し続けるための人材育成や文化の変革が、DX推進のカギになると考えています。
なお当社では顧客視点を習得するため、「デザインシンキング」を中心としたアプローチを重要視し、その教育を軸としたDX人材の研修プログラムである「DXリーダー研修」を2021年から開始しました。2025年度までに、ミドルマネジメント層を中心に500人のDX人材を育成することをKPIとして掲げています。
DXリーダー研修はPwCコンサルティングの皆様にも支援いただいていますが、参加者の意識面での課題がまだまだ残されていると感じています。というのも、DXリーダー研修は単なる学びの場であると捉えられており、どう事業に直結させていくかという視点が不足しているのです。
研修内容と本業を結びつけていく思考の在り方も底上げしていきたいです。
日立造船株式会社 ICT推進本部デジタル戦略企画室長 白川 哲也氏
木原:
一緒にお仕事させていただいているなかで、私も当事者意識の獲得や、研修後のモチベーション維持には難しさがあると感じています。おそらく同じ悩みを抱えている企業は少なくないと思いますが、課題を乗り越えていくために意識されているポイントはありますか。
白川:
当社も縦割り意識が強い傾向がありますが、このような社風だとDXのような取り組みや成果が他部署にうまく展開されないケースが多いと思います。私たちも試行錯誤しながら進めている状態ですが、文化の醸成が重要なカギだと考えています。
実際にDXリーダー研修を通じて交流するなかで、他の事業部のメンバーと初めて話した、もしくは社内で保有している技術を知ったという声もよく耳にします。そこで当社ではDXリーダー同士でアイデアを創出、具体化し、コミュニケーションやコラボレーションを促進するため、社内横断型DX推進コミュニティを設置し、部署間の連携強化を図っています。いずれそれらの施策の積み重ねから、さまざまな気付きや新しいアイデアが生まれてくるはずです。デザインシンキングでの発想を経験した人材がプロダクト的な視点を脱し、顧客視点を獲得する。その点と点を線としてつないでいけば、いずれ新たな文化を醸成していけるのではないかと考えています。
中村:
確かにDXリーダー研修のなかでそれぞれの人材が互いを理解するという機会は増えていますね。橋爪さんは研修が一過性のものにならないため、どのような仕掛けを講じていくべきだとお考えですか。
橋爪:
日立造船は技術やプロダクトに対する投資は頑張ってやってきました。そのため結果的に人は育っていますが、もう少し人に先にフォーカスして育てていくことにも注力していくべきでしょう。
現在、人的資本経営という文脈のなかで、社員の働きがいやモチベーション、エンゲージメントを高めていくことが全ての企業の共通した課題となっています。日立造船にとっても、全社的にプロフェッショナルなスキルを棚卸して、職員個々の専門能力を可視化・認定しながら、人事・配置・処遇していく仕組みづくりが求められるでしょう。そうしないと職員が他社に流出していくリスクも高まります。
私はその全社的な変革の流れを上手く活用して、DX人材も育成・評価していく枠組みをしっかりつくるべきだと思います。人や個人にフォーカスされた教育・評価制度が全社的に確立されていけば、縦割り意識や部署ごとの優劣という意識も薄まり、結果としてDX人材が育つ土壌となっていくでしょう。
ただし、その取り組みは長期戦になると覚悟しています。DXリーダー研修はマーケットインやデザインシンキング優先で、4年プログラムで実施しています。その後はスキル認定制度など人を育てることにフォーカスした施策に関しても戦略を立てて、どんどん展開していきたいです。
木原:
DXリーダー研修に関して現在の成果についてどう評価されていますか。また今後の目標についても教えてください。
白川:
研修やDX推進コミュニティを通じて、互いに社内に相談のパイプや人脈が構築できつつあるというのは成果の1つです。今後も「研修が終わってからがスタート」だという意識を喚起することを忘れず、参加者のモチベーションを継続的に高めていきたいです。
またアイデアを具現化する過程では、課題をひとつひとつクリアしていくための「やりきる力」(GRIT)も重要です。各職場のDXリーダーが率先垂範しながら、DXをやりきる企業文化の醸成も進めていきたいです。
木原:
最後に支援させていただいている私たちPwCコンサルティングに期待することなど、叱咤激励も含めてお伺いできればと思います。
白川:
私はもともとコンサルタントがそれほど好きではありませんでした。クライアント(担当者)の意向を、上申のために見栄えの良い資料をつくるだけの仕事、というイメージが強かったからです。
しかしPwCコンサルティングの皆様とお付き合いする過程で、そうではないと知ることができました。私たちの意向を汲んだ上で、「違うことは違う」「こうあるべきでは」と指摘や気付きを与えてくれます。そして報酬を度外視した「クライアントの役に立ちたい」という熱い想いをひしひしと感じています。
デジタル戦略企画室は事業環境の変化を先読みし、数年先を見据え日立造船のDXをリードしていくことがミッションです。
PwCコンサルティングにはそのミッションを実現するためのパートナーとして、デジタル・ビジネス両面でNext Oneを意識したリードを期待しています。
なお私個人的には木原さんたちはデジタル戦略企画室の一員だと思っています。日立造船のオフィスにはPwCコンサルティングのプロジェクトルームも用意して活用いただいていますが、これが永続的にある状態だとうれしいですね。
橋爪:
日本のITはSIerが主軸となり、大きなシステムを担ってきました。良い面もありますが、それゆえ事業会社の中のIT人材が弱体化してきたのも事実です。日立造船に入社後、その事実を改めて痛感しています。
私たちはDXの方向性を見定めていますが、その取り組みは非常に多岐にわたるため、全て自前で進めるのは極めて難しいです。外部の協力なしに具体的に実行する力もありません。今後も多くの外部企業と連携して事業を展開していくことになるでしょう。ただこれまでのように、散発的に見積もりを取りながら事業者を選ぶというようなスタイルは変えていきたいです。そして10年、20年とご一緒できるパートナーをできるだけ選んで、互いにウィンウィンになれる関係性を構築していきたいです。
一方、ICT推進本部として、自分たちでできることも増やしていかなければなりません。日立造船全体のデジタルスキルの底上げもサポートいただきながら、PwCコンサルティングの皆さんの成長にもつながる。そんな「Give and Give」の関係性を築きたいと考えています。
木原:
中長期的なパートナーとして互いに与え合おうという言葉には背筋が伸びる思いです。今後も、日立造船の強みや事業を一緒に構築していく気持ちで支援させていただければうれしいです。本日はありがとうございました。
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