
テレコム業界が大きな変革期を迎えています。通信事業大手は、主力事業である通信インフラを盤石なものにすることを求められる一方で、通信市場そのものは飽和状態に近づき、非通信の新たな市場への進出と、その中で競争力のある事業創出へのチャレンジが求められるようになりました。
事業環境の不確実性が増していることを踏まえPwCコンサルティングのテレコム(通信事業)チームは非通信サービスのトランスフォーメーションに注力しています。第1回のサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)・グリーントランスフォーメーション(GX)領域の新規事業創出の支援に続き、本稿では、テレコム業界の企業にとってグループの経済圏の覇権を争う中核となる「通信×金融決済」領域の事業サポートを担うキーパーソンが、本領域の現状と今後の方向性について語りました。
(左から)山下 徹、岡田 太郎
▼プロフィール
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
山下 徹
聞き手(ナビゲーター)
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
岡田 太郎
岡田:
テレコム業界は、「つながる」ことが前提のデジタル社会の発展を支える重要なインフラです。とくに大手通信事業者は、平時と非常時を問わず、どのような場所においてもつながる安心・安全のインフラであり続けることが求められています。しかし、ARPU(Average Revenue Per User:1ユーザーあたりの平均売上指標)軸での回線収益の市場は飽和状態にあります。政府による通信料金の引き下げという背景もあり、通信事業者は大手を中心に金融・ライフスタイル分野などの非通信領域で新たな事業と付加価値の創出に取り組むようになりました。
山下:
非常に大きな変革期だと思っています。特に近年はスマホの普及によって通信インフラを活用するサービスが拡大しています。スマホは通話のためのツールというよりも、コンテンツやeコマースを利用するためのデバイスとして活躍しています。生活の質を向上させるという点でも、非通信領域の事業は重要性が一層高まっています。
岡田:
テレコムチームは、情報通信業界に特化した企業価値創造のチームとしてクライアントを支援しています。その中で、山下さんは「通信×金融決済」をテーマとした領域で事業創出とビジネスモデルの変革を支援していますね。
山下:
私はこれまでクライアントの業務改革や情報システム戦略策定、細かなデータマッピングや会計帳簿との連携などシステム基盤構想に関わってきました。その過程で、自分の強みを生かすコンサルティングの軸を持ちたいと考え、目を向けたのが「通信×金融決済」でした。変革期を迎えているこの業界のトランスフォーメーションに貢献したいという考えからです。またPwC Japanグループは、総力をあげてこの分野に特化した取り組みをリードしているため、専門性を高め、力を発揮したいと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 山下 徹
岡田:
通信事業者が手がける非通信の方向性はいくつかありますが今回のテーマである金融決済は最も注目されている領域の1つです。「ポイント経済圏」や「キャッシュレス」といった大きなアジェンダの中で「通信×金融決済」はその全体の流れを変えられるインパクトを持っています。キャッシュレスの波についてはコロナ禍が明け、第2波・3波が来ています。金融事業者以外が自社サービス内に迅速に金融サービスを構築できるエンベデッドファイナンス(組込型金融)の枠組みで、どんどん事業参入も増えていますし、B2B決済にもキャッシュレス決済が多く活用され始めています。消費者市場側も、すでに電子決済利用率や、それにひもづく各社のポイントサービスの需要がはっきりと伸びていますね。
山下:
はい。通信と金融決済は、いずれもスマホを介したサービスの需要が大きいという点で親和性が高いといえます。通信事業者はそれぞれ自社の通信サービスを通じて顧客基盤とネットワークを構築しているため、つながる先とつながる手段を持っていることは、新しい事業を創出していく際の優位性といえます。
岡田:
そうですね。まさに安心・安全で築いた強大な顧客基盤が優位性の源泉ですね。これまでのさまざまな案件の経験を通じて、通信事業者による金融決済事業の拡充にはどのような課題があると感じますか。
山下:
大きな課題は2つです。1つは、決済に伴うポイントなどを通じた自社の経済圏でさらなる拡大ができるかです。B to C向けの決済サービスを例にすると、すでに世の中では「●●Pay」を冠するサービスを通じたユーザー獲得競争がスタートしています。この市場でさらに新しい需要を獲得することが通信事業者の市場シェア拡大につながります。
2つ目は、新しいテクノロジーの活用による新しいユーザー体験の創出です。技術の例としては、AI、生成AI、6G、Web3.0、メタバースなどがあり、これら最先端技術のサービスの実装や、技術を活かしたサービス開発などが重要です。
岡田:
新しい顧客体験を創出するレベルのテクノロジー導入は、事業者側にとってケイパビリティの獲得やコストなどの負担増になる可能性がありますね。現在スマホはQRコード、非接触決済の双方が主流、ウエアラブル端末は非接触決済のほぼ一択となりますし、基盤レベルで顧客体験を一新してUI/UXに向き合わなければ「新しい感」は出ないですね。
山下:
そうですね。ただ、アイデアや使い方によっては切り込めると思います。例えば、アプリやサービスなどの利用状況をAIで分析・スコアリングし、そのデータを活用しながら非通信領域の事業創出を加速させることもできます。そのような未来を見据えたシステムへの投資も活性化しています。
岡田:
テクノロジーと金融の掛け合わせ、つまりフィンテックとしての分野は、日本は欧米諸国に比べて後れているのが現状です。
山下:
後れに関しては、キャッシュレス決済の領域は顕著です。キャッシュレス決済は、QRコードなどバーコード決済やICチップなどの電子データで決済する非接触決済が急成長していますが、日本は米国などと比べて消費者も店舗も現金主義が多く、インフラ面では決済に必要な機器類が普及してこなかったことが理由の1つですね。
岡田:
やはりそれが大きく変わったのが2020年からのコロナ禍ですね。現金のやり取りを通じた接触を避けるためにクレジットカードはもちろん、端末でのQRコードや非接触型の決済需要が急増しました。データを見ても、キャッシュレス普及率が高い東京都は、コロナ禍以前の普及率は20%台でしたが、2023年には60%近くにまで急増しています(図表1)。ただ、海外と比べると、この水準でもまだ低いといえます。
図表1:都内キャッシュレス決済比率の推移(金額ベース)
出所:東京都「2023年度都内キャッシュレス決済比率に関する調査結果」よりPwC作成
山下:
それぞれの決済手段には普及の歴史にも差があります。非接触決済は、2000年代初めからICカード乗車券が各地の交通機関で利用されるようになり、その後、電子マネーが大手コンビニなどで導入されました。これはNFC(近距離無線通信)などの無線技術を使って決済情報を暗号化して安全にやり取りするものです。一方のバーコード決済は、スマホの保有率が半数を超えた2010年代後半から普及し始めました。コロナ禍の影響を受けてさらに急速に普及しポイント還元キャンペーンなどとの連携が追い風となっています。
岡田:
キャッシュレス決済の便利さが広く認知されたことと今後のポイント経済圏の熾烈なシェア争いで、キャッシュレス普及率はさらに高まっていくと予測できます。経済産業省によると、国のキャッシュレス決済比率の目標値は2025年に40%とすることであり、2023年時点ですでに39.3%と、右肩上がりで伸びてきました(金額ベース)。今後についても、世界最高水準となる80%を目指すとしています。また、キャッシュレス決済の普及率が高い都市部では、東京都が「未来の東京」戦略にて、2026年までに60%、2030年までに80%とする目標を掲げています(図表1)。
山下:
コロナ禍の現金忌避によるキャッシュレス需要の増加は一巡したと思っています。しかし、今後は新たに人手不足といった事業者視点からの課題もあるため、まだまだキャッシュレス需要は増加するのではないかと考えています。
岡田:
フィンテックの拡大で金融機関以外の事業者やITベンチャーなど異業種のプレイヤーが参入し革新的なサービスも創出され始めました。冒頭に述べたエンベデットファイナンスなどの視点で金融機関ではない通信事業者や企業が新しい決済、融資、資産運用などのサービスやビジネスモデルをスピーディに生み出すことも十分に期待できます。
API機能が充実し、金融機能を切り離しモジュール化もできるようになりましたし、それがいろいろな新サービスと結びつくことで化学反応が起きることも期待したいですね。
国内では最強の顧客基盤をもつテレコム企業は、欧米に比べた後れを挽回できるかもしれない良いチャンスを迎えているともいえますね。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 岡田 太郎
岡田:
ここまでで「通信×金融決済」のトランスフォーメーションは非通信領域のサービスの中心となりうる新たな戦略基盤として重要であることが分かりました。これらのチャレンジに向けて、私たちコンサルティングファームはどのような役割が期待されていると感じますか。
山下:
テレコム企業の最大の関心は、事業の立ち上げや拡大のフェーズで「足元をすくわれないようにする」ことだと思います。例えば、通信と金融決済はサービス提供の面では親和性がありますが、管轄や制度の面では、通信は総務省、金融は金融庁で、それぞれの分野で遵守しなければならないルールや根拠となる法律が異なります。インシデント発生時の報告手順、個人情報の保護基準、災害時などのリカバリー対応などに違いがあるため、そのような分野で専門的な知見に基づく伴走型の支援が求められます。
岡田:
そこはまさに、複数のプロフェッショナルチームを持つ私たちの価値の1つですね。業種別サイドの「テレコム」と「金融」チームでタッグを組むことができます。さらに私たちはPwCメンバーファームのネットワークを通じて監査、ガバナンス、リスクなど、さまざまな知見を提供できます。役割や専門性が異なるメンバーが在籍していることは私たちの強みですね。部門や組織の壁を越えて各領域のプロフェッショナルと協働することを私たちは努めて奨励・実践していますし、その支援体制が提供価値につながっています。
山下:
さまざまな知見と経験を持ち寄り「One PwC」として支援していく過程で最新のテクノロジー情報も提供できます。通信業界内の情報に閉じることなく、フィンテック観点で幅広い情報を提供していくことも私たちに期待されている役割ですね。
岡田:
テレコム企業や通信事業者に限りませんが、私たちはクライアントから「PwCさん」と呼ばれます。クライアントから見るとPwCは1つの組織ですが、グループ内ではコンサルティングサービスのみならず、課題解決につながる複数の機能を組み合わせながら支援しています。一方で、通信と金融はいずれも情報の秘匿性が高い業種であり、情報の取り扱いに伴うリスク管理が非常に重要です。
山下:
PwCメンバーファームでもそれぞれ業務の守備範囲が異なり、情報などの取り扱いのルールに細かな違いがあり、共有できる情報とできない情報があります。支援に必要な情報は基本的にはプッシュ型でメンバーファームと共有しますが、その前段として、私たちは情報統制のガイドラインを設定し、クライアントの情報をコントロールしています。これは上場企業などの監査を行うメンバーファームを持っているPwC Japanグループの強みですね。
岡田:
クライアント情報の流れを厳密に管理し、必要に応じてシャッターを閉めたり開けたりしながらスピーディな対応をするということですよね。
山下:
はい。通信も決済も、サービス提供していくためには安心が不可欠です。非通信事業の取り組みにはあらゆる不確実性があるからこそ、徹底したリスク管理によって安心して挑戦できる体制構築を支えることが大きな提供価値になっていると思います。
岡田:
「One PwC」としてサービス提供していく上で、メンバーにはどのようなケイパビリティが求められますか。
山下:
スキルの面では、通信事業に関する戦略はもちろん、非通信事業の創出、オペレーション、システム、組織づくりなどの知見も必要です。また、その根底として、新しいことや、新しい技術を習得する好奇心が不可欠だと思っています。私の主な担当領域は金融決済ですが、テレコム企業の変革に合わせて、SX、GX、地域創生などの領域についても知識を深めながらケイパビリティをストレッチしていきたいです。また、高度な専門性を持つチームづくりのコミュニケーションも重要だと思います。
岡田:
クライアントの変革を支援し、同時に、好奇心と行動力を持って私たち自らも変わっていくことが重要ですね。テレコム業界が新たな価値を生み出し、世の中に提供していくために、引き続き共創のパートナーを目指して取り組んでいきましょう。