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劇的な変化と不確実性に満ちた現代社会において、未来を切り拓いてきたトップランナーは何を見据えているのか。本連載では、PwCコンサルティングのプロフェッショナルとさまざまな領域の第一人者との対話を通じて、私たちの進むべき道を探っていきます。
第7回は、岡山大学研究推進機構医療系本部教授として血管や遺伝子の研究を行いながら地域医療の課題解決に取り組む中山雅敬氏を迎え、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)で地方のヘルスケア課題解決を支援するパートナーの曽根貢、シニアマネージャーの辻愛美とともに、地方の医療現場が抱える問題に対して多様なステークホルダーの力を結集して挑むためのアプローチを模索しました。
※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。本文中敬称略。
参加者
岡山大学 研究推進機構 医療系本部 教授
中山雅敬氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
曽根貢
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
辻愛美
(左から)辻愛美、中山雅敬氏、曽根貢
辻:中山さんは細胞生物学がご専門ですが、遺伝子変異の研究において患者のライフログの重要性に着目され、日常生活や疾患に関する情報のデータベースを整備する必要があるとの観点から、ヘルスケア領域における自治体との連携に取り組んでいらっしゃいます。中山さんから見て、現在、日本の医療・ヘルスケア領域にはどのような課題があるでしょうか。
中山:私が長期にわたり滞在していたドイツの医療と比べても、日本の医療は非常に質が高いと言えます。これは医師、看護師、薬剤師、介護師など専門職の方々の多大なる努力によって支えられています。
しかし、医療の進歩により、医療行為はどんどん複雑化しています。加えて、人口減少が顕著に進み、それに伴って医療従事者も減少しています。その結果、各医療従事者への負担が極めて大きくなっています。
こうした現象はとりわけ地方で深刻化しており、地方部と都市部の医療格差が拡大しています。これは容認できることではなく、何らかの解決策が必要であることは明らかです。一方、医療現場は過度に疲弊しており、解決に取り組むことが難しいのが実状です。
曽根:ただでさえ多忙で疲弊している現場の医療従事者に、制度的な課題の解決まで求めるのは確かに過剰な負担となりますね。こうした状況を解決するためには、財源も重要な要素と考えます。日本の医療財源は非常に複雑な問題を抱えているように見えますが、これについてはどうお考えですか。
中山:医療財源は総額が大枠で決まっており、今後人口減少が進行すれば税収も減少します。その中で医療費だけを増額することは期待できません。一方、革新的な医薬品や治療法の開発には莫大な資金が必要であり、製薬会社もこれらの費用を回収しなければ次の開発が難しくなります。医療費の総額が限られているなか、がんや糖尿病、心疾患、アルツハイマー病など、治療法のアップデートや新薬の開発が求められる重大な疾患は数多くあり、それぞれがコストを取り合う構図になってしまっています。
岡山大学 研究推進機構 医療系本部 教授 中山雅敬氏
曽根:医療現場にはさまざまな制度疲労の問題があり、それらを限られた財源内で解決しなければならない状況にあるのですね。そのためには、ドラスティックな最適化を低コストで行う必要があると思われますが、どうすればそれを実現できるでしょうか。
中山:現状では非常に難しいと思いますが、技術革新が解決の可能性を持っています。
例えば、データやテクノロジー分野の企業が医療に参入し、医療のデジタル化などが進めば、医療従事者が担ってきた業務の一部を代替できるようになるかもしれません。
曽根:私も、デジタル技術により医療の自動化や医師の負担軽減、医師から薬剤師や介護士へのタスクシフトなどを進められる可能性は大きいと考えています。先ほどご指摘された地方と都市部の医療格差問題も、デジタル技術が貢献できるところがあるのではないでしょうか。
中山:そうですね。都市部は多くの人を魅了し、都市に人口が流入する傾向は変わりにくいですが、人々が集まる地域とそうでない地域で医療の平均化・標準化を進めるという点で、デジタル化は有用な手段になると言えます。
曽根:ただし、医療データは非常にプライベートな情報であり、センシティブに取り扱う必要があります。個人データの利用にはどのような課題があるでしょうか。
中山:日本は欧米ほどプライバシー規制が厳格ではなく、利便性向上への理解が得られれば、効率的な制度を整備できる余地があるように思います。とはいえ個人情報の提供に抵抗を感じる人も多いので、どのような情報がどう収集され、何に使用されるのかを丁寧に説明する必要があります。また、個人情報を取り扱う組織の信頼性も重要な要因になるでしょう。
曽根:自治体や研究機関など、信頼性のあるデータオーナーが適切なデータ運用を担うことが求められますね。
中山:私も大学で研究する際に実感しますが、患者の個人情報に関わる検体を扱う場合の関連規制は非常に厳格です。公的な機関による信頼性の担保は重要だと思います。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 曽根貢
辻:医療現場が疲弊するなかで課題を解決するためには、地域、企業、大学などの研究機関、そして住民など、さまざまなプレイヤーを含む地域のリソースを結集させた取り組みが必要ではないかと思います。こうした取り組みにはどのようなアプローチが有効でしょうか。
中山:先ほど、曽根さんが言及された医療・ヘルスケアのタスクシフトは避けて通れないと思います。医療現場では看護師でもできることを医師がやっていたり、看護師が本来の職務に加えて余計な負担を抱えていたりといったことが起きています。例えば、コロナ禍では看護師が本来の職務外である病室の清掃作業を行っていたケースが多々ありました。こうした状況ではまず、誰がどのタスクを担当すべきかを明確に洗い出す必要があります。
しかし、これは医師や看護師などそれぞれの職種の中だけでは解決しない問題であり、行政による支援も必要になるでしょう。地方自治体がこのような問題に興味を持ち、協力して取り組むことは1つのアプローチです。実際、デジタル田園健康特区の取り組みやデジタル田園都市国家構想交付金による支援のような動きも出てきています。多くの地方自治体は地域課題を何とかして解決しなければいけないという思いを持っています。
辻:そうしたタスクシフトにおいて、プレイヤーの一員である企業はどのような役割を果たせるでしょうか。
曽根:企業には、各事業における地域へのサービス提供を通じて、医療のタスクシフトや最適化に係る課題を解決できる機会があると言えます。例えば、製薬会社は患者の治療をサポートするデジタルツールを開発していますが、そのデータを医療関係者や薬剤師と共有することで、個人に最適化された治療、そして医療の自動化の両方を実現することができます。ただ、企業が自治体や地域の医療に直接介入し、課題解決を支援することは、医療の専門性の高さや医療従事者間の関係の複雑さを考えると、ハードルが高いかもしれません。
一方、特に地方では、大学が重要な役割を果たすのではないかと考えています。研究を通じた知見や地域での発言力を活かし、課題解決に一役買うことができるのではないでしょうか。
中山:おっしゃるとおり、大学は地域に対して確かな影響力を持っています。しかし、大学もまた人員が十分にはいないため、その影響力を維持すること、効果的に活かすことが難しいのが実情です。
そこで、大学には企業の力を借りたいという思いもあります。企業側にも医療デバイスやアプリケーション開発など、大学との共同研究ニーズもあるでしょうから、それをうまくマッチングさせることは意義深い取り組みになるはずです。そのためには、双方で方向性のミスマッチを防ぐ柔軟な仕組みを構築する必要がありますね。
曽根:企業は商品やサービスを市場に提供し、最終的には消費者に対して価値や幸福感を提供することを目指してビジネスを展開していますから、それは何かしらの形で社会問題の解決につながるとも言えます。企業は大学と連携することによって、研究者の方々に企業のビジネスと社会課題を結びつける役割を担っていただけるのではないかと思います。
中山:大学の研究者と企業とでは立場の違いから期待にずれが生じる場合がありますが、大きく見れば実は同じ方向を目指しているということもあります。そのため、仲介役として双方の思惑をトランスレート(翻訳)してあげるコンサルタントのような存在が必要となるかもしれません。
自治体、企業、大学、それらを結ぶコンサルタントの4者が共同で取り組むことで、課題に効果的に対処できる仕組みを構築できるのではないかと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 辻愛美
曽根:通常、コンサルタントは合理的な最適解を提供しようとしますが、地域の状況によっては、合理性の観点から最適と思われる解決策が必ずしも有効ではないことがあります。地域での取り組みに尽力されている中山さんの視点から、地方の課題解決において最適解をどのようにとらえるべきとお考えでしょうか。
中山:まず、自治体でプロジェクトを進める際には、地域住民のためになることが必須です。したがって、住民が抱えている具体的な課題や懸念事項を理解することから始めるべきです。
その上で、どのような順序で誰と話を進めていくべきかを考える必要がありますが、これは非常に難しい問題です。これには地域の事情や自治体の状況を深く理解している人との対話が欠かせません。自治体の担当者や地元事業者の方々の意見も重要であり、議会への説明が必要な場合もあるでしょう。最終的には合理的な方向に話がまとまるにせよ、そこに至る過程では、それぞれがどのような理由からどのような意見や問題意識を持っているのかを把握しておかなければなりません。そうした理解に基づき、地域住民や関係者が共感し、協力したいと思うアプローチを探っていくのです。
また、地域には変化を好まない人たちがいることも忘れてはいけません。例えば高齢者の中には、新しいことに取り組む必要性を感じず、現状維持を好む方もいらっしゃいます。
こうしたさまざまな立場や見解をうまくすり合わせて前進させなければ何も進展しないことを認識し、挑む必要があると思います。
辻:なるほど。コンサルティングにおいては、課題が共通しているならば同じアプローチを取り、できるだけ広範囲に効率的に対処しようと考えがちですが、実際は合理性を追求することが正解でない場合もあり、それぞれの地域によって有効な対話の相手や進め方が異なるのですね。
中山:最終的に物事は合理的な結論へと進むものではありますが、その過程には合理性に欠ける場面も多く存在します。そうした場面には関係者のさまざまな思いや背後にある要因が影響しており、大部分の人々はそれぞれの立場から真摯に課題に取り組んでいます。課題解決を支援する際、不合理な主張に直面した場合でも背後にある理由を理解したうえで解決に向けて前進させられるよう、「人々の心をつかむ」ことが極めて大切ではないかと思います。
曽根:地方の課題はその地域内だけで解決することが難しい場合もあり、政府や、大都市を拠点に多角的な事業を行う大企業も巻き込んで取り組むべきケースもあります。そうした際にも、立場の異なるさまざまなステークホルダーの意向を理解し、大きな方向性をまとめながらコンセンサスを形成することが求められますね。
辻:私たちコンサルタントにも、タスクシフトが必要なのかもしれません。
曽根:医療をはじめ、地方には多くの課題が山積しています。そうした課題に直面している方たちとしっかり対話し、情熱をもって解決を支援することの重要性をあらためて実感しました。本日はありがとうございました。