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劇的な変化と不確実性に満ちた現代社会において、未来を切り拓いてきたトップランナーは何を見据えているのか。本連載では、PwCコンサルティングのプロフェッショナルとさまざまな領域の第一人者との対話を通じて、私たちの進むべき道を探っていきます。
第8回は、株式会社ナカニシ自動車産業リサーチ 代表アナリスト 中西孝樹氏を迎え、PwCコンサルティング合同会社でスマートモビリティの組織横断型イニシアチブをリードするディレクターの藤田裕二と、SDV化が進むモビリティの未来について、またそこに向けて日本の自動車業界はどのように戦っていくべきかを議論しました。
※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。本文中敬称略。
参加者
株式会社ナカニシ自動車産業リサーチ 代表アナリスト
中西 孝樹氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
藤田 裕二
(左から)中西 孝樹氏、藤田 裕二
藤田:自動車業界は現在、未曽有の変革の時期を迎えています。それを象徴する変化の1つが、自動車におけるパワートレインの変化です。生産台数ベースで見ても、今後はHEV(ハイブリッド式電気自動車)やBEV(バッテリー式電気自動車)が内燃機関車のシェアを凌駕していくと予測されています。こうした変化を中西さんはどのように見ていらっしゃいますか。
中西:まず、生産台数全体のピークアウトが見えてきたという問題があります。そうなると、これまでのような売り切り型のビジネスでは成り立たなくなり、販売後も含めた事業展開を考えなければならなくなります。
加えて、ご指摘のとおり電動化が急速に進むことで、大きな構造転換が起こります。これは単にパワートレインが置き換わるというだけの話ではありません。スマートモビリティとしてソフトウェアという要素が入ってくることで、車の中のみならず、車の外も含めた構造転換が起きるのです。
藤田:これまで自動車産業は走る・曲がる・止まるといった車自体の内部の機能を対象としていましたが、車がネットワークとつながるようになったことで、Out-Carでのさまざまなサービスもスコープに入ってきたわけですね。
中西:はい。そうしたコネクテッドカーの概念が今さらに進化してきて、車の外と創り上げていく価値の領域が飛躍的に拡大しています。そこで重要な役割を果たすのがSDV(Software Defined Vehicle)です。
藤田:車のハードウェアの部分に対して、その頭脳となるソフトウェアが全体をコントロールするという設計思想ですね。
中西:そうです。SDVが発展してきた背景の1つには、ソフトウェアの複雑化があります。これまでは機能単位で開発したソフトウェアをそれぞれの車に紐づけるという設計の仕方でしたが、いまやこうしたソフトウェアのステップ数(プログラムの行数)は1億行近くと航空機を上回る規模になっており、車単位での開発が難しくなってきています。そこで、車単位ではなく、車の外で提供する価値や機能を含めたソフトウェアを開発し、通信を介して車に機能を付与するという方法が進展してきました。そうなると、このソフトウェアの領域でいかに他社に先駆けて価値を提供するかが事業の成長を左右するため、大きな注目を集めるようになったのです。
藤田:SDVにおける車の外での価値提供としては、具体的にはどのような可能性があるのでしょうか。
中西:従来の車でも、メンテナンスやリモート診断、テレマティクス保険といった車の外のサービスはある程度提供可能でしたが、できることは限られていました。SDVでは車の外のバリューチェーンが大きく広がり、例えばスマートフォンのようにユーザーごとに機能をパーソナライズできるようになり、さらに新車に限らず中古車でも新品同様の機能をインストールすることもできる。そうなると中古車のビジネスモデルも広がっていきます。他にも自動配送やデータ駆動型ビジネス、車内決済、エネルギーマネジメント、フリートマネジメントなど、さまざまなマネタイズの機会が生まれます。
冒頭に申し上げたように売り切り型のビジネスからの脱却が求められる中、データを活用した継続課金のビジネスや販売後の保有ベースのビジネスなど、新たなビジネスモデルに転換するチャンスが大きく広がっていると言えます。
株式会社ナカニシ自動車産業リサーチ 代表アナリスト 中西 孝樹氏
藤田:SDV化による大きな構造転換が進む現在、グローバル市場はどのような状況にあるのでしょうか。
中西:ご存じのとおり、中国はコロナ禍を挟んで電気自動車市場として劇的に発展しました。ただ、中国で電気自動車が売れているのは単に電気だからではなく、スマートモビリティ、すなわちSDVであるからです。中国の消費者、特に車を初めて購入する30代の消費者にとっては、従来型の自動車はいわば“ガラケー”であり、SDVはスマートフォンです。さらにこの傾向は中国だけでなくグローバルサウスと呼ばれる新興国市場にも広がっており、経済成長によって新たに消費者層となった若者たちが旧来の技術を飛び越えて最新のテクノロジーを入手するといういわゆるリープフロッグ現象が起きています。内燃機関車のレガシーがなく最初から電気自動車を中心としたビジネスモデルを構築してきた中国の自動車メーカーは、こうした市場においてSDVの大衆化と国際化を一気に進めており、現在はタイがその最前線になっています。
こうした新興国市場は元来日本の自動車メーカーが得意としてきた市場ですから、そこで戦い続けるには、中国のエコシステムの中でSDV開発を行い、中国から学びながら追いつき、追い越していく必要があると言えます。
藤田:なるほど。そうした市場での戦い方に加え、SDVでは開発・生産の戦略も変えていくことが求められるのではないでしょうか。
中西:おっしゃるとおりです。内燃機関車の開発・生産においては、サプライチェーンの中でのすり合わせが可能な領域が多くありました。自動車の機能ごとにソフトウェア・ハードウェアを紐づけて開発し、それを最終的に統合するといった分散型のアーキテクチャだったからです(図表1左)。一方SDVでは、OSを挟んでハードウェアとソフトウェアの領域が切り分けられている中央集中型のアーキテクチャ(図表1右)になるため、双方をすり合わせて開発することができなくなります。そうなると、ソフトウェアは機能やUI単位でのアプリケーション開発、ハードウェアは電池や半導体といった領域で勝負することになり、生産単位がこれまでの数百万単位から数千万単位になることで、競争のスケールも各段に大きくなります。
藤田:「車が家電化する」といったこともよく言われますが、こうした中央集中型の開発になってくると、OSやハードウェアは共通化が進み、差別化ができるのはソフトウェア領域のみということになってくるのでしょうか。
中西:究極的には、ソフトウェアではアプリケーション、ハードウェアではHPC(ハイパフォーマンスコンピュータ)が重要な競争領域となり、それ以外は差別化が難しくなってくるとは思いますが、スマートフォンや家電ほど簡単にそこまでの標準化は進まないでしょう。自動車として高度な安全性や品質を求めて差別化できる領域は、少なくとも今後数十年は残るはずです。ただし、進化は確実に起こりますから、そのために新しいものを取り入れて対応できるようにしておく必要はあります。
藤田:そうした進化に対しては、どのように備えていけばよいでしょうか。
中西:アプリケーションやハイパフォーマンスコンピューターとなると、もはや個社で戦える領域ではなくなります。グローバルなメガテック企業との連携は不可欠になってくるでしょう。仮想化領域ではスマートフォンなどで技術を蓄積してきたTier2サプライヤーが得意とするところです。一方でTier1サプライヤーはこれまでの車載領域から非車載領域にビジネスを拡大することが求められてきます。OEMがこうしたそれぞれに強みを持つプレーヤーと組んでシェア拡大を目指す新たなアプローチをとることで、業界構造が大きく変わっていくものと思われます。
中西:とはいえ、アーキテクチャの各レイヤーは連動して進化していきますから、これまで欧米でよく言われていたように一気に電気自動車一色に変わるということはなく、そこに行きつくまでに既存の内燃機関車を含めたSDVのマネタイズ戦略が必要となるフェーズがあるというのが最近の議論です。
電気自動車のほうが提供できる価値は大きいとしても、内燃機関車をSDV化することで先述のように売り切り型ビジネスから脱却し新たなビジネスモデルに転換すればマネタイズのチャンスはたくさんあります。また、保有台数との掛け算で見るとそのボリュームは電気自動車よりも圧倒的に大きくなります。
藤田:内燃機関車にも提供できる価値は多くある、ただしそれを実現するためにはSDV化は必須ということですね。
カーボンニュートラルという観点からはどうでしょうか。現在はBEVが強いと言われていますが、HEVでも十分に戦える余地があるという議論も聞きます。
中西:少なくとも今後10年間は、グローバルではHEVの勝機は大きいでしょう。現状ではBEVよりもHEVのほうがユーザーにとっての利便性が高いので、当面は伸びると言えます。しかし、その先の目標に向けては必ずBEVへの転換が必要になりますから、そこまでのロードマップをしっかりと描いておくことは重要です。
藤田:内燃機関車もHEVもいずれは需要が減っていくわけですが、それでもそこに至るまでにSDV化によって新たな価値を創出していく必要がありますね。SDVはBEVとセットで考えられることが多いですが、必ずしもそういうわけではないのだと理解できました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 藤田 裕二
藤田:ここまでお話しいただいたようなこれからのSDV市場に立ち向かう上で、日本の自動車メーカーには何が求められるでしょうか。
中西:変化に対応していくにあたって、SDV化において何が価値になるのかをしっかりと見極めることです。その価値が生まれるところに経営資金を投入する一方で、デジタル化によって差別化につながらなくなる領域では、自前主義を捨てて他社と連携していく。そういった意識の切り替えが必要でしょう。
加えて、これまでのように現場重視でハードウェアを入口とした発想では、SDV化を減速させることになります。ソフトウェアファーストで物事を考え、それからハードウェアをすり合わせていくというマインドセットを持つことも重要だと思います。
藤田:これまで数十年にわたってハードウェアを基盤に会社の組織構造や評価などを築き上げてきた歴史があると、そうしたマインドセットの転換は実際にはなかなか難しいですね。
中西:確かに、長年の成功体験がある中で、内側から変えることは難しいでしょう。ですから、先述したような中国メーカーの新興市場での動向などを外圧として受け止め、変革の原動力にしていかなければならないと思います。
また、今後ソフトウェアの領域では標準化が進んでいくことが予想されます。日本の自動車業界としても単一の標準策定に向けた議論をすべき時に来ていますが、官民で進めるにせよ、そこでは企業が強いリーダーシップを発揮し、これまでの枠を超えた取り組みを推進することが求められるはずです。
藤田:さまざまな面で、過去にとらわれない新しいアプローチが必要になりますね。私たちもそうしたモビリティ業界の大きな変革を支える一角を担えたらと思います。本日はありがとうございました。