「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る 第1回

日本企業が直面するM&A戦略の課題と可能性を考察

  • 2025-01-27

地政学的リスクの台頭、サステナビリティ対応への要請、生成AIの進化など、企業を取り巻く環境変化は加速しています。PwCが2024年に実施した第28回世界CEO意識調査では、42%のCEOが、自社が今後も現在の方針を踏襲した場合、10年を超えて存続することができないと回答しており、企業にとって“変革は待ったなし”の状況です。近年では、“変革を起こす”ために必要なケイパビリティを短時間で獲得する手段の1つとして、M&Aの活用に注目が集まっています。「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る対談シリーズの第1回は、M&Aに関する国内外の市場動向、日本企業が変革を推進するにあたり検討すべきことなどについて、PwC Japanグループのディールサービス共同代表を務める金澤信隆と山岸哲也が語り合いました。

左/金澤 信隆、右/山岸 哲也

登場者

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 
​​PwC Japanグループ ディールサービス共同代表​ 
金澤 信隆

PwC税理士法人 パートナー
​PwC Japanグループ ディールサービス共同代表​ 
山岸 哲也

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

プライベート・エクイティ(PE)ファンドの役割の変化

――日本企業におけるM&Aの動向・市場トレンドを、どのように捉えていますか。

金澤:近年、資本市場での評価に対する企業の意識は、急速に高まっています。この背景の1つに、​経済産業省が2023年8月に「企業買収における行動指針」というガイドラインが策定されたことなどを受け、同意なき買収の事例が増加しており、それがマネジメント層の意識を高めるきっかけとなっています。こうした状況を受け、企業は自社の事業ポートフォリオを再評価し、各事業の価値を測るROIC(​Return On Invested Capital)​経営を重視する流れを強めています。その結果、規模拡大を目的とした買収が主流だった過去とは異なり、事業ポートフォリオの入れ替えを意識した戦略的再編へのシフトが見られます。

では、M&A戦略における目立った動きは何か。1つ目は、ESGの流れを汲んだエネルギートランジションです。エネルギーやオートモーティブだけでなく、リテール業界でも、これを意識したディールが増えています。

2つ目は、 企業のデジタル化の実現に不可欠な、半導体のサプライチェーンを意識したディールの増加です。地政学を考慮し、安定的かつ強固な半導体サプライチェーンを構築するための動きが強まっています。

3つ目は、グローバルなプライベート・エクイティ(PE)ファンドの影響力の拡大が挙げられます。近年は、買収時に買い叩かれて解体されて売却される――といったPEファンドに対する従来のイメージはなくなり、企業が「自社で育てきれない事業」に対し、PEファンドを活用するケースが増えています。つまり、企業価値向上を果たす役割としてのPEファンドが、M&A市場において重要性を持ち始めています。

山岸:2000年代前半は、日本企業がPEファンドに事業を売却するとなると社内で反発が起きるような時代でした。今は、企業も当たり前にPEファンドを潜在的な買い手として認識していますが、それはおそらくPEファンド側が、日本市場に合った投資の仕方に変えてきたことの現れでしょう。 

現在、グローバル展開している日本企業が売却する事業は、ノンコア・不採算事業といえども非常に「巨大」です。資金力的に、それを引き受けられる買い手がいないという現実的な側面もあり、PEファンドがM&A市場で重要なプレイヤーになってきた背景があります。PEファンド側としても実際、ドライパウダー(​投資家から調達したものの投資に回されていない投資待機資金)​がかなり積みあがっていることもあるので、その資金を有効活用して資本効率の向上を目指したいはずです。

金澤:PEファンドとしては、投資家に対する期待に応えるべく積極的に投資していかざるを得ない面がありますし、“相思相愛”でディールを進めやすい風土が醸成されてきているのではないかと、私は受け止めています。

グローバル市場における日本企業のM&Aは発展途上

――海外企業のM&Aと比較した場合、日本企業が行うM&Aには、どのような特徴・傾向があるでしょうか。

山岸:日本企業においては、売却案件に比べて買収案件の比重が圧倒的に高い傾向にあります。レコフデータが運営するMARR Onlineの『上場企業の事業再編動向』の報告でも、買収案件が伸長している半面、事業売却は伸び悩んでいると指摘されています*1。このトレンドは、私自身の現場での実感とも一致します。

しかし以前と比較し、近年は日本企業における売却案件の絶対数が増加してきています。かつては売却案件といえば不採算で収益性に乏しい事業が中心でしたが、現在は収益性の高い事業や大規模な取引であっても売却対象となり、売却の質も大きく変化しています。この背景にあるのは、金澤さんが冒頭で話したとおり、「マーケットからの期待」というかたちでマネジメントが「健全なプレッシャー」を受け、事業ポートフォリオの入れ替えが促進されているからではないでしょうか。

今後はさらに事業売却のケースが増加していくと思われます。多くの日本企業では、事業の売却を​エモーショナルな​イメージで捉えがちではないかと想像します。しかし、実際には売却によって事業がより良い環境で成長し、従業員の待遇が改善される可能性も十分にあります。欧米企業では、売却をこのように前向きな観点で捉える文化が根付いており、経済合理性に基づいた判断が行われています。日本特有の組織文化には良い面もありますが、やはりそれは日本企業が乗り越えるべき課題ではないかと思います。

また、米国の企業におけるM&Aや事業再編の事例と比較すると興味深い違いが見られます。例えば米国では、スピンオフが多く採用されています。これは、企業が一部の事業を分離し、新たな上場企業として独立させる取引で、事業価値を最大化する手法として広く認識されています。

日本でもスピンオフを実現するための法制や税制、さらには東京証券取引所の上場審査制度が整備されていますが、実際の利用事例は少数です。この違いは、日本と海外における「経営者やステークホルダーの目線の違い」かもしれません。「スピンオフで企業価値が向上する」という目線は、いわば投資家目線です。日本の組織文化や経営者の見方には馴染みにくく、スピンオフという取引形態の理解は進みにくいのではないかと考えています。日本市場では、巨大な日本企業が収益性の高い大規模な事業を切り離そうとしても、買収するだけの資金力を持つ企業は限られます。ゆえに多額の資金を必要とする取引においては、PEファンドが信頼され、重宝される存在となりつつあることが、海外と日本の市場における大きな違いではないでしょうか。

金澤:また、「グローバルでの再編」がまだまだ少ないことも、違いの1つとして挙げられると思います。業界再編を考える際、グローバル市場では国籍を問わず、最適なパートナーとの再編が進められるのが一般的です。一方で日本企業の場合、まずは日本企業内での再編を検討する傾向が強いと言えます。そのうえで、相手企業の不在や交渉の難航などにより国内での再編が実現しない場合に、初めてグローバルな視点での再編が検討されることが多いと感じます。

この状況は、日本市場におけるM&Aやスピンオフの実践がまだ発展途上にあることを示しているといえるでしょう。言語の壁やカルチャーの違いといった課題も一定程度の影響を与えていますが、これらの要素はグローバル市場全体に共通するものです。日本固有の問題とは言いきれませんし、もはや「次のステップ」として捉えるべき課題でしょう。もちろん、グローバル市場における再編の成功事例が全くないわけではありませんが、日本企業においてそのような事例が多いとはまだ言い難い現状です。今後、グローバル視点を取り入れた再編がより一般化することで、新たな成功事例が生まれる可能性も期待できます。

M&AやPMIを担える専門人材・チームの構築や迅速な意思決定に課題

――日頃、日本企業のマネジメントと接するなかで感じる課題はどのようなものがありますか。

金澤:クライアント側が認識している課題として顕著なのが、「グローバルなマネジメント」に対応できる人材の不足です。

いわゆる工場買収のようなケース――例えば自社で新規参入するのか、それとも既存の生産設備を買収して自社製品の生産拠点とするか――ならば、日本企業は十分に対応可能な人材をそろえています。しかし問題はそこから先、グローバルな事業展開や経営の領域に踏み込んだ場合です。海外企業への投資や事業再編といった戦略を進めるなかでシナジーを具体化し、その計画を実行に移す段階になると、必要なマネジメント人材が不足しているという現実に直面します。これがグローバルM&Aや事業再編において、多くの日本企業がぶつかる障壁です。

山岸:まさに、私も同じ課題を感じています。その背景には、日本企業におけるM&Aの課題、特に「PMI(M&A後の統合プロセス)」と「意思決定プロセスの長期化」もあると考えます。

グローバル企業と比較すると、日本企業ではPMIを専門に行うチームが十分に整備されていないケースが大半です。海外企業では​PMIを推進する専門チームがいて、買収後に​迅速にPMIを推進し、買収先企業に買収側のマネジメントシステムを効率的に導入する体制をとることが一般的です。一方、日本企業では、買収後の統合プロセスを現場の事業部が担うことが多く、統合経験の不足やリソースの限界から、期待されたシナジーの実現が難航するケースが散見されます。PMIの目的は、買収側のマネジメントシステムや運営フレームワークを統合し、既存事業と新たに買収した事業を一貫した視点で管理することです。しかし日本企業では、これを担える専門的な人材が圧倒的に不足しているのです。

さらには、意思決定プロセスの長期化も重大な課題です。多くの日本企業では、M&A案件を進める際に詳細な稟議書を作成し、複数の承認を得る必要があります。このプロセスは非常に時間がかかるので、買収の目的や動機が長期プロセスのなかで曖昧になったり、交渉が進むなかで、当初の計画とは異なる条件が提示された場合でも、長期にわたるプロセス遂行による疲労から、追加コストを受け入れてしまったりするケースもあります。このような状況では、結果的に買収価格が過剰となり、当初想定したシナジーでコストを回収できない事態に陥る恐れも生じます。

海外のM&Aプロセスと比較すると、欧米企業は短期間で意思決定を行い、迅速に買収を完了させることが一般的です。これにより、買収目的や計画が曖昧化することを防いでいます。日本企業がこの課題を抱える背景には、M&Aが依然として欧米型の経営手法であり、日本の組織文化と乖離しているという事情もあるかもしれませんが、うまくいかないケースを振り返ってみると、M&AやPMIを担うチームが組織内で専門化されていないこと、意思決定のプロセスが長いこと(M&Aが長期化すること)が課題だと強く感じます。

金澤:それは、“受け身のM&A”が多いということも要因の1つでしょうね。日本企業におけるM&Aの多くは事前準備が不十分ですし、そのような状況では、取引案件が持ち込まれた際の対応も後手に回ってしまいます。本来であれば、前もって適切な準備を整え、想定される売却案件や買収案件に対して迅速に意思決定できる体制を構築しておくことが望ましいのです。

潜在的な案件をリスト化し、それぞれに対する優先順位や条件をあらかじめ定めておくことなどができていれば、買収・売却案件が想定と異なったとしても冷静に見極め、「今回の案件は見送る」といった決断も迅速に下せるはずです。また、そのようなリストがあれば、当該案件は数ある案件の“One of them”なので、「選択しないことの妥当性」をもって、しっかり判断できると思います。

山岸:M&Aは本来、企業の戦略を実現するための手段として位置づけられるべきですが、“受け身のM&A”が行われるケースは実に多いですよね。まず戦略を明確にし、それを実現するための手段としてM&Aを活用する。戦略が明確であれば、事前に必要な準備を整えることもできますし、案件が持ち込まれた際には迅速かつ的確な意思決定が可能になります。

――戦略ありきでない場合、「M&Aは1回限りのイベント」と捉えられるケースも多いようです。

金澤:そうですね。多くのケースでM&Aは単独のイベントとして扱われますし、しかも1つのM&Aに集中してしまい、次のM&Aに向けた活動が止まってしまうといったことが起きがちです。

M&Aの最終目的は、M&Aそのものではなく、トランスフォーメーション(企業変革)の実現です。単発のM&Aに終始せず、達成すべきトランスフォーメーションに向けて、複数のM&Aを戦略的に組み合わせて実行することが大切だと思っています。

山岸:私もその通りだと思います。「M&Aを完了すること」が目的になってしまった案件は、かなりあります。その結果、「何が​実現​したかったのか?」に、立ち戻れなくなる例は多いですね。

企業変革のシナリオに沿ってM&Aを活用し、持続的な成長を促す

――日本企業がM&Aを活用して変革し続けるためには、どのようなアクションを起こすべきでしょうか。

山岸:まず自社の戦略を明確にし、その戦略を実現するための手段としてM&Aを位置づけること、マネジメントがその共通認識を持つことが非常に重要だと思います。あらかじめ戦略と優先順位を明確にしておくことで、案件を合理的に評価し、必要に応じて見送るといった決断も可能になります。

また、専任のM&Aチームや、PMIを担う部署を設置し、複数案件を並行して進める体制を整備することも必要です。このような体制が整えば、「自己変革と成長戦略」の実現手段として、M&Aをより効果的に活用できるようになると思います。

金澤:私も、その点は非常に重要だと思います。体制・人材の点では、経営企画部門やM&A専門部署など、いずれが担当するにせよ、企業がトランスフォーメーションを成功させるためには、マネジメントの中枢で「トランスフォーメーションのシナリオをリードする人材」の存在が不可欠です。リーダーはM&Aの実務担当ではなく、戦略的な視点から複数のM&Aを鳥瞰・主導し、実行部隊に業務を委任しながら、全体の進行管理を担う役割です。トランスフォーメーションのシナリオ/アジェンダに基づき、M&Aの実行が企業の戦略シナリオに適合しているかを客観的に評価し、必要に応じて経営会議で進捗を報告するといった存在。日本企業においても、このようなリーダーシップ体制を構築し、M&Aをトランスフォーメーションの手段として戦略的に活用する仕組みを整えることが、今後ますます重要になると考えられます。

山岸:そのような人材がこれからの社会・企業にとって必要だと分かってはいるものの、どの日本企業も育成に苦労されているようです。そうした人材をどう育てていくかは、社会全体の課題であるかもしれませんね。

金澤:大手企業では、特にM&Aの実行前と、トランスフォームに向けたPMIの段階で関与するメンバーの顔触れが変わることがよくあります。そのため、PMIの段階で「そもそもこのM&Aは誰のアイデアで、なぜやることになったのか?」といった話が出てくるわけです。トランスフォーメーションのシナリオをベースにM&A全体をリードする人がいれば、“買うだけ”にならずに済み、買収前に想定していたシナジーを十分に発揮させることができると思います。

​​繰り返しになりますが、M&Aを単なる一時的なイベントではなく、ビジネスモデルや経営を刷新し続けるための企業変革のシナリオ/アジェンダとして位置づけ、戦略的かつ継続的な活動にしていくことが重要になります。企業変革のシナリオに沿った戦略的なM&Aをプロアクティブかつ迅速に進めることで、その後の統合を通じて価値を創造する。さらにその変革を基盤として、次のM&Aを推進していく――そのようなサイクルを途切れることなく行い、M&Aを通じた変革を実現することで、日本企業の持続的な成長や競争力向上につながっていくと考えます。​

左/金澤 信隆、右/山岸 哲也

​​​出典​​

*1MARR Online 2024年11月号 361号(2024/10/02)「上場企業の事業再編動向(2)」 「買い」は最多更新。「売り」は伸び悩み

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