「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る 第2回

企業のトランスフォーメーション――価値創造のためのプライベート・エクイティ(PE)の戦略的活用

  • 2025-03-07

近年、日本国内におけるプライベート・エクイティ(PE)の活用が急速に進んでいます。その背景には、企業の長期的な価値向上を目指した事業ポートフォリオの見直しや、非上場化を通じた経営の自由度向上、さらには事業承継の必要性の高まりなどが挙げられます。こうした動きは、変化の激しい資本市場や多様化する経営課題に対応するため、日本企業にとって不可欠な戦略の一つとなりつつあります。「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る対談シリーズの 第2回は、PEの役割の変化や日本企業における活用状況、そして企業価値向上のための戦略的な活用手法についてPwC Japanグループの4名のプロフェッショナルが語り合いました。

左から、久木田 光明、及川 智郎、松永 智志、嶋方 亮

左から、久木田 光明、及川 智郎、松永 智志、嶋方 亮

登場者

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
及川 智郎

PwC税理士法人 パートナー
松永 智志

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
久木田 光明

PwC Japan有限責任監査法人 パートナー
嶋方 亮

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

企業変革の加速と、日本流の経営手法に合った“PEモデル”の浸透

――近年、プライベート・エクイティ(以下、PE)の存在感が高まっています。日本企業においてPEの活用が広がる背景と理由を、どのように考えますか。

及川:日本企業がPEを活用するケースは、大きく3つあると考えます。1つ目は、大企業による事業ポートフォリオの見直し――1事業がグループの外に出ることによって、適切な投資の受け入れや、独立したガバナンスを持つことで経営の自由度が増し、より主体的に長期的な成長を訴求できるということでPEを活用する。2つ目は、非上場化。より長期的な目線で企業価値を向上させる目的でPEの活用や非上場化を伴うマネジメントバイアウト(MBO)が進んでいます。いわゆる「経営と資本の一体化」であり、この背景には東京証券取引所が進める改革や昨今のアクティビスト投資家の高まる存在も影響しているのではないかと推察しています。3つ目が、事業承継。次世代を託された経営者が、創業者に依存しない独立した経営基盤を構築していく過程で、やはりPEの活用が増えていると感じます。いずれのケースでも、根底にあるのは「企業の変革」が加速しているということ。そうした場面で、PEの活用が広がってきていると考えます。

嶋方:PE側の視点で日本を見ると、世界的に見ても日本市場は注目すべき市場の1つです。欧米が経済回復を遂げ、金利正常化を進めるなか、日本は低金利のまま回復途上にあり、構造改革の余地が大きいと認識されています。このため、多くのPEファンドが強いコミットメントを持って日本市場に参入しています。成功事例の増加によってかつてあった市場の警戒感も薄れ、日本市場の特性に適応した取り組みが進むなか、PEにとって日本は極めて魅力的な投資先になっていると思います。また、新聞の一面を飾るような大型案件を取り扱うグローバルPEファンドばかりでなく、多国籍で多様な規模のファンドが日本市場への参入を試みています。これによりPEファンド間で競争が生まれ、互いに切磋琢磨するような環境も生まれつつあるのかもしれません。そうした環境の変化も、おそらく売り手にとって有利に働く要素になり得ているのではないかと考えます。

久木田:グローバルPEファンドは、日本市場でのバリューアップの方法や成功のコツを掴みつつあるように思います。従来の経済合理性重視のアプローチに加え、日本特有の文化や従業員の気持ちを重視する姿勢、そこに取り組むことこそが最終的にバリューに反映されるということを理解したうえでコミュニケーションを取るようになってきたという印象を持っています。例えば、私はグローバルPEファンドが投資先で開くDay1のキックオフパーティーで、社長が法被を着て鏡割りをする場面に立ち会ったことがあります。グローバルPEファンドでも一体感を高める目的で、日本的な演出をするのだと意外でしたね。そのようにPEが日本市場で経験を積み、日本市場に合わせた対応を行いながら成功事例を増やしてきたことで、かつての「黒船」的なPEへの印象・抵抗感も払拭されてきました。

――実際に、どのような成功事例があるのでしょうか。

松永:私が日頃よく目の当たりにする課題の1つとして、資本再編の結果、経営者も環境も何もかも変わるという局面で、「従業員のやる気・モチベーションをどう維持するか」が議論になることがあります。そうした際に、例えば株主が一丸となって報酬制度を見直し、株価に連動する報酬パッケージを導入し、経営陣や従業員が会社全体の価値向上(バリューアップ)に取り組める環境を整えることなどが行われています。

PEは、ハイリスクのエクイティとローリスクの借入金を合わせたファイナンス手法を用いますが、この手法により企業のバリューアップが進み、最終的には従業員や取引先を含む関係者全体が恩恵を受けるといったケースは多いです。従業員も当初こそ不安に感じられても、エグジット時には成果を共有し、より結果に直接つながる好事例が増えています。

企業の本質的な価値を引き出し、業界再編をも実現

――日本市場におけるPEの存在価値や役割について、どのように考えますか。

久木田:私が考えるPEの特性は、一言でいえば「しがらみなく、新しいバリューアップに取り組める環境を作りだせる」ということ。企業は日々、さまざまなトランスフォーメーションアジェンダに取り組んでいますが、現体制や株主とのしがらみにとらわれて実行できないケースも少なくありません。そうした時、その企業の本質的な価値をピュアに引き出せるのがPEだと思います。そこにPEは特化し、多くのノウハウを有しています。例えば資本的支出(CAPEX)の観点でも、資金をしっかり入れて本来投資すべきところに積極的に投資するのは、PEだからこそできることです。そのようにPEを活用し、松永さんが話されたような“従業員から見ても幸せな再編”は、実際増えていますよね。それがひいては日本社会・日本経済にも良いインパクトを与えていくわけですから、PEの持つ力に注目が集まるのでしょう。

及川:PEの本質的な役割は、単なるリスクキャピタルの提供にとどまらず、企業価値の向上を実現するための包括的な支援にあると思います。久木田さんが言うとおり、しがらみのない環境を構築し、グローバルなベストプラクティスと日本企業の経営手法を融合させながら、ガバナンスの整備や経営支援を行うことができます。具体的には、営業支援や製品開発、海外展開のサポートなど、企業が自力では取り組むことが難しかった課題に、PEがしっかり汗をかいて伴走することが最も重要です。そのようにして、企業価値を向上させるための、あらゆる施策を実行できるよう支援することがPEの重要な役割であると考えます。

松永:PEは、非効率性を発見・数値化し、資金を投入して効率化を進め、企業価値を高めてエグジットするプレイヤーとして、これまでにない役割を果たしています。従来ならば、そこは銀行が一部担っていたかもしれませんが、おそらくPEのように業界再編を大胆に推進するようなアプローチまでは難しかったと考えられます。そのような変革を実現できる点がPEの原動力であり、注目される理由でしょう。

久木田:私も、「業界再編」はPEの役割を示すキーワードだと思います。PEは、単一企業の成長にとどまらず、業界全体をトランスフォーメーションする力を持っています。同じ業界内で複数の企業を統合する「ロールアップ」により、業界慣習やしがらみを超えて本質的なバリューアップを実現し、新しい市場の創造や業界再編を推進できます。もちろんPEだけで実現できるわけではありませんが、成熟産業の多い日本経済において、そのようなPEの存在は業界変革の原動力となるので、社会的意義・インパクトは非常に大きいと思います。

嶋方:PEは、企業価値向上に対して良い意味でとても貪欲で、日本市場の特性を踏まえつつも、妥協なく多様な施策を実行しています。その柔軟なフットワークと高い要求水準により、私たちのようなアドバイザリーやコンサルティングに従事する企業にとっては魅力的でありながら厳しいパートナーでもありますね。その姿勢が、PEの実行力と成果を支えているという印象です。

また、PEは企業の成長を次の段階へ引き上げる有力な「カタリスト(触媒)」ともいえます。例えば、新たな人材や技術、能力を導入することで、全国展開や海外進出、周辺領域への事業拡大を実現する支援を行います。ターンアラウンド系はもとより、成長を目指す企業がさらなる発展に必要なリソースを求める際、PEがパートナーとして選ばれるケースが増えています。つまり、リストラ系のみならず、一定の成果を収めたベンチャーを次の段階の成長軌道へ導くなど、元気な企業をさらに成長させるカタリストとして、さらなる価値創造の重要な一翼を担っている事例が見られます。

松永:新市場進出や事業拡大の際には、国内外の広範な人材ネットワークを活用し、適切な人材を迅速に確保して経営をサポートします。特に、業界に特化した専門人材をグローバルに揃えることで、“時間をお金で買うような”効率的な支援もできます。国内市場における企業統合だけでは実現しにくい成長を加速させる点も、PEの強みでしょう。

及川:もう1つ付け加えると、PEの役割は「時限的」で、未来永劫伴走するわけではありません。しかし単なる投資で終わるのではなく、エグジット後も、企業が自立して長期的に成長できる基盤を築くこと、持続可能な成長を支える仕組みを構築する役割も担っていると、私は思っています。

嶋方:そうですね、PEは成果に見合った利益を得る一方で、エグジット後のさらなるバリューアップも重視し、例えばIPOや他のエグジット手段を通じ、次のステークホルダーにも価値が継承される仕組みを構築して、企業の長期的な成長を支える役割を果たしていますよね。

経営者自身が目指す成長像・必要な経営資源を具体化することが重要

――では、PE活用における「成功の定義」についてはどのように考えますか。

及川:PEの活用を成功させるには、まず企業や経営者が「何を成し遂げたいか」を明確にし、目指す成長像や必要な経営資源を具体化することが重要です。「どのような成長を描いていくのか」「それにはどのような経営資源が必要か」といったことですね。そのうえで、自社にとって最適なパートナーとなるPEを慎重に選ぶことが、成功の入口となります。

久木田:私も同じ考えです。PEの活用における「成功の定義」という観点では、繰り返しになりますが、経営者がディールの目的やバリューアップの方向性を明確にしていることが本当に重要です。企業価値向上の手段が分かっていても、資金不足や業界のしがらみなどで実行できない場合に、迅速かつ的確に対応してくれるのがPEです。売却先を検討する際、経営者がバリューアップの方向感や課題感をクリアにしておくほど、資金力やスピード感、提案内容などにおいてどのPEがより自社にフィットするのか判断しやすくなると思います。

及川:また、PEの活用はトランスフォーメーションという観点では、自社の課題や成長のための必要条件を見直すデューデリジェンス(以下、DD)実施の契機・機会にもなります。PEを受け入れるという段階から、「自社の課題は何か」など、より成長するために必要なことの点検作業が始められるわけです。経営者が能動的にPEと協議して具体的な計画を立案し、PMI(統合プロセス)まで一緒に取り組むことが長期的な成功につながるカギとなります。

松永:確かに、PEの受け入れは経営者が自社の課題に能動的に取り組むきっかけになるでしょう。ビッド(入札)案件や資本再編の過程では各ビッダー(買手)が提示する経営方針や前提条件が異なり、それぞれのアプローチが議論のなかで明確になっていきます。経営者にとっては将来の経営方針やマーケット戦略を議論する機会となり、PEファンドと連携しながらPMIやバリューアップを進められる重要な契機です。これは、複数候補による入札であれ相対(方式)であれ同様でしょう。この議論を通じて目標が数値化されることにより、従業員や組織全体が具体的な目標達成を目指して動き出すことも可能になります。また、PEという第三者の視点が加わることで、企業は新たな成長の方向性を見出しやすくなり、バリューアップの可能性が高まる有益なプロセスであると思います。

及川:「PEの投資を受け入れた企業の成功」は、「PEにとっての投資の成功」にほかなりません。ですから、両者が一体となって成功を目指すことが重要です。PEが投資先としての企業をより強化し、高めて成功させるには、やはり従業員の関与は必要不可欠です。従業員自身に各自の役割を認識してもらい、必要な人材は外部から登用するなどして最適な人員配置を検討、そのうえで適切なKPIとインセンティブの設定を行う――そのように従業員を含めた全体のコミットメントを持って経営者とPEが一体で取り組むことが成功につながると思います。

企業戦略の一部としてのPEの活用の広がり

――今後、日本企業においてPEの活用はどのように広がっていきそうでしょうか。

及川:PEの活用範囲が拡大し、複雑かつ巨大な課題への対応も可能であることが証明されつつあります。例えば、事業分離(カーブアウト)から独立運営(スタンドアローン化)までの過程において、私たちPwCとしても税務、会計監査、IT支援などを包括的にサポートする事例が増加しています。日本市場では資本構成の多様化や柔軟性が進んでいるので、これによって今後もPEの重要性・役割は高まり、その活用はさらに広がると予測されます。

久木田:そうですね、PEの活用は、トランスフォーメーションやビジネス成長を実現するための手法として、もはや特別なものではなく一般的な選択肢となりつつあると思います。従来のオーガニックな成長が難しい環境においてM&Aなどのインオーガニックな手法が主流となったように、PEの活用も企業戦略の一部として広がっています。特にフィナンシャルバイヤーとしてのPEは、目的に応じた柔軟な支援を提供し、成長や変革を促進してくれます。

松永:PEは企業が「通常目を向けない領域」にも注目して、蓄積されたノウハウと方法論を活用して効率化やバリューアップを実現していると思います。こうした取り組みは各企業に新たな成長機会を提供するものであり、企業にとってはPEの活用法の1つといえるのではないでしょうか。

久木田:企業が「通常目を向けない領域」という点では、PEはリスクの観点もありますが、生成AIやサイバーセキュリティ―、ESGなど、成長やバリューアップの要素がどこにあるのかということを極めて細かく見ていると感じます。PwCとしても、その視点に対応する生成AI DDやプロダクトDD、ESG DDなど現在の主流な各種DDを先行して行っていますが、それらを提供する機会が増えていると感じます。

嶋方:私の担当領域としては、監査法人としてPEによる投資実行後の運用基盤構築やリスク対応といったポストディール段階での実行支援をすることが主ですが、その視点から、PEを活用した多くの案件の共通点として挙げられるのは、大企業の母体から切り離された企業がバックオフィス機能やシステムを自前で構築することを迫られるということです。母体企業からのトランジションサービスは時限的であるため、財務、決算体制、経理システム、内部統制、子会社管理などを効率的かつ準拠性を伴うかたちで整備し直さなければなりません。そうした機能の整備はシステムを入れるだけでは済まない場合が多く、人員拡充や「能力」の調達なども必要です。また法令遵守、内部統制、ガバナンス構築などの準拠性はあくまでも最低限のルールですから、そこにきちんと命を吹き込み、経営に資するかたちでプラスアルファの価値を生み出さなくてはなりません。実際そうした時に、私たちが支援させていただく機会も多いです。

及川:日本企業におけるPEの活用が広がるとともに私たちもまた、サービスの進化を図っていかねばなりませんね。私たちPwC Japanグループとして、インオーガニックな成長を目的としてM&A、事業再編やカーブアウトの検討といった戦略の部分からディールの実行、ポストディールのさまざまなサポートまでワンストップで支援できる体制を強みとしています。加えて、PEを受け入れるにあたっての自社の課題の把握に役立つ、DDの関連サービスも多様に展開・強化してきました。事業会社側のインダストリーの知見と、PEとのリレーション、およびナレッジに精通していますので、「トランスフォーメーションを行って何を実現したいのか」などを経営者の方々と議論しながら、企業価値を向上し得るPEのより良い活用の仕方をこれからも継続して検討していきたいと思います。

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