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ディープテックは、急速に発達し成功すれば社会に大きなインパクトをもたらす可能性のあるテクノロジーです。一方で、いまだ研究開発に近い段階にあるため、スタートアップによる事業化において、アクセラレーションやCVCなど投資を主目的とする伝統的コーポレートベンチャー手法では投資対効果(ROI)の点で事業会社にとってリスクが高くなる傾向があります。欧州や北米におけるROI追求の強化が、新事業開発よりも費用対効果の出しやすい課題解決領域へと投資をシフトするという世界的流れを生み出すなかで、イノベーションを加速する新たな手法として「ベンチャークライアント・モデル」が登場しました。
本コラムでは、「ベンチャークライアント・モデル」について一般にはよく知られていない事実や課題を明らかにしつつ、新手法を使いこなすために企業やスタートアップが取り組むべきことについて考察します。
政府から「スタートアップ育成5か年計画(新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2023年改訂版)」が発表され、「グローバル・スタートアップ・キャンパス構想」などさまざまな施策の実施により、日本においてもスタートアップ・エコシステム形成が加速しています。そうした中で、日本発ディープテックスタートアップがさらなる飛躍を遂げるために必要とされるのは、「資金」と「ビジネスのノウハウ・アイデア」に加えて「サプライチェーン」や「顧客」の早期獲得です。
オープンイノベーション手法の中で、既存企業とスタートアップが協力体制を組むことをコーポレートベンチャー(Corporate Venturing:CV)と言います。CVでは多くの場合、事業会社側に優位性があります。一方で、2015年にドイツで考案・実施されたベンチャークライアント・モデルは事業会社がそのビジネス基盤を活用しつつスタートアップの初期顧客になることで、スタートアップと事業会社が対等な立場で新市場形成を加速する画期的なものとされています。またベンチャークライアント・モデルにおいて事業会社は、市場をリードするほど優れた技術シーズや革新的ソリューションと早期に接触し事業化を開始することが可能で、故に効率よく事業シナジーを創出することができるのです(図表1)。
しかし、スタートアップと事業会社がベンチャークライアント・モデルを使い、それぞれの長所を生かして良好な関係で協業して早期にイノベーションを創出するために、それぞれが取り組むべきことや必要な第三者による効果的サポートはあまりよく知られていません。
ベンチャークライアント・モデルであるとされる事例は世界で少なくとも18例(2022年時点)確認されています。ドイツ、フランス、スイス、スペイン、スウェーデンといった欧州各国において、自動車、航空・宇宙、保険・金融、電子部品など幅広い産業で取り組みが広がっています。発祥地のドイツを中心とした欧州に集中しているように見えますが、ベンチャークライアント・モデルの組成プロセスが学術論文において議論されている段階にあること、すなわち標準化されたプロセスが無いことを考慮すると、表面化していない事例は無数に存在すると推察されます。
プロセスに多様性があるという事実から、ベンチャークライアント・モデルとは事業会社がスタートアップの顧客になったという「形態」のことだと理解することができるでしょう。つまり、ベンチャークライアント・モデルを取り入れて自社のイノベーションを加速するためには、「形態」を作り上げる「プロセス」を読み解き、実行することが重要なのです。
ベンチャークライアント・モデルの組成プロセスは、事業会社各社のイノベーション戦略やビジネスモデルに応じてさまざまです。簡単なデスクトップ調査でも6つ以上の異なるベンチャークライアント・モデルの組成プロセスに関する検討論文を発見することができます。いずれも事業会社の行動を基軸に整理されており、それらを統合整理すると大きく3つのステップが浮かび上がります(図表2)。
ベンチャークライアント・モデルの組成プロセスにおいて、事業会社が重視すべき工程は「Ⅰ企業戦略整理」と「Ⅱ社内体制整備」です。国際的に成功事例とされるベンチャークライアント・モデルは、年間に数十~数百単位の課題特定と協業検討の末に生み出されています。自社内においてこのような大規模な活動を展開するためには、企業戦略に基づく組織改革や人的リソースの確保など経営層のサポートが求められるからです。
スタートアップにとってもまた「Ⅰ企業戦略整理」と「Ⅱ社内体制整備」が重要です。ベンチャークライアント・モデルはスタートアップに早期の顧客獲得機会をもたらし得る一方で、事業会社に「選ばれる企業」になることが求められます。具体的には、企業ガバナンスの構築や研究開発および事業化の戦略策定が重要です。
ベンチャークライアント・モデルとは、事業会社が顧客として、スタートアップの先端的な製品・サービスを購買し、共にイノベーションを実現する協業の「形態」のことである、ということを説明しました。このような「形態」により、事業会社は製品・サービスのファーストユーザーとなることで、低予算かつ効率的にイノベーション創出を実現することが可能になります。また、スタートアップは早期の顧客獲得によって成長の加速を実現することができます。この状態がベンチャークライアント・モデルの成功状態です。
次に、成功状態を生み出すベンチャークライアント・モデルの組成プロセスには多様性があることを紹介しました。多様性を生む要因は、事業会社各社のイノベーション戦略やビジネスモデルです。グローバルに影響する予期せぬ気候・環境変動やパンデミックの発生、DXによる急速な社会環境変化の中で、多様化するクライアントニーズを捉えてそれらに応え続けていくために事業会社がまず取り組むべきことは、新規事業開発における課題の特定と対応策の検討に係る柔軟性やスピードの獲得であるとともに、さまざまなCV手法を使いこなし、優れたスタートアップ・シーズを見いだして事業シナジーの創出を可能とする「高度な専門性の獲得」です。
「スタートアップ育成5か年計画」に端を発する政策投資は、スタートアップを取り巻くエコシステムを強化・拡大しています。高度な専門性を持つ企業内イノベーターを自社内でゼロから育成するよりも、戦略コンサルタントやアクセラレーターといった社外専門性の組み合わせ活用がベンチャークライアント・モデルを含めたCV手法の活用によるイノベーションの成功の鍵となるでしょう。
PwCは、戦略コンサルタントの提供はもちろんのこと、アカデミアにおける産学連携・技術移転機能の改革やスタートアップアクセラレーションの伴走支援を通じて培った最新の知見と人脈を駆使し、企業に新たなイノベーション体験を創造します。
参考文献