与信審査へのAIの利用

2018-01-25

メガバンクを中心とした商業銀行のビジネスモデルにも変革期が訪れようとしている。足元のマイナス金利による金利収入減少の影響も含め、少子高齢化も考慮した組織改革が必要な状況になりつつある。業務効率化の視点でフィンテックの利用促進などが進められている状況にあるが、銀行のとしてのコア業務である与信業務についてもその対象となる。与信業務における効率化の対象は、RPAといった汎用性の高いテクノロジーを用いることで改善が可能な単純なプロセスのみならず、そのコアとなる格付付与業務や与信審査業務についても対象になり得る。こういった担当者のエキスパートジャッジが入る業務における見える化・効率化・高度化の取り組みは、古くは1960年代のアルトマンのZスコア(文献「Altman, Edward I. "Financial Ratios, Discriminant Analysis and the Prediction of Corporate Bankruptcy" Journal of Finance: 189–209 (1968)」)から研究・実務利用されてきているものであり、本質的には真新しいものではない。邦銀においては、2000年代前半のバーゼルⅡ規制導入準備により、定量分析が盛んとなり、本格的に広がりを見せてきたものである。

実際、2000年代中盤には、財務を中心とした情報を基盤としたスコアリングモデルの利用が促進され、申し込みから与信判断までの時間を短縮した「クイック審査」商品を各銀行が発売し、一大ブームとなった。一方で、客観的な情報のみを利用した審査を行い、その情報の信頼性までは確認を実施しなかったために、粉飾や偽造した情報の峻別ができず、損失をかぶることにもなった。この損失の大きさもあって、「クイック」過ぎる商品への取り組みは縮小し、技術的な視点でもその後の進化は限られているのが実態である。

他方で、内部格付の評価には統計分析に基づいて構築されたモデルの利用が通常になり、モデル評価に依存し過ぎ、債務者の詳細を確認しないといった与信担当者の「目利き」能力の低下が顕在化しつつある。また、エキスパートジャッジを中心に与信業務を行ってきた人材が定年に近い年代となり、昨今の人口減少および業務効率化推進のトレンドも考慮した場合、与信にかかる知見の継承あるいは明確化の必要性は当然高くなっている。実際には、そういった取り組みはこれまでも行われているものの、全てを客観的な定量情報として評価するなどの割り切りをすることは容易でなく、実現の範囲は限られていると考えられる。

それでは、昨今のAI技術を用いて、この課題を解決することは可能であろうか。一部のネットバンクでは、AI技術を用いた与信審査を取り入れており、機能しているとされているが実際の精度は高いのであろうか。ここで着目すべきは、ネットバンクが保有しているデータの質である。ネットバンクでは、データ収集は、基本的にはネット経由で一元的に実施が可能な状況であり、情報の正確性を別にすれば、管理が容易である。また、インフラ整備が進んでいることが想定されるため、その情報は、財務・属性のみではなく、利用履歴や顧客の取引先情報といったCRMデータベースとつなげることが比較的容易である。従って、それら多様な情報を用いてAI(データアナリティクスや機械学習)エンジンに入力することも実現が容易であり、その分モデルの予測精度を高めることが実現していることが想定される。同様に、中央集権的な情報管理を実現している外銀においても、AI技術利用の基盤が構築されているといえる。一方で、営業店における顧客対応を中心に実施してきた既存型の本邦銀行の場合、システム導入がパッチワーク的な部分もあり、どうしても情報の一元管理が容易でないことが多い。こうした横方向の連携を想定したデータ基盤を構築することが、与信業務の効率化・高度化への一歩になると考えられる。

では、このデータ基盤を構築するにあたって、「エキスパートジャッジメント」による目利きに関する情報をどのように見える化し、デジタルデータ化できるかが、もう一つの大きな課題になると考えられる。この点については、担当者がどのような情報に基づいて、判断基準を設定して判定を行っているかを明確化することは容易ではない可能性が高い。部分的なロジックに関してAI技術などを用いて具体化し、それを組み上げていくといったアプローチが現実的であると考えられる。つまり、「正」として定義すべき内容が明確になっていない状況でなければ、AI技術(機械学習)の「学習」が有効に機能しないことから、エキスパートジャッジ機能のAI技術(機械学習)の完全な代用は容易でなく、やはり人間がステアリングを握る必要がある。

その他、AI技術に関する問題点の一つとして解釈性の低さ、つまりどうしてそのような解になったのか説明できない、ということが挙げられる。これは、1980年代から存在する技術であるニューラルネットワークモデルなどでも触れられている点であり、モデルの精度を向上することが可能でも、どの要因がどの程度考慮されて結論につながったのかを評価するのが難しい。同じような話は、足元の2017年、将棋でコンピューターソフト「PONANZA」が名人に勝ったという話の中で、ソフトの開発者が開発したコードやテクニックが、どうして良い結果を及ぼすのかわからないと感じていることと共通である(出典:週刊アスキーネット版 2017年7月)。この解釈性は、与信業務、特に格付付与においては重要な項目であり、格付モデルの構造が簡易的なものになる要因の一つとなっている。

データ整備が完了していればAI技術の利用が比較的容易な中小企業向け与信や住宅ローン与信といった分野では、メガバンクにおいても一部のネットバンクで培われた手法の利用の検討が進められつつあり(例えば、2018年1月22日日本経済新聞記載記事「中小向け融資、AI審査 みずほ銀、18年度にも」参照)、この広がりがどの程度進むかについては注視が必要である。ただし、「エキスパートジャッジメント」への利用については、課題が存在するものと考えられ、引き続きチャレンジングな領域として位置づけられていくものと推察する。

金子 智洋

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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