FCAコンダクトリスクペーパー:5 Conduct Questions 2019/2020概説

2020-09-28

2020年9月に英国の金融監督当局であるFCA(Financial Conduct Authority)から5 Conduct Questions('Messages from the Engine Room')が発行されました。

この5 Conduct Questionsはホールセールコンダクトについて市中の金融機関に対してサーベイや議論を通して得られた知見を取りまとめたものです。すでに今回のペーパーで4回目の発行となっており、FCAのコンダクトリスクに対する見方や、英国の金融機関の取り組みや課題を理解する上で有用なものとなっています。

本稿はFCAおよびPwCの公式な見解を記したものではありません。またペーパーの記載を網羅的に解説したものではありません。

今回のペーパーの2つの特徴

今回のペーパーの特徴は大きく2つあると考えます。
1点目は、議論の焦点が従来の経営陣や管理職の認識や行動(Tone from the top, Tone from above)から、現場の職員(Tone from within) に移っていることにあります。そのため今回のペーパーは経営のメッセージや組織内の仕組みの現場浸透(現場でどのように受け止められているのか、そもそも認識しているのか)の観点で読むことが有用と思われます。

今回のペーパーには、18のホールセール金融機関における10年程度の業界経験を有するVPレベルの職員を中心にラウンドテーブルディスカッションを実施した結果が含まれています。実態を捉える上では、このようにサーベイに留まらない、より深堀した形で、心理的安全性を確保しながら客観的に生の声を拾い上げる仕組みが重要と思われます。

2点目は、もう1つの焦点が従来のコンダクトリスクの定義やその発現構造(特に報酬制度)から、より根底にあるカルチャー、特に企業目的や個人の目的意識(Purpose)に移っていることです。

特に企業目的については最近のコーポレートガバナンスや非財務リスク管理に関する動向に整合するものであり、SDGsなどへの関心にも見られるように、リスクを負の側面だけで見るのではなく正の側面(顧客や広く市場・社会に対してよりよい影響を与えているのか)で捉えていこうとする動きとも合致しているものと思われます。

5つの質問:5 Conduct Questions

本ペーパーはタイトルの通り、コンダクトリスクおよびその管理について5つの質問をテーマに展開されています。それぞれの質問自体は以前から変わっていませんが、その中での焦点や論点は先述の通り、コンダクトリスクやその管理の進展により変化が見られます。

  • 質問1:ビジネスに内在するコンダクトリスクを特定するために、どのように主体的な対応を行っているか。
  • 質問2:ビジネス上のコンダクト管理に対する責任を、フロント、ミドル、バックオフィス、管理・サポート部署に所属する職員に認識させ、果たさせるためにどのように働きかけているか。
  • 質問3:職員がビジネス上または部門のコンダクトをよりよいものに改善し、実現できるように会社はどのような支援を行っているか。
  • 質問4:取締役会や経営陣はビジネス上のコンダクトの適切性についてどのように監督を行っているか。また経営上の意思決定を行う際に、ビジネス上のコンダクトに対する影響についてどのように検討しているか。
  • 質問5:コンダクトを改善するための施策を無効にする可能性のある活動・行動がないかどうかを確認しているか。

以降、本ペーパーの内容に沿って概説します。

コンダクトリスクの認識

最初にコンダクトリスクの認識について記します。なお、今回のペーパーは主として職員に焦点を当てていることから、記載の内容は職員の認識を中心としたものとなっています。

コンダクトリスクの特定については以前から取り組みが進んでいることもあり、一般的なコンダクトリスクに対する認識は向上しているとされています。ただし、それをより深掘りしたり、より広く捉えたりした時に、コンダクトリスクとして認識されているものは限定的であることが判明したと記載されています。特に顧客に直に接さないオペレーションや第2線部署の認識不足についての言及も見られます。一般的にこういった部署は、よりリスクに対して保守的であるとされていますので、意外に感じられるかもしれません。

昨年のFCAの同ペーパーではコンダクトリスク(正確にはコンダクト)をより広く捉え、顧客や市場に対して悪い影響(Harm)を与えるものだけではなく、顧客や市場に対してよりよい影響を与えるといった正の側面について触れています。今回のペーパーは、そのような広い視点で捉えた時にコンダクトリスク(あるべきコンダクト)としてどのようなものがあるのかについては認識がまだ十分でないと指摘しているものと考えられます。FCAの考え方として、コンダクトはこの正負の両側面を含めて見る必要があると述べられています。

コンダクトリスクはこの正負の両側面のグレーゾーンに係るリスクであることからも、動的・先見的に見る必要があるため、コンダクトリスク(あるいはコンダクト)の範囲や構造についてのトレーニング、日常業務の中での議論を誘発する仕組みが重要になってくると思われます。


コンダクトリスクの認識に関するよい取り組みとして挙げられている事例

  1. CEOや事業部門のマネジメントがリーダーシップを発揮するよう振る舞い、コンダクトやカルチャーへの取り組みに積極的に関与するようになったことを、職員が高く評価している。
  2. 現在では大半の企業がシナリオやロールプレイング、自社が過去に直面した困難な課題を含むトレーニングを実施しているが、こうしたトレーニングを事業部門とサポート部門のそれぞれに合う内容となるようカスタマイズする企業も出てきている。また、個々の職員が主体的に変化し、成長していくことを最終目標としているため、トレーニングでは自らを振り返る時間をとる場合もある。
  3. 一部の企業では、新人が現場に出る前に、トレーニングを実施している。
  4. 一部の企業では、部門ごとのエクササイズとしてコンダクトリスクを識別する活動を開始あるいは強化している。これらの企業では、コンダクトリスクの問題について、全社横断で検討する場を新たに設けている。
  5. 一部の職員は新たに識別されたコンダクトリスクを自主的に報告し、一元管理されているリスク一覧に含めている。
  6. コンダクトを定例チームミーティングの通常の議題に含めている部署もある。

報酬・評価制度

報酬・評価制度がコンダクトリスク管理において重要な要素であることは以前から広く認識されていることであり、さまざまな規制や金融機関での取り組みがなされてきました。今回のペーパーにはそれらの制度が現場職員からどのように受け止められているのかについて記載されています。

報酬・評価の中にコンダクトリスク(よいコンダクトを含む)を取り入れている金融機関は多いものの、職員がその評価基準と運用をあいまいだと受け止めている例が複数挙げられています。

報酬・評価において実績(What)とそれをどのように実現したのかというコンダクト(How)を50対50の割合で検討しているという金融機関が多い一方で、実際に5万5,000人の報酬について調査したところ、よいコンダクトによって10%以上の報酬増になった割合は10%以下(ボーナスの増額分を調整するとわずか5%)であり、悪いコンダクトにより報酬が10%以上削減された割合は1.4%に過ぎないことが判明しています。制度としては存在していても実際の運用における基準のあいまいさと運用において恣意的な判断が生じており、職員の半数程度しか評価が公正になされていると感じていないと述べられています。昇進評価については明確であると思っている職員はわずか15%という結果が出ています。

報酬・評価の基準と運用をより客観的に改善することが求められる一方で、そういった外発的な動機ではなく内発的な動機(個人の内面的な動機)、よりソフトな意味での評価(Recognition)の有効性に着目することも重要と思われます。このことは最後の企業目的の項目で触れられています。


報酬・評価に関するよい取り組みとして挙げられている事例

<調査によって特定された、業績評価にコンダクトおよび振る舞いを効果的に取り入れるための要素>

  1. ピアレビューを含めて入念に評価を実施する。
  2. 貢献度の測定におけるコンダクト(How)と実績(What)のウェイト付けを正式に行う。
  3. 企業全体で生成されたデータを積極的に収集・分析する。
  4. データを分析し、把握できた動向に関して取締役会で報告する。
  5. 分析から得られたメリットを今後の評価計画の策定に活用し、トレーニングや能力開発など管理職にフィードバックする仕組みを確保する。

<ラウンドテーブルディスカッションから得られた優れた事例>

  1. 多くの企業は、年次業績評価の主要項目として、コンダクト(How)の側面についてのフィードバックを求めている。一部の企業では、年度末の評価時だけではなく、都度または期中にコンダクトに関するフィードバックを行っている。
  2. リストや事前に設計された表などによって議論を速やかに進めようとする企業もあるが、柔軟に議論ができるように留意する必要がある。
  3. 先進的な企業は学習する組織としての強みを発揮し、コンダクト(How)の側面に関するデータ収集、動向分析、アプローチの精緻化、取締役会における結果の検討を行っている。
  4. 大半の企業では、優れたコンダクトおよび行動を昇進の必須条件としている。
  5. 優れた業績を年末賞与や給与に反映するのではなく、迅速かつ適切に評価する慣行が確立しつつある。

カルチャー、心理的安全性、リーダーシップ

従来のペーパーでは多くがホットラインの有効性(心理的安全性の確保)に割かれていましたが、今回は特に日常におけるスピークアップについての記載が多く見られます。

心理的安全性については過度なプレッシャーの排除をはじめ、改善は見られるが十分でないと述べられています。この点に関しては業界を問わず今後もギャップは存在し続けると思われます。組織構造や権限構造の問題も根底にあるため、完全な解消は難しいでしょう。その意味で不断の努力が今後も求められる領域と言えます。

また、今回のペーパーにおいてもラインマネージャー(管理職、直属の上司)の果たす役割の重要性について言及されています。普段からコミュニケーションの延長として関係を築き、判断のつかない領域、確信の持てないケースについてスピークアップ(あるいは報告・相談)ができる環境を醸成することの重要性を強調しています。

こうした心理的安全性とは異なりますが、もう1つ注目すべき点として、部門・部署横断で判断が必要となるケースについて検証の場が不足しているのではないかという指摘もされています。


カルチャー、心理的安全性、リーダーシップに関するよい取り組みとしてあげられている事例

  1. 企業はコンダクトの改善を図るための経営の重点事項としてカルチャーに優先的に取り組んでいる。大半ではないものの多数の企業では、CEO、経営陣や管理職がカルチャーの推進役として周知されるようになり、企業内の全ての職位におけるメンタル面での安全な環境を確保することに積極的に取り組んでいる。
  2. 職階の高くない職員もまた、優れたカルチャーの推進に対してより積極的になっている。これらの者は通常、日常業務の一環として健全な問題提起をサポートすることの重要性を認識しており、また問題提起の場が確保されるよう、ラインマネージャーからのサポートを積極的に求めている。
  3.  職員の中には、問題を単に報告したり、取り下げたりするのではなく、これに対応し、解決するための協力をラインマネージャーに申し出るという一歩を踏み出す者もいる。
  4. コンダクトアンバサダーを任命している企業もある。このような役割を正式に任命し、訓練や支援を提供するほうが、自発的な取り組みに頼るよりも実効性が高いことが示されている。
  5. カルチャーへの積極的な取り組みを重視し、カルチャー面の能力開発に注力するために、表彰制度を設けている企業もある。
  6. FCAが開催するCulture Sprintsのような、カルチャーの改善に向けた業界での取り組みに積極的に参加する企業もある。
  7. 一部の企業では、「ゼロトレランス」という用語を、「管理されていない」リスクまたは「設定限度を超えた」リスクに対するものとして捉え直している。
  8. 現在、大半の企業は、何を達成したのかという実績(What)だけでなく、どのように目標を達成したのかというコンダクト(How)の側面についての正式な評価を導入し始めている。
  9. 入社してから日が浅く、日々の問題点を提起することや深刻な問題について率直に話すことに気後れしている職員に対する支援グループを新たに設置した企業もある。ある企業は、若手職員から提起された問題を収集し、それを経営陣に報告するための新しい委員会を設置している。
  10. 一部の企業では、スピークアップを確実に受け止め、理解することを目的の1つとして、全ての新入社員に対してバディ(Buddy)を任命している。バディは、部署内ではなく、他部署から選ばれることが多い。
  11. 管理職が問題提起やスピークアップにあたる話を聞く際に、相手が一歩踏み込んで話せるよう配慮できることを目指し、聞く技術に関する特別なトレーニングを実施している企業もある。
  12. 優れたリーダーシッププラクティスの例としては、上級管理職と非公式に直接話せる環境を作ること、管理職がチーム全体の福利(Wellbeing)を十分に検討していること、部門・部署を横断した実効的な協力関係を築くこと、CEOメッセージを伝達する際に中間管理職が入念に配慮することなどが挙げられる。

企業目的、原則、価値観

企業目的(Purpose)に着目していることも、今回のペーパーの特徴と言えます。日々の業務の中でコンダクトリスクを峻別し正しい判断行動を行う上で、職員の行動に対する動機付けや判断基準を与えるという点で、企業目的(Purpose)、原則(Principles)、価値観(Values)は非常に重要になると思われます。

また、今回のペーパーでは企業目的に加えて個人の目的(Personal purpose)についても触れています。調査の結果、企業目的が明確に定められていると認識している職員は90%以上と高い割合を示しているものの、企業目的を明確に説明できる人は少なかったとされています。その原因は企業目的が表面的なものであることや、自身の業務や自身の担う役割・責任に当てはめた時に具体的にどのように解釈・関係するのかが明確にイメージとして持てていないことにあると述べられています。

日本国内でもここ数年、企業目的や行動規範を見直す金融機関が多く見られますが、職員一人ひとりへの浸透のためには、自分事として捉えるための仕組みが重要です。今回のペーパーの指摘はこうした認識と共通しており、この観点から個人の目的の重要性が取り上げられています。中でも、個人の目的と企業目的の関連付けや整合性が重視されています。

今回のペーパーでは「共感(Empathy))という言葉が使われていますが、従来の「理解」をより深めた「共感」のレベルに持っていく必要があるということは重要なポイントです。今回のペーパーは比較的、若手の職員を対象とした調査をベースとしていることもあり、こうした共感の重視は世代の違いを反映しているものと思われます。若い世代にとっては報酬や評価は動機の一要素であり、自分の仕事における社会や顧客とのつながりや社会的な意味付け(社会によい影響を与えているという納得)をより重視する傾向を強く有していると考えられます。今回のペーパーはそのような世代がすでに「エンジンルーム」として職場の中心になってきていることに着目し、この層に対してどう働きかけるべきかという視点で書かれています。

一方で、この層の人たちの考え方(本当の判断基準がどこにあるのか、行動動機が社外にある場合はどうコントロールできるのか)や、行動特性に潜むリスク(例えば、SNSなど社外の特定の情報や人的ネットワークに影響されるリスク、一見広い範囲の情報を得ているように見えるが実際には偏った情報にしか触れていないリスクなど)についても分析をすることは、コンダクトリスクを行動の動機だけではなく判断軸(正当化)の観点から見る上でも重要であると言えます。

さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によりリモート環境への移行や副業解禁を進める金融機関も見られますが、公私の区分があいまいになりやすい中でのコンダクトリスク管理の在り方が十分であるのかについて、検証が必要と思われます。


企業目的、原則、価値観に関するよい取り組みとして挙げられている事例

  1. 多くの企業が、パーパスステートメント(Purpose statements)が有意義かつ簡潔であり、幅広いステークホルダーに響く内容になるよう努めている。また、一部の企業では、企業目的やバリューステートメント(Values statements)の大幅な見直しを完了または予定している。
  2. 一部の企業では、現場の職員の意見を反映するため、企業のパーパスステートメント策定や部門における適用方法の決定に職員を直接関与させており、職員は非常に熱意を持ってこれに取り組んでいる。
  3. 一部のラインマネージャーは、職員自身の役割と責任がより広範な企業目的の中にどう位置付けられているかを確実に理解してもらうために、チームで議論する場を設けている。
  4. 企業目的、原則、価値観、目標、モットーといった用語の区別を明確化した企業もある。
  5. 一部の企業では、企業理念を刷新したり、その数を削減したりしており、職員はこうした取り組みを支持している。
  6. ラウンドテーブルディスカッションでは、個人の目標が、これまで取り上げられていなかった潜在的な重要性のある新たなダイバーシティの一要素であることが浮き彫りになった。
  7. 多くの職員は、健全なカルチャーおよび福利(Wellbeing)を支えるためには、個人の目的意識と企業の目的意識との整合が不可欠であると強く主張している。
  8. 一部の職員は、自らの価値観を慎重に検討し、意見を述べる際のよりどころとしている。
  9. 一部のラインマネージャーは、価値観の不整合(通常、個人の役割に対する失望という形で現れる)をもたらす根本原因を識別・是正するための対策を講じている。

結び

以上、本ペーパーのポイントとなる点を概説してきました。今回のペーパーの特徴でもあるように、コンダクトリスクの管理においては、リスクを負の側面だけではなく、正の側面で捉える動きが見られますが、先進的な金融機関はこの観点も踏まえ、現場へ焦点を当てた取り組みや、職員の行動の根底にあるカルチャーや企業目的に焦点を当てた取り組みなどを行っています。

今回までの4回の5Conduct Questionsで、焦点がトップからミドルマネジメントに推移し、今回はエンジンルームとも言うべき若手になったことから、今後はカルチャー浸透におけるラストワンマイルをどのように解決するかに焦点が移っていくと考えられます。

執筆者

辻田 弘志

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

※ 法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。