IFRSを開示で読み解く(第29回)法人所得税(1)繰延税金資産および繰延税金負債の内訳

2017-10-20

PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
森本 啓

日本基準における「法人税等」に関する会計基準は、IFRSにおいてはIAS第12号「法人所得税」として規定されています。「法人所得税」は「課税所得を課税標準として課される税金」と定義されていることから、その範囲に関しては日本基準における「法人税等」とあまり大きな差異がないと結論付けていると考えられます。一方で、IFRSにおける開示上の要求事項は非常に多く、日本基準においてはあまりなじみのない開示が求められます。そこで、「法人所得税」に関する開示要求がIFRSと日本基準において異なる項目を中心にIFRS適用企業がどのような開示を実施しているか取り上げました(分析対象は2017年4月現在で有価証券報告書を公表済みのIFRS適用企業96社)。

今回から4回にわたり、法人所得税の開示項目別にIFRSと日本基準の要求事項の差異について整理し、差異のある項目について各IFRS適用企業の対応方針を紹介します。

繰延税金資産および繰延税金負債の内訳

今回は「繰延税金資産および繰延税金負債の内訳」を取り上げます。繰延税金資産および繰延税金負債の内訳についてのIFRSと日本基準の主な開示要求は以下のとおりです。

IFRSの開示要求

(1)一時差異、繰越欠損金および繰越税額控除の各タイプについて

(i)財政状態計算書に認識された繰延税金資産(負債)の金額(IAS第12号81項(g)(i))

(ii)包括利益計算書に認識された繰延税金費用(収益)の金額(IAS第12号81項(g)(ii))(※1)

(※1)「繰延税金費用(収益)」は日本基準での法人税等調整額に相当します。

日本基準の開示要求

(1)繰延税金資産(負債)の発生の主な原因別の内訳

繰延税金資産から控除された金額(評価性引当額)がある場合にはその金額

(財務諸表等規則第8条の12および連結財務諸表等規則第15条の5)

繰延税金資産の評価減の方法

上表の(1)に記載しているように、IFRSおよび日本基準ともに繰延税金資産(負債)の発生原因別(タイプ別)の内訳を開示しなければならない点に差異はありませんが、繰延税金資産の評価減の考え方が異なるため、開示方法に違いが生じています。

日本基準においては、将来減算一時差異などの総額に対して繰延税金資産を計算した上で、回収可能性がないと考えられる金額については評価性引当額として一括で評価減することによって純額の繰延税金資産を表示します。

一方で、IFRSにおいては「将来減算一時差異を利用できる課税所得が生じる可能性が高い範囲内で、全ての将来減算一時差異について繰延税金資産を認識」する考え方が採用されており、各発生原因(タイプ)別に回収可能性を評価して個別に繰延税金資産の評価減を行います(IAS第12号24項)。従って、(1)の(i)に記載しているように各タイプ別に財政状態計算書に認識された繰延税金資産(負債)の金額を開示することが要求されています。

例として、棚卸資産に関する繰延税金資産が50存在し、繰越欠損金に関する繰延税金資産が100(このうち70は回収不能と見積もられている)存在している場合、日本基準とIFRSにおいて想定される開示方法は、次の様に異なることとなります。

【日本基準】

一括で評価減する方法(評価性引当方式)

繰延税金資産

 

棚卸資産

50

繰越欠損金

100

小計

150

評価性引当額

△70

合計

80

【IFRS】

個別に評価減する方法

繰延税金資産

 

棚卸資産

50

繰越欠損金

30

 

 

 

 

合計

80

日本基準における一般的な開示は左側の評価性引当方式になりますが、IFRSの考え方によって各タイプ別に評価減を行うと右側の方法になるため、IFRS適用企業ではこの方法で開示を行っています。

繰延税金資産および繰延税金負債の変動の内訳

前述の開示要求の(1)の(ii)によって、IFRSでは繰延税金資産および繰延税金負債の各タイプ別に、包括利益計算書に認識された繰延税金費用の金額の開示が要求されています。これは、繰延税金資産および繰延税金負債の発生原因別に、その変動が日本基準の法人税等調整額として認識された金額を表示するイメージとなります。

これに加えて、IFRSにおいては繰延税金資産および繰延税金負債の変動に関連のある項目として、次の様な開示要求が存在しています。

IFRSの開示要求

(2)資本に直接計上した当期税金または繰延税金の合計額(IAS第12号81項(a))

(3)その他の包括利益の各内訳項目に係る法人所得税の金額(IAS第12号81項(ab))

これらを勘案し、(1)の(i)と(ii)の内容に(2)および(3)などの内容を併せた形式として、次のようなマトリクス形式での開示を行っているIFRS適用企業が74社(77%)と多くなっています。

 

前連結会計年度

純損益で認識

その他の包括利益で認識

直接資本で認識

その他

当連結会計年度

繰延税金資産

 

 

 

 

 

 

棚卸資産

80

△40

 

 

10

50

繰越欠損金

20

10

 

 

 

30

その他

0

 

 

10

 

10

合計

100

△30

0

10

10

90

繰延税金負債

 

 

 

 

 

 

有価証券

△40

 

△20

 

 

△60

合計

△40

0

△20

0

0

△60

繰延税金資産(純額)

60

△30

△20

10

10

30

当該74社について、繰延税金資産および繰延税金負債の変動の内訳項目としてどのような項目を開示しているのか、企業数を以下にまとめました。

 

マトリクス形式の開示を行う場合の増減の内訳項目

IAS第12号における開示要求がある場合の項番号

開示企業数

構成比(マトリクス形式の開示を実施している企業74社に占める割合)

1

純損益で認識

81項(g)(ii)

74社

100%

2

その他の包括利益で認識

81項(ab)

71社

96%

3

企業結合(合併・取得などの記述を含む)

20社

27%

4

直接資本で認識(会計方針の変更の記述を含む)

81項(a)

11社(7社)

15%(9%)

5

連結範囲変更による変動

6社

8%

6

為替換算差額

4社

5%

7

売却目的保有グループへの振替

1社

1%

8

子会社の売却

1社

1%

その他

29社

39%

毎期発生すると考えられる「1.純損益で認識」(繰延税金費用=法人税等調整額で認識)、および「2.その他の包括利益で認識」についてはほぼ全ての企業が開示しています。一方で「3.企業結合」や「5.連結範囲変更による変動」などについては該当する取引や事象が発生した企業のみが開示を行っていると想定されます。

「4.直接資本で認識」についてはIAS第12号で開示が要求されていることもあり、11社が金額を開示するための欄を設定していますが、そのうち4社は金額が0であるとしていますので、実際には7社(表内のカッコ書き部分)がマトリクスの中で該当事象の存在を開示しています。資本を相手勘定として繰延税金資産および繰延税金負債を認識する処理についてはあまりなじみのない方も多いと思いますが、IAS第12号においては「資本に直接認識される項目に関する繰延税金は、資本に直接認識しなければならない」こととされています(61A項(b))。7社の開示において注記などで明記されている事例としては、次のような項目があります。

  • 資本性金融商品の発行に係る取引費用に対する繰延税金
  • 複合金融商品の資本部分に対する繰延税金
  • 会計方針の変更を遡及(そきゅう)適用しない場合に期首時点で認識する累積的影響に対する繰延税金

一般的に在外子会社が存在する状況で貸借対照表項目の変動の内訳情報を開示する際には、為替レートの変動によって為替換算差額が発生することになりますが、増減の内訳として「6.為替換算差額」を個別に開示している企業は4社にとどまっています。「その他」の欄を設定している企業においてはこの中に換算差額を含めている可能性が考えられますが、残りの企業においては為替換算差額を集計するための固有の欄は設定していません。この点について、「6.為替換算差額」を個別に開示していない企業のうち24社においては「(マトリクスの)純損益で認識された額の合計と繰延税金費用(法人税等調整額)合計との差額は為替の変動による」旨を注記していることから、換算差額をそれぞれの増減内訳項目に含めて開示していることが想定されます。

一方で、マトリクス形式の開示を行っている企業の半数にあたる37社においてはマトリクスの「1.純損益で認識」の合計と繰延税金費用(法人税等調整額)の合計を一致させています。従って、これらの企業において在外子会社が存在する場合には、その一時差異などについて発生原因(タイプ)別に為替換算差額の計算を実施し、「6.為替換算差額」もしくは「その他」の欄に集計していることがうかがわれます。

繰延税金資産および繰延税金負債の変動の内訳についてはマトリクス形式で変動の内訳項目別に金額を開示する企業が多数派となっていますが、為替換算差額をどのように開示するかについては企業によって対応が分かれているようです。

※法人名、部署、内容などは掲載当時のものです。

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