
テクノロジー・メディア・情報通信における世界のM&A動向:2025年の見通し
AIブーム、テクノロジーとビジネスモデルの継続的なディスラプションに伴い、テクノロジー・メディア・情報通信(TMT)分野のM&Aは2025年も活発に行われる見込みです。
2025-02-17
※本稿は、2024年12月に日経クロストレンドに寄稿した記事を再構成したものです。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
日本政府(官邸知的財産戦略本部)は2024年6月初めに「新たなクールジャパン戦略*1」(以下、「リブート版」)を「リブート(再起動)」という言葉とともに示した。このリブート版では、2022年時点で4.7兆円である日本のコンテンツの海外市場規模を、2033年にはその約4倍にあたる20兆円にすることが目標として示されているが、これは達成可能な目標値なのだろうか。またそれが、業界にとってだけでなく、日本に住む私たちにとってどのような意味を持つかについても検証していきたい。
日本政府は、2010年に国策として「クールジャパン戦略」を初めて提示した。2012年には担当大臣が内閣に置かれ、2013年にはクールジャパン推進会議、そして官民ファンド「海外需要開拓支援機構(通称「クールジャパン機構」)」の設立などを経て、クールジャパン戦略は過去14年にわたって継続してきた。
最初にクールジャパン戦略が示されて以降、国際収支におけるサービス収支は改善した。中でも、旅行は2015年に、コンテンツなどを含む個人・文化・娯楽サービスは2019年に黒字化するなど、日本のマクロ経済への貢献は小さくない*2。だが、昨今、DXの進展によるクラウド利用の急増などを受けて、通信・コンピュータ・情報サービスの国際収支が急速に悪化し、サービス収支全体の赤字が拡大してきた。そのような中、一層の効果を期待しての「リブート(再起動)」となった。
加えて、新型コロナウイルス感染症の世界的流行(コロナ禍)に伴うさまざまな社会変化を考慮し、これまでの政策への反省を込めてクールジャパン戦略をリブートすることで、従前からの最終目標である「日本のソフトパワーの強化」をさらに推し進めようという意図がある。
ここまでで、読者の中には「クールジャパンは、コンテンツの海外展開支援のことではなかったのか」という違和感を覚えた人もいるだろう。それもそのはず、冒頭に示したクールジャパン戦略の前哨となる政策(2000年のe-Japan戦略からクールジャパン戦略提示まで)では、コンテンツ産業振興の位置づけが異なるのだが、それが広く理解されないままになっているからだ。
2000年代初め、世界に広がるインターネットで流通可能な情報財としてのコンテンツ、特にアニメやゲームなど海外で一部のファンから強い支持を得ていたポップカルチャーに政府は注目し、その人材育成や海外展開を支援し始めた。「国がアニメやゲームを支援」と話題になり、クールジャパンならぬ「ナショナル・クールという新たな国力世界を闊歩する日本のカッコよさ」という論文*3が有名になったことも加わって、旧来なかった政府の姿勢に対する印象が残っている人も多いだろう。
その後、2010年に当時の民主党政権下でコンテンツだけではなく、より幅広い対象、つまり食やファッション、文化・生活スタイル全般の認知を世界市場で広げ、日本からの輸出品、ひいては日本そのもののブランド力を高めることで、国際競争力(≒ソフトパワー)を高める国策として「クールジャパン戦略」が策定され、コンテンツ海外展開支援策が取り込まれることになった。だが、2011年の東日本大震災など未曽有の災害の発生とタイミングが重なったこともあり、その報を耳にすることができないままとなった人も多いのではないか。しかし、その政策としての成果は、物財からサービスや情報へと価値の重心が移っていく世界動向に沿ったこともあり、サービス収支の改善に貢献したのは前述のとおりだ。
図表1:コンテンツ海外展開の単独支援から、複数領域の組み合わせ支援へ
2013年以降の総力戦としてのクールジャパン戦略では、未だ少ないと思われていた日本ファンを、コンテンツの海外展開を通じて増やすところから始めるとされていた。しかし、コロナ禍で巣ごもり消費を強いられた全世界の家庭で、VOD(ネット経由ビデオ配信)サービスなどを通じて一気に日本のコンテンツに対する認知が高まり、グローバル市場で一大ジャンルとして日本アニメの地位が急上昇した。その結果として日本ファンの激増という状況を反映したのがリブート版クールジャパン戦略である。コンテンツ産業の海外展開も今以上の拡大が期待されており、2022年時点(4.7兆円)から2028年までに約2倍(10兆円)、2033年までに約4倍(20兆円)とすることが政府目標として示されている。もちろん①コンテンツに加えて、②食、③ファッションなど生活スタイル、④インバウンドというサービス財(情報財)としての収支を高め、日本の国際競争力を高めることが、クールジャパン戦略の最終目標であることは変わらない。リブート版では、これら目標の実現に不可欠なマーケティングインテリジェンスの整備、数値ベースのPDCA管理、そして①~④の各要素が連携し、単なる玉突き的な対応ではなく、全体として良循環を作り上げることが重要だとしている。
リブート版で基幹産業として位置づけられたコンテンツ産業の構造や現状を再確認しておこう。
最初に、実は「コンテンツ(流通するメディアから分離した知的財産=IP)」そのものが相対的に新しい概念であり、未だ確立された統計手段が存在しない領域であることを理解しなくてはならない。
例えば、映画というコンテンツも、1)劇場上映、2)DVDやBlu-rayなどのパッケージ流通、3)VODでの配信、4)テレビでの放映など、作品そのものは変わらずとも異なるチャネルとビジネスモデルで流通(バージョニング)するだけでなく、コンテンツの一部(キャラクターや楽曲など)を抜き出して別の商財とすることもある。あるいは、物語の表現方法を改変(小説化や漫画化)する、物語そのものを拡張するなど、多種多様な派生商財(デリバティブ)が存在している。これらの消費形態としては、キャラクターグッズなど物財としての「購入」「所有」はもちろん、視聴に加えてイベントや展示への参加、ファン同士の交流・再生産といった「体験」など、幅広い。そのため、興行成績やパッケージの売上高などは個別に示されることもあるが、デリバティブまで含めたコンテンツ単位での市場規模把握は非常に難しいのが現実だ。
日本国内では、コンテンツへ投資し(資本:Capital)、コンテンツを創り(創作:Creator)、配る(配給:Channel)ことを通じて、生活者がファンとなり関連グッズなどの購入・所有(Commerce)や、イベントへの参加やソーシャルメディア上での交流といった体験(Community)として消費され、その経済活動が生み出す利益とロイヤリティがまた新たなコンテンツの創出へとつながるという循環が、メディア生態系の一部として、複数の企業の有機的な連携によって実現している。日本を代表するビッグIPは、このコンテンツとそれを取り巻く5つのC(Capital/Creator/Channel/Commerce/Community)がうまく循環したことで、結果としてその存在になり得たのだ。私たちはこのコンテンツの生態系モデルこそが、日本のコンテンツの海外展開を成功させる上でキーになると着目している。
※PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)はコンテンツの生態系モデルとして、Contentを取り巻くCapital/Creator/Channel/Commerce/Communityを上記のように整理した。以下、本稿ではContentとそれを取り巻く5つのC(5C)として、本モデルを「5Cモデル」と略記する。
日本以外の国では、「映画は映画」「ゲームはゲーム」と産業区分ごとに独立して運営されており、コンテンツ(IP)単位での経済圏や生態系の形成はあらかじめ想定されていない。キャピタルパートナーは金融機関、ロイヤリティについてはマーケティング会社や教育機関といった専門機関が契約ベースで担う受発注関係であるため、チームといった強い結びつきが生まれないからだ。例えば日本の製作委員会方式のような、複数のステークホルダーが一つのコンテンツのヒットを目指して連携することで生まれる生態系の強みは、熱狂的なファンダムや世代を超えたコミュニティの形成にあり、コンテンツの人気の持続やその波及効果に直結する。だからこそ、この5Cモデルをあらかじめ設計し、良循環の再現性を高めることが重要なのだ。
PwCは年次調査「グローバル エンタテイメント&メディア アウトルック」(以下、「アウトルック」)で世界および主要国のメディア関連市場規模の把握と成長予測を20年以上にわたって行い、業界内で標準データの地位を得ている。しかし、流通=メディア別の市場規模の詳細は見えても、コンテンツの種別や作品単位での広がり、その生態系の全体像までは把握できていないのが実際だ。
そのため、PwCコンサルティングのエンタテイメント&メディア・インダストリー・イニシアチブでは、リブート版実現に向け、より詳細なプラン策定に必要不可欠な補完データの収集・推計を行った。結果として、同戦略では4.7兆円とされた、全世界における日本のコンテンツの市場規模は、現時点の推計では11.1兆円程度の可能性があることが判明した。
検証の手順として、まず主要な業界団体が公表している数値を合算した4.7兆円(4兆7,000億円)市場の構成内容を再度確認し、その内部および外部で含まれていない商財市場を特定。さらに、これに含まれておらずかつ市場規模が非公開のものは、独自に国内外の関係者へインタビューし推計を行う、というものである。リブート版でも今後これらの数値を官と構成業界団体が連携しながら整備すること(インテリジェンス)の重要性が述べられている。そのため 今後、これらの数値が各団体から継続的に公表されることを期待したい。
今回の推計では、コンテンツの提供の方法に応じて市場をa~dの4つに分類(aは、さらに経緯から2種類の市場で構成)している。
a)は、国内事業者が自社・子会社で直接または海外事業者を介して提供されたものである。リブート版で示されているのは、国内の業界団体などが示した海外市場統計を合計した①4兆7,000億円市場だが、それに加えて②を設定している。
②は、①の基となった統計から除外されている市場構成要素(②-1)と、そもそも①に入っていない市場(②-2)の2つから構成され、合計を2兆1,000億円と推定した。②-1には、例えば①の「アニメ」の海外市場の中で、アプリ・ゲームやグッズなどのデリバティブで十分に網羅されていないものをカウントしている。また、②-2のように、そもそも①に含まれていないもの(ジャンル)として、キャラクターグッズや楽曲などの市場がある。
b)③は、海外で製作された日本のコンテンツ由来のゲームや世界各地のアニメなど、日本のコンテンツ関連イベントの市場を指し、1,400億円程度であると想定される。
そして、c)では、クリエイターたちが日本から直接、SNSなどのさまざまなプラットフォームを通じて発信する市場④(2兆2,000円億円程度)を挙げた。
最後に、d)⑤では、上記全てに含まれない「非正規流通」いわゆる海賊版市場も、潜在的なコンテンツ市場として加えた*4。この市場については、被害額は2兆円程度との数値を採用している。
仮に2033年に20兆円市場規模を達成することが目標として適切であれば、現状の2倍弱の成長を、どの市場で、いかに実現するかが重要になってくる。
現状の市場規模が4.7兆円ではなく、11.1兆円だとしても、コンテンツの世界市場を20兆円にするためには、それなりの戦略が不可欠だ。独自にコンテンツを作り、広げ続けるだけではなく、リブート版にも示されているとおり、食やライフスタイルなどのジャパン・プロダクツ、インバウンドなどジャパン・エクスペリエンスの良循環を幾重にも組み合わせるスコープをコンテンツ産業側から提示していくことが望ましい。
前述の5Cモデルは、ジャパン・コンテンツからジャパン・プロダクツ、そしてジャパン・エクスペリエンスへと連携し、資金とロイヤリティやタレントが循環し、新たなコンテンツ、プロダクツ、エクスペリエンスを生み出す仕組みとなる。この5Cモデルの良循環を海外において再現するには、起点となるコンテンツを現地生産する必要はなく、ファンを囲むChannel、Commerce、Communityを整備し、そこからのCapitalとCreatorへの循環を確立すればよい。
従来、コマースの主体となるグッズなどはモノが中心であり、日本からの輸出が主であった。しかし、現在では3Dプリンターなどの活用により、従来とは異なる流通コストの少ない「輸出」もあり得るだろう。その際、世界各地で生産され当地の創意工夫が加わった再創作商品については、安全や品質などの面から審査し、「プロデュースド・バイ・ジャパン」「デザインド・イン・ジャパン」「ジャパン・クオリファイド」といったデジタル技術を活用した認証を付して積極的・自立的に増大させていくことが考えられる。これにより、日本が得るライセンス収入を増やし、資金の循環を促す。
また、日本を来訪する人々の満足を高めると同時に、そこでの経験を基にしたコンテンツの制作や発信を支援し、さらにはクリエイターを国内へと呼び込み創作の地とするような取り組みも重要だ。あるいは母国に戻って創作されたコンテンツについても、日本をハブとして編集者や日本の読者の評価を得ながら洗練させ、日本メディアの発信でより多くの人々の目に留まるコンテンツへと昇華させていく。そのようなプロセスを作り上げることが、さらなるロイヤリティやタレントの循環を生む。
このように、リブート版で示されたさまざまな要素から構成されるループをフライホイール(はずみ車)に変化させ、世界市場での多様な活動を日本へと還元させることが大事だろう。つまり、リブート版でも言及されている「再投資」をどのように実現するかということになる。5Cモデルの資金とロイヤリティの循環はそれを示しており、今後、政策で示された概念を具体化する際にフレームワークとして役立つだろう。
今やジャパン・コンテンツはリンガフランカ(母国語以外の共通言語)となり、今後、世界のZ世代はアニメを共通語として、さまざまな事柄を語り合えるようになるだろう。このジャパン・コンテンツを通じて「大きな物語」を共有することができるという、これまで(ごく一部の複言語使用者を除くほとんどの)日本人が経験してこなかった機会をどう生かすかが、あらゆる産業に問われるだろう。そして、ジャパン・コンテンツ同様、ジャパン・プロダクツとジャパン・エクスペリエンスも海外の人にも親しんでもらえるようにすることが、無形資産の活用という点で少子高齢化が進行する日本の未来のエンジンになるのではないか。
このように日常に生きるビジネスパーソンやマーケターにとってもクールジャパン政策は他人ごとではない。既存のヒット作を追うだけではなく、今後生まれるだろうヒット作のために従来の製造の枠組みを超えた柔軟なグッズ生産と認証をめぐるイノベーション、ファン・コミュニケーションのデータ・モニタリングや海外を含むタレントのコラボレーションの場の構築など、コンテンツの周辺で広がり、伸びる領域は多くある。
今回私たちは、リブート版のコンテンツ産業に関する現状理解の検証を通じて、政策自体には描かれていないゴール達成までの筋道を描くことで、リブート版が導く未来を想像した。次には、クールジャパン政策の過去の苦戦の理由や、今回リブートが可能になった理由、そしてジャパン・コンテンツが改めて世界に羽ばたくきっかけとなったできごとなどについても検討していきたい。
*1 知的財産戦略本部, 新たなクールジャパン戦略, 2024 年 , 2024年9月17日, https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/pdf/siryou4.pdf
*2 財務省, 国際収支の推移, 2024年, 2024年9月17日, https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/reference/balance_of_payments/bpnet.htm
*3 Douglas McGray, (2003), 中央公論, 118(5), (通号 1428), 2003.5
*4 一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA), CODAの著作権侵害対応と正規流通促進への取組, 2024年, 2024年9月17日, https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r05_04/pdf/94015701_01.pdf
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