【第4回】TCFDとは何か?

※本稿は、2023年5月1日号(No.1676)に寄稿した記事を転載したものです。
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この記事のエッセンス

  • G20をはじめとする国際的な枠組みのなかで、TCFDが設置され、気候関連の財務情報開示に関するTCFD提言を公表した。この提言は、気候関連の財務情報開示について、セクターおよび各法域において採用可能な提言を策定し、それを支えるガバナンス、戦略、リスク管理および指標と目標の4つの柱を明らかにした。さらに、推奨される開示、全セクターに関して共通するガイダンスおよび特定のセクターに関する補足的ガイダンスを提供している。
  • 推奨される開示は、4つの柱の考え方を中心として構成され、開示項目を提案している。推奨される開示は、スコープ1、スコープ2、該当する場合はスコープ3のGHG排出量、および関連するリスクの開示を求めている。すでに、TCFD提言に基づく情報開示は、2021年より英国において導入されており、監督当局によるレビューおよび報告書の公表が行われている。

はじめに

有価証券報告書においてサステナビリティ情報の開示が義務化されるなど、カーボンニュートラルを目指した脱炭素の取組みが待ったなしの状況となっている。経理部門においても、気候関連の情報開示やグリーンボンドによる資金調達など、脱炭素の取組みに関与する機会が増えると予想され、ある程度の知識が必要となる。しかし、伝統的な財務会計に基づく情報の開示とは異なる分野であるため、理解が進みにくいと推察される。そこで、脱炭素の基礎的な事項および経理部門に関連する事項を、わかりやすいQ&A形式で解説していく。

第4回は、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Forceon Climate-related FinancialDisclosures。以下、「TCFD」という)および気候関連財務情報開示タスクフォースの提言最終報告書(Final report Recommendationsof the Task Force on ClimaterelatedFinancial Disclosures。以下、「TCFD提言」という)について解説する。なお、記載については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

Q1 TCFDおよびTCFD提言とは何か

サステナビリティ開示基準をめぐる議論などで、「TCFD」や「TCFD提言」という単語が散見される。これらは、どのようなものか。

(1)TCFDとは

地球温暖化は、人為的に排出される温室効果ガス(Greenhouse Gas(以下、「GHG」という))によってもたらされるとされている。地球温暖化に伴う気候変動は、気温上昇、暴風雨の激化、干ばつの増加などをもたらし、社会に対してさまざまなリスクを高めると予想されており、すでに一部が顕在化している。この影響は企業にも及び、洪水等の発生リスクや気候変動に対する機会創出などにより、財務上の影響が生じる可能性が認識されている。2015年4月に開催されたG20のCommunique(共同声明)のAnnex(付属書類)におけるIssues for Further Actionとして、「G20は、金融安定理事会(FinancialStability Board(FSB))に対して、公共部門および民間部門の参加者を招集し、気候変動関連問題について金融セクターがどのように考慮するかについて検討を要請する」との一文が入れられた。

FSBは、金融安定化フォーラム(Financial Stability Forum)を強化および拡大する形で2009年(平成21年)4月に設立された、国際金融に関する措置、規制、監督などの役割を担う機関である。2022年末時点で、主要25カ国および法域の中央銀行、金融監督当局、財務省、主要な基準策定主体、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、国際決済銀行(BIS)、経済協力開発機構(OECD)等が参加しており、日本からは財務省、金融庁および日本銀行が参加している。

このFSBがG20の要請に基づき設置したのが、TCFDである。TCFDは、気候変動要因に関する適切な投資判断を促すための一貫性、比較可能性、信頼性、明確性をもつ、効率的な情報開示を促す提言の策定を目指して議論を重ね、2017年6月にTCFD提言を公表した。世界中の企業および機関が、この提言への支持を表明している。

(2)TCFD提言とは

FSBにより設立されたTCFDの提言について、特徴、役割および主な事項については次のとおりである。

① 特徴

特徴TCFDは、気候関連財務情報開示について、セクターおよび各法域において採用可能な、4つの提言を策定した(図表1)。

図表1:提言の主な特徴

  • すべての組織に適用可能である
  • 財務報告に含まれている
  • 財務上の影響に関する意思決定に有用な、将来情報の開示を求めるよう設計されている
  • 低炭素経済への移行に関連するリスクと機会に特に焦点を定めている

出所:TCFD提言をもとに筆者作成

② 役割

TCFD提言は、銀行、保険会社、資産管理者、資産保有者などの金融機関にも適用可能である。そして、大規模な資産管理者および資産保有者は、投資対象企業等がより適切な気候関連の財務情報開示を実施するよう促す重要な役割を担っている。TCFD提言は、公開される年次財務報告において該当する情報の開示を推奨している。なぜなら、気候関連事項は、多くの組織にとって重要性のある情報に該当すると考えられており、TCFD提言は、既存開示義務をより効果的に果たすために採用しやすい内容であると考えられているためである。

TCFD提言が推奨する一部の事項が、各国の情報開示ルールと整合しない場合、TCFDは、当該項目を決算報告以外のその他の公式な報告書において開示する取扱いを推奨している。この公式の報告書は、少なくとも年次で公開され、投資家等に広く配布され、決算報告と同等の内部ガバナンス体制のもとでの発行が前提とされている。

③ 気候関連のリスクの分類

気候関連のリスクの分類TCFDは、外部環境が与える実際のおよび潜在的な影響を対象とし、気候関連のリスクを、低炭素経済への移行に関連する移行リスクと、気候変動の物理的影響に関連する物理的リスクの2つに分類した。

低炭素経済への移行は、気候変動に関連する緩和と適応の要求事項に取り組むための広範な政策、法律、テクノロジー、市場の変化を伴う。これらの変化の性質、スピード、および焦点に応じて、移行リスクは組織に対してさまざまなレベルの財務リスクと評判リスクをもたらす可能性がある。具体的には、政策と法的リスク、テクノロジーリスク、市場リスクおよび評判リスクを識別している。

物理的リスクは、資産に対する直接的損害や、サプライチェーンの中断による間接的影響などにより、組織に財務上の影響を及ぼす可能性がある。気候変動に伴う物理的リスクには、急性的リスクと慢性的リスクがある。急性的リスクは、個別事象に基づく突発的なリスクであり、サイクロン、ハリケーン、洪水などの極端な気象現象の過酷さの高まりを含む気象事象により引き起こされる。

慢性的リスクは、海面上昇や慢性的な熱波を引き起こす可能性のある気候パターンの長期的な変化により引き起こされる。

④ 気候関連の機会

気候変動を緩和し、適応させるための取組みはまた、組織に機会をもたらす。たとえば、資源効率とコスト削減、低排出エネルギー源の採用、脱炭素関連の新製品とサービスの開発、新しい市場へのアクセス、レジリエントなサプライチェーンの構築などである。

⑤ 財務上への影響

気候関連のリスクや機会が、組織の財務に対してどの程度影響するかについて、よりよい開示を提案することは、TCFDの活動の重要な目標である。図表2のとおり、気候関連のリスクと機会が、損益計算書、キャッシュ・フロー計算書および貸借対照表に反映され、組織の将来の財政状態にどのような影響を与える可能性があるかについて理解できるように、情報が提供される必要がある。気候変動は、組織の経済活動のほぼすべての分野に影響を及ぼすが、影響に晒される種類と水準、および気候関連リスクのその程度は、セクター、業界、地理および組織によって異なる。

図表2 気候関連のリスク、機会および財務上の影響

(3)TCFD提言と開示

TCFD提言は、組織運営方法の中核要素である、ガバナンス、戦略、リスク管理および事業評価にかかる指標と目標(図表3)について、開示を推奨している。これは、報告を行う組織が気候関連のリスクと機会についてどのように考え、評価しているかもわかる開示となっており、投資家等の理解の促進に有用な内容となっている。またTCFDでは、すべての組織が提言および推奨開示のための体制を整備できるよう、ガイダンスも作成している。ガイダンスは、推奨開示にかかる背景情報の提供や開示方法の提案を通じて、情報開示に向けた準備作業の支援にも利用できる。

図表3 CFD提言の4つの柱

TCFD提言では、全セクターに関して共通するガイダンスと特定のセクターに関する補足的ガイダンスも提供されている。TCFD提言および推奨される開示ならび両ガイダンスは整合性を保っており、その構造を図表4に示す。

図表4 提言、推奨される開示、およびガイダンス

(4)気候関連シナリオ

TCFDでは、2030年や2050年の将来に向け、「2℃以下シナリオ」や「1.5℃シナリオ」といった複数のシナリオを用いた分析を推奨している。ここでいう2℃および1.5℃は、産業革命以前の平均気温を基準とした差を示している。組織戦略のレジリエンスを説明するためには、複数の異なる気候関連シナリオを用いた分析の実施が求められている。

そしてシナリオ分析から導き出された、潜在的な気候関連のリスクと機会への戦略的対応に関する情報開示は、気候変動が組織にもたらす潜在的な影響を、投資家等がより深く理解するために必要である。TCFD提言は、このようなシナリオ分析が、意思決定に有用な気候関連財務情報の開示を推進するうえで、重要であるとしている。

Q2 TCFD提言ではGHGに関連して、どのような開示が推奨されているのか

TCFD提言は気候関連財務情報の開示に関して提言しているが、具体的にGHGについてどのような開示をすべきといっているのか。

TCFD提言における情報の開示は、図表3で示した、4つの柱の考え方を中心として構成され、推奨される開示が提案されている。

(1)TCFD提言の4つの柱に関連して提案される開示

図表1で示した4つの包括的な提言は、報告を行う組織が気候関連事項をどのように評価しているかを投資家やその他の人々が理解するのに役立つ情報を含む枠組みを構築する、主要な気候関連財務情報開示によって支えられている。次頁図表5が、TCFD提言において推奨されている開示である。

記述すべき情報の詳細は、TCFD提言および「気候関連財務情報開示タスクフォースの提言の実施」(Implementing theRecommendations of the TCFD)において説明されている。指標と目標は、その情報に重要性がある場合、気候関連のリスクと機会を評価し、管理するために使用される指標と目標を開示する対応が求められている。

なお、第3回で説明したスコープ1、スコープ2およびスコープ3の開示は、指標と目標において、重要な項目とされている。推奨される開示としてスコープ1、スコープ2、該当する場合はスコープ3のGHG排出量、および関連するリスクについて開示が求められている。

図表5:推奨される開示

ガバナンス 戦略 リスク管理 指標と目標
気候関連のリスクと機会に関する組織のガバナンスを開示する。 気候関連のリスクと機会が組織の事業、戦略および財務計画に及ぼす実際の影響と潜在的な影響について、その情報に重要性がある場合、開示する。 組織がどのように気候関連リスクを識別し、評価し、管理するのかを開示する。 その情報に重要性がある場合、気候関連のリスクと機会を評価し、管理するために使用される指標と目標を開示する。
推奨される開示 推奨される開示 推奨される開示 推奨される開示
a)気候関連のリスクと機会に関する取締役会の監督について記述する。 a)組織が識別した、短期、中期および長期の気候関連のリスクと機会を記述する。 a)気候関連リスクを識別し、評価するための組織のプロセスを記述する。 a)組織が自らの戦略とリスク管理に従って、気候関連のリスクと機会の評価に使用する指標を開示する。
b)気候関連のリスクと機会の評価および管理における経営陣の役割を記述する。 b)気候関連のリスクと機会が組織の事業、戦略および財務計画に及ぼす影響を記述する。 b)気候関連リスクを管理するための組織のプロセスを記述する。 b)スコープ1、スコープ2、該当する場合はスコープ3のGHG排出量、および関連するリスクを開示する。
  c)2℃以下のシナリオを含む異なる気候関連のシナリオを考慮して、組織戦略のレジリエンスを記述する。 c)気候関連リスクを識別し、評価し、管理するプロセスが、組織の全般的リスク管理にどのように統合されているかを記述する。 c)気候関連のリスクと機会を管理するために組織が使用する目標、およびその目標に対するパフォーマンスを記述する。

(出所)TCFD提言をもとに筆者作成

(2)TCFD提言の適用において、どのような問題点が識別されているか

2022年7月に、英国の英国財務報告評議会(FRC)は、金融行為規制機構(FCA)の協力のもとで実施した、TCFD開示および財務諸表における気候に関するテーマ別レビューの報告書を公表した。テーマ別レビューにおけるTCFD提言の4つの柱に関する主な検出事項の要約は、図表6のとおりである。

図表6:4つの柱に関する検出条項の要約―TCFD提言を適用した開示

項目 内容
ガバナンス
  • 期待どおり、すべての企業は、気候関連事項のガバナンスに関する情報を提供していた。
  • 以下について説明する企業は少数であった。
    • 取締役会が気候関連事項を考慮する頻度
    • 経営陣が取締役会に報告する方法
    • 気候関連のパフォーマンス目標が設定されたかどうか
    • 気候が主要な設備投資、取得および処分に与える影響
戦略
  • すべての企業が何らかの気候関連のリスクと機会を説明したが、戦略への影響は一般的に明確に表現されず、事業や地域に関連する詳細な情報が欠落している場合があった。
  • 気候関連のリスクと機会に関する一部の企業の説明は、リスクを犠牲にして、過度に機会に焦点を合わせているようにみえた。
  • 多くの企業でシナリオ分析が実施されたが、提供される詳細な情報の水準はさまざまであり、定量化された結果を開示した企業は、わずか4分の1にすぎなかった。
  • シナリオ分析がどのように財務計画に情報を提供したかは、大抵のレビューから明らかではなかった。
リスク管理
  • 気候関連事項のリスク管理は、ほとんどの企業の全般的なリスク管理プロセスに統合されていた。
  • 気候リスクが他のリスクに対してどのように優先されているかは必ずしも明確ではなかった。
  • マテリアリティは、しばしば十分に説明されていなかった。
指標と目標
  • 法定の報告にも義務づけられているスコープ1とスコープ2の排出量に焦点が当てられ、スコープ3の排出量またはその他の気候関連のリスクと機会の指標を報告する企業は少数であった。
  • 多くの企業がネットゼロ目標を報告したが、その説明に明確さと整合性が欠けていた。
  • 指標の過去のデータと変動の説明が、常に提供されていなかったため、どのように企業が目標に対して進捗しているかについての理解が困難であった。

(出所)FRC2022年7月「CRR Thematic review of TCFD disclosures and climate in the financial statements」をもとに筆者作成

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執筆者

川端 稔

監査事業本部 パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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石川 剛士

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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