報告義務の対象が拡大――EUタクソノミー最新動向(1)

2024-01-10

※本寄稿記事は日経ESG 2023年12月号寄稿記事を基に再構成、了承を得て掲載したものです。
※発行元の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名・役職などは掲載当時のものです。

欧州連合(EU)の「タクソノミー」が対象とするビジネス分野が拡大している。
日本企業の大規模EU子会社も「グリーン事業」の報告義務が生じる。

1. なぜサステナビリティ分類法を使用するのか

今年も世界中で記録的な熱波と異常気象が続いた。グリーンで持続可能な経済へ変革する必要性がこれまで以上に高まっている。ただ、変革には資金を要する。ESG投資を引き込む強力なパイプラインが必要だ。

グリーン事業に投資を引き込む

PwCは、ESG関連の運用資産が2026年までに33兆9000億ドルに増え、世界中で運用される総資産の20%を超えると予測している*2。しかし、ESGが主流になるにつれ、資本提供者や政府、市民社会は「グリーンウオッシュ」への懸念を強めている。「グリーン」「持続可能性」を高いレベルで実現している投資商品を見極めるため、世界中の多くの国でタクソノミー(分類法)の導入や開発が始まった。タクソノミーは、どのような事業活動が「グリーン」または「持続可能」であると分類できるかを明確に定義したものだ。投資家や企業、規制当局の共通言語として使われることを目的としている。

欧州連合(EU)のタクソノミーは最も野心的と見なされている。EUタクソノミーは、生態学的に持続可能(グリーン)な経済活動を分類するEU独自の定義と、企業などに求める報告の要件を定めている。具体的には、「グリーン」の定義に当てはまる活動による売上高や、設備投資、営業支出といったKPI(重要業績評価指標)の報告を求める内容だ。企業が報告する情報は、EUの成長戦略「欧州グリーン・ディール」の重要な指標となる。この戦略はEUを資源効率が高く、近代的で競争力のある経済に変革することを目的としており、パリ協定やその他の環境目標を達成するために今後10年間で1兆ユーロ以上のサステナブル投資の確保を目指す。このサステナブル投資の「質」を確保する重要な手段が、EUタクソノミーである。

EUだけでなく日本企業にも

EUの動きは他の国にも波及している。日本では経済産業省が、温室効果ガス集約型産業を対象に、50年のカーボンニュートラル達成に向けた移行ロードマップを策定し、21年に「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」を発表した。このガイドラインは企業が資金を調達する際、企業の脱炭素戦略や活動がトランジション・ファイナンスの対象となるかどうか、金融機関が判断する助けとなる。

また、中国は15年、タクソノミーと同様の仕組みである「グリーンボンドカタログ」を策定した。EUと中国は相互運用に向けて調整中だ。またマレーシアやシンガポール、韓国など10以上の国とASEAN(東南アジア諸国連合)が独自のグリーンタクソノミーを開発している。

経産省ガイドラインやアジアのタクソノミーに法的拘束力はない。ただ金融市場の参加者は、事業を行う国の規則に従うことになるため、欧州市場で提供されるESGをテーマとするファンドはEUタクソノミーの要件に適合する必要がある。欧州でファンドを提供する日本の資産運用会社が、EUタクソノミーに基づき企業の情報を収集する必要が生じたり、投資対象となる企業に情報開示が求められる可能性がある。

さらに欧州に拠点を置く大企業(日本企業の多くの子会社やサブグループを含む)は、EUで23年1月に発効した「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」の対象となる。これはつまり、対象企業が「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)」とEUタクソノミーに基づいて報告する必要があることを意味する。

図 1: EU Taxonomy - scope and reporting obligation  EUタクソノミー – 対象範囲と報告義務

EUタクソノミーの技術要件は複雑かつ詳細だ。財務データと非財務データの統合を要求されるが、これはサステナビリティ報告に長年の経験を持つ企業でも難度が高い。EUタクソノミーに関する報告書の作成は、新しいガバナンス構造とデータセットの構築が重要となる。どのような種類のデータと能力が必要かを理解するために、EUタクソノミーを詳しく見ていく。

2. EUタクソノミーとは何か

電気機器の製造や使用も対象

タクソノミーの中心となるのは、6つの環境目標である。このうち気候変動に関する2つの目標は21年に発効した後、更新・拡張されている。そして23年6月、4つの環境目標を含むEUタクソノミーが完成した。

図 2: EU Taxonomy Environmental objectives  EUタクソノミー 環境目標

EUタクソノミーは、環境目標、経済セクター(産業分野)、活動ごとに「適格eligible」な活動を定義している。現在は一部の活動が定義された段階で、今後より多くの活動がカバーされる見込みだ。23年6月、気候変動の適応と緩和に関わる改正気候委任法と、気候変動以外の目標に関する環境委任法の施行によって定義された活動が増えた。下の図では、セクターごとにどのような活動が定義されているかを示している。

図 4: Screening process from Taxonomy eligibility to alignment タクソノミーの適格性から適合性までのスクリーニングプロセス

例えば企業が「電気ヒートポンプの設置と運用」といった活動を行うとする。これがタクソノミーの「気候変動の緩和」という環境目標に適合していると見なされるには、いくつかの要件を満たす必要がある。まず、事業活動の「適格性」を確認する。気候委任法でこの活動が指定されていれば、適格と認められる。次に、委任法で活動ごとに定義されている「技術的スクリーニング基準(TSC)」を満たすことを確認する。「電気ヒートポンプの設置と運用」のTSCには、冷媒の地球温暖化係数が決められたしきい値よりも低いことなどが挙げられている。

他の5つの環境目標に対し、重大な悪影響を及ぼしていないか確認が必要だ。「重大な悪影響」を意味する英語の「Do No Significant Harm」の頭文字から「DNSH」と呼ばれる。このDNSHの要件も、活動ごとに委任法で定義されている。最後に、国際的な人権に関する枠組みを満たしていれば、タクソノミーに「適合」であると見なされる。これらの基準のいずれかを満たさない場合、活動は「適格」と分類されるが、「適合」していないと見なされる。

図 3: Sectors with activities defined in the EU Taxonomy  EUタクソノミーで定義されている活動を行うセクター

適合や適格性のある活動を特定できたら、KPIの報告を準備する。KPIのうち収益については、適合する活動の収益が、その企業の収益全体に占める割合を報告する。他に設備投資(CapEx)と運用コスト(OpEx)も、全体に占める適合の割合を報告する。報告の際には、EUタクソノミーに準拠した(適合し、適格な)経済活動と、(適合していないが)適格な経済活動、そして不適格な経済活動の3つを報告する。一般に、EUタクソノミーとの準拠率を高めることが目標とされているが、次の点に注意すべきだ。1つ目に、EUタクソノミーでまだ定義されていない部門は「不適格」な活動として分類される。これはサービス業や、明確な環境目標の設定が難しいなど環境との関わりの少ない多くの活動に当てはまる。例えば林業を除く農業は、適格な活動が定義されていない。2つ目に、一部の要件を満たすことが難しい場合、さらにTSCのうち1つでも満たしていない場合、(適合していないが)適格と判断することが難しい可能性がある。データを入手できない、集計されていない場合は、適合しない活動に分類する。

報告初年度に適合率が1桁の割合にとどまっても、詳細なデータを収集し、実質的な貢献やDNSHの基準への対応を進めることで、適合率を高められる場合もあるだろう。

図 5: Decision tree and KPIs デシジョンツリーとKPI

投資家が準拠を求めるように

EU域内の企業に情報開示を求める企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の対象となる企業は、欧州委員会が提示する標準書式「管理報告書」に、EUタクソノミーに関する情報を開示する。売上高 KPIを開示する時は、情報収集の方法や結果の解釈といった定量的な情報も管理報告書に記載する。また、企業の活動が適合していない場合や、KPIがゼロである場合も報告が必要だ。

最後に、EUタクソノミーは、企業にとって実践と報告が相当な負担になるとみられる一方、持続可能な製品や事業活動の成長を加速する機会でもあることを強調しておきたい。投資家やその他のステークホルダー(利害関係者)は、欠陥や、高度な技術的複雑さがあるにもかかわらず、この新しく進化し続ける「ゴールドスタンダード」に対し企業が責任を持って対処しているかどうかを、いっそう求めるようになるだろう。またさらに多くの国や地域で、同様の仕組みが確立されている。それをよく理解し、課題に対処する実践的なロードマップを構築することが、企業が前進する方法と言える。

主要メンバー

パトリック アルブレヒト

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

Email

中村 良佑

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ