主要国のFATF第4次相互審査結果から読み解く日本への示唆

2021-08-24

金融活動作業部会(FATF)は、マネー・ローンダリング/テロ資金供与対策(AML/CFT対策)に関する国際協力を推進するために設置された政府間会合であり、各国が法執行、刑事司法、金融規制の各分野において講ずべき措置を「40の勧告」として示している。その順守・徹底のために行われるのが相互審査である。足元で各国に対する第4次審査が進められ、本邦も、一昨年実施された対日相互審査の結果について今年6月のFATF全体会合において討議・採択され、8月に公表される見込みである。本稿では、これまでの各国の審査結果や公表後の対応およびFATFの再評価の動きを概観し、本邦が注力すべきと考えられる分野を整理する。

網羅的な改善報告で各国の負担は重く

まず、FATFの相互審査の方法を確認しよう。FATFは、第3次相互審査までは、各国の法制度等について「40の勧告」をもとに技術的コンプライアンス(以下、法令等整備状況)を審査し、4段階で評価してきた。なお、40の勧告は、金融規制のみではなく、半分以上の項目はテロ資金対策の犯罪者の引き渡しなど、犯罪に対する処罰など刑事司法等に係るものである。第4次相互審査では11項目の有効性審査が追加され、AML/CFT対策の制度自体が適切に機能しているかを4段階で評価されることとなった。今回より法令等整備状況と運用状況(有効性項目/Immediate Outcome)の二つの軸で評価することとなったのである。

各項目の評価結果を総合して、各国には「通常フォローアップ」または「強化フォローアップ」が課される。通常フォローアップはいわば合格水準であり、「審査結果報告書の採択から3年後にFATFに改善報告を行う」という最低限の対応が求められるにとどまる。他方、強化フォローアップとなると、最終評価期限(5年後)まで3回程度、FATFに改善報告を行うことが求められ、国としての負担は重くなる。

各国は相互審査終了後、未達成の項目の改善状況に関して、フォローアップ報告時に再評価を受けることとなる。前回の第3次審査のフォローアップの対象となる項目は、当時の審査項目であった「40の勧告」および「9の特別勧告」の未達成項目すべてではなく、「顧客管理」や「テロ資金供与の犯罪化」など、重要な十数項目の中の未達成項目に限られていた。しかし、今回は網羅的なフォローアップ報告が求められており、各国の負担は重くなったといえよう。

金融規制と有効性項目の未達相次ぐ他国の審査結果

次に、2021年6月末時点でFATFが直接審査を実施した30の加盟国・地域の相互審査終了後の結果(フォローアップによる再評価前)を俯瞰してみる。

図表1 項目別に見た第4次相互審査結果(主要国の未達成数、2021年6月末集計)

項目別に見ると、法令等整備状況の審査項目に関しては、金融規制項目の未達成が目立つ(図表1)。審査結果が公表された国・地域の半数以上が未達成となった項目は、「6.テロリストの資産凍結」「8.非営利団体の悪用禁止」「12.PEPs(重要な公的地位を有する者)」「16.電信送金」「22.DNFBPs(指定非金融業者・職業専門家/カジノ、不動産業者、貴金属商・宝石商、弁護士・会計士等)の顧客管理」「24.法人の実質的所有者」「25.法的取り決めの実質的所有者」「28.DNFBPsに対する監督業務」ーーなど、第3次審査では最重視されなかった分野である。

また、今回から技術的審査項目に加わった拡散金融対応に係る「7.大量破壊兵器の拡散防止・制裁」について、未達成となっている国・地域も過半に上る。

同じく今回から審査を開始した有効性項目も総じて厳しい評価である。特に、「IO4.金融機関・DNFBPsの予防措置」は、金融機関やその他事業者のAML/CFT対策の実践状況を評価するものであるが、相互審査実施時に合格水準の「SE(Substantial Level=十分なレベルの有効性)」以上となった国・地域は一つもない。このほか、「IO3.当局の金融機関・DNFBPsの監督」「IO5.法人等の悪用防止」は約8割、「IO10.テロ資金の凍結・NPOの悪用」は約7割が合格水準に達していない。制度の運用に関しては、まだ多くの国がFATF目線にかなっていないといえる。

国・地域別に見ると、合格水準の通常フォローアップとなったのは八つの国・地域のみ(図表2)。総じて厳しい結果となっている。40の勧告の合格ラインは「PC(Partially Compliant=一部履行)およびNC(Non-Compliant=不履行)の項目数が計7項目以下」である。

国際協力やテロリスト対策等に係る刑事司法が整備されても、金融規制の未達成が多ければ、合格の域には達しない厳しい基準といえる。また、仮に40の勧告が合格水準であっても、UAE、バーレーン、マレーシア、サウジアラビア、シンガポールは有効性の評価が低かったことが理由で、不合格水準の「監視対象国」や「強化フォローアップ国」となった。制度の実効性が重視されている。

各国・法域の政府および金融機関が審査結果に高い関心を寄せるのは、国際的な金融・決済業務等に影響を及ぼすためである。例えば審査結果が不芳で「監視対象」となった国・地域は、FATFからハイリスク国として公表されたケースと同様の影響が及ぶ可能性がある。ハイリスク国の場合、各国の金融当局から金融機関に対して、当該国の金融機関との取引におけるマネロン対策強化が指示される。当該国の金融機関に対する取引審査が厳格化されることから、決済遅延や取引自体を回避する動きが顕現化する可能性がある。実際、最近ではUAEが「監視対象」の結果となったが(20年4月公表)、欧州の一部で同国を要注意国と見なす動きが見られる。

再評価後は多くの国の評価が大幅改善

審査結果が公表された国の半数以上でフォローアップ報告がなされ、再評価されている(図表2)。

図表2 国・地域別に見た第4相互審査結果(点線矢印は再評価後の位置付け、2021年6月末集計)

運用面を評価する有効性項目が改善されたのは、14年以前に審査されたノルウェー、スペインの2カ国である。当該項目の改善が早期に審査された2カ国にとどまったのは、法令等整備が進まなければ運用面の再評価は難しく、審査結果公表から当初3年間は40の勧告の改善状況を評価するためである。運用性評価であるため確認にも時間を要し、今後も合格水準のハードルは高かろう。特に、審査対象国すべてが未達成であった「IO4.金融機関・DNFBPsの予防措置」の改善を果たしたのは、スペインのみである。

一方で、多くの国が40の勧告について合格やそれに準じる水準にまで評価を改善している。一部に苦戦している項目はあるが、未達成10項目以上の国は6カ国に減少している。不動産に係る汚職への対処が指摘されているオーストラリアや汚職に対する対策の不備等が指摘された中国などは苦戦しているが、当初、評価が厳しかった北欧諸国の改善は大きく進んだ。ノルウェーやスウェーデン、アイルランドは「通常フォローアップ」に移行している。

40の勧告の改善された項目は、各国とも原則、法令制定・改正で対応していることがフォローアップ報告から読み取れる。例えば、リスクベース・アプローチの整備の義務化、実質的支配者の公的機関への登録の義務化、規制対象とするDNFBPsの拡大ーーなどが法令をもとに実施されている。また、「16.電信送金」に関しては、欧州諸国で改善が図られているが、EU全体の送金規制の改正によるものであり、域内共同で改善された好事例といえよう。

なお、新技術への対応に関しては、暗号資産取引業者(Virtual Asset Service Provider=VASP)への規制に関しての目線が厳しくなるなか、いったん合格基準をクリアと評価された国・地域が再び未達成とされるケースも見受けられる。項目ごとのFATFの目線の変化にも注意が必要である。

FATFの関心は制度整備から運用へ

以上の再評価の結果を見ると、FATFの関心は、法制度の整備から法制度の適切な運用にシフトし、今後、「有効性審査項目」に移ってくると推測される。特に、金融機関やDNFBPsのAML/CFT対策の実施状況を問われる「IO4」に関しては今後の主戦場と考えられるし、当局の対応が中心となる「IO3.当局の金融機関・DNFBPsの監督」「IO5.法人等の悪用防止」も同様とみられる。

むろん、法令等整備も有効性審査の前提であり、着実な対応が必要であるが、特に、各国で未整備が目立つ拡散金融、PEPs、実質的支配者、DNFBPsなどは要注意である。

また、「IO4」に焦点が当たるなか、各業態に踏み込んで運用実態を確認していく傾向が強まっている。「IO4」に関する各国への指摘は、リスクベース・アプローチや顧客管理等のAMLの分野別の運用に関するものもあるが、各国が必ず指摘されているのが業態別、規模別でのAML態勢整備・運用状況のバラつきである。「銀行はむろんだが、他の金融機関や民間事業者にも関心が広がる」方向であることに留意が必要であろう。

対日審査結果で想定される金融規制・監督の強化

振り返ると、08年に採択された第3次対日審査の結果は厳しいものであったが、わが国は、犯罪収益移転防止法の改正やガイドラインの制定などを進めるなど成果を上げてきた。特に、テロリスト等の資産凍結、引き渡し等の国際協力や刑事司法面の整備を進め、パレルモ条約(国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約)を締結するなど、重点課題を解消し、AML/CFT対策の実効性を高めている。

今年6月に実施されたFATF全体会合における相互審査結果の概略として、本邦対応が一定の成果を挙げている旨の内容が公表された。これは第3次審査以降の法整備等が評価されたものと思われる。しかし、本邦に対する国際要請は「刑事司法から金融規制・監督を重視する傾向が一段と強まり」、さらに「実行的な規制運用・監督」が「幅広い業態」に求められることになろう。

過去の動きから見て、FATFは段階を踏んで態勢整備を求めており、金融機関を初めとする民間各社も、従来から進めているリスクベース・アプローチや継続的顧客管理などの整備・深化に加え、予想される規制および監督目線の変化を捉え、迅速に対応を進めることが、効果的なAML/CFT対策のために肝要となろう。


※本稿は、週刊金融財政事情 2021年7月27日号に掲載された記事を転載したものです。

※本記事は、週刊金融財政事情の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

執筆者

井口 弘一

チーフ・コンプライアンス・アナリスト, PwC Japan有限責任監査法人

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