高度な領域で開発が進むDeFiサービス
それでは、DeFiによって今後、どのような金融サービスが生まれるのだろうか。
金融業界が1970年代の米国を中心としたオプション取引の発達によって大きく進展したように、DeFiにおいても、図表で示したように、預金や貸出などの伝統的な金融サービスを超えて、オプションやそれを活用したトレーディングなどの高度な領域でその開発が進んでいる。
このような高度な取引の開発が進む一方で、伝統的な金融取引、つまり「与信取引」ではDeFiサービスの開発が進んでいない。レンディングやデリバティブなどの与信が伴う取引は、原則として担保付取引として提供されている。例えば、レンディングサービスの利用においては、暗号資産を担保とする必要があり、この掛け目の範囲内でしか利用できない。また、暗号資産の乱高下により、利用可能な範囲の事前予測がつきにくく、思いがけずロスカットが発生する可能性もある。
このように考えると、現状のDeFiは、定量的な情報に基づく合理的な判断や、金融取引における事務処理を非中央集権的に自動化する試みであるといえる。
金融機関の既存業務はDeFiでも代替可能
DeFiは、すでに存在する別のDeFiサービス(オープンソース)を相互に連携させて、簡単に新しい金融サービスを構築できる。これは「マネーレゴ」とも呼ばれており、各サービスがイーサリアムなどのパブリックチェーン上で展開されていることから、当該サービス提供者と提携関係を持たずとも、これらを組み合わせることで提供が可能になる。スマートコントラクトによる自動執行によって、複数のDeFiサービスを組み合わせても取引情報の確認コストが発生しないというブロックチェーンの利点も、このマネーレゴを支えている。
こうしたDeFiサービスの特徴を生かせば、既存の金融機関が莫大(ばくだい)なコストをかけて維持している勘定系システムなどのインフラ機能や、さまざまな事務処理対応を行う人件費をDeFiで代替することも期待できる。ただし、未整備な法規制、不透明なガバナンス、スマートコントラクトの脆弱(ぜいじゃく)性といった課題を解決する必要がある。これら課題を超えた先の未来の一つとして、金融機関の企業規模がスリム化され、その業務は与信判断など人を介した複雑な判断を必要する業務に特化されるなど、金融機関の在り方が変わる可能性もある。
生活者にもたらす恩恵と普及に向けた課題
それでは、DeFiサービスが普及した際には、生活者にはどのような恩恵があるだろうか。
まず考えられるのは、金融サービスを受ける際に発生するコストの低下であろう。入出金手数料、振込手数料、借入金利、運用商品の購入手数料など、われわれは金融サービスの利用に際し、さまざまな手数料を支払っている。欧米では、銀行口座の維持・保有に対して手数料が課されるケースが多いが、日本の金融機関においても、昨今の収益環境が厳しいことを踏まえれば、欧米と同程度の手数料が導入される可能性は十分にある。足元では、未利用口座への手数料の導入が進んでおり、今後、口座維持だけでなくその他の取引時に発生する手数料についても、引き上げられる可能性もあるだろう。しかし、DeFiサービスの提供が大きな転換点となり、むしろ手数料の低下が図られる可能性もある。
手数料の低下以外には、運用利回りの向上が挙げられる。DeFiサービスには年率で数%〜数十%を超えるものが複数存在し、銀行預金の利息と比べて魅力的なものが多い。取り扱う暗号資産の需給の影響もあるが、仲介者がいないことで、その分のコストを利用者に還元できる点が、利回りが総じて高い理由である。現状、暗号資産の普及は進んでいないが、今後、直感的で分かりやすいDeFiへのアクセスが可能となれば、高利回りを背景に社会への普及が急速に進む可能性もある。
しかし、DeFiの普及にはさまざまな課題が存在している。特に大きな課題になっているのが、金融当局による規制・監督の在り方であり、DeFiの特徴である「非中央集権」が規制すべき対象者を不透明にしている。この点については、すでに当局などから問題視されているが、既存金融機関が提供者となることで解決可能な論点であると思っている。日本では現在、金融庁、日本銀行、フィンテックベンチャー、DeFi開発コミュニティーなどが中心となって、DeFiの今後や規制の在り方について活発な議論を行っているが、金融機関も積極的に研究や議論への関与が必要であろう。
なお、仮に中央集権的な金融機関が、分散型取引所やレンディングサービスを提供する場合であっても、それを「分散型金融」と呼ぶのが正しいかは別途議論が必要だ。中央集権的な金融機関(Centralized Finance)がDeFiサービスを提供するケースを指して、CeDeFiと呼ぶ向きもある。DeFiと従来型金融は、消費者メリットや利便性の向上といった視点から、双方が歩み寄る方向が望ましいと思われる。