生成AIが変える銀行業務

2023-10-26

近時、金融機関において生成AIが浸透し、各企業や自治体で積極的な利用に向けた態勢整備が進められている。マニュアル生成、社内業務の引き継ぎなどへの活用による業務効率化が図られる一方、文書の無断利用や情報漏洩も懸念される。本企画では、改めて生成AIの機能等ポイント説明と業務等への活用、留意点を解説した。

1. 生成AIとは何か

AIブームが始まり数年が経つ。DX(デジタル・トランスフォーメーション)の流れでもAIは一丁目一番地の扱いである。多くの企業がAIの業務活用を目指してPoC(概念実証、Proof of Concept)に取り組んでいる。AIをサービスとして扱うIT企業も増えた。AIスタートアップ企業への資金流入もさかんで、AIを扱う「データサイエンティスト」を好待遇で募集する企業もある。

一方で企業からは「PoC疲れ」「PoC地獄」という言葉も聞かれる。「ゴールが曖昧なAIのPoC」の結果は企業行動に結びつかない。そんなPoCを繰り返した担当者の気持ちが表現されている。筆者達は幾つかの企業からこのような声を聞き、AIブームが一段落しつつあると考えていた。その状況に大きな転換点を与えたのが生成AIの登場である。

生成AIがメディアで頻繁に取り上げられ始めたのはここ一年程のことだが、その技術と研究は時間をかけて進んできた。ここでAIの歴史を見てみたい。図表1で記載しているが、現在の第三次AIブームは2012年に英国のジェフリー・ヒントン教授が考案に寄与した深層学習が、画像認識のコンテストにおいて他を大きく引き離す高精度を達成したことに端を発する。折しもビッグデータ活用の潮流もあり、深層学習を中心としたAIに期待が集まった。

図表1:AIの歴史
図1 AIの歴史

AIの発展の流れの中で、「『生成AI』とこれまでのAIの違いは何か」を端的に言うと、これまでのAIは「画像の識別」「文章の重要箇所の判別」「数値パターンの検出」といった、いわば「入力されたデータに対する判断」がメインであった。それに対して生成AIは「データ自体をAIが作り、出力する」。ここでいうデータは画像や文章、音楽などに該当する。代表的な生成対象を図表2にまとめた。

生成AIは、人間が機械と一線を画すと考えられてきた「創造性」という領域で動作するため、多くの関心と議論を呼んでいる。

図表2:代表的な生成対象
図2 代表的な生成対象

2. 対話型生成AIのインパクト

特に注目を集めている生成AIが、「対話型生成AI」である。このAIはテキストデータ、つまり文章を扱う。ユーザーの質問や命令に対して、文章の回答を返すのが主たる機能である。

利用者と会話を行うようなAIはこれまでも存在した。チャットボットが代表例である。チャットボットと対話型生成AIの大きな違いは、チャットボットは用意された回答パターンの中から回答をピックアップするのに対して、対話型生成AIはその場で会話文を文字通り「生成」する。

AIには「学習」「推論」の二つの機能ステップがある。「学習」ではAIは比較的大規模なデータを読み込み、データのパターンを把握する。「推論」では学習を終えたAIに特定のデータを提示して判断をしてもらう。受験に例えると「学習」は大量の過去問を勉強して問題と解答の対応を把握すること。「推論」は試験の場で出された問題に回答するものである。従来のAIは推論に渡す情報や出力結果が数値の羅列になっており、専門家以外では一読して理解することが難しかった。これに対して対話型生成AIは「言語」という、人間が慣れ親しんだ情報を介してAIとやり取りするため、老若男女問わず馴染みやすい。この馴染みやすさこそが対話型生成AIが短期間で爆発的に世の中に広がった要因の一つでは、と筆者は見ている。また、国内においては日本語レベルの高さも大きな要因である。

このAIの進歩の背景には技術的なトレンドの転換がある。「大規模言語モデル、Large Language Models(LLM)」と呼ばれる技術がそれにあたる。ここでいう「モデル」は入力データを受け取ったAIが対応した出力を出すための機構のことを指す。LLMは投入するデータの量も、学習する際に推定するパラメータの量も数年前の言語モデルとは桁違いに大規模化した(図表3参照)。その大規模化が、幅広い質問に対して会話の流れを論理的に理解した上で、まるで人間が話すような言葉遣いで都度適切な回答を生成できる結果に繋がった。この流れからはモデルの規模のさらなる拡大がAIの回答範囲の広がりと正確さの向上、及び回答の具体性の高まりといった、精度向上に繋がると期待できる。

図表3:パラメータ数の推移
図3 パラメータ数の推移

この対話型生成AIは何ができるのか。その具体的な機能を図表4で示した。以下、これらの機能の銀行実務への活用案を考察する。なお、対話型生成AIは複数の企業、団体がモデルを公開しているが、国内利用は日本語対応モデルの選択が現実的だ。

また、大規模な計算環境を要求するLLMの自社内での構築はハードルが高く、社外の計算資源を頼ることになる。

その際、選択肢は2つある。一つ目は、対話型生成AIのAPIを呼び出すクラウドサービス上で環境を設計・構築することだ。二つ目は、例えば表計算ソフトのマクロ等にAIへの命令を記述して、インターネットを通じてAIの機能を直接呼び出すものだ。ただし、後者にはセキュリティの観点で懸念があるため、前者の選択が現実的と言える。

図表4:生成AIの具体的機能例
言語翻訳 入力されたテキストを一つの言語から別の言語に翻訳
情報提供 既存の知識・webブラウジングで最新の情報をもとに質問に回答
(事実の提供、概念の説明、比較分析など)
クリエイティブ生成 ユーザーのプロンプトに基づいて新しい文章やアイデアを生成
(ストーリーテリング、文章生成、創造的な問題解決など)
テキスト要約 長いテキストや複雑な概念を短く、明確に要約
対話 ユーザーとの自然な会話を行い、文脈を理解して適切に応答

3. 対話型生成AIの銀行実務での適用イメージと期待される効果

銀行では多くの文書が作成されて回付、承認、保存される。これは銀行のような「規制産業」の特徴である。審査書類、稟議書類、面会報告書、等々がある。この特徴がAIとの親和性に繋がる。対話型生成AIを銀行実務で活用する代表的なユースケース案を検討して図表5にまとめた。代表例をいくつか解説する。

図表5:銀行業務ユースケース案
図5 銀行業務ユースケース案

このユースケース案の前提として、対話型生成AIの学習について述べたい。現在世に出ている対話型AIは「汎用モデル」という、世の中にある大量のデータを学習したものである。幅広い情報を集めている反面、各銀行内部に保管されているドキュメントのような固有の情報は当然学習していない。この状態のAIに銀行内のドキュメントを読み込ませて追加で学習させることで、AIは一般的な回答だけではなく、銀行内固有の事象に対する質問に回答をできるようになる。各ユースケースでは図表に示した追加データの入力が前提となる。

銀行機能は大きくは営業と本部に分かれ、顧客との接点の最前線に立つ営業部店に多くの人員が配置される。

営業部店の人員の多くは個人営業部門におり、伝統的には預金やローンなどの業務があったが、収支の観点で、近年では投資信託や保険商品の販売から入る手数料も重要な収益源になる。

一方で、このような金融商品は商品自体の複雑性から、新人の行員が個人顧客にリスクとリターンを適切に説明するのは難しい。だが、事実と異なる説明や説明不足はトラブルと風評リスクに繋がる。

ここで、勧誘の文章の「ひな形」をAIのクリエイティブ生成機能で作成し、新人の行員が理解した上で顧客と会話する活用案が考えられる。いわば台本生成である。新人とベテラン行員の知識の格差を補い顧客に適した提案による業務の質向上が期待できる。

続いて、ビジネスの段階が進み、社内承認に必要となるのが稟議である。稟議書も現状は各行員が一から作成することが多い。外訪が終わった後の時間に支店に戻り、稟議書を作成するわけである。慣れた行員は承認に至る論点を押さえており、素早く記載ができる。一方、着任直後やキャリアが浅い新人の行員は時間を要する。この稟議文書のドラフトもクリエイティブ生成機能を用いて作成してもらう。行員にも抑えるべき論点が分かり、業務の効率化が期待できる。

例えば審査業務は一部生成AIではないAIの活用が進む領域ではあるが、人手を介する部分もある。どの観点を重視して審査するべきか、上申すべきかの判断は担当者の頭を悩ませる。もし、過去の融資の稟議書で承認、却下双方の判断を下された書面が十分に残っているとする。その場合、双方の比較で稟議が通る記載の着眼点を抽出できるかもしれない。また、過去のデフォルト発生時の報告書から対話型生成AIが注意点を抽出することで、審査担当者が見落としている過去の知見を活用し、リスクを回避できる可能性もある。

これ以外の経営、広報、マーケティングの企画書も過去の文書が蓄積されているはずである。ボツになった企画も、時宜に合わないだけで構成は良かったりする。これらの文書をAIに読み込ませた上で会話をすることで、俗人的な暗黙知となっていた企画アイデアが形式知化する。

対話型生成AIの活用による暗黙知の形式知化は多くの業務を効率化、高度化する。銀行は、生成AIに読み込ませるための文書整理を始めるタイミングかもしれない。

4. 対話型生成AIの留意事項(リスクについて)

生成AIに対して、有識者がAIに関する規制を求めるコメントを出した。また、G7会議の議題の一つにAI規制が取り上げられた。対話型生成AIは多くの効果が期待できそうだが、反面、リスクに対する懸念も上がっている。図表6に代表例を纏めた。

図表6:生成AI代表的なリスク
図6 生成AIのリスク

まず大きなポイントは、現状の回答精度である。すべての回答が事実ではなく、フィクションも混じる。例えば歴史上の人物の業績を尋ねた際に、その人物が現在も健在である旨の返答が得られた。続く二つ目は情報漏洩である。AIへの問い合わせを巧みに行い、本来は外部に出力しない情報をAIに回答させる「プロンプトインジェクション」と呼ばれるケースが考えられる。そして三つめはAIに読み込ませる画像、文章の著作権である。既に一部の芸術家が生成AIに関係して訴えを起こした。

これらリスクへの対応策は何か。極論は、生成AIを一切使わないことだ。しかし、リスクを大きく回避できる反面、生成AIがもつ強力な効果を享受できず、自社の生産性に負の影響が及ぶ。しかし自由な利用はリスクを残す。

落としどころの一つは、企業がIT環境・仕組に工夫を施して、リスクを低減する方法である。もう一つは利用のルールを明確にすることだ。前者はシステム開発、後者はガイドライン策定となる(図表7参照)。なお、リスクはAIの進歩やビジネス環境に伴い変遷するため、定期的な更新が必要となる。

図表7:リスクへの対応策
図7 リスクへの対応策

5. 今後の進化と銀行業務への影響~銀行員に今後求められるAIリテラシー

生成AIの登場に伴い、AIが人間を代替する懸念も浮上した。一方、生成AIは未だ人間の創作には及ばない旨の意見もある。対話型生成AIは事実と虚構が混ざった答えを返す。AIが生成した画像は指や文字等の不自然さが目立つという指摘もある。ただ、LLMの進歩を見る限り、モデルの巨大化を続けていくことで当面AIが持つ精度の向上が推察される。よって、今のAIに残る技術課題が解消された先での、AIと人間の役割分担が論点になる。

AI活用には大きく二つの観点がある。一つは与信判定の自動化のように、AIが情報収集と判断を下す観点だ。いわば自動化を極める先の世界になる。判断スピード、利用データ量を考えると、人間が太刀打ちできない世界であり、AIが主役になるだろう。

もう一つの観点は人間の発想をAIが拡張させ、より高度なアウトプットにつなげるものである。この方向性が究極的に推し進められると、一人ひとりの個人にAIのパーソナルエージェントが与えられ、各人がそのAIエージェントと対話する形で大量のデータから必要な情報を引き出し、自分の行動を最適化、高度化していく世界になる。この世界では人間が主役となり、新たな閃きに基づくビジネスや商品企画、サービスを生み出す。この世界に適応するためのリスキリングが、銀行員等ビジネスパーソンに必要となるリテラシーと言える。

直近で生成AIの活用に必要なスキルは何か。一見魔法のような画像や文章、音声等の生成AIのアウトプットも、実は適切な命令が無ければAIからは出てこない。適切にAIに指示をするスキルを「プロンプトエンジニアリング」という(図表8参照)。

図表8:プロンプトエンジニアリング
観点 施策例
① 事前にモデル設定を調整する
  • システムメッセージを使用して、モデルを定義する。
  • モデルを「温度ゼロ」*1 で使用する。
② 入力情報を明確化する
  • 区切り文字(「””」)を使用して、入力の異なる部分を明示する。
  • 入力に独自の用語を含む場合は、用語の説明を追加する。
③ 情報の処理方法を指定する
  • 指示したタスクの完了に必要な手順を明示する。
  • 与えた入力情報から、適切な情報を出力しているかモデル自身にチェックさせる。
④ 出力方法/様式を指定する
  • few-shotプロンプト*2 を使用して、目的の出力結果に近づける。
  • 出力内容の構造を指定する。
  • 出力内容のコンテキスト・文体・長さを指定する。
⑤ 実験と反復を行う
  • 試行・再調整のサイクルを繰り返し、目的のプロンプトを作成する。

*1 温度はAPIのパラメータで表現のランダム性に関わり、ゼロは最もランダム性が低い状態
*2 実行してほしいタスクの成功例を示すプロンプト

生成AIは簡単な質問には直ぐに答えを返してくれる。しかし、ある程度欲しい答えを想定しており、且つ、一定の水準を求めると命令に工夫が必要となる。漠然とした質問では、欲しい答えはAIからは返らない。ここでプロンプトエンジニアリングが必要になる。

AIの関係者には研究するリサーチャーや、仕組化を行うAIエンジニアといった職種が存在する。まだAIの普及時期であり、コンピュータサイエンス的な専門知識が求められている。しかし、今後は生成AIの普及により「AIとコミュニケーションを取り、業務で活用できる人」が求められるだろう。銀行においてもそれは同じ潮流である。プロンプトエンジニアリングはまだ世に出たばかりで、前例も少ない領域だが、今後大事なリテラシーになる。まずは自分で画像や文章を生成し、楽しむ所からスタートしてスキルを取得いただければと思う。

6. 新技術を活用した生産性向上は不可避

AIに限らず、新しい未知の技術が社会に登場した際には期待と共に慣れ親しんだ仕事の進め方や人の役割が変わることに不安を覚える人も多い。ただ、国の経済も成熟期に入り、爆発的な成長も難しく、労働人口の減少も避けられない日本では、新技術を活用した生産性向上が避けられない状況だといえる。生成AI自体も仕事の場面に限らず、実際に触ってみると「面白い」と思える答えを返してくれる。まずはAIという人間の新たな隣人を自分の目で確かめ、その付き合い方を考えていくことが、この先の社会で生きるビジネスパーソンの心構えではないだろうか。

※本稿は、銀行実務 2023年7月に掲載された記事を転載したものです。

※本記事は、銀行研修社の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

執筆者

高 盛華

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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江原 圭司

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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